超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
時刻はちょうどお昼時。それまで朝の出来事を忘れるかのように仕事にこれでもかと打ち込んでいたノワールが執務室に戻ってくると、やはり本日も読書していたエヌラスが顔を上げた。
「ただいま、エヌラス」
「おかえり、ノワール」
「そうしてると夫婦みたいですよ」
「えっ、ちょっと何言うのよユニ。そんな新婚夫婦なんて」
「お姉ちゃん。新婚とまで言ってないんだけど……」
「ま、まぁーいいじゃないそんな細かいこと! さぁーお昼にしましょ、なにかリクエストあるかしらエヌラス」
強引に話題を変えながら、ノワールはエヌラスになにか食べたいものがないか聞いてみる。しばし悩むと。
「ノワールの得意な料理でいい。好きな食べ物って言われても、俺の極貧食生活じゃ出てこないからな」
「食に対するボキャブラリー死滅してないですか、エヌラスさん」
「ぶっちゃけ食えるんだったら土でも泥でも食うぞ俺」
「自慢になりませんから」
「虫でも食える」
「ゲテモノに理解あっても評価には繋がりませんからね!?」
お昼はオーソドックスに洋食でまとめられた。その昼食の最中、エヌラスはノワールに話を切り出す。
「ノワール。俺、午後から少し出かけたいんだが……いいか?」
「それくらいなら別にいいけれど、観光でもしたいのなら」
「いや、ちょっと買い物」
「ひとりで大丈夫?」
「子供かっ」
大きな子供のようなものだが、それは本人の尊厳の為に伏せておく。
「なに買うのか聞いてもいいかしら」
「ちょっと土地と廃工場」
「はびゅっほ!?」
スープを飲んでいたノワールが喉をつまらせて逆流させた挙句、ユニもスパゲティを詰まらせてちょっとした惨劇になっていた。エヌラスはそれに困惑しながらノワールの背中を軽くさすりつつ、ユニの背中を叩く。
「だ、大丈夫か!?」
「げほっ! いきなり何言っているのよ!? 土地と廃工場って、ちょっとって買い物じゃないわよ!?」
「買い手のつかないオンボロだから二束三文で投げ売りされてるド三流の土地だからそんな大した額にならないんだよ。値段も調査済みだし、管理会社とは話つけてある」
「ハァー。そんなの買ってどうするつもり? 永住でもするの?」
「……まぁ、迷惑じゃなければ予定の一つかもしれない」
「だったら教会じゃダメなのかしら」
「どこの馬の骨とも知らん男が出入りしてたら怪しまれるだろうが」
「でも、外で仲良く出かけていても噂が流れると思いますが」
ユニの言うことも至極尤もだ。結局、女神と同棲生活などどう頑張っても噂になる。ノワールもそれに頭を悩ませているようだ。開き直って「わたし、交際している異性がいます!」とか宣言した日には――そりゃもうラステイションが大騒ぎだろう。
「でもそんなの買ってどうするのよ。お金とか大丈夫?」
「足りなきゃ自分で稼ぐ。これ以上お前に迷惑かけられないからな」
「でも無理だけはしないでね。なにかあったら頼っていいんだから」
「……できるだけ、そうする」
目を逸らしながら顔を赤くして、エヌラスはスパゲティをわたがしの如く丸めて頬張った。
午後からも女神のお仕事に精を出すノワールとユニから離れて、エヌラスは一人でラステイションの街の中を歩く。プラネテューヌと違い、重工業が盛んな町並みは重厚な雰囲気でありながらも歴史を感じさせる。黒を基調とした街並みを何気ない足取りで進みながら、エヌラスはふとポケットに手を伸ばした。そこにはくしゃくしゃになった招待状。そして、周囲を見渡すと物陰からはみ出ている白い毛並み。もふもふの毛が見え隠れしていた。どうやら尾行のつもりらしいが、なんというか目立つ。とはいえ、声をかけてくる気配はないのでそのまま放置することにした。
エヌラスは電話で話していた不動産会社へと連絡を入れる。土地の管理と撤退した企業の仲介人を請け負う相手は白スーツで少々やつれ気味の線の細い男性。彼の運転する車に乗り込み、購入を検討している廃工場へと案内される。道すがらの雑談らしい雑談といえば、エヌラスの格好に興味があるようだった。
「ところで、そちらのスーツ。どちらで購入なされたものですか? 実に素材がよろしい」
「ああ……まぁ、ちょっとした知り合いがいて、その人に」
「それは興味深いですね。よろしければ私にも一着、仕立ててもらいたいくらいですよ。大分長く着込んでいますから、このスーツも」
「それはそれで風格が出ていいと思うが、機会があれば知り合いに話してみますさ」
「ええ、ぜひお願いします。それほどの高級品であればラステイションでも箔が付きますよ」
後腰のドミネーションのホルダーについては決して触れようとはしない辺り、この仲介人は鼻が利くと見える。引き際というものを弁えている節があった。賢明だろう。少々話し方が鼻につくことはあるがそれでも人当たりは悪くはない。そんな印象を受けた。
そして、案内された先の廃工場は調査していた時よりも現物を見れば更にボロさに拍車が掛かっている。屋根は剥がれ落ち、鉄骨は錆にまみれて、いずれ自壊するのではと思えるほど。よくもまぁこんな工場を残しておこうと思ったものだと感心する。周囲も雑草だらけで、手入れなどとは程遠い。ゴミも適当に捨てられて異臭を放ち、それだけでなく工業廃棄物が流出して土壌の汚染も著しかった。仲介人も案内はすれど、決して良い顔はしない。それもそうだ。こんな場所は仕事でもなければ近寄りたいとも思わないのだから。
それに比べると、エヌラスの向ける視線はあくまで真剣だった。
「中も見ていいか?」
「ええ、構いませんよ」
「……ひとりでもいいんだが」
「いえいえ。こちらも仕事ですのでね、お付き合いしましょう」
鼻をハンカチで押さえながらよくも言う。
仲介人を置いていく勢いでズンズン奥へ入っていくエヌラスは、軋んだ音を立てる扉をこじ開ける。元々は機械の部品の生産工場だったらしく、コンベアーなどが置かれていた広大な空間は何も残されていなかった。中も雑草が生い茂っており、抜け落ちた天井からは日が差している。まるっきり廃墟だ。一応当時の名残として休憩室や会議室、トイレに食堂、簡単なシャワー室も揃っている。工場という名目としては上々だろう。労働環境を抜きにすれば。
真剣に吟味するエヌラスとは裏腹に、仲介人の男性は眉をひそめたり寄せたり上げたりと不快感を堪えるので大変だった。
「それで、こちらの工場はお気に召しましたか?」
物好きな相手に向ける挑発の色合いを含めた言葉に、エヌラスは短く、だが確かに肯定の言葉を送る。
「ああ、気に入った。此処でいい」
それに間の抜けた顔をしたのは、仲介人の方だった。「購入します」と苦い顔をするならまだしも、まるで夢の一軒家を購入するかのような口ぶりだったからだ。どんな趣味人かと興味がそそられる。そして、どんな形でもビジネスはビジネスだ。
「そうですか。それでしたら手続きの方はこちらで進ませていただきます。もしよろしければ、貴方の方でご都合がつくのであれば他の土地も同様にお売りさせていただきますが、如何でしょうか」
「うーむ、手持ちがな」
「元々、ここ数年。買い手が見つからないどころか話題にすら挙がるのが稀な場所です。提示いただいた金額でも間に合うかと思われますが」
「マジで二束三文なんだな……」
とにかくどんな形でもいいから手放したい、というのがあちら様の言い分らしい。仲介人が電話を掛けて話している内容は、購入が決定した土地と工場を、現状の値段で拡大できないかというもの。その交渉に多少難儀したものの、結局は手放す千載一遇の好機として言いくるめた。
「ええ、こちらでも決まりました。当初の予定であったこの工場だけでなく、両隣の工場も土地ごと現在のお値段でお譲り致します」
「マジかよ……」
「元々はここだけでなく、幾つかまとめて管理していたのですがね。そちらにとっても、悪い話ではないでしょう?」
確かに、それはそうだが。予定が思ったよりもトントン拍子にうまい具合に進んで怖いくらいだった。とはいえ、承諾書にサインをする。身元保証と連帯保証人の欄は空白。まぁ相手もその辺は特にこだわらなかった。元よりこんな不良在庫の土地、手放したくて仕方ない。もしそこが犯罪組織の巣窟になったとしても別に困らなかった。帳簿から抹消一歩手前の管理している土地なのだから。
「では、こちらはお客様の方で保管をお願いします」
「ああ、どうも。助かったよ」
「いえいえ。こちらこそ。購入いただき、ありがとうございます」
「にしても、なんでこんな子供の小遣いみたいな値段なんだ?」
「それについては……内密にお願いしますよ」
わざとらしく芝居がかった調子で仲介人は声を忍ばせながらエヌラスに耳打ちする。誰も聞いていないだろうに。
「実はですね……この周辺に、出るらしいんですよ」
「ほう……出る、とは?」
「夜になると、カサカサ……カサカサ……下水道や配管から」
「それもしかしてゴ――」
「ともあれそういった事情もありまして。今なら駆除も引き受けてくだされば、こちらから報酬もやぶさかではございませんが、如何でしょうか?」
「それは前向きに検討させてもらおうか? 報酬次第だ」
「今なら……大体これくらいの額で……」
「マジで……? 害虫駆除だけでこんな額なのか……」
「今なら特別報酬も出ますが? 当社と繋がりを強くする良い機会ではないかと」
「……良くしてくれた礼に害虫駆除引き受けても悪くないかもな」
「では、そういうことで! こちらも用意がありますので、また追って連絡致します」
「こっちもそれまで準備しておく。ありがとな、仲介人さん」
――なにか、こう。上手く乗せられた気がするが多分気のせいだ。