超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
執務室で一足先に待つこと数分。上着を手にして、前を開けた白いシャツ一枚で出てきたエヌラスはタオルを首にかけていた。
ユニが用意してくれていた飲み物と茶菓子を並べて座って待っていたノワールと向かい合うように腰を降ろす。
「……どう? さっぱりした?」
「まぁ、それなりに」
「ならよかったわ。はい」
カップにココアを注いでエヌラスに差し出した。受け取りはするが、口をつけるでもなく、ただ呆然とした視線で外を眺めている。外は生憎と雨模様のまま変わりない。話をするでもなく、エヌラスはただそうしていた。まるで、話すらする気などないように。
時計の秒針が動く音ばかりが室内に響く。
「ねぇ……」
「ん……?」
「ケモナールの中和剤、ラステイション名義で送りつけたのってエヌラスよね?」
「そうだが……」
「はぁ。素直じゃないんだから」
「放っといたってアイツなにもしねぇだろ」
「なんでそんなに怒ってるのよ」
「怒ってねぇよ。いい加減にしろ」
「……」
プラネテューヌの話題は避けた方が賢明だ。ノワールは早々に会話を打ち切りたかったが、それでも一言言いたかった。
「どうして自分の名前で送らなかったのよ。お陰でネプテューヌに誤解されたじゃない」
「そりゃいいじゃねぇか。何が不満なんだ」
「勝手に自分の名前使われて、気分が良くなるわけないでしょ。もう、何考えてるのよ」
ケモナール事件の解決の為に動くあたり、エヌラスはやはり甘い。
「他に思いつかなかったんだよ。悪かった」
「……はぁ。もういいわ、過ぎた事だし。それで? これからどうするつもりなの」
「俺のやることなんて……一つしかねぇよ」
(――そう言えば……)
なにか引っかかる。思い出せない言葉が、夢の内容がまだ気になって仕方ない。自分がどんな夢を見たのか思い出せ。思い出さないと、台無しになる。
焦燥感に駆られて、ノワールは困惑していた。自分はどうしてこんな思いに駆られているのだろうか、と。しかし口から出るのは、素直じゃないいつもの自分。
「そうね。今のあなたは邪神退治で精一杯だものね」
「ああ。だから、そいつらがいないと“俺の居場所なんてどこにもない”のと同じだ」
「自分のことを邪神と同義みたいに言わないの」
「違うのか?」
「……あなた、やっぱり変よ。どうしちゃったの? 悩み事があったら聞いてあげるけど。相談くらいしてくれてもいいじゃない。それとも、誰にも言えない悩みでも抱えてるの?」
「誰に言っても解決しない悩みしかねぇんだよ、俺には」
なんてかわいくないことを言うのだろう。腹を立てながらノワールはココアを一口含む。
「でも、誰にも言わなかったら変わらないわよ。言う前から決めてどうするのよ」
「誰かに手伝ってもらわなくても俺一人で十分だ。ああそうだ、ったく……結局、全部俺一人の問題で、お前達に手伝ってもらうことなんて何もないじゃねぇか……」
ぶっきらぼうに呟いて、テーブルに頬杖をつく。エヌラスは目を合わせようとすらしない。ずっと外を眺めている。
「じゃあなに? 放っておけって、そう言ってるのかしら。あなたはわたし達の問題に首を突っ込むのに? なによそれ、自分勝手過ぎると思うんだけど」
「俺は一人の方がいいんだよ」
「……イラッ。人が親切に話を聞いてあげるって言ってるのに、なによその態度! さっきっから何なのよ! そんなにあなたはわたしの事が嫌いなの!? そうよね、ずっとプラネテューヌに篭もるくらいだものね。ルウィーでわたしの番号聞くくらいだもの、それぐらい聞いてくれたら教えてあげるのに!」
「…………」
「何とか言いなさいよ!」
目も合わせず、ただ外を眺めるだけのエヌラスが突然上着を手にして立ち上がる。それに一瞬だけ尻込みしたノワールだが、そこで初めて目が合った。陰のある物言いも、雨に濡れた前髪のせいでよく見えなかったが、エヌラスの目の下にはクマができている。恐らくろくに眠っていないはずだ。
「……俺はお前の声が聞きたかっただけだ。電話でそう言ったよな」
「エヌラス、あなたもしかして」
「お前と顔を会わせて話をすれば、ろくな事にならないって分かってたからそれだけで良かったんだよ、ノワール……」
――もしかすると、自分は何か間違えたんじゃないだろうか……?
ノワールの脳裏にノイズが走る。あれは、誰の言葉だ。“お前は誰だ?”
『あの男に選択肢を与えるな』
「――――」
「風呂、ありがとな……ごちそうさん」
一口も手をつけようともしなかったのに。エヌラスは上着を羽織ってノワールに背を向けた。――もし、ここで引き止めなかったらどうなるのだろう? そんな自分の疑問に、何処からか声が聞こえてきた。
『それは、最悪の結末が待っていることだろうな』
「ぁ――!」
最悪の結末? それはなんだ? どんなものが――紅蓮の業火に燃える世界。焼滅される世界――ノワールは、思い出した。
なんで忘れてしまっていたのか。自分は、なんてことを――!
「エヌラス、待って! お願い!」
「お前と話すことなんて無い」
「わたしが悪かったわ。だから」
ドアに手を掛けていたエヌラスから、歯ぎしりの音が返ってくる。
「お前が悪いはずねぇだろ!」
「えっ……?」
「悪いのは俺だよ、今も昔も。これまでも、これからも! 俺が選んだ道だ! 俺が自分で良しとした選択肢だ! その結果がコレだ! このザマだ! 自業自得なんだよ! 他の誰に押しつけられる!? 俺の抱えてる悩み? 相談してみろって? ふざけんなノワール!」
「わたし、ふざけてるわけじゃ」
「俺の地獄に付き合えなんて、言えるわけねぇだろうがッ!」
ずっと悩んで、悩み抜いて、抱えたまま歩いて。背負ったまま駆け抜けた半世紀――もう歩けないほど心は擦りきれて。それでも動く身体は機械のように、まだ地獄を這い回る。自分はまだ“
「お前も、ネプテューヌと同じこと言いやがる……なんでだよ」
「なんでって、それは……」
「俺のことなんて放っておきゃいいだろ。俺にかまけてる余裕なんてあるのか」
「……あなたのことが、好きだからよ。それじゃダメなの?」
「ご機嫌取りでもしたいならやめろ」
「そんなんじゃない! どうして、エヌラス……なんでそんなこと言うの? わたしのこと、嫌いになったの?」
「嫌いになれないから、俺が……! ああ、もう! クソッタレ!」
涙ぐむノワールにエヌラスは壁に拳を打ちつける。
これは、夢だ――悪い夢だ。
「夢なんだろ、こんなもの……! こんな! 俺が――」
辛すぎる現実と戦い続けて、それすらも夢だと思い込み始めている。自分が唯一現実と認めるものは――地獄だけだ。だから、幸せなものは全部悪夢でしかない。こんなにも暖かい。抱きしめてくれるノワールの華奢な身体も、涙を呑む声も。悪い夢だ。こんなものは、全部。俺を堕落させる、ただの悪い夢でしかないんだ――!
「……だから、やめてくれ……お前に、そんなことされて……こんな、優しくされたら俺は、もう――戦えなくなるだろ……!」
「やめないわ。あなたが止まるまで。だってそうでしょ? 誰かに止めてもらわなきゃ、あなたはずっとそのままじゃない! いいわよ。ならわたしが止めるから」
ネプテューヌも同じことをした。だけど止められなかった。止まらなかった。身を挺して止めようとした、優しさを振り払おうとして、抗えなくて捨てきれなくて――。
「わたしが、そばにいるから。大丈夫よ、エヌラス。大丈夫だから……」
突き放してもノワールは眉を更につり上がらせてエヌラスの身体にしがみつく。背中を優しく叩いて、頭を撫でて。迷子の子供を安心させるように。
「夢なんかじゃないって何度言わせるつもりよ。それともエヌラスはわたしやネプテューヌ達を夢の存在だとでも思ってたのかしら」
もしそうなら、どれだけよかったことか。
「歩けなくなったら言って。何度でも背中蹴飛ばしてあげるから。だから、今だけでもいいからゆっくり休んでいきなさいよ、エヌラス。ネプテューヌと違うところ見せてあげるわ」
「……ホント、ヒッデェよな……本当によ……」
身体を預けて、エヌラスは呟く。
「じゃあ今から色々と聞くから正直に答えて。いつから寝てないの?」
「……二日前から」
「三徹!? じゃあその間なにしてたのよ」
「こっちで中和剤の材料集めて量産してた」
それを、三日の間で済ませてしまう辺り本来エヌラスの仕事量はハイスペックなのではなかろうか……? ノワールはそんなことを思いながら、次の質問へ。
「ネプテューヌ。あなたに何したの? 大怪我させるなんて信じられないんだけど……」
「……人が事件解決に乗り出してるのに悪ふざけでケモミミ生やした」
「そんな理由で?」
「いや、本当はそれ以外にある……」
「言いたくないなら無理しなくていいわ。ね?」
ポン、ポンと頭を軽く叩く。嫌がるかとばかり思ったが――。
「ん……」
案外、素直に撫でられていた。それにちょっと母性がくすぐられたノワールは、今度は髪を梳いてみる。これもおとなしく受け入れている。
(……なんか、こう……まるで猛獣を手懐けたみたいな)
「ノワール。くすぐったい……」
「でも、好きでしょ? こうされるの」
「…………」
エヌラスは無言で頷いて、ノワールに頭を預けるとそのまま眠ってしまった。本当に素直じゃない。口で言っても聞かないくせに、口で言わないと分からないのは呆れを通り越してバカとしか言いようがなかった。