超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
城壁の外では、アルシュベイトとドラグレイスが肩を並べて戦闘を続けていた。通算、二十四機目のフォートクラブが破壊される。増援の気配もなくなり、二人が武器を収めた。
「ようやく片付いたようだな」
《……今は、な》
二人の前で、フォートクラブの姿が揺れる。ノイズが走り、次の瞬間には光になって消えた。自動転送プログラムが発動して一匹、また一匹と消えていく。跡形もなく消え去った群れを前にしてドラグレイスは腕を組んで唸った。
「やはり、異常だな」
《ああ》
「近辺の生産工場は停止しているはずではないのか」
《……いいや、あれはまだ稼働している。しかし》
「どちらにせよこの事態は異常、か……」
《何にしろ、エヌラスが来たのは僥倖であったな。引き上げるぞ、ドラグレイス》
長刀と突撃銃を背部に収納して引き返そうとするアルシュベイトに、ドラグレイスは魔法剣を突きつける。挑戦の意思表示に、足を止めた。
《……何のつもりだ。ユノスダスでの戦闘行動は禁止されているはずだぞ》
「貴様には、インタースカイの借りがある。よもや、この俺がそのような規則に縛られて動くとでも思っていたか、アルシュベイト」
突きつけていた大剣を地面に突き刺す。剣礼――それを向けられてはアルシュベイトとしては挑戦を受け取らないわけにはいかず、長刀を引き抜いた、その時である。突然警笛を耳鳴りがするほど鳴らされて、二人が視線を向けるとユウコが立っていた。
「戦闘禁止! 変神は以ての外、厳禁! 決闘は罰金請求!」
「……ちっ。お前はいちいち口やかましい」
「うるさくてもなんでも、私の国なんだから従う。ほら武器しまって」
《む……言われては、仕方ないな……》
おとなしく長刀を背負うアルシュベイトに、ユウコはうんうんと頷く。だが、納得のいかないドラグレイスはまだ大剣を構えていた。
「ドーラーグーレーイースー? その剣はなにかなー?」
「国外であれば問題はないのだろう」
「そうだけど、こんな間近で決闘されたら堪んないよ。ほら分かったら武器しまって、早く」
「……お前から先に始末しても構わんのだがな、ユノスダス国王」
「――へぇー、ふぅ~ん……」
こめかみに青筋を立てて、笑顔のユウコの手に武器が召喚される。それを見てドラグレイスが大剣を担ごうとして、現れた調理器具に気を緩めた。
――フライパンである。何をどう見ても、ただのフライパンだった。
ユウコがそれを両手で持つなり、振りかぶる。綺麗な一本足打法で鎧の腹を打った。
「いーいーかーら――とっとと武器しまえってんでしょぉぉぉッ!!」
「ぬぅおおあああああ――ッ!?」
パッカァァァァ――――ン…………!
ドラグレイスが吹き飛んだ。青空に吸い込まれるように。超常的な腕力で殴りつけられたフライパンが根元からくの字に折れ曲がっている。それを手で直しながら、ユウコはふんぞり返った。
それを見ていたアルシュベイトが軽く拍手している。
《見事なフルスイングだ。それなら四番も任せられる》
「ぶいっ! ピンチヒッターはお任せあれ、なーんてね」
吸血鬼である超人的な身体能力を余すところなく叩きつけられたドラグレイスが気がついた時には、夜になっていた。
変神すれば飛行能力を得ることの出来るドラグレイスであったが、それでも徒歩で戻ってきたのには理由がある。吹き飛ばされた時はユウコに対し言い様のない憤りを感じていたが、ユノスダスから離れられたのは都合が良い。戻る道の途中で森林地帯を捜索していた。
フォートクラブの自動生産工場。完全無人化が進められ、今は手付かずのはずの工場はまだ稼働している。だがしかし、アルシュベイトですらその稼働率に疑問を抱いていた。それを調査すべく、ドラグレイスはこの機に足を向けている。
「…………」
月明かりの下、背負った魔法剣が妖しく輝く。宝石のような輝きに魅せられて引き寄せられるモンスター達を一刀の元に両断していた。そのドラグレイスの足が、邪悪な気配に止まる。むせ返るような瘴気。森の奥に覗く深遠からの誘いに乗ろうと剣に手を掛けて――背後から銃を突きつけられた。
首だけで背後を振り向くと、そこに立っていのは道化師。顔の半分が骸骨、もう半分がピエロという悪趣味な仮面を着けた奇怪な人物だった。全身を覆うマントの下は長身痩躯の肉体、だがそこに非健康的な印象は受けない。むしろ、それすら二の次。否、消し飛ぶほどの不気味に蠢く気配があった。それを目の当たりにしてもドラグレイスは冷静そのものの声で、呆れる。
「……貴様が、何用だ。“狂い時計”」
「きヒッ。つれないナァ、名前で呼んでくれヨォ」
「クロックサイコ。俺に、何の用だ。貴様が撃鉄を起こせば最後、首を刎ね落とすぞ」
「くひっヒヒヒ。怖い怖い。その先は危険だよぉん?」
とても正気とは思えない狂人の戯言に、ドラグレイスは付き合うつもりは毛頭なかった。しかし、先程から全身に感じる瘴気の正体が背後の怪物からではないとしたら――。
「それは、なんだ。俺に向かっての、助言か?」
「そーかもしんないシ、そうじゃないかもヨ? 警告? いいやぁ、とにかく危険サ。うっかり死なれてもぼかぁ楽しくないナァ? なぁ、竜騎士?」
「……ほざけ。貴様のブサイク面、耕すぞ」
「キィーヒヒヒイヒヒヒ! アッヒャハハハハ! そりゃ怖い! じゃあやめた。やめだよヤメヤメ、あーあ」
狂ったように笑い、突然冷めたように銃を下ろし、クロックサイコがマントの下に武器をしまう。そこで、ようやくドラグレイスは振り向いた。闇に溶け込むような黒一色に、仮面の化粧だけがぽっかりと浮かび上がっている。まるで首だけが動いているようにも見える不気味な姿にゾッとした。コレもまた、神格の一人――狂い時計のクロックサイコ。腰にぶら下げた壊れた懐中時計を見て大仰に驚く。
「おおっとォ? 遅刻しちゃうヨ、急がないとデートに遅れる。それじゃわたしゃ失敬する、ネ」
「待て、クロックサイコ。貴様に一つ聞きたいことがある」
「なーんだいっ?」
「貴様……何を知っている」
狂気の中に逃げ込んだ道化師の言葉。その中に真実があるとしたら――フォートクラブの生産工場に“何かがある”ことを知っている。
「知っていることは知っているし、知らないことは知らないヨォ。なんでもは知らない、知ってることは知ってる。それだけ、サ。じゃー私は急いでいるので、失礼するよぉん? じゃーね」
仮面が突然地面に落ちたかと思うと、クロックサイコの姿は跡形もなく消えていた。落ちている仮面を拾い上げ、ドラグレイスは即座に握り潰す。
「……不愉快だ」
森の中には砕かれた仮面だけが残され、やがて――その仮面も蟲に食われて消えた。
プラネテューヌでは、イストワールからゲイムギョウ界の現状について説明を受けていたソラがメガネを直す。すっかり日が暮れており、ネプテューヌ達も戻ってきた。
「いーすん、ご飯できたよー。ソラもご飯食べてく?」
「いえ、ボクは遠慮しておきます。このまま災害の対策を練るために動きますので」
「えー、でもお腹空かない? 大丈夫?」
「心配はいりません。今は人間の姿をしてますが、本来の肉体は機械の方ですからね。こちらでも何か進展があれば報告に来ますので、失礼させていただきます」
「あ、行っちゃった……」
足早に教会を後にして、ソラは夜のプラネテューヌを散策する。そのデータはインタースカイのサーバーにも送られており、その演算処理を務めているのはステラだ。あちら側の住人である彼女にとってデータとは料理の食材みたいなものである。
“とてもいい国だ。平和だよ”
それに言葉もなく、ステラが頷いた。夜の活気に溢れる街から離れ、ソラは人目がないことを確認すると元の機械の身体を呼び出し、飛行ユニットを召喚する。
高高度からの観測により、プラネテューヌ近辺の被害状況を確認――すると、上空に見慣れない白髪の女性が飛行して接近してくるのが見えた。
「バルド・ギア? アナタ、一体何をしているの?」
《失礼ですが、貴方は……》
「私よ、ノワールよ。変身してるから、今はブラックハートだけどね。まぁいいわ」
《この近辺の調査を行ってました。そちらは?》
「……もう一回、アダルトゲイムギョウ界に戻ろうと思ってるのよ」
《正気ですか? 何のために?》
「なんのためにって。そりゃ……」
理由を問われて、口ごもるノワールが突然閃く。それは、ゲイムギョウ界に戻る直前の会話。
――女神不在のプラネテューヌが二つ。
「も、もう一つのプラネテューヌの女神も不在じゃない? それを思い出したのよ。連れて戻ってこなくちゃ」
《そういえば……いーすんさんからもそのようなことを言われていた気がしますね……》
「そ、そうよね? うん、そうよ!」
我ながらちょっと苦しいとか思いつつ、ノワール=ブラックハートは苦笑した。とはいえ、女神不在の国がどれほど危険かは知っている。
《いいでしょう。こちらからインタースカイへ転送します。……ですが、心当たりはあるのですか?》
痛いところを突かれたが、それもすぐに口から出てきた。
「そうね、まだいなくなってから日が浅いみたいだし。火のないところになんとやら、エヌラス辺りがまた巻き込まれてそうだし」
《ああ。まぁ確かに……彼と一緒なら見つかりそうですね》
「そうでしょ?」
《ですが、貴方はいいんですか?》
「……へっ?」
《自分の国を放置して》
モンスター退治を終わらせて、スッキリとした頭でプラネテューヌまで来たものの。机の上に書類を投げっぱなしにしていたような気がする。だが、今更引き返してそれに取り掛かるのも気が重い。
「私を見くびらないでほしいわね、バルド・ギア。たかが二、三日放置したくらいで傾くようなラステイションじゃないわ。むしろその前に大災害で傾きそうな現状だもの」
《それだけ自信満々なら、信じましょう。ステラ、今からそちらにノワールさんを転送する。準備をしておいてくれ。――ところで、エヌラスの場所は分かりますか?》
それが自分に対する問いかけであることに気づくのが少々遅れて、ノワールが沈黙する。まったく心当たりがない。インタースカイを目指していたのは自分達をゲイムギョウ界に帰らせる為であったので、現在エヌラスがどこを目的としているのかが見当もつかなかった。そんなノワールの様子に明らかな落胆の色を見せてバルド・ギアが改めてインタースカイに通信する。
《本来であれば彼からの預かり物ですので、ついでに返しておいてくださいね。――ステラ、例のバイクを用意しておいてくれるかい? ……ありがとう》
「……バイク? 私、バイクなんて乗れないわよ?」
《
「なにそれ怖いんだけど!?」
生きたバイクなど初めて耳にする。ゲームですら見ることはあまりない。まさかそれが自分に預けられるとは夢にも思わなかった。しかもそれの持ち主がエヌラスとあればどんな化け物が待ち構えているか考えたくもない。
「えっと、それ安全なのよね? 爆発とかしないわよね?」
《時速四百キロ叩き出せて空を飛べる以外は平凡です》
普通はそれを平凡の二文字で片付けたりしない。バイクなのに空を飛ぶ? 冗談も大概にしろ。何のための車輪だ。タイヤを変形させて空を飛ぶ前時代的なSF感の方がまだ理論的に感じる。しかも時速四百キロ――そんなもの化け物と呼ぶ以外の何者でもない。
それを、預ける。そう言われたノワール=ブラックハートは半泣きになりそうだった。
「あの――」
《では、転送を開始します。ご武運を》
やっぱりやめます。そう言う前にはノワールはインタースカイに送り返されていた。