超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ネプギア達が大魔導師と話し合いの場に選んだのは、ハネダシティのカフェテリア。最近ではB2AMが崩壊してスタッフのジンガに対する視線も少し変わっていた。以前はそういった風潮はあったものの、今となってはたまに話題にあがるくらいで疑いの眼差しもなくなっている。
紅茶を注文してのんびりと香りを味わってから舌で楽しむ。大魔導師を前にして緊張が高まるネプギアと違い、なんとも優雅な一時を過ごしていた。
「良い茶葉だな。煎れ方も良いんだろう。飽きるほど飲んだ品種ではあるが、新鮮な気分だ」
「……」
「茶飲み話くらいはいいだろう? 俺とてまだ記憶が混濁している。まずはその整理からだ」
ロムとラムの二人は無邪気に注文したタルトを食べて喜んでいた。ユニはネプギアが警戒する以上は気を許すつもりはないのか、不審な目で睨む。女神候補生達に囲まれて紅茶を呑む見慣れない男性に、店内の客達も首を傾げているものの大魔導師が放つ神気は女神に負けず劣らずの人ならざるもの。それが有無を言わせない。
大魔導師は紅茶にミルクを注ぎながら薄く笑みを浮かべながら会話を切り出した。
「こうして相まみえるのは、いつ以来かな」
「……わたし達の世界では二年です」
「そうか。――うん、そうか。こっちではたった“その程度”でしかないか」
「……? どういうことよ」
「ツインテは知らないか。初見なら仕方ない」
「だから、もう」
「分かっている。名前はちゃんと覚えているさ、ユニ」
「じゃあ次からそう呼んでください」
怒られているのに大魔導師は笑みを浮かべたまま「ああ」と頷く。大魔導師からしたらユニの怒りなど子供が頬を膨らませている程度でしかない。
ネプギアだけは知っている。エヌラスが戦い続けていた歳月を。だが、それは大魔導師も同じことだった。
「アイツは、バカな奴だと思わないか」
「エヌラスさんですか?」
「それ以外に誰がいる?」
「バカな奴って、そんな風に言わなくても――」
「誰の為にしていると思っている。とでも、言いたいのか」
大魔導師が紅茶に注いでいたミルクの入ったカップから手を離す。テーブルに落ちて転がるはずのカップは宙に浮いたまま固まっていた。見れば、紅茶までもが凍りついている。それにネプギア達が背筋を震わせる。
「だからバカな奴だと言っているんだ。誰の為でもないだろう」
「少なくとも、あなたのためではないんですか」
「俺達がそんなことを望んだ覚えはない。少なくともな」
「じゃあ」
「アイツがしてきた今までの戦いは、全部無駄だ。結局は、自分が救われたいが為に繰り返してきたものでしかない。“自分がしてきた全てが無駄ではなかった”という証明さえ打ち立てられれば、それだけでいいんだ。アダルトゲイムギョウ界から、誰か一人でも救うことが出来ればアイツは満足する。妥協する。全てを救うことが出来なくても――それだけでいい」
ネプギアはそれに口を挟むことが出来なかった。
「アイツは、ユウコを救うことを選んだ。その結果として俺を殺した。アルシュベイトも、ソラも、クロックサイコも、ドラグレイスも、ムルフェストも。一度犯した過ちは二度も繰り返さなかったようだがな」
大魔導師が甦る記憶に、時折額に手を当てて頭を休める。それでも魔術の行使はやめないのか今度は紅茶をゆっくりとかき混ぜ始めた。既に解凍していたのか湯気を立てている。
「……あなたは、未来に絶望して世界を滅ぼそうとしましたよね」
「記憶が戻ったのなら、もう一度やるのではないかと不安か?」
「はい」
「心配するな。そのつもりは無い。既に一回やったからな。二回もやるつもりなどない」
それに胸を撫で下ろそうとした瞬間。
「超次元は別な話だがな」
――心臓を鷲掴みにされた気がした。それに、大魔導師はやはり笑みを浮かべている。
「冗談だ。この世界は、面白い。俺が無名のひとりとして陽の下を歩ける貴重な世界だ。壊したりはしない。そもそもアレは――いいや、やめておくか。聞かれもしていない」
大魔導師は紅茶を飲みながらロムとラムの二人を眺める。
『?』
首を傾げて、頬に付いたクリームを指摘するとユニが拭きとっていた。
「さっきから聞いていたら、わからないことだらけなんですけど」
「ユニとそっちの二人のオチビさんはあの時いなかったからな。かいつまんで話せば、エヌラスは俺や、アダルトゲイムギョウ界を救うために一人で半世紀も戦い続けていた。それだけだ」
それだけ。たった、それだけの話――大魔導師は、エヌラスが歩んできた地獄を“詮無き事”として片付けた。それにネプギアが強く睨みつけるが、涼しい顔をしている。
「――エヌラスさんが、そんなに?」
「ああ。とはいっても驚くことはない。アイツはそもそも、そう簡単に死にはしない。老衰など以ての外だ。女神と同じようにな」
守護女神は半永久的に存在し続ける。シェアがある限り。信仰され続ける限り、女神は不滅の存在だと言っても良い。ならば神格者も同様――そう思っていたネプギア達に大魔導師が手で制した。
「勘違いをするなよ。俺は一言もアイツが“シェアエネルギー”で生きているとは言っていないのだからな。むしろアイツはその反対だ。ネガティブエネルギーで生きている――当然だろう? アイツは本来、女神の敵である魔人なのだから」
「ッ――」
「なんだ、アイツは一言も言わなかったのか。相変わらず自分には無頓着極まりないな」
「エヌラスさんが、魔人……?」
「あの黒いおにいちゃん、お姉ちゃん達の敵なの?」
「そうならない為の、シェアエネルギーだ。原動力を抑えこみ、ヒトとして生きる為に。だから通常の女神達のような大衆から得られるシェアではなく、より深いシェアが必要なんだ。ただでさえ銀鍵守護器官で抑制しているというのにな」
それは知らなかった。エヌラスでさえも知らされていない事実に、ネプギアは言葉を失っている。銀鍵守護器官で魔人としての本性を抑制し、さらにシェアエネルギーで本来の力を相殺させて、エヌラスはようやく一人の人間として生きていけると大魔導師は言う。もし、それが無ければどうなっているのか。
「もし、それが無くなったらエヌラスさんは……」
「世界を滅ぼすだろうな。それがアイツの本来あるべき姿だ」
その為に呼び寄せた。未来に絶望した。全てに飽いた。掌の上にある箱庭の世界を壊そうと、大魔導師は絶望に縋りついた。だが、来たのは――。
胸中をよぎる思い出は、飽くまでもくだらない日々だった。嗚呼、なんてくだらない毎日。なんてどうでもいい日常なのだろう。思い返せば、アレに生き方を教えたのは他でもない自分ではないか。それなのに――それなのに、どうしてこうなっているのだろう。大魔導師は訝しむが、答えはすぐに見つかった。
目の前の少女達に、心奪われたからだ。女神に、希望に。未来と明日に。全てを願ったからこそ、エヌラスは歩み続けてきた。
塔争を。邪神との死闘を。自分が救われる為に。世界を救うために。――ああ、なんて腹立たしいことなのだろうか。そんなことを望んだ覚えなど一度もないのに。
「……滅ぶことでしか救われない世界を救うための存在だったんだよ、エヌラスは」
「大魔導師……」
「なら、滅ばない世界にアイツの居場所はない。このゲイムギョウ界にあってはな」
「そんなこと、ありません……!」
「いいや」
断言した。否定した。大魔導師はネプギアの抵抗を即座に拒絶した。
「アイツは、最早アダルトゲイムギョウ界にとっても異物でしかない。どこにでも現れる、故にどこにも定まらない。絶望が最も渇望するのは希望だ。身を焼くと知っていてもなお、放すことが出来ない。だからエヌラスはお前達女神が大好きなんだろうな」
それはきっと、エヌラスが言わないこと。愛した人を奪われた。唯一の家族を殺された。だから愛する言葉を紡げない。言えば、きっと奪われてしまうから。それが耐えられなくて、思いは胸に秘めたまま。
「……そのエヌラスさんから、恋人を奪ったのは誰ですか」
「この俺だ。いやなに、アイツがあんまりにも幸せな顔をしていたものでな。アイツの妹に関しては、まぁなんだ。タイミングが悪かったとしか言いようが無い。俺は、人の心が分からないからな」
無神経に逆撫でしてくる言葉も、それは嫌味としてではなく大魔導師が他人を気にしないからだ。
「そんな俺も恋人のひとり出来れば、分かるようになるのではないかと思ったが……いや、ダメだな。俺はどうにも人の姿をしている物を愛せない傾向にある」
「人をモノみたいに言わないでください。みんな――」
「死体に人権など無い。死体はモノでしかない。ならば生きた人間も同じことだ。俺にとってはな」
薄ら寒くなるようなことを平気で言う大魔導師に、ロムとラムの二人が怯えている。何を言っているのか理解の範疇を遥かに越えている。人の規格で生きてなどいない。常識の蚊帳の外で孤独に生きてきた。
「アイツの妹が死のうが、世界が滅ぼうが――どうでもいいんだ。エヌラスが世界を救おうが、何をしようが。ただそれだけの話」
「――取り消してください!」
「ネ、ネプギア?」
テーブルを叩いて、声を荒げながらネプギアが大魔導師を睨む。目尻に涙を浮かべて。
店内から視線が殺到しても気にした様子もなく、怒鳴る。
「どうでもいいなんて、言わないでください! エヌラスさんはそんなあなたでも救おうと、助けようとして――! ずっと、独りで戦ってきたんですよ!? なのにどうしてそんな冷たいことが言えるんですか! ひどすぎます!」
「…………」
「未来に絶望して、一度は世界を滅ぼそうとしたあなたをっ! 恋人を奪ったあなたを、エヌラスさんは――!」
「ネプギア、落ち着きなさいよ」
「だって!」
赦せなかった。許せる筈がなかった。あの人の地獄を一蹴する大魔導師の言葉が。
店内がにわかに騒がしくなり始め、大魔導師は立ち上がる。ネプギアはそれでも睨みあげていた。
「……それで? “だからどうした”と言うんだ、お前は」
「――――」
「これ以上、話す余地はないか。ならいいだろう。腹ごしらえも済ませた、場所を変えるぞ」
何事かと店内の厨房から顔を覗かせたロボット、ジンガがネプギア達のテーブルまで近づく。
《あの、お客様……?》
「すぐに出て行く。案ずるな、ロボット」
曲面装甲の胸部に手を当てると、すぐさまジンガが膝をついて崩れ落ちた。それは突然眠気に襲われたように。騒然となり始めそうな店内を一望して、大魔導師は左手の指を鳴らす。すると店内の客もスタッフも糸が切れた人形のように、その場に突っ伏した。
「今日、見たものはただの悪い夢だ。起きれば何事も無く忘れている」
「何をしたのよ、お店の人達に」
「人の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲だ。俺は睡眠欲を増大させただけに過ぎん」
店のスタッフを含めたカフェテリアは静寂に包まれて、大魔導師は伝票を持つとレジに置いて釣り銭なく全額丁度置いて店を後にする。それにネプギア達も続いた。