超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
女神化したノワールと変神したエヌラスがプラネテューヌ方面へ向けて空を飛ぶ。最大戦速で向かう地平線から、一条の光線。咄嗟に避けたブラックハートだったが、悪寒に振り返ると避けたはずの矢が旋回していた。再度避ける。しかし、今度は回避直後に軌道を変えてプロセッサユニットの翼を貫いた。
「キャアアッ!」
「ノワール!」
「わたしは、大丈夫! 先に行ってエヌラス!」
「遅れて来て見せ場なくても恨むなよ!」
ブラッドソウルが先行して、地面と激突する前にブラックハートは体勢を整える。
プロセッサユニットの損傷は、キレイに翼だけだった。その修復なら時間の問題だ――かに思われたが、人の気配に大剣を構える。
「そこにいるのは分かっているわよ。出てきなさい」
ガチャリと金属の擦れる音。整息するのは、老齢に達した男性の声。振り返ったブラックハートが目を見開く。
「やれやれ、まったくあの御仁は――老体に無茶を言いなさる」
「――あなた、は……」
「お初にお目にかかる、守護女神。私は
知っている。知っているとも。貴方は、たった数日だけだったが、良く知っている。
色あせた銀の髪。両腕に着けた銀の篭手には身体を蝕む水銀の血。吸血鬼を殺す。ただそれだけの為に生涯を捧げたはずの人。
「“はじめまして”だな。人は私を“銀狼”のシルヴィオと呼ぶが、覚えていただかなくて結構。貴方との邂逅は一度きりだ」
「……ぁ」
朗らかに笑う喫茶店のマスター。貴方は、そんな人のはず。なのにどうして――わたしに拳を向けて、構えるのか。
「吸血鬼を討つ為に捧げた生涯ではあるが、今だけは女神に向けさせてもらうぞ。我が爪牙」
「――なんでよ」
「大魔導師からの命令でね。老後の人生よりも、死後の安息が望ましい」
「なんで、あなたがわたしの前に立つの!?」
「……恨んでくれて構わん。捕らえられたのは貴方の妹と聞く」
「それなら!」
「だが――出来ん相談だ!」
極限まで鍛え上げた拳闘術。ステップから一瞬の踏み込みで距離を詰めて、ストレート。ブラックハートはそれを大剣の腹で受け止める。衝撃が腕から伝わってきた。
「ッ――」
「こんな色褪せた老いぼれでもな。恐怖からは逃れられん。いつか訪れる死の恐怖からは。苦難に満ちた生から逃れ得る唯一の手段すら、あの方は奪う」
かつては、共に大魔導師へと刃を向けたのに。
「故に、逆らうことなど誰にも出来はしない。誰にもな。分かってくれ。我々のような弱い人間には死後の安らぎだけが救いなのだ。家族を救いたければ、私の屍を踏み越える他にない」
今は――刃を向けることになっている。大魔導師は、全て計算済みだろう。“前世”の記憶が戻っているのならこれ以上ない嫌がらせだ。恩を仇で返させるなど。
プラネテューヌでは、目を覚ましたネプギアが時々痛む頭に顔をしかめながら教会を目指して走っていた。
「はぁ、はぁ……! お姉ちゃん!」
「あ、ネプギアー。おかえりー。どうしたの? そんなに急いで?」
「ユニちゃんが! 大魔導師に……ハァ……連れて、いかれて……!」
「え?」
「あんにゃろーなぁにかんがえてやがんだぁぁぁ!!」
携帯を取り出すなり大魔導師に電話を掛けるユウコを尻目に、ネプギアは膝に手を当てて息を整えながらネプテューヌに泣きつく。
「大魔導師が、記憶、取り戻して……それで、わたし達が止めようとしたんだけど……!」
「――ぷるるん!」
「うん~」
「もしもし? おいバカ! 何考えてんだお前!? 人様に迷惑――」
『エヌラスをどうこうしろという理由で人に迷惑かけたのはお前だろう、ユウコ。俺はそれに則った行動をしているだけだ。それと次元間テレポーターを拝借したぞ』
「むぎゃー!」
『なに、ほんの数十分前の話だ』
「おまっ!」
『使用料なら教会に出してある。後で目を通しておけ』
「もー! なんで全部後から先回りしてんだお前! 後で一発殴らせろ!」
『だったら殴りに来い』
一方的に通話を切る大魔導師に、ますますユウコは眉をつり上げるも、エプロンの裾を掴むピーシェを見て頬を膨らませながら抱き上げる。
「むぃー。ピィちゃんかわいいから、全面的に許す!」
「いやいやいや! いくらピー子がかわいいからってそんな横暴許しちゃダメでしょ!? とにかく、わたしとぷるるんで大魔導師止めに行ってくる!」
「いってくるね~!」
「わ、わたしも行きます!」
「いってらっしゃい! あの野郎ぶん殴っといて!」
ネプテューヌ達が慌ただしく教会を後にして、それから間もなくしてブランから連絡が入ってきた。
《おい、ネプテューヌ! 今どこだ!》
「ブラン? 今教会を出たとこ!」
《ロムとラムが泣いて帰ってきたんだ! 大魔導師だか大導師だか知らねぇがぶん殴らないと気が済まねぇ!》
「わたしもかわいいかわいい愛しのネプギアが泣いて帰ってきたから向かってるとこ!」
《そっちと合流してぶっ飛ばしに行くぞ!》
「もちろん! あ、ぷるるんも一緒だよ!」
場所は、なんとなく分かる。大魔導師のことだ。放っておいてもすぐに天変地異なり地殻変動なり起こしてくれるだろう。それが目印になる。
ブラン=ホワイトハートと合流したネプテューヌ=パープルハート、ネプギア=パープルシスター。それとプルルート=アイリスハートは、上空からゲイムギョウ界を探し始めようとして――すぐに銃撃に晒された。場所はプラネテューヌとルウィーの国境。そこは、B2AMの北方拠点ベルスクだった。残党かと思われたが、違う。
白銀の冬景色に混じって、浮いた黒のゴシックドレス。ロングスカートのメイドとミニスカートのメイドが並んで立っていた。その二人の元へ降りると、背後からもう一人。
日本刀を携えた浪人風の男性に、執事服の男性。
二人のメイドが礼儀正しく頭を下げる。
「初めまして、女神様方。私どもは」
「肩書長いので割愛!」
「……大魔導師の関係者ということで一括りにさせて頂きます。あと愚妹、ちょっと黙れ」
「ネプテューヌ。知り合いか?」
「ええ、知っているわ」
戦闘用ガイノイド。スピカとカルネ。そして、背後に控えるのはブシドーとバトラー。
九龍アマルガムで考えうる戦力としてはこれ以上ないほどの相手だ。総出で待ち構えていたのは、恐らく大魔導師の読みだろう。だとすれば末恐ろしくなる計算だった。
ホワイトハートは戦斧を担ぎあげて睨みつける。
「誰だか知らねーがな、わたしの大事な妹泣かせた奴の関係者だっていうなら容赦しねぇ」
「ええ、私共もそうです。それとこれはあくまでも私事ではありますが――」
スピカの背後に見慣れない巨大な楽器ケースがあった。コントラバスだろうか、背丈を超えるほどのケースに手を伸ばす。
「私、一番嫌いなものが時間外労働でして。ええ、一銭の得にもクスリにもならない労働時間というのが、何より赦せないのです。時間の無駄だ、とっととおっ始めっぞ!」
語気を荒げながらメイド服を翻したスピカのロングスカートの下から覗くのは白い太もも。それを取り囲むように隠された銃器の数々にホワイトハートが目を丸くした。カルネは朱い太刀を背中から取り出して肩を叩く。
ブシドーも二刀流で構え、バトラーも革手袋を鳴らして詰める。
「拙者達のことを見知っているなら、これ以上素性を語ることはあるまい」
「そのようですね。あの方の無理難題に付き合わされるのも今日が初めてではありませんし」
「観光とか全部後回し! どっからでも正々堂々とかかってきなさい!」
「どっちだよ!」
ホワイトハートのツッコミをコントラバスのケースで受け止めながら、スピカが開戦の火蓋を切って落とした。
大魔導師は手頃な岩に腰を下ろして待ち続ける。捕らえられているユニの様子に時折視線を向けて、すぐに離した。
「サヤ」
「はーい」
「逃げるとは思えないが、見張りを頼む」
「うん、わかった!」
白いワンピースを着た黒髪の少女がユニのそばに立つ。人懐っこい笑顔を向けるが、無邪気なその表情がかえって不気味だった。
「女神様っておいしそうだね。味見してもいい?」
「噛み跡一つ付けてみろ。挽肉にして冷蔵庫に詰めてやる」
「えぅー、大魔導師こわい……」
「さて、と……そろそろ来るか」
億劫そうに立ち上がる大魔導師の背中に、サヤはユニに耳打ちした。
(おっかないね、大魔導師)
(……う、うん)
(あんなに機嫌が悪いの久しぶりに見た)
(機嫌が悪い? あの人が?)
眠そうに開けた目も、気だるげな仕草ひとつ取ってもそんな素振りなどお首も見せていないというのに、不機嫌だと言う。感情など無さそうなのに。
(大魔導師はそういうの、下手っぴさんだから)
クスクスと楽しそうに笑うサヤの目が細められる。
「それにしても女神様って本当においしそうだなー、味見だけでもしたいなー。指だけ、指だけでいいからしゃぶらせて!」
「うひぃぃ! なんかゆりゆりしぃんですけどこの子ぉ!」
「サヤ。肉塊にされたいか?」
「ぁぅー、こわい……おとなしく見張ればいいんでしょー、もう」
ぶつくさと言いながらサヤはその場に座り込んだ。