超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ソファーに寝かしつけたエヌラスにシーツを掛けて、ノワールはその日の職務をきっちり自分のスケジュールに予定した時刻までに終わらせる。それにはユニの手も普段以上に借りたが、きちんと自分の役割を果たしていた。これならひとりで任せられる日も遠くないかもしれない。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「どうしたの、ユニ」
「あの人……どうするの?」
「どうするって、放っておくわけにはいかないでしょ」
外はまだ雨が降っているし、それ以外にもセロンに夢の中で言われた言葉が気になる。
「わたし、あの人のことあんまり好きになれない」
「言いたいことは分かるわよ。わたしだって――」
普通に考えれば。
「あっちこっち放浪して女作っては家を空けてばかりの戦闘狂。職なし宿なし甲斐性なし、そのくせ人生で生きていくうえでは何一つ役に立たない知識ばかり豊富な相手」
「いや、そこまで言ってないんだけど」
でも全部間違いじゃない。
「ユニが言いたいのは、わたし達女神の恋人にはもっと相応しい人がいるんじゃないかってことでしょ?」
「……うん」
「誠実で、真っ直ぐで、優しくて強くて。頼りになる人?」
「そういう人が、お姉ちゃんには似合うと思う」
「そうね。女癖が悪いのと、生活水準がそこらのネズミ以下である点を除けば。実はエヌラスってそういう人なのよ」
「えっ!?」
信じられないだろうけれども。
「自分が見えてないだけ。自分のことなんてどうでもよくて、誰かが傷ついて、泣いて、辛い思いをしているのが放っておけない。そんな人だったのよ」
自分が知っているエヌラスというのは、そういう人だ。少なくとも。
だから――信じられなかった。あんな風に疲れて、擦り切れて、自暴自棄になっている姿が。
「例え勝ち目のない相手でも、エヌラスは殴って掛かるわ。それで誰かが涙を流すなら、その代わりに自分が血を流せばいいって考えしてるもの」
「…………」
「そりゃわたしだって、もうちょっとエヌラスには人間らしく振る舞ってほしいわよ。一緒に肩を並べて歩いても恥ずかしくないくらい」
今のエヌラスでは、猛獣の散歩と変わらない。自分はペットを連れて歩きたいわけではない、プルルートのように。確かに強面だし、目つき悪いし鋭いし、左眼には刀傷あるしタバコ(ドラッグ)は吸うしカタギに見えない凶悪な面構えと風体ではある――あれ、ここまで来ると救いようがないような気が……? いや、多分気のせいだ。ノワールは考えを振り払った。
「それならそれで、わたしが躾けるだけよ。ちょっと等身大の猛獣だと思えば怖くないわ」
「自分より背の高い猛獣って、普通はものすごく怖いんだけど。熊とか」
「熊ならまだかわいいものよ……」
多分、熊でも素手で引き千切る。
まだなにか言いたそうなユニの視線に、ノワールは訝しんだ。
「なに? まだ何かあるのかしら」
「……だって、男の人だよ」
「それくらい何処にでも居るじゃない」
「特別な男の人なんでしょ、お姉ちゃんにとって」
「それがなによ」
「……ううん、別に」
「しばらく滞在すると思うから、仲良くしてあげて」
「お姉ちゃんが言うなら、わたし。頑張ってみる」
本当は嫌だけど。なんて言えるはずがない。
――しばらく横になっていたエヌラスが、目を覚ました。執務室にはまだ灯りが点いている。寝転んだまま首だけで室内を見渡す。ゴシック調にまとめられた黒を基調とした広い執務室はノワールらしい。デスクに向かっているノワールは画面とにらめっこしていた。
銀鍵守護器官を併用した休息は仮眠であっても常に体調を万全に整える。その為、常時絶好調をキープできるのはいいのだが、それはあくまでも肉体面での話。精神面はどうにもならない。こればかりは、自分で折り合いをつけていくしかないのだが……。
「…………」
今まで、自分がしてきたことを思い返す。――戦い続ける日々。終わらない死闘の連鎖、視界の隅にはいつも赤。
「エヌラス。起こしちゃったかしら?」
「……いや」
「もうちょっとで終わるから、もう少し横になってていいわよ」
「ああ」
ノワールに言われた通り、エヌラスは横になる。身体を動かすことすら今は億劫だ。呼吸すら面倒に思う。いっそ機械の身体であればどれだけこの痛みから救われるのだろう。
「調子悪そうね」
「……ああ」
「お腹空いてないの?」
ふと、その問にエヌラスはいつから食事をしていないのか考えて――ああ。そういえば。と思い出した。
「そういや一昨日から何も食ってねぇな……」
「……だ~か~ら~! そういうのは先に言いなさいって! すぐご飯作るから待ってなさい」
「ああ……うん、分かった」
「もう、調子狂うわね……普段からそれくらい大人しくて、言うこと聞いてくれてたらわたしもちょっとは気が楽になるんだけど?」
「悪い……」
「責めるつもりはないわ。よし、今日のお仕事おしまいっと――動くのは明日からにしましょ。それじゃあご飯作ってくるから待ってて。なにか食べたいものある?」
「…………いや、なんでもいい。お前の手料理なら」
「えっ、あー……その、ちょっと反応に困るわねそう言われると……何作ろうかしら」
ブツブツと呟きながら執務室を後にするノワールを見送って、エヌラスは再びソファーに横になった。天井を眺めながら、ただ何をするわけでもなく。時計の針だけが動いている。自分の胸に手を当ててみると、当然だがやはり動いていた。生身の心臓がなくなっても最悪、蘇生は可能だが死ぬほど痛い。
執務室にノックの音が響く。
「失礼します」
「……」
「エヌラスさん。居ますか?」
「ここにいる」
ソファーに寝っ転がったままエヌラスは覗き込んでくるユニの顔を見る。ノワールの妹らしく同じ黒髪、赤い瞳。
「お姉ちゃんが、ご飯の用意してくるって言ってましたけど……」
「……俺、どれぐらい寝てたんだ」
「もう日付が変わりますね」
つまり――こんな夜遅くまで眠りこけていただけでなく、夜食まで作らせている。それに何か思うところはないのかと聞かれたら、何もないと言えば嘘になる。
「あいつ、いつもこんな夜遅くまで仕事してるのか?」
「いえ。今日は多分、あなたが居たからだと思います。ほら、執務室で寝てましたし」
ラステイションの国政を担う場所――そう考えると自分は今、とんでもない場所にいるのだとユニに思い知らされる。プラネテューヌにいた頃はそれほど気にならなかったが、ネプテューヌが頭のネジが緩いだけだろう。そも、イストワールが一人でやっているようなものだ。
自分が寝ている横で仕事をされたら、あまり気分も良くないだろうに。エヌラスは身体を起こそうとして、右腕の不調に視線を落とす。
「……」
ドラッグシガーはスーツの上着、そのポケットの中だ。椅子の背もたれに掛けてある特別製ハウンドスーツはいつの間にか修繕されている。右腕の血液の流れだけが止まったように冷たい。死後硬直のような、作り物の腕にエヌラスは目を向けながら立ち上がった。
ぶっきらぼうに上着からシガレットケースを取り出すなり、ユニが嫌そうな顔をする。
「タバコ、吸うんですか。此処で」
「外で吸う」
「でも」
外に視線を向ければ、まだ雨が降っていた。そんなのはお構いなしにエヌラスは既にバルコニーに出てドラッグシガーに火を点けている。ユニはその背中を見ていた。目を離せば夜の宵闇の中へと消えていきそうなほど弱い雰囲気。以前、会った時はそんな感じの人には見えなかった。例えるならば、燃え盛る炎のような人だった気がする。
「あの、寒くないんですか?」
「…………別に」
ドアを少しだけ開けて聞いてみるも、返答は短く簡素なものだった。
(お姉ちゃん。まだ戻ってこないよね……)
まだ料理には時間が掛かるだろうと考えたユニは、エヌラスに聞いてみる。自分がずっと疑問に思っていたことを。
「エヌラスさん」
「ん?」
「……ネプギアのこと、どう思ってるんですか?」
「妹」
一言。たったそれだけで片付けられた。言葉少ないにしたって、もう少しあるだろう。
「それだけ、ですか……」
「……悪いが、今はとても話せる気分じゃないんだ。できれば日を改めてくれると助かる」
タバコを吸い終えるまで、じっくりと時間を掛けてエヌラスは深い息を吐いた。紫煙が雨粒にかき消されていく。シガレットケースをポケットにしまい込むと、執務室に戻ってソファーに再び横になった。
「じゃあ、お姉ちゃんのことは」
「……」
どう思っているのか。かけがえのない、唯一無二の大切な人――。誰にも奪わせない。誰にも渡せない。とても大事な人だ。だが、それを「好き」だと言う言葉で片付けるにはあまりに難しい。自分は、そんな人達の大事なものを奪い続けてきたのだから。
「……」
誰にも奪われたくないのなら。誰にも奪わせたくないのなら、いっそ自分の手で……。何を考えているのだろう、エヌラスは自分が相当に精神を病んでいることに今更笑いがこみ上げてきた。誰が助けてくれるというのだろう?
とはいえ、ユニは答えを待っている。
「大切な人だよ。俺にとって」
「……それだけなんですか」
「他になんて言えばいい?」
疲れた笑みに、ユニはそれ以上尋ねようとはしなかった。
「ネプテューヌさんもですか」
「ああ」
「……大切な人なのに、傷つけたんですか?」
「――ああ。大切だから、傷つけちまった」
これ以上踏み込んでほしくなかったから――だから。自分は、ラステイションに。ここに居るべきじゃない。
エヌラスが立ち上がり、執務室を出て行こうとした矢先に扉が開けられてノワールが戻ってきた。
「ごめんなさい、ちょっと手間取っちゃって」
「…………」
「お腹空いてるんでしょ? 食べないの?」
「あ、いや……折角作ってもらったんだが」
「いいから、来なさい」
「……」
ノワールは何かを言おうとしていたエヌラスの手を引いて、無理矢理連れて行く。
「ユニ。明日も早いんだからあなたも寝たほうがいいんじゃない?」
「だって、お姉ちゃんがお仕事してるのにわたしだけ先に寝れないよ」
「気にしなくていいの。それじゃ、ユニ。おやすみなさい」
「おやすみなさい、お姉ちゃん。……エヌラスさんも」
「……ん。ああ……おやすみ」
連れて行かれる姿が、助けを求めるような顔をしていたような気もするが、ユニは見間違いだということにして一足先に眠ることにした。