超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「……?」
なにか、今。言葉の中に違和感があった。エヌラスは壊れた内臓を再生しながら口を拭う。大魔導師は本気だ。全力ではないが、本気だった。このままでは間違いなく銀鍵守護器官ごと殺される。第二の神経である魔術回路を無理やり引き剥がされる感覚は二度とゴメンだ。そうでなくても今は魔力で右腕を動かしているのに。
「この少女を救いたければ、死力を尽くせ。全力で殺しに来い。本気で俺の命を奪ってみせろ、エヌラス。もし、それが出来なければ――」
「ヒッ――!?」
ユニの首筋を掠めて突き立てられるのは、黄金の十字架。僅かに皮膚を切り裂いて、血が一滴だけ滴り落ちる。
「“お前の妹のように”死ぬだけだぞ?」
「――グランドマァスタァァァァァッ!!」
「フッ……フッフ、ハッハッハ! アハハハハハハハハハハ! それでいい! それでいいんだ! さぁ来い絶望! 俺を愉しませろ!」
破顔して、大魔導師は斬りかかるエヌラスと刃を鳴らした。偃月刀と無名の倭刀が火花を散らす。レイジングブル・マキシカスタムの銃口を向けるが、シリンダーロッドごと握り潰された。それを直ぐ様捨て去り、エヌラスは距離を取る。
銀鍵守護器官による過剰再生によって身体から湯気が上っていた。血液が濁流のように巡って全身の細胞を活性化させていく。
「ああ、あまり俺を悦ばせるな? うっかり力加減を間違えてぶっ殺すかもしれんぞ!」
「テメェの御託はウンザリだ!」
倭刀の握りを変えて、指で挟みこむようにしながら下がる。それを追う大魔導師に向けて振るった返し刃は、偃月刀の柄頭で防がれた。鼻っ柱に打ち込まれる掌打、たたらを踏む足に体勢を立て直すと今度は目を叩かれる。視界が塞がった瞬間に逆袈裟に走る偃月刀がハウンドスーツを紙のように切り裂いた。それから一瞬遅れて溢れる鮮血に、大魔導師は笑みを浮かべている。
頭を掴み、エヌラスは自らの額を打ち付けた。衝撃に眩む視界には、やはり大魔導師が笑っている。
「やればできるだろう?」
「ッテェなこの石頭っ!」
「当然だ。重力障壁張ってあるからな」
「反則じゃねぇか!」
「俺に傷をつけたければ、まずはコイツをどうにかしてもらおうか」
腹部を穿つ掌底から、正中線をなぞる三段突き。ダメ押しの判を押す蹴りがエヌラスの身体を突き飛ばした。顔を上げれば、既に大魔導師の両手には二挺拳銃。エヌラスも即座に二挺拳銃を突きつける。
爆炎と冷気が入り交じる奇妙な銃撃戦は、やがて大魔導師に軍配が上がった。エヌラスの両手が爆ぜる。手の甲に浮かんでいた魔術文様が過負荷を受けて暴発していた。ジュウジュウと肉の焼ける音と痺れる両手に歯噛みしている間に大魔導師が距離を詰める。
反撃すらままならないエヌラスの額を掌底が打つ。ついで、大腿を狙う下段蹴り。浮いた脇を狙う肘鉄に肋骨が折れた。
「ごはっ――!」
「こうだったか」
そして、全身を使った発勁によってエヌラスの身体が吹き飛ばされる。それは、ちょうどユニの足元辺りにまで。
そのそばに屈みこんでいるサヤのワンピースの下が丸見えだったし、ミニスカートの下も丸見えだったが今はそんなことに目を向けている暇がない。
(今なら……、ユニだけでも)
逃がすことが出来る。手を伸ばそうとするエヌラスの腕が大魔導師の袖の下から伸びる黄衣のボロ布に束縛された。
「残念だがそれは良くない」
「おぉわっ!?」
宙に浮かぶ身体。引き寄せられて、再三頭部を掴まれる。そして地面へと投げつけられる衝撃に歯を食い縛った。後頭部から突き抜ける衝撃が意識を奪い取ろうとするが、どうにか堪える。背を向けて歩き去ろうとする大魔導師が指を鳴らす。
「
指先一つで重力が見えない暴力となり、起き上がろうとしたエヌラスの身体を地面に縫いつける。細かい血管が切れる音が聞こえた。全身を押さえつけられて起き上がることが出来ない。
「お前は勘違いをしている、エヌラス」
「なん、の……話だ……!」
「たった一つの勘違いだ。決定的で致命的なことを履き違えている」
腕を組み、ユニに背を向けて大魔導師は重縛結界に捕らえられたエヌラスを見下ろす。
「お前は俺より弱い」
「っ……!」
これだけ打ちのめされれば嫌でも体感する。だが、諦めるわけにはいかない。
「地獄に底などない。ただ堕ちていくだけだ」
それでも、這い上がる。魔術の核となる術式を手探りで探すべく意識を集中させた。
「俺に魔術で勝とうと思うな。それは、俺がお前に教えたモノなのだから」
「……!」
「シャンタ――、三択だ。どれだと思う」
「アンタ、今……噛んだだろ……」
「噛んでない」
「うごぉあっ!」
重縛結界の重圧が更に加速する。気を散らされて核となる術式の解除をまた一からやり直す羽目になった。しかし、それに答えなければまた大魔導師は面倒な事をするだろう。片手間に術式を探りながらエヌラスは考えた。
まず一つ。大魔導師より自分が弱いこと――コレは決定的だ。自惚れていた。今まで何度も繰り返していたからこそ、いつの間にかそう思い込んでいただけだ。
次に、地獄に底などないこと。ああそうだとも。一度堕ちたら二度と這い上がれない。だからこそ、こんなのは夢だとでも思わなければやってられなかった。嗚呼、そうだ。全部悪い夢だ。こんなものは全て――夢であって欲しかっただけなのだから。
「っ……――!」
夢で終わらせてたまるものか。ここまで来たんだ。泣いているユニは、夢なんかじゃない。夢だとしても、見過ごせるか――!
「……どう、して……? どうしてよ、なんでよ! なんで、わたしの為にそこまでするの!? なんでよ、おかしいじゃない!?」
ユニが叫ぶ。大魔導師はそれに首だけ振り返った。
「別に何もおかしくはない。コイツはそういう奴だ」
「だって、わたし……! エヌラスさんに、酷い事言ったじゃない! なのに、なんで!」
「ユニ。俺は言ったはずだ。別に、誰でも良いんだ。誰でもよかった。お前じゃなくても良いんだ」
「……どういうこと?」
「今のアイツは、エヌラスはな。どうでもいいものと、大切なものの区別が付いていない。だから、仮にお前じゃなくてもそこら辺歩いている一般市民とかでよかったんだ」
「なら、なんでわたしなのよ!」
「その方が面白いと思った。反省も後悔もしていない」
「そんな理由で!?」
「ああ。そんな理由だ。それと、アイツがお前を助けようとする理由は――見捨てたら」
『後味が悪い』
エヌラスと大魔導師の声が重なる。
「放って……おけるか……! 無視なんか、出来るかぁ……!」
這い上がるエヌラスの身体はおびただしい出血をしていた。大魔導師はただでさえ死に至る圧力をかけている。それを解除もせずに立ち上がろうとすれば逆に押し潰されるだけだ。
「お前は――ノワールの妹だろうが! アイツの、家族だろうが! 放っておけるはずがねぇだろ!」
「そんな、理由で……」
「ハッハッハ、ほら見ろ。ああいう奴だ。アイツは、そういう奴なんだよ」
立ち上がろうとしたエヌラスが重縛結界に負けて再び地面にひれ伏す。
――何が間違っている? 何を履き違えている? 決定的な過ちはどれか。大魔導師に魔術で挑むこと。それは、その通りだ。魔道の一点に置いて大魔導師の上を行く者はおおよそ思い浮かばない。なら、答えはこれだろう。
エヌラスが大魔導師を睨み上げる。その意を汲んだのか、口端をつり上げた。
「答えは出たか、エヌラス」
「嗚呼……!」
「なら、後はわかるな」
それは、つまり――。
「今、この場で。新しい術式を組み上げろ。俺に叩きつけろ。お前になら出来るはずだ」
「――――」
「俺はなにも七歩歩く間に歌を詠めと言っているわけではない。出来るな、やれ」
それが出来なければ……ユニが死ぬ。きっと、自分も殺される。考えうる最悪の選択を躊躇なく実行するだろう。
「神経をすり減らせ。脳細胞が焼き切れるまで思考を加速させろ。ニューロンが焼けつくまで考え抜け。それが出来なければ、俺がお前の代わりに全て台無しにしてやる。ゲイムギョウ界も、アダルトゲイムギョウ界も何もかも。お前の全てをぶち壊しにしてやる。例外はない」
「ッ――――!!」
「……――――――――――――」
それは、風にかき消されてユニには聞こえなかった。だが、エヌラスにとって禁句の言葉。決して触れてはいけない人の名前。
地面に赤いシミとなって消えていくだけの血液が蒸発していく。血煙となって漂う。血の怪異が目の前で起きていた。エヌラスの赤い瞳が血のように赤く殺意で燃え上がる熱を秘めていた。
「テメェ、だけは……今、この場で! 殺してやるッ!!!」
「なら、早くしろ。お前の殺意を俺の逆鱗に突き立ててみせろ」
右手の甲は、焼け焦げている。左手の甲は、凍りついている。そこにあるはずの二挺拳銃は力を失っていた。残されているのは“
この殺意を、大魔導師の逆鱗に突き立てる。何が何でも。
大魔導師の放った一言だけは、神様でも赦さない。――あの笑顔だけは、誰にも奪わせない。