超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ノワールは夕飯の支度を終えて、それを片手間に手を伸ばしつつパソコンと向き合う。エヌラスも読書しながら食事していた。行儀が悪いのはお互い様だが、それにユニがなにか言いたそうにしている。
忙しいのはわかっていた。今日は特にそうだ。明日からも忙しくなるだろう。こうして三人で食事できるかどうか。
「お姉ちゃん、ご飯食べながらお仕事って……」
「しょうがないでしょ? 手が離せないんだから、もぐもぐ」
「行儀悪いよ? エヌラスさんも」
「もぐ……、これだけ読ませてくれ」
「もう、二人揃って」
ユニが深くため息を吐いた。手元を見ないで伸ばした指先が触れ合って、手を離す。
「悪い、ノワール」
「べ、別にいいわよ。はい」
「いや、いいよ。本読んでただけだし」
「何言ってるの、お昼食べてないんでしょ。あげるわよ」
「いい、遠慮する。お前が食えって」
「いやいや」
「いやいやいや」
「二人揃ってそんな恋人同士みたいなことしてないで、早く食べちゃったらどうですか? ソレしか残ってないんだし」
ノワールが焼いたパンは残り一つ。何でも出来るだけあって人前に出しても恥ずかしくない出来栄えだ。
「こここ恋人同士ってエヌラスとわたしは別にそんなんじゃないんだから!? へ、変なこと言わないでよユニ!」
「じゃあ、お姉ちゃんにとってのエヌラスさんてなんなの?」
「な、なにって……大事な仲間だし、大切な友達よ。そうでしょ?」
「そこで俺に同意を求めるな。そうだけど」
「そういうのって、友達同士というよりは恋人同士に近い気がする。友達以上、恋人未満な関係なの? お姉ちゃん」
「わたしとエヌラスがどういう関係だとか、ユニには関係ないでしょ」
「あるよ! わたしのお姉ちゃんだもん!」
「……ユニ」
「じゃあ、お姉ちゃんはわたしが見知らぬ男の人と一緒にいても関係ないって言うの?」
「そんなわけないじゃない!」
「じゃあなんで!?」
「それは……」
ノワールがエヌラスを盗み見ると、ちょうど本を読み終えたところだった。
「ユニ」
「なんですか……」
「俺が邪魔なら、そう言え。ノワールと喧嘩するな」
静かに本を閉じて、立ち上がる。それを引き止めようとしたノワールとユニがお互いの顔を見る。
「ノワールも。もうちょっと言い方に気を遣ってやれ。妹なんだろ」
「そうだけど――」
「大事な妹なら、俺より気にかけてやれ」
自分は守れなかった。救えなかった。まだ助けられない。エヌラスは自分の妹を手に掛けた。だから、そんな二人の喧嘩を見るのは堪えられない。
「何より、俺は部外者だからな。問題起きるくらいならすぐにでも出てく」
「そこまで言ってないじゃないですか」
「そうは言われてもな……」
元々長居する気はなかったし、その予定が早まっただけのことだ。エヌラスにとってはそれだけのこと。しかしノワールはそうは思わなかったらしく、袖を引いて止めている。
「エヌラス。此処に居て」
「……」
袖を振り払うのは簡単だ。ノワールの親切を「大きなお世話」と、切り捨てればいいだけのこと。しかしエヌラスは、ユニの顔を見る。
「お前らホント姉妹揃ってツンデレなんだな」
『ツンデレって言うなー!』
「ほら見ろ、息ぴったりだ。そういうところ、ホント血の繋がった家族って感じで良いよな」
「……」
「俺は自分で妹殺したからな。そういうの、良いよな……ホント。羨ましいよ、ノワール」
「そんなの言われたら……そんなこと言うの、卑怯よ。エヌラス」
「ホントのことだろ。嘘吐くよりは、よっぽどいい」
ポケットからシガレットケースを取り出して、エヌラスはバルコニーに出て行った。それに聞こえないように声を潜めながらユニはノワールに尋ねる。
「お姉ちゃん、エヌラスさんが妹を殺したって……」
「……ええ。本当のことよ。わたしやネプテューヌ達も殺されかけたわ」
絶望の魔人。その妹、無尽蔵の絶望――ヌルズ。輝望に汚れた兄に失望し幻滅し、世界に唯一無二の家族を奪われた哀れな妹。だから世界を壊すと、同じことを願う大魔導師と手を組んだ。そして最凶最悪の妹はエヌラスの機械仕掛けの神様によって死を迎えた。かつては、ユウコの命すらユノスダスごと消滅させている。
「だから、そんなエヌラスだから誰かが支えてやらないと」
「お姉ちゃんが?」
「ええ、今のところはね。ネプテューヌじゃダメだったみたいだし。そんな風に取っ替え引っ替えなんて嫌だけど、それならそれでわたしがエヌラスの一番になればいいだけだもの。恋も、ゲイムギョウ界のシェアも、一番は譲らないんだから。だから、わたしからエヌラスを盗っちゃダメよ、ユニ」
「うにゃ!? わ、わたし別にエヌラスさん取ろうなんて思ってないよ!? それにわたしには……ゴニョゴニョ……ギアが、いるし……」
「え、誰かいるの!? 誰なの!? ユニ、ちょっと詳しく教えなさい! あなた一体誰か気になる人いるの!」
「べ、別にいないよ! ホントだから! そんなんじゃないから! 誰かいるとかそういうの」
「いいから教えなさい! 姉として、あなたの! 姉 と し て! その相手がユニに相応しい相手かどうか確かめさせてもらうんだから!」
「うにゃーーー!! エヌラスさん助けてー!」
――あーもーうるせーなー、こいつらも……。バルコニーでドラッグシガーを吸いながら、エヌラスは他人事のようにノワールとユニの掛け合いを聞いていた。こっちは明日からの予定があるというのに、まったく本当に。気楽なものだ、こっちの世界は。
そんな世界の中に、自分のような存在がいて本当にいいのだろうか? 疑問だけが胸中で渦巻いていた。
賑やかな夕飯を済ませてから、エヌラスは読書に没頭していた頭を休ませる。ポケットの中を探ると、指先に紙の擦れる感触があった。それを取り出すと、ケモナールの材料と調合配分。セインから手渡されたケモナールの現品。これが最後の一本であるのは確信があった。逆側のポケットを探り、取り出すと調合材料から割り出したその成分の中和作用を含んだ薬草などで作った中和剤。名付けるなら……ケモミミ生えるケモナールなら、ケモミミ取れるミミットレインとでも名づけておこう。ミミトレールとかケモナレーヌとか名前の候補はいくつかあるが……。
「……」
だが、そこでエヌラスは少しだけ違和感があった。
ケモミミ生えるケモナール……だが、これで本当にケモナールと呼んで良い代物なのか? 本当はもっと時間があればさらに可能性があるんじゃないだろうか。栄養ドリンクのような小瓶を見つめながらエヌラスは考える。
そもそも、ケモミミが生えた程度でケモナーのみなさまは喜ぶか? 答えは否。断じて否。ケモナーの皆さんは声を揃えてこう唱える。
ケモミミ生やした程度でケモナーとは片腹痛い! ケモナーのなんたるかがわかっちゃいない!! ――と。エヌラスも、まぁ、そちらの方面には多少理解があるゆえに納得は出来る。
確かにそうだ。ケモナールがこの程度で終わっては勿体無い。ケモミミ生えるならかわいいだろう、ああそりゃあもう殺人級にかわいくてぶっちゃけ悶え死ぬかと思った。特にアイエフで。
ケモナールの完成形とは? 目指すべき境地は? 当然ながら、ひとつ。
そう。完全なるケモノ化である。ミミと尻尾だけで終わらせて良いはずがない。
「……って、アホか。バカか俺は」
そうまでして見たいか? いいや見たくない。ケモミミにはもう懲り懲りだ。そんなことをしてしまえばあの変態狂人集団の仲間入り待ったなしだ。だが、それでも敢えて言おう。
めっちゃ見たい。見てみたい。材料は調べれば手に入れることは出来る。調合も問題はない。しかし、量産などと言うバカな真似だけはしたくなかった。
「…………一本だけ。一本だけならいいか」
エヌラスがそう呟いて、ポケットの中にケモナールをしまおうとした瞬間。
「だーれだ!」
「うぉわ!? の、ノワールか!?」
「正解。何してたの?」
突然背後から抱きしめられて心臓が跳ね上がった。危うく手元から落としそうになったケモナールをしっかりキャッチして、胸を撫で下ろす。
「驚かせちゃったかしら?」
「メチャクチャびっくりしたぞ……」
「あら? 栄養ドリンク? へぇ、気が利くじゃない。やっぱりそういう細かい気配り出来る人って好感が持てるわね」
「え? あー……いや、これは」
「わたしにくれるんじゃないの?」
「……栄養ドリンクじゃない」
騙して、飲ませて、ケモミミノワールが見たい。エヌラスはそんな自分の欲望を、自分の中でひたすら虐殺した。鏖殺した。螺旋砲塔だろうが超電磁抜刀術だろうが構わずそんな欲望、滅却しておく。
「これ、ケモナールなんだ……!」
「……なんであなたが持ってるのよ、そんな曰く付きの物」
最後の一本ということ。これを作ったロボットから中和剤のメモと一緒に渡されたことをエヌラスは説明する。なお、そのロボットからソウル・ブラザーと呼ばれていたことは伏せておく。
「中和剤は持ってるのかしら」
「ああ。ちゃんとある」
「…………」
「…………」
ノワールの視線が、ケモナールに向けられていた。それもそうだ。プラネテューヌで問題になったケモミミ事件の元凶である薬品がエヌラスの手元にあるのだから。
「悪い、すぐ捨てるから……」
「えっ……」
「えっ?」
蓋を開けて、中身を流そうと手を掛けた瞬間。ノワールが残念そうな表情を見せた。
……いや、まさかな。いやいやいやまさかそんなはずがない。あってたまるか。もしそうなら泣いて喜ぶかもしれない。でもそうだとして何故ノワールがこんなくっそくだらない妄想の産物に興味を示すのか。
「捨てちゃうの?」
「当たり前だろ……」
「もったいなくない?」
「そりゃ……ちょっとは」
「……エヌラス」
「な、なんだ……」
大体ケモミミ事件には散々嫌というほど苦労をさせられた挙句に全て水の泡にされた、というのに――エヌラスの胸の内から湧き上がる感情は、どうにも本人に似てしぶといらしい。
「見たく、ないの?」
「…………」
「わたしの、ケモミミ……」
「…………――――」
「エヌラス……正直に言って、わたしの目を見て。まっすぐ」
「………………――――――!」
「素直に言えば、そうね……いろいろ、サービスしてあ・げ・る」
心が折れそうだ。耳に柔らかな吐息が吹きかけられて、背筋をゾクゾクとくすぐられる。
「そんな歯を食い縛って今にも血涙流しそうなほど我慢するくらい見たくない?」
「っ~~~~……――――!!!」
ここで! 今、ここでその欲望に従ってしまったら!! 俺は一体なんの為にケモナール事件を解決したというのだ!!
エヌラスにはその意地があった。あんな馬鹿げた事件に振り回されて自分が何をしたかを思い出す。ネプテューヌを傷つけた。プルルートを傷つけた。それなのに、ノワールの優しさに甘えて自分の欲望に負けてどうする。
「ハァ……呆れたわ。あなたってそういう人だったのね」
「ああそうだよ……俺は最低野郎だ……!」
「事件とは無関係に、自分の趣味に正直になってもいいじゃない。……わたしじゃダメなの? 好きって言ってくれたのに、大好きだって」
「それは、その……」
「エヌラスの為になにかしたいのよ、わたしだって。それって、いけないこと?」
「くっ……! くっ、くっころ……!!」
誰か殺せ。俺を殺せ。お願いだから。俺は今、最低な事をしようとしているから。手遅れになる前にどうか誰かお願いします。無慈悲な断罪をください。
「ネプテューヌを傷つけたとか、色々考えてるんでしょ? 抱え込んでるんでしょ、その顔」
「……わかってるなら」
「分かってるから言ってるの。貴方がそれを誰かに渡すなんて許さないのは知ってるわ。だけど今だけでいいから――わたしだけを見て?」
エヌラスの頬を捕まえて、ノワールは目を見つめる。
「わたしのことだけ考えて。わたしも、あなたのために頑張るから」
「…………」
「ネプテューヌやプルルートが何か言ってきても、だいじょうぶよ。エヌラスが頑張ってるの、知ってるんだから」
「ノワール――」
「ん、どうかした?」
「俺を限りなくゴミを見るような目で殺処分しながら飲んでください……!」
ダメだった。耐えられなかった。優しさには抗えなかった。無理だった。殺されても良い、覚悟は出来ている。改めて自分が最低のクズ野郎であることを再認識しながら、エヌラスは自分の趣味としてノワールにケモナールを差し出した。