超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
エヌラスとノワールはデパートを散々歩いて、ようやく休憩しようと喫茶店へと足を運んだ。店内の席は満席だったのでオープンカフェとして軒先で空いているテーブルに腰を下ろす。
「ん~~……! はぁ。なんだか久しぶりにおもいっきり遊んだ気分ね。やっぱりこういう息抜きも必要よ。エヌラス、楽しかったかしら?」
「ん。まぁ……そりゃあ」
「ハッキリしないわね」
「そりゃ、俺でも緊張するんだからな?」
「緊張してたの?」
「当たり前だろ……」
話題から目を逸らすようにメニューを手にするエヌラスに、ノワールは微笑みかけた。
「エヌラスって、ほんとこういうのんびりとした空気苦手よね」
「そうか?」
「そうよ。だってあなた、何かと理由つけてすーぐどこか行くじゃない。一緒にいるのはいっつも戦う時ばかりでしょ」
「そりゃ……その、悪い」
「悪いと思うなら今日くらいは付き合いなさいよ」
「わかってるって。それで、なに頼むんだ?」
「んー、そうね……」
エヌラスはコーヒーだけで済ませるつもりだったようだが、ノワールはそれに頬を膨らませて勝手にショートケーキとチーズケーキを注文した。
「ひとりで二つ食うのか?」
「何言ってるの、あなたの分よ。はい、チーズケーキ」
「……」
「空気読みなさい」
「はい……」
「バツとして」
ノワールは指先で唇を叩く。
「一口ちょうだい」
「いや、それなら自分で二つ……」
「あーん」
「だから……」
「あ~ん」
「……その……」
ニコニコと笑うノワールが口を大きく開ける。チーズケーキをフォークで切り分けると、ノワールの口に向けて差し出す。
「……ほら」
「むー」
「あ、あ~ん……」
「あーん」
ただケーキを食べさせてやるだけなのに、それがえらく恥ずかしい。顔を背けたいところだが嬉しそうではあるが恥ずかしそうに頬を染めるノワールから目を離せない。
「あむっ。ん、美味しいわね。やっぱり甘いものは必要よね」
「…………恥ずかしい」
顔を覆うエヌラスに、ノワールは幸せそうに笑っていた。
「空気読まないあなたが悪いのよ」
「悪かったから、こういうのはもうやめてくれ……恥ずかしくて死ぬ」
「そこまで言わなくてもいいじゃない。ほら、こっちも一口あげるから」
「いや、いらない……」
誤魔化そうとコーヒーを一口含む。今度は不機嫌そうにしてショートケーキを頬張るノワールを盗み見て、エヌラスは先程の笑顔を思い浮かべた。
「……」
「ん、なによ。わたしの顔見て」
「二人っきりの時なら……しても、いい」
「もぶっふ!」
「だ、大丈夫か!? いきなりむせてどうした!」
「けふっ、けふっ! あなたが変なこと言うからでしょ!」
「別に変なこと言ってないだろ!」
「言ってるわよ!」
「フォーク向けんな、あぶねぇ!」
「…………」
「…………」
そんな二人のやり取りを、別なテーブルで聞いていた二人組がいた。片方はイチゴのパルフェ。もう片方はレモンのタルト。そして手元にある飲み物は紅茶とコーラ。
「ゲロ甘ですね」
「恋してるねー」
「あぁ、もうこの悶々とした気持ち……まさしくノワールさんへの、愛!」
「やきもきしてるだけじゃないの? あと、尾行がバレるから大声出さない」
「大丈夫でしょう。あちらも会話に夢中なようですし」
「エヌラスさんなら気づくと思うけどなー」
デンゲキコはコーラをストローで混ぜながらメモ帳を取り出して書き始める。
「えーっと、ノワールさんはデパートで水着を買って喫茶店でイチャイチャパラダイス、っと」
「そのメモの仕方はどうなのかなー」
「う、うるさいですね。わたしがどんな風にメモを執ってもいいじゃないですか」
「はいはい、そーですねー」
ぞんざいな受け答えにデンゲキコは唇を尖らせてなにかぼやきながらもペンを走らせていた。
「いいじゃないですかなんでも。ニュースはニュース。スクープは逃せないでしょう」
「そうだけどさー」
「でもこれってわたし達もデートってことになるんでしょうか?」
「ブーッ!!」
「汚ぁっ!? なんですかいきなり紅茶スプラッシュなんて! わたしのメモ帳がダージリンな香りに塗れてますよ!」
「変なこと言うから! もう!」
むくれながらファミ通はイチゴのパルフェを掬って口に運ぶ。
「でも良いんですかね。女神様がお仕事をサボってデートなんて」
「いいと思うけどな。女神様にも休暇は必要でしょ?」
「うーん、そうなんですけどね。最近のゲイムギョウ界の情勢を鑑みるにあまり良くないと思われます」
「それはそれ。わたし達が気にすることじゃないでしょ」
「ま、そうですね! わたし達としては記事になる情報が得られればそれで良いんですが。特にノワールさんの」
「個人情報は漏らさない」
「分かってますよそれくらい。あ、わたしデザート追加で」
「まだ食べるの?」
「ダメでしょうか」
「別にいいけど、ちゃんと自分の分は払ってよ?」
そう言いながらファミ通は伝票に目を向ける。金額の半分以上はデンゲキコが注文したもので埋まっていた。
「おきゃくさまー、追加のコーヒーは如何でしょうかー」
「あ、大丈――」
「……」
やけにぞんざいな態度の店員だなー、と思いながら振り返ったファミ通とデンゲキコの顔が凍りついた。両手に荷物をぶら下げたエヌラスと、腕を組んで眉をつり上げたノワールがそこには立っていた。サッと顔が青ざめる記者二名。
「なーにしてんだお前ら、コソコソと」
「え、えっとですねー。そのー、記者も休暇が必要と言いますか」
「それが偶然にも同じ喫茶店か」
「はい、そうなんですよ。いやー偶然ですねー、あはは……」
「デパートでも一緒だったな?」
「…………」
「水着売り場も一緒だったな」
「…………」
「なぁ?」
ダラダラと冷や汗を流すファミ通とデンゲキコ。ほぼ最初から尾行がバレていたらしい。それを敢えて見逃していたのだが、ここまで来るとエヌラスも我慢の限界だった。
「えっとー、もしかして」
「ああ、最初から気づいてた」
「エヌラス。気づいてたなら言いなさいよ」
「しょうがないだろ。せっかくのデートに水挿したくなかったんだ」
「それは嬉しいんだけど、ずっと見られてたって思うと腹が立つわね」
「ていうか、気づかなかったのかノワール」
「…………それには触れないで。自分でも浮かれてたって思ってるんだから」
赤縁メガネを直しながらノワールは何かに気づく。
「って、ちょっと待って。わたし一応変装してるんだけどバレてる?」
「はい」
「モロバレです」
「なんでよぉ!?」
「だってそりゃあ、ノワールさん美人ですし」
「女神様ですし」
「かわいいし」
「う、うぅ~~なによみんな揃って」
顔を赤くしながら深くため息を漏らした。
「変装していたわたしがバカみたいじゃない」
「いつもと違うお前が見れてよかったけどな」
「そ、そう?」
「甘いですね」
「甘々だね」
呟きながら二人がパルフェとタルトを頬張る。果たしてどちらの感想なのかは言わずもがな。
――エヌラスのD-Phoneが着信音を鳴らす。そこに表示されているのは番号だけ。眉をひそめながら通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『――――』
「どちら様だ」
『ああ、聞こえているか』
「…………大魔導師?」
その名前にノワールが息を呑んだ。
「なんだよ、アンタから電話なんて」
『今、ゲイムギョウ界に来ている』
「――――なんだって?」
『ゲイムギョウ界に来ている、と二度も言わせるな。元気そうだな』
「あ、いや……なんでアンタが」
『お前が、何かと問題を起こすからどうにかしろと連れてこられたんだ』
「誰に」
『ユウコに』
「……どうやって?」
『次元間テレポーターを作った。ユウコに買収されたが、まぁ金はどうでもいい』
嫌な予感がする。エヌラスは背筋が震えた。何か違和感を覚える。懐かしさというか、慣れ親しんだ感覚。それが、どうしても胸を締め付ける。
『それでな、エヌラス――』
嫌な予感がする――それは、確信に変わった。
『“思い出したんだ”』
「――――」
『全部、とまではいかんが。ある程度はな』
「大魔導師……?」
『おい、バカ弟子。こう見えて俺は結構頭に来ているんだ。だからな、俺を殺しに来い。退屈しのぎに付き合え』
「ちょっと待て。待ってくれ! どういうことだ!?」
『どうもこうもあるか? こちらは中々面白い、興味深い世界だ――台無しにされたくないだろう? 壊されたくないだろう。お前の大事な物が山程あるんだからな』
「ッ!」
この人は、この化物は、この怪物は。いつだって自分の想像の上を行くのだと思い知らされる。今回はとびきり斜め上の方向で突っ切っていた。
思い出した? 前世の記憶を? セロンの拘束すら抜けだして。
大魔導師は軽く鼻で笑った。
『ああ、お前に俺を殺す理由などないか』
「ねぇよ。そんなの」
『無くても、作ることは出来るな?』
受話器を離して、新たに聞こえてくるのは悲鳴。女の子の声だった。それに、どうしても脳裏から離れない黒髪の少女が浮かぶ。
『いやぁぁぁぁっ!』
『――と、まぁ。そういうわけだ。助けたければ、殺しに来い。場所は判るな?』
「…………」
全身の血液が沸騰しそうなほど熱を帯びるのが分かった。右腕から右の頬まで浮かび上がる魔術回路にデンゲキコ達が驚いている。
「待ってろ、今から望み通りにしてやる」
『俺は気が長いほうじゃないんだ。早くしろよ?』
通話が終わり、エヌラスは不安そうな表情を見せるノワールを何も言わず抱きしめた。
「……エヌラス。今の」
「大魔導師が、こっちに来ている。ユニが捕まった」
「ユニが? なんで?」
「分からない。助けに行ってくる」
「なに言ってるのよ。わたしも行くわ」
相手はあの大魔導師だ。退屈しのぎと暇潰しで世は事もなし。それだけが全て。
「バカ言うな」
「バカ言ってるのはどっちよバカ! 大魔導師が相手なんでしょ。それに、ユニはわたしの妹なの。大事な家族なのよ。放っておけるわけないじゃない。わたしも行くわ! 場所は」
「……好きにしろ。プラネテューヌ方面だ」
「そこの二人。荷物預かっててもらえるかしら。いい、中身は絶っ対に見ないこと」
「はい、わかりました。責任取ってお預かりしますね」
「頼んだわよ」
エヌラスとノワールが走りだし、そのテーブルにはさりげなく二人の伝票が置かれていた。
「……さりげなく食い逃げしましたね、エヌラスさん」
「ほ、ほら。緊急事態みたいだし」
「伝票置いて行かれましたけど、間に合うでしょうか?」
「……今月、厳しいんだけどなぁ」
ファミ通は深々と溜息を吐く。
――荒涼とした山岳地帯で、大魔導師は待ち構える。十字架に磔にされたユニを眺めながらぼんやりと考え事をしていた。
『てけり・り~』
「あはははははは!! だめ、ちょっと! これ以上は笑い死んじゃう! あははは、くすぐったい!!」
「ダンセイニ、もういいぞ」
触手を伸ばしてユニをくすぐっていた古代生物が大魔導師に言われて触手を取り込む。
『り~』
「りーじゃねぇぶっ飛ばすぞ」
『テケリ・リ!?』
「はぁ、はぁ……もう、なんなの……?」
「……脇もいいな」
「何処見てんのよ!?」
「脇」
大魔導師が即答するとユニは顔を赤くするが、身動きが出来ない。マントを翻すと、懐から一冊の魔導書を手にする。
「どうせ見ていることしか出来ないお前に教えてやる。俺の魔道の全てはこの一冊の魔導書だ」
「……」
「奪うことが出来れば、勝ち目はあるだろうな。この“N”の魔導書を奪えれば、の話だが」
左手をポケットから出して、大魔導師は黄金の弓を携えた。
「俺が記憶を取り戻すということがどういう意味か、あのバカに教えてやる――“
黄金の矢をつがえて、大魔導師は青空へ向ける。その視線の先――米粒のように小さな姿が二つ。
「っ、まさか――ここから狙い撃つつもり? お姉ちゃん、避けて――!」
「避けさせるつもりなど毛頭ない。俺が呼んだのはエヌラス只一人だ」
黄金の矢に無数の幾何学模様が描かれる。魔術文字による加護を付与した“絶対必中”の矢の名前は――。
「貫け――“バロウズ”」
大魔導師の手から放たれる黄金の矢が狙うのは、黒の守護女神。光の速度で飛翔するそれを目視して避けようとするが――空中で反転する。リアルタイムで修正される弾道。
光速で演算される軌道修正が可能とする“絶対必中”の加護は出来損ないの弓聖だったが、大魔導師は敢えてそれを好んだ。完璧ではないからこそ、面白い。