超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
大魔導師の背中を眺めて、ユニは何とか抜け出せないかと身じろぎする。拘束している銀の鎖が音を鳴らすも、その拘束は一寸も緩む気配を見せなかった。十字架も大魔導師の魔力によって形成されているようだが、壊せる気がしない。
(なんとかして、抜け出さないと……)
「…………」
それに気づいていないはずはないのだが、大魔導師はぼんやりと空を眺めている。それを見ていたサヤが口をへの字に曲げた。
「あーあ、せっかくお外散歩できる機会なのに残念だなぁ。あんなに大魔導師が機嫌悪かったらおふざけも出来ないし」
「そうなの?」
「悪ふざけしたら何されるかわかんないからおとなしくしてる」
黄金の弓を再び構えると、無言で矢を放つ。今度は何を狙撃したのか。ユニが目を凝らすと、空中で何かが弾けたように火花が見えた。目視できるほどの火花ともなれば、それは爆発だったのかもしれない。
やがて、鼻で笑う声が聞こえた。
「ふんっ……来るのが遅いぞ。エヌラス」
青空から落ちてくるのは、憤怒の形相で野太刀を構えるエヌラス。変神したまま、紫電を纏って振り下ろす。超電磁抜刀術を片腕だけで“受け止める”と、ピタリと動きが止まっていた。
「大魔導師、テメェ――!」
「よぉ、エヌラス。久しぶりだな。こうして会うのは何年ぶりだ?」
「一週間前に会ったばかりだ、ボケるのも大概にしやがれ!」
「そうだったか? どうでもいいがな」
弾かれるように飛び退いたブラッドソウルの手には、偃月刀。大魔導師は左手をポケットに入れたまま首を鳴らして手を広げる。
「思い出したよ。全部ではないが、ある程度はな」
「ああ、そうかい。それで? また世界をぶっ壊すってんならもっかい殺さなきゃならねぇんだけどな」
「壊しはせんよ。二回もやったら飽きる。特にゲイムギョウ界は俺にしてみれば、宝箱のような世界だ。壊すなど、勿体無くて出来るか」
大魔導師は右腕で偃月刀の腹を軽く叩いて捌く。軽い金属音と共に刃筋を逸らされて、逆にブラッドソウルの顔が蹴り飛ばされた。
「いいか、エヌラス。俺はな。こう見えて、結構頭に来ているんだ。腹が立っているんだ。苛立っている。その理由がわかるか?」
右手の周囲に浮かぶ黒い球状の物体が機銃のように発射される。緩やかな曲線を描きながら追尾する黒い物体に向けてブラッドソウルが二挺拳銃の引き金を引く。ぶつかった瞬間に大きく膨れ上がり、虚空へと消えていくのを見てユニが驚いていた。
「な、なに……あれ……!?」
「あれねー、大魔導師の十八番。超重力弾。小型のブラックホールだと思っていいよ」
あんなものをまともに食らえば、それこそ女神でもひとたまりもないだろう。それを連射されているブラッドソウルは全弾相殺させた直後に大魔導師の黄金の矢によって左肩を貫かれていた。鮮血がじわりと肩口を赤く染めていく。
「世界を救うと、大言壮語をのたまっているバカな男が目の前にいるからだ。よりにもよってそれが赤の他人なら笑っているところだが、俺の弟子だから尚更質が悪い。何の冗談だ? ギーグ好みのジョークか? 笑い飛ばすどころか消し飛ばすぞこの野郎」
淡々とした口ぶりではあるが、やはりそれとは裏腹に放たれる魔術の応酬は殺意しか感じられない。
「づぉ――!」
「お前には言っても分からんか。ああ、分からんだろうな」
宙を蹴り、大魔導師はブラッドソウルの頭を掴む。至近距離から放たれる超重力弾を受けて吹き飛ばされる身体に黄衣のボロ布が巻きつけられて引き寄せられる。
「
足元の空間が歪む。宙返りと共に踵落としを受けたブラッドソウルはプロセッサユニットが半壊しながら地面へと勢い良く叩きつけられる。バウンドして、立ち上がろうとする姿に黄金の矢が降り注いだ。
「なぁ、エヌラス。俺はな、怒っているんだよ――腹が立って仕方ない。このままくびり殺してしまいたいくらいにお前に対してムカついているんだ」
「ガ、アァ!」
散弾のように無数に分裂して突き刺さる黄金の矢から逃れて、魔術防壁を展開する。距離を詰めた大魔導師の拳が触れたその瞬間にガラスの砕け散る音と共にブラッドソウルは無防備に晒された。
「目を覚ませ、エヌラス。無尽蔵の絶望。魔人、ヌルズ――」
「ッ……――!」
「お前に、世界は、救えない」
拳と共に叩きつけた現実が、ブラッドソウルの身体を地にひれ伏せる。額が割れて出血するも、すぐに銀鍵守護器官が再生した。
「お前は世界を壊して、終わらせるだけの存在だ。それが旧神となり世界を救った。本当にそうか? 違うだろう、エヌラス」
「黙、れぇ……!」
振り上げたアクセル・ストライクを片腕ですねを掴むと、一気に引っ張りあげて地面へ叩きつける。腹を蹴り飛ばすと地面を転がっていった。
「お前が、アダルトゲイムギョウ界を救ったのではない。あの奇跡は、守護女神が引き起こしたものだ。えーっと何だったかな……ああ。パープルハート達か」
「――っ」
血を吐いて、口元を拭いながら立ち上がるブラッドソウルの右肩が爆ぜる。大魔導師の右手には深紅の自動式拳銃。爛々と輝く紅い紋章。
「仮に。お前があの女神達と出会っていなければ。心奪われていなければ、ただアダルトゲイムギョウ界を壊して“おしまい”になるはずだったんだがな」
「テ、メェは……! 未来に絶望して、ただそれだけで! 世界を壊そうとしたじゃねぇか!」
「うん? まぁそうだな。そんなこともあったな」
「そんなテメェと、俺を一緒にすんじゃねぇ!」
「そうだな」
軽く流しながら、やはり大魔導師の殺意は止まらない。
「だがな、エヌラス。お前は中途半端に救われた。だから今“そこ”にいるんだろう?」
「――――」
「違うか?」
一瞬だけ見せた心の隙。そこに、絶対零度の刃が差し込まれる。
「何度繰り返しても変わらない世界と結末。最後に残るのはただ一人」
「…………」
「生存競争。終わらない箱庭の世界。繰り返される塔争――違うか?」
「違う……」
「ああ、今は塔争などないか。今はそれよりもっとタチの悪い邪神退治だったな。なら、お前が否定した半世紀に及ぶ俺達の死は無駄だったのか? お前は、お前自身が闘いぬいた塔争を否定した。“無駄”にした。違うか」
「違う! 俺は――」
「なら、俺達は何故死んできた。なんの為にお前に殺されてきたんだ」
左手をポケットから出して、左手の甲に浮かび上がる白銀の紋章。冷気を纏う回転式拳銃が召喚された。
「エヌラス――“お前はどうして俺達を殺した?”」
「俺、は……!!」
「
ノーモーションの砲撃が、青空を穿つ。雲を割いて空へと消える余波だけで突風が吹き荒れる。軽い異常気象だった。避けたとはいえ、至近距離を通過したブラッドソウルは暴風に揉まれて体勢を崩している。そこへ六発の銃声が一発の銃声となって重なった。複雑な弾道を描いて全身を撃ちぬく。
「なぁ、エヌラス……お前に俺が、救えるのか?」
地面へと激突して、立ち上がろうとするブラッドソウルの前に大魔導師は歩み寄る。深紅の自動式拳銃による灼熱の魔弾を拳で粉砕して、白銀の回転式拳銃による冷厳の魔弾も握り潰しながら着実に接近していく。
「超電磁抜刀――!」
「少女一人救えないお前に、世界が救えるか。ましてや、この俺を誰だと思っている」
光速の抜刀術。柄に伸ばした右腕が黄衣のボロ布によって動きを封じられる。大魔導師の手が頭を掴み、万力の如く締め上げていく。頭蓋が悲鳴を上げていた。
「ガ、ア……ッ!」
「断言する。エヌラス――“お前に、世界は救えない”!」
渾身の力でブラッドソウルを頭から地面に叩きつけると、土煙と共に沈む。それから間もなくして変神が解除された。それを保てるだけの力がなくなった証拠だ。大魔導師は、シャツに付いた土汚れを払いながらユニの元へ戻っていく。
「寝言を言うな。目を覚ませ。お前が今まで俺に勝てた理由はなんだ? それはな、記憶を引き継いだ“強くてニューゲーム”だからだ。そんなの誰でも勝てる。相手のデータが頭にあるのだからな」
「エヌラスさん! エヌラス、さん――!」
ユニが呼び掛けても、エヌラスは身体を大の字に伸ばして動かない。動けなかった。自分の今までしてきたことの全てを否定されて。それも、かつては師と呼んだその人から。
違うものか。何も間違ってなどいない。大魔導師の言葉は、自分が今まで目を逸らしてきたことなのだから。
「俺とお前が同じ立場の同じ目線で、対等な状況ならこうなるのは必然だ。知っているかツインテ、あのバカに魔術を教えたのは他でもないこの俺だ。だというのに、ははは。アイツは俺に魔術で挑んでいる。どうしようもないぞあのクズ」
「そんなの、アンタが言えた義理じゃないでしょ!」
目尻に涙を溜めながら、ユニは必死に大魔導師を睨みつける。何がおかしいのか、笑っていた。背中が寒くなるほど無邪気な笑みだった。
「どれだけ誤魔化そうと、これだけは真実だ。アイツに世界は救えない。何故ならアイツは地獄にいるからだ。そんなところにいる奴が、世界を救えるとでも思っているのか」
「ッ……」
「どれだけ足掻こうと、どれだけ藻掻こうとも決して抜け出せない迷宮だ。そんなところから手を伸ばして希望など掴めるものか。俺のようにな――いつまで寝ているつもりだバカ野郎、起きろ」
指を鳴らす。空間が爆ぜて、エヌラスの身体が無防備に地面を転がってから突然咳込んだ。吐血して、折れた骨を再生しながら這うように立ち上がる。