超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――ブラックハートとシルヴィオの戦闘はまだ続いていた。だが、元より女神と対等に戦えるはずもなく、シルヴィオが劣勢。それを今まで引き延ばしてきたのは積み上げてきた鍛錬と研鑽の賜物の他にならない。
パープルハート達とスピカ達の戦闘もまた、長引いていた。それは決して女神達の腕に迫るものがあったわけではない。人情につけ込んだ大魔導師の策であり、同時に彼らには絶対唯一の命令を下している。それが出来なければ未来永劫、死すらも死せる魂の檻へと捕らわれる。その恐怖がスピカ達を普段の実力、それ以上を引き出していた。
そして、大魔導師もまた――血だまりから立ち上がり、血反吐を吐き捨てて口元を拭うエヌラスを眺める。指先から滴る血も、頬を伝う涙も、戦慄く右手も全てが見慣れたもの。
エヌラスは思考する。神経を集中させる。魔道の基礎から発展、その深淵へと至るまでの過程を駆け巡る。
神性の炎を奪われた。瘴気の風を奪われて、残されたのは――“
何が出来る? 何が残されている? この状況下で新たな術式を組み上げる為には、何が手がかりだ? ――自分に、何が出来るだろう。
「…………」
ユニを助ける。大魔導師を殺す。たったそれだけの話だ。その為に、殺意を総動員して銀鍵守護器官に回す。回す。巡る。廻る――。紫電が奔る。迸る。脚から腕へ。四肢から脳へと。
「――――」
電導。コイルを回す。アクセル・ストライク――“
構築する。積み上げていく。鍵はいつだってこの胸の中にある。
「――ア、クセル……ッ!!」
「……ほう?」
エヌラスの全身に奔る紫電。だが、その場から一歩も動かない。
「
断鎖術式を起動。この足を縛る鎖はなんだ? この身を縛るものはなんだ? ――“重力”に他ならない。ならば、それを越える。重力の壁を超える。もし、それが出来なければ全てが終わる。
そうなる前に此処で、終わらせる。
加速。加速。加速、加速――“
「“創造”せよ。“形成”しろ。お前の殺意を。それが正しくあるならば、出来るはずだ」
「――――“
その場に留まり“
(なんで、その場で加速し続けてるんだろ……)
「……あ」
「え?」
「もしかして、大魔導師の重力操作より速く動くつもり?」
「そんなこと出来るの」
「できないよ。でも、それを可能とするのが――」
魔道にして魔導。人が道を踏み外した外道の知識の集大成によって為される奇跡にして呪詛。
「――――行くぜ、大魔導師。玉砕の覚悟は、できてるか……!」
「無論? 貴様に諭される俺ではない」
エヌラスが太刀を掴む。大魔導師は天へ腕を掲げる。
「気張れよ――
大魔導師が振るうのは、天上より振り下ろされる見えない巨人の鉄槌。地面がひび割れ、クレーターが抉れていく。
エヌラスは空を見上げる。青空に、白い雲。壊れていない空へと踏み出す。
「し、んき――
重力の鎖を断ち切る。引力と斥力、ならばこの“
「“
越える。超える――今日まで踏みとどまってきた分まで、アンタの魔導を越えてみせる。大魔導師。人の理を越えた範疇の怪物。
この一歩がその証拠。前進する。
「やれば出来るじゃないか」
「ハァ――!」
整息する。魔力は安定している。ただ直上を目指す。重力の鎖を解き放つことが出来るのなら、その逆もまた然り。然り、然り! 直上、反転。野太刀へと磁気加速を重ねる。
「受け取れ、大魔導師――コイツが俺の“魔剣”だ……」
「ならば俺も“魔剣”にて応えよう」
大魔導師は無手で空へと飛び立つ。エヌラスが死力を尽くして編み上げた新たな術式は、重力という人も神も縛られる世界の法則から自らを逸脱させた。だが、それを息をするように出来ないようでは大魔導師への境地は程遠い。それで良い、それでも良い。屍山血河を歩み地獄を歩き続けてきて、足を掴んだのなら、それはそう遠くない未来の話だ。
「“
「辰気収斂」
金色の流星が天へと逆上がる。
鮮血の隕石が血を流して墜ちる。
「
「
星が落ちる。鍔迫り合い、刃金が欠け落ちる。人は空では死ねない、故にこそ二人は地に落ちた。
土煙が上がり、ユニが衝撃に思わず目を強く瞑った。
「グランド、マァスタァァァァッ!!!」
吠えている。エヌラスの最後の足掻き。白く焼け付いた左手に握りしめるのは力を失った白銀の回転式拳銃。それはただの銃でしかなかったが、重力の壁を防御障壁として張っていた大魔導師の額へと突きつけられている。指先だけで人を殺せる火器が大魔導師の命を奪えるはずがなかった――先刻までは。
ガラスの砕ける音とともに大魔導師が吐血する。重力障壁を破っただけでなく、その術者である大魔導師の身体すらも負荷で損傷を負っていた。鋼鉄の殺意を突きつけられても、やはり大魔導師は撃鉄が起こされるその刹那に――笑った。
「遅すぎるぞ、エヌラス……」
銃声が硝煙とともに大魔導師の頭を撃ち抜く。血飛沫が舞い、大魔導師の身体が後ろへと倒れていった。
仰向けに倒れ、地に伏せる。それが常理であり現実に起こりえなければならないこと――だがしかし、大魔導師の足が踏み止まった。
エヌラスですら、銃を手にして呆然としている。ユニも言葉を失っていた。そして、サヤですらも口をポカンと開けている。
頭を左半分失った大魔導師ではあるが、まるで意に介していなかった。
「再生だ、ダンセイニ」
《テケリ・リ》
腐臭。溢れる悪臭。体内から伸びる無数の触手が無くなった頭を再生していく。髪をかき上げて、元通りに再生した大魔導師は微笑んだ。怖気が走るほど、優しい笑みで。
「合格だ。赤点ギリギリではあるがな」
「……――」
「ん? ああ、俺の身体のことか。別に驚くこともないだろう。“体内に飼っている”だけの話だ」
「……いや、わるい。いみわかんない」
「ま、俺をここまで追い詰めたのは評価する。手間取りすぎだ馬鹿弟子が」
膝を付いて、見上げるエヌラスの頭を撫でて大魔導師はユニへと振り返り、十字架を解除した。サヤが受け止めて、ふらつく足取りに手を貸す。
「約束通りあの女神候補生は返してやる」
「……大魔導師、アンタまさか」
「なに一つ進歩のないお前に負けていたのは確かに屈辱だが、これから先そうはいかん。俺を倒すのならば今以上の覚悟で臨め」
鼻で笑いながら、大魔導師は変神を解除してマントを羽織る。エヌラスは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けて倒れそうになった。
「アンタ、化物かよ……」
「俺を殺したければ無限熱量でも持ってこい。その前に解除してやるがな」
「……なんでだよ。なんで、ここまでして、俺を――!」
「お前を破門にした覚えはない」
「――――」
「師に教えを乞い、弟子は学び、研鑽し洗練して更に昇華させる。お前はそこで止まるつもりか? 俺を本当に超えるつもりであるならば、記憶を取り戻した俺を越えてみせろ、馬鹿弟子が」
「……はっ、はは……アンタ。それ、だけで? たったそれだけの為に、ここまで芝居打ったのかよ?」
プラネテューヌを敵にして、ルウィーを敵にして、ラステイションですら敵に回して。
たった、これだけの為に。涙が止まらない。
「芝居? 馬鹿言うな。俺はいつだって加減などしない。これで滅ぶなら、その程度だろうよ」
「……」
大魔導師は、手を差し出す。――あの日と同じ光景。
膝を折り、崩れ落ちそうになる自分に手を差し出してくれた。決して越えられない壁がそこにはあった。絶望で終わらせるばかりだった自分に、人の世界を教えてくれた。肥溜めの底で腐ったような場所だったけど、そこに生きる人達を――自分が踏み潰してきた命を教えてくれた。
地獄に落ちた人を助けたいのなら、同じ地獄に落ちる他にない。だから、もし救えるのだとしたら、この人以外にいない。
「目は覚めたか? そこは地獄なんかではない。俺の居場所だ。そして、お前の居場所は――ユニのところだろう? 今はな、そらさっさと行け。お前の泣き顔なぞ笑い話にもならん」
手を取り、立ち上がらせたエヌラスの背中を押して大魔導師はシルヴィオ達に念話を送っていた。
呆然とした足取りでユニの下へと辿り着いたエヌラスは、無事を確認した瞬間に気を緩めて意識を失う。その身体を抱きとめるユニは、血糊で汚れるのも気にしなかった。
血の臭い。硝煙の臭い。そして、ドラッグシガーの僅かに香る柑橘系の爽やかな匂い。この人は、こうまでして。こんなになってまで助けたかった。自分一人を助ける為に。理由なんて、どうでもよくて――後味が悪いだなんて、自分勝手な都合で。本当に、ろくでもない人だ。