超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ユニの前で起きているのは、血の怪異。重縛結界に捕らわれているエヌラスの手に浮かぶのは歪んだ双角錐のクリスタル。
「――
血の香り、硝煙の香り。それは、絶望を臭わせる死臭。鮮血が舞う。形作られていくのは真紅のプロセッサユニット。女神化と対をなす、魔人化。
ゲイムギョウ界の、世界の敵であることが嫌でも分かる。アレは生かしておくべきではない絶望だと。
それを眺める大魔導師は、懐かしさに目を細めている。
「お前と出会った日も、こうだったな……」
重縛結界を崩壊させて、エヌラス=ブラッドハートが立ち上がる。術式の核を解除させるのではなく、魔術そのものを破壊するという力技に大魔導師は鼻で笑う。まるであの日の繰り返しだ――そんなことを思いながら郷愁の念に駆られて歩み出す。
「機械仕掛けの神様ぶん殴ったこともあったな」
銀鍵守護器官の放つ光が弱々しく鈍り、血のように赤いプロセッサユニットによって覆われていく。ブラッドハートの手には偃月刀が握られているが、その表面には葉脈上に広がる血管のようなものが幾つも走っていた。
「お前は俺の欲しい物をいつも持っているな……“いつも”だ」
「テメェの、御託は――」
「言い飽きた」
「聞き、飽きたァッ!」
偃月刀の多重召喚から、連続しての投擲。撹乱を交えた本命の斬撃が大魔導師に迫る。しかしその全てを食い荒らす二匹の魔銃――本来の姿を開放した魔獣が大魔導師の隣に並び立つ。
燃え盛る獅子。冷気を纏う翼竜。クトゥグア、イタクァの神獣形態。
大魔導師の持つ破壊力でも一、二を争う魔術を前にしてもブラッドハートは一歩も引くことなく前へと進む。
「往け」
二匹の魔獣が主人の号令を受けてブラッドハートへと飛びかかった。額に打ち付けられる偃月刀を受け止めて、獅子が唸る。
大魔導師の持つ魔力の根源は“N”の魔導書。それさえ奪えば勝機は見出だせる、が。それを抜いても余りある魔術の数々が立ちはだかる。“暇潰し”と言ってはいるが、そんなもので片付けられる物ではない。
独立した魔力によって動く二頭を相手に立ち回るが、アクセル・ストライクを受けてもビクともしない。ならばと構える超電磁抜刀術。直撃を受けた翼竜が片羽根を消失し、頭部に日本刀が突き立てられた。しかし、逆に日本刀が凍りついていく。それを手放してブラッドハートが舌打ちを漏らす。
「エヌラス。この二匹をただの魔獣だと思うな? 知っての通り――」
「暇潰しで捕まえた魔獣だろ!」
「いいや? 暇潰しではない。この二匹に限っては……」
大魔導師の両手に浮かぶ赤と白の紋章。
「俺が、絶望に抗う為に手に入れた力だった」
「っ?」
「何も知らない俺が、神に挑む為に手にした力のはずだったんだが」
ブラッドハートが二頭を掴んで地面に叩きつける。だが、溶融した地面からマグマが溢れる。霜が降りていく。クトゥグアとイタクァによって制御された魔力はブラッドハートに向けられた。離れようとする身体に黄衣が巻き付く。相反する二重属性の直撃を受けて、無事でいられるはずもない。
「絶望に抗う。そのはずだったが、今となってはもう――絶望だけが俺の救いだ」
「……」
いつも、目を逸らしていた。いつも心の底まで見透かされている気がする。大魔導師の目を見るのが怖かった。
その目は、いつも見てきた。いつだって見てきた。最後に縋る人々の眼と同じだった。
絶望に抗って、戦い続けて、それでも救えなくて――絶望に囚われて「助けてくれ」と目で訴えかけてきた英雄達の目。“自分が救えなかった”人達。
「分かるか、エヌラス」
「分から、ねぇよ!」
「わからないだろうな、お前は絶望そのもの――“だから折れない”。そうだろう?」
心臓を掴まれた気さえした。
「だが――今のお前はなんだ? 今のお前は、どうした。まるで、俺を見ているようだ」
「テメェと一緒に」
「俺と同じだ」
大魔導師が歩く。ただ、それだけのはずなのに。それだけで、どうしてか異常な重圧が動く。まるで巨人が歩いているかのように、地面が揺れていた。ユニの錯覚かと思っていたが、違う。サヤも目を丸くしていた。
「俺と同じ道を歩いている」
大魔導師が何気なく振るった拳は空を撫でる。見えない重力の鎖がブラッドハートの偃月刀を叩き折った。
「俺と同じ地獄を見ている」
「っ」
「お前は俺をバカにしているのか」
「そんな、つもりは――」
「なら世界を救うのはやめろ。“諦めろ”エヌラス。お前に世界は救えない」
「俺はッ!」
諦観だけは、出来ない。諦めることだけは出来ない。何故なら、それが心を殺すから。
「あの、世界を――」
「……」
初めて大魔導師が怒りを見せた。
「いい加減にしろ! お前の寝言は“聞き飽きた”!! なにが――世界を救うだ。寝言を言うな! 俺をバカにでもしているのか!」
「……大魔導師?」
「そこは! 俺が歩いた路だ! 俺が通った道だ! “俺の地獄”だ!」
二匹の魔獣を魔力変換して、大魔導師は両手に炎の偃月刀と氷の偃月刀を構えて突き立てる。
「お前独りに、何が出来る! 俺を倒せずに、女神候補生一人助けられないお前に、世界が救えるものか!」
「テメェは――」
手を離れた偃月刀は無数に増殖して地面を滑る。魔法陣を描いて、大魔導師が魔導書を広げていく。
「アルシュベイトですら一国一城の主であると諦めた! 俺でさえもがそうだ! あの箱庭の世界で何が救える! あの世界にあるものだけで、何が救える! 全てだ! 全て、次元神の手の上だ!」
「その、布陣は……!?」
「寝言を言うな! お前独りに世界は救えない! お前一人で俺達全員の命に相当するとでも言うのか!?」
次元干渉。異なる次元座標を照合して、その通り道を作る。それだけでも驚愕の一言だが、更に驚くべきことは大魔導師の手に浮かぶ五芒星のシェアクリスタル。
「
「そんな!? ゲイムギョウ界にシェアはないって……!」
大魔導師が光に包まれる。だが、足元から伸びる無数の手がそれを更に瘴気で包み込む。異形の変身――神格化。ネクロソウルは黄金の十字架を構えた。
「この世界に俺の居場所はない。アダルトゲイムギョウ界に俺の居場所はない――俺の居場所は“そこ”だ。お前がいるそこが、俺の場所だ。分かったらさっさと退けろ! そこは“俺の地獄”だ!」
「大魔導師……――アンタ、は」
救えない世界を救おうとしていたのは同じ。絶望に抗っていた。だが、折れた。挫けた――だから縋った。絶望に救済を求めて。希望を託して。
そして気づいた。箱庭の世界にある素材だけでは世界を救えない事に。
諦めて、絶望して。願った。祈った。絶望から生まれた存在であれば折れない。そう、信じていた。そう信じて、鍛え上げた――“魔人鍛造”
この人は、諦めている。未来を。明日を。
この人は、抗っている。人々の理解を越えた範疇で。
記憶が戻っていた今も――記憶が無かった今までも。
“暇潰しだ”
“退屈で仕方ない”
繰り返してきた言葉。それは、アダルトゲイムギョウ界を歩いてきた大魔導師の言葉。
可能性の総当たり。“イレギュラー”を求めた。繰り返される完璧なジオラマの世界を壊す為に。気づけば、そんな生き方が当たり前になっていた。
「エヌラス! 絶望の魔人、ヌルズ!」
「大魔導師――」
「俺は、もう救われている。俺をこれ以上救うな! 俺の地獄に落ちる必要はない!」
ネクロソウルの身体から溢れるのは、死者達の怨恨。怨嗟。怨念。大魔導師が“救う前に滅んだ”人々。
お前達は死んではならない。何故ならまだ救えないのだから。そんなのは赦さない。死んでも赦さない。
「分かったら!」
「っ――!?」
黄金の十字架が鍛造される。
「目を覚ませと言っているだろう、馬鹿弟子がぁぁぁ――ッ!!」
偃月刀が粉砕され、ブラッドハートが咄嗟に防御障壁を展開した。しかし、ネクロソウルの一撃を受け止めた障壁は破壊され、地面に叩きつけられる。
変身が解除され、地に倒れ伏せるエヌラスの身体から血が流れ出ていく。肩口から袈裟懸けに切り抜けた一閃は間もなくして銀鍵守護器官によって再生されるはずだったが、止めどなく溢れる血液にエヌラスが訝しんだ。
「死ぬ気で治せ。死んでも治せ。何が何でも、治して立ち上がれ。いつまで地獄で這いつくばっているつもりだ――地獄に、底は無いぞ」
「――――ああ、嗚呼……まったく……その、通りだ……!」
「“そこ”は、俺の居場所だ。お引き取り願おうか、絶望」
立ち上がる。今までそうしてきたように、絶望は立ち上がる。
何を寝ぼけていたのだろう。所詮自分は魔人でしかないのに。少女ひとり助ける為に、これだけの苦労をしている自分がどうして世界を救えるなどと履き違えたのか。嗚呼、それは大魔導師が怒り心頭なのも当然だ。
絶望が、地獄で折れそうになっている。かつて自分が歩いた路を辿って、地獄で膝を抱えて寝言を言っていたら――。
視界が滲む。瞼が熱い。なんて不器用なんだ。そりゃあ誰もついていけるはずがない。誰も彼もが自分の常識の範疇内で生活している。人の理を越えた世界に挑む超人に、誰がついていくのか。そんなもの――自分以外に、誰もついていくはずがない。
血だまりに手をついて、エヌラスは身体を起こす。地面に突っ伏していた身体からまだ血は流れている。涙が溢れる。
諦めるものか。絶望に諦観など似合わない。絶望を殺すのは希望だけだ。魔人を殺すのは女神だけの仕事なのだから。