※この作品はR-18です。

超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽-   作:アメリカ兎

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エピソード121 雨が降る日に傘も差さずに全力疾走は人の自由

 

 ――エヌラスは、今しがた通話を終えたD-Phoneを見下ろす。

 

(……なにしてんだ、俺は)

 電話帳には四件しか名前が登録されていない。『インタースカイ国王』『ユノスダス国王』そして、つい最近登録したばかりの『プラネテューヌ女神候補生』だけだ。

 ノワールの名前は登録していない。ブランから教えてもらった番号のみだ。電話帳に登録しようと操作するが、気が乗らなかった。

 空を見上げれば分厚い灰色の雲から雨粒が降り注いでいる。特別製のハウンドスーツと言えども長い間雨ざらしにしていると当然ながら生地が痛む。とはいえ大魔導師の手がけた服飾がその程度でどうにかなるとも思えない。エヌラスは気にも留めなかった。

 雨粒が体温を奪い、髪を濡らしていく。びしょ濡れのベンチに腰掛けているエヌラスを通行人たちは興味本位で一瞥するが、近づこうともせず去っていく。それもそうだ。片目に傷のあるスーツ姿の男がカタギに見えるはずもなく、傍から見ればその姿はまるで、組織に捨てられた若頭でしかない。

 行く宛もなく、かといって帰る場所もない。ただそこにいることしか出来ない自分の状況にエヌラスは自嘲した。右手の感覚が薄れて、ドラッグシガーを取り出して火を点ける。雨の中であっても滞り無く燃え続けるように自分で作ったとはいえ、今はその煙草の匂いを柑橘系にしたことをひたすらに恨めしく思う。

 プラネテューヌから離れるということは、ユウコからも離れるということになる。アダルトゲイムギョウ界は今のところ平和が続き、そうなれば自分が留まる理由はない。そしてゲイムギョウ界もまた、今のところはB2AMが壊滅して他のハァドラインも静まり返っている。それなのに自分はまだ留まっている。仮面の邪神は何処に消えたのかもわからない。

 傷を癒やすと言って以来まったく音沙汰のない敵を気にかけるというのも変な話ではあるが、エヌラスは戦いに飢えていた。刺激が欲しいとさえ思う。狂ったように戦いに身を投じてきた。だからこそ、餓えている。飢えている――身を焼く業火に心を焦がす。

 何も考えず、ただ狂ったように命を懸けた殺し合いがしたい。独りでいるとそんなことばかり思う。もう自分は、そんな存在ではないというのに。

 

「……」

 世界の滅びを願うなど。自分が戦う為の大義名分が欲しいなど、馬鹿げている。エヌラスは顔を覆った。

 どうしてこんなことになってしまったのか。全部自分の責任だ。アダルトゲイムギョウ界が狂ったのも、ゲイムギョウ界がおかしくなっているのも。だからといってどうすればいい。

 自分の居場所など、もうどこにもないのに。

 声を張り上げて“助けてくれ”なんて、誰かに言う資格など持ち合わせていない。

 悪いのは自分だ。殺したのも自分だ。狂わせたのも何もかも、自分一人の責任だ。選択した自分が背負い込む責務がある。誰かに重荷を預けることも出来ない。後はただ圧し潰されていくだけ。

 

(…………)

 だが、誰が自分の渇きを癒やしてくれる? 誰が自分の餓えを満たしてくれる? そんな相手などこの世界の何処にもいやしない。

 平和な超次元で、自分と対等に戦えるだけの凶悪な相手。探したところでどうすればいい。

 思い悩むエヌラスがふとした気配に顔を上げると、見慣れない変わった生き物がいた。

 

「…………」

 白い毛並みの、赤い首輪を付けた犬だか猫だかわからないその生き物の手には封筒。二足歩行で近づいてきたその生き物はそれを差し出す。

 

「……俺にか」

「……」

 疲れてんのかな、俺……いや、疲れてるんだろうな。エヌラスはそんなことを思いながら封筒を受け取って中の手紙に目を通した。

 差出人はラステイションの傭兵派遣会社、アーク。ラステイション企業連盟傘下の会社だ。詰まるところ、実質的にハァドラインということになる。そんな相手から自分に手紙?

 内容として大まかにまとめると「自分達の敵である相手を潰してくれて感謝している。ささやかながら礼がしたい」とのこと。それを何故、首輪付きの生き物が持っているのか疑問に思う。マスコットキャラクターかなんかなんだろう。雨に濡れて毛並みがペッタリとくっついているその姿はなんかの妖精にも思えるが、それにしたって不思議な生き物だ。

 もし、その謝礼を受け取りたい場合は“彼”にイエスのサインを。文面はそう締めくくられている。そのことから、この白い生き物にイエスの合図を送ればいいらしいことは分かった。だが生憎と今は人を待っている。

 

「……少し、考えさせてくれ。答えが出たら、折り返し連絡する」

 エヌラスの言葉に、白い生き物は深く頷くとそのまま路地裏へと消えてしまった。追う気にもなれず、エヌラスは短くなったドラッグシガーを携帯灰皿に落とすと手紙をぶっきらぼうにポケットへ入れる。

 何気なく通行人に目を向けていると、黒髪のツインテールを揺らしながら駆け寄ってくるノワールの姿が目に入った。まっすぐ近づいてくると、肩で息をしながら眉をつり上げて傘を差し出してくる。

 

「あなた、ね……ハァ……なに、考えてるのよ……!」

「……なんだろうな?」

 バカにしているつもりはない。ただ、本当にわからない。何を考えているのだろう、自分は。

 

「説教も積もる話も全部後回しよ。ついて来て」

「いや、俺は……」

「いいから早くしなさい!」

「……はい」

 怒られたエヌラスは、ノワールに手を引かれるまま教会まで連れて行かれた。

 

 

 

 

 ラステイションの教会に着くなり、風呂場に連行される。

 

「ほら、服も全部乾かすから脱いで」

「言われなくてもそうする」

 ここまで来ると、ノワールには逆らうだけ無駄だ。断っても面倒なことになるだけなのでエヌラスはびしょ濡れのスーツを脱いで渡していく。半裸になったエヌラスの身体は、傷跡だらけだった。

 

「……」

 その傷跡の中には、自分達と出会った頃に出来た傷もある。特にノワールの目を引いたのは右腕の怪我。

 決死の機神招喚。大魔導師に銀鍵守護器官を強制摘出されて、身体をまともに動かせない状態から発動した代償はあまりに重い。左眼の刀傷も。

 そんなノワールの視線に気づいたのか、エヌラスは着替えの手を止めた。

 

「こうして改めて見ると、本当に傷だらけね」

「見苦しくて悪かったな」

「そうは言ってないわよ」

 ノワールが手を伸ばして触れるのは、右腕。魔術回路と神経を癒着させて接続することによって動いている。だが、その中身は普通ではなくなっている。筋繊維も、骨格も。より魔術を使用するために適したモノになっていた。

 冷たい掌を頬に当てて、ノワールは小さく息を吐く。

 

「……一緒に入らないなら、出て行ってくれるか」

「あら。邪魔かしら?」

「ああ」

 ちょっと悪戯気味に答えたノワールに、エヌラスは即答した。それに少しばかり腹を立てたノワールは睨みつける。人が親切に連れてきたというのに、なんてことを言うんだと。

 

「そう。じゃあつまり、一緒にお風呂に入ればいいわけね?」

「風呂ぐらい一人で入れる」

 どうやら自分を追い出したいようだが、そうはいくものか。ノワールはクリアドレスを脱ぎ始める。それにエヌラスは目を逸らした。

 

「なら背中を流してあげるわ。どーせ貴方のことだからパパッと入って出てくるつもりだろうし?」

「別にいいだろ、俺のことなんて」

「よくないわよ。此処をどこだと思ってるの? わたしの治める国よ。そしてわたしはラステイションの守護女神。あなたを放置してプラネテューヌみたいなことされたら一番困るの、誰だと思ってるのよ」

 バスタオルを身体に巻いて、もののついでにスーツもまとめて乾燥させる。

 それはエヌラスも気にしているのか、それきり何も言わなくなった。

 

「分かったかしら? さ、お風呂入りましょ」

「だから一人でいいっつうの……」

「なにか言った」

「…………何でもねぇよ、クソが」

 高圧的に応えるノワールに、エヌラスは不機嫌そうに返して浴室へと入る。

 

 

 

 背中を泡立てたスポンジで洗い流しながら、ノワールはエヌラスの背中の傷を眺めていた。どうせなら傷跡も残さず治せばいいのに。そう少し不満そうに呟くと「暇がなかった」エヌラスは短く答えた。

 

「……どうしたのよ。いつもより元気が無いみたいだけど」

「たまにはそういう日もある。ほっとけ」

「そういうこと言ったエヌラスを放っておいて、ろくな事にならないのは分かってるわよ」

 つまり逃がすつもりはない。舌打ちを返すエヌラスにノワールは眉を寄せながら背中を洗い終えて、お湯で流す。

 

「なんでそんなに怒ってるの? 嫌なら嫌って言えばいいじゃない」

「……嫌なんて言えるわけないだろ」

「じゃあ何が不満なのかしら。人が背中流してるのに、そんな嫌そうにされるのって、正直言ってものすごく気分が悪いんだけど」

「…………」

「どうなの、そこのところ。ハッキリ答えてもらえる?」

 この雨の中、迎えに行ってやったというのに――エヌラスは何も答えない。

 明らかにいつもより様子がおかしい。調子が悪いにしたって、言われたまま黙っているような人ではない。

 

「お前に優しくしてもらう理由なんて、俺にはねぇのにな……」

「どういう意味?」

「……聞いてるだろ。ネプテューヌから。そうじゃなくても、プラネテューヌの事情くらい」

「ああ、ハァドラインの壊滅的打撃ってやつね。それがどうかしたの? 大手柄じゃない」

 それに、自嘲した笑みを浮かべてエヌラスはため息混じりに呟いた。

 

「ネプテューヌ大怪我させたの、俺なんだよ」

「…………そう、だったの」

 「それはどうして?」と――ノワールは理由を聞かない。聞けば、エヌラスがこれ以上塞ぎ込みそうだったからだ。

 

「大切な友達なんだろ。それに暴力振るったの俺なんだ。だから、俺はお前に世話してもらう理由なんてどこにもねぇよ」

「別に、友達ってわけじゃ……それに、喧嘩しただけじゃないの?」

「プラネテューヌで指名手配させたのも俺だ」

「自分で自分を? バカなのあなた」

「知らなかったのかよ」

 呆れた。ノワールは深く嘆息するとエヌラスに後ろから抱きつく。

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