超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「…………?」
エヌラスは、唐突に目が覚めた。睡眠に全神経を注いでいた以上、一日以上は寝て過ごすつもりだったのだが、目を覚ました以上は身体を起こす。
自分でも不思議なほどに身体が軽い。右腕の不調も心なしか軽減されていた。気分一新、心機一転。或いは肺の空気を入れ替えたような、そんな爽やかな目覚めにエヌラスは我ながら首を傾げた。はて、自分はここまで寝不足であっただろうか、と。事実そうなのかもしれない。部屋の中を見渡せば――これはまた驚くほど血塗れの医務室だった。ホラー映画とかそんな感じの猟奇的な光景に目を擦り、その血液が自分の身体から出ていたものだと気づいて尚更背筋が薄ら寒くなった。よくもまぁ生きているものだ、自分。
医務室のような部屋をそのまま後にして、改めて自分の身体を見下ろす。上体には包帯がミイラよろしくグルグル巻きにされていた。とはいえ、血塗れなのは洒落にならないので銀鍵守護器官を再起動させる。傷口の修復に費やす魔力の燃費の良さに眉を寄せながらもエヌラスは手短なシャワールームで身体を洗い流す。脱衣場で時計を確認すれば、時刻は八時。
(そういや何も食ってなかったな)
そんなことをボンヤリと考えていると、胃袋が空腹を訴えた。身体はいつでも正直なものである。包帯を解いた身体にはいつもの傷跡が残っていたが、その傷跡が幾つか消えていた。身体の軽さから、今までに無いほどの絶好調具合は不気味に思える。我ながらそこまでの体調不良と爆弾を抱えていたのかと。
黒のパーカーを羽織って、エヌラスはホテルの中を歩く。厨房の方から空腹に響く香りに誘われて足を向ければ、そこでは中華鍋を一心不乱に振るうメイドが一人。
「ホァァァァァ!! 唸れ豪腕! チャーシューチャーハァン!」
「…………」
後頭部を一撃で粉砕したくなるような衝動を押さえ込みながらエヌラスは深く息を吸い込んでから声を掛けた。
「おーい、カルネ」
「はいなんでございましょうか! あ、エヌラス様! お目覚めですか!」
寝起きに響く大声に顔をしかめてエヌラスは何でいるのかと尋ねてみる。
「はい、実は大魔導師にクビにされました! 無一文! 無職! 野良メイド! 就職先を探してゲイムギョウ界へビッグデビューです!」
「うわうるせぇ。で、それがなんでR18アイランドで中華鍋振るってチャーハン作ってんだ」
「チャーハンじゃありません。チャーハァンです」
「……」
「チャーハァンです。どぅーゆーあんだーすたぁん?」
「おーるおっけー。きるゆー、おーけー?」
「のっときるみーべいべー!! ノータッチ! ノータッチでお願いします! ほぁぁぁぁあああーーー!?!?」
チャーハァンを作っていた手を止めた矢先にカルネの腕をガッチリとホールドしつつ首を締め上げた。ガイノイドなので呼吸などしているわけではないが、魂を刻み込まれたガイノイドの場合は生前の記憶から文字通り精神が死ぬ場合がある。そうなってしまうと死体と対して変わらないのだが割愛。当然ながらカルネはその程度でどうにかなるタマではない、むしろじゃれ合いかと満面の笑みを浮かべていた。ちくしょうこのメイド全く効いてねぇ。エヌラスはすぐに解放した。
「で、チャーハァンってなんだ」
「チャーハァンは
「オッケー、死のうか」
「すいませんごめんなさい冗談です! お願いですから関節を執拗に狙うのやめてもらっていいですか!?」
頑丈なんだから狙うのは関節部、みんな知ってるね。空いている腕を逆方向に捻り上げた。
「いや、でもしかし……随分とグッドなタイミングで目が覚めましたね」
「ん? なんか知らんがすげぇ頭がクリアなんだ。身体も軽いし、調子もいいな」
「なにもこわくない?」
「むしろお前の存在が怖い」
「まんじゅう的な!」
「誠心誠意込めて詫びながら死んでくれ」
「キレッキレなツッコミありがとうございます。それだけでカルネ、濡れちゃいます。じゅんっ!」
脳細胞が億単位で死滅してんじゃなかろうかこのメイド――そんなことを思いながらも、出来たばかりのチャーハァンに意識が持っていかれる。
「まぁいいや。腹減ってんだ、食ってもいいかコレ」
「それでしたら食堂の方でどうぞ。女神様達が首を長くしてお股を濡らしながら待っていますよ。ずぶ濡れになりながら! ずぶ濡れになりながら!」
「俺の頭じゃお前を黙らせる方法って頭ふっとばす以外に思い浮かばないんだ、ゴメンな」
「ごめんなさいでした。少し黙ります」
二人で肩を並べて廊下を歩く。
バカな勢いで会話をしているうちはまだいいが、改めて“今回”のカルネとの付き合い方がわからない。どんな時でもバカな発言とボケのオンパレードに辟易するものだが、そんな頭の緩さには何度か救われたことがある手前、なんとも言えなかった。
エヌラスがカルネと一緒に入った食堂。そこではネプテューヌ達が何処か惚けた顔で食事に手を伸ばしていた。スピカがエヌラスの顔を見るなり青ざめ、すぐに表情を取り繕った。
「お、おぉおやまぁエヌラス様? お早いお目覚めでしたね?」
「あ? あぁ。なんか調子良いんだ今、凄く」
「あ~エヌラスだぁ~。わぁ~い」
「ん、どうしたプルルート。ひっついて来て」
パーカーに頭を埋めて頬ずりしてくるプルルートのゆるふわな言動に、えもしれぬ浮ついた浮遊感、とでも言えばいいか。なにか違和感を覚えたエヌラスが首を巡らせてスピカに視線を向けた。相手は何も言わず顔を背ける。
「えへへへへぇ、んぅ~……」
「もぉー、ぷるるんはズルいぞぉ。いっつもエヌラスになでなでもふもふでー。わたしもー!」
「……んー?」
何か、こう。いつもより頭のネジが緩い気がする言動。発言と行動にエヌラスは眉を寄せた。平静を保っているノワールは料理に手を付けず、汗だくになっているにも拘らず両手は膝の上に乗せている。ユニも同様だが、どこか落ち着かない様子。何かを必死に堪えているようにも見えた。
「エ、エヌラス……起きたのね」
「まぁ。なんか心配かけたみたいだけど、大丈夫っぽい。なんかやたら調子いいんだ。でも流石に腹減ってる」
「……食べかけだけど、よかったらあげるわよ?」
「いいのか? 悪いな」
無遠慮にノワールが食べかけていた料理へと手を伸ばすエヌラスの手を、ベールが止める。
「エヌラス、お待ちになって!」
「な、なんだよ……」
「まさか朴念仁を貫き通すおつもりですか! この状況、ハッキリ言って異常事態ですわよ!」
「見りゃ分かる。敢えて見て見ぬふりをしようとしたけど」
「その原因となるのは、あのメイド二人が作った料理ですわ!」
「うん、知ってた。だろうなと思ってた。どうせ一服盛られてるんだろうな、ってことは食堂に入った瞬間から察した」
「なのにどうして! 食事に手をつけようとするのですか! しかもノワールの食べかけですわよ? ラステイション国民の誰もが羨むようなことを……」
「頼むからメシを食わせてくれ……」
ベールが止めるのも聞かず、エヌラスは空腹の胃袋に軽いサラダから入れ始めた。
「ああ、なんてこと……このままでは理性蒸発したエヌラスにあんなことやこんなことであられもない姿が……ジュル……はっ、いえいえわたくしは決してそんな事を期待しているわけでもなく、あぁでも……ダメですわそんなに激しく……」
「うんそーだなー、ダメだなー。そんな激しくトリップしているのはダメだぞダメガミめ」
「お預け焦らしプレイとはまた高度ですわね。わたくしがどうなってもしりませんわよ。主にベッドの上で」
エヌラスは顔を覆った。カルネに続いてどうにもなりそうにない強敵がここにもいた。助けを乞おうにも一体誰に求めればいいのだろう。
「コ、コホン。エヌラス様、起きたばかりでまだ体の調子について幾分かの疑問が残っているとは思います。それについて私、スピカからご説明を」
「ああ頼む。俺の頭がどうにかなる前に」
主に怒りで。
「爆睡決め込んでいる間に魔術回路の調整を施させていただきました。というのも、クビにされた私とカルネがゲイムギョウ界に送り込まれる羽目になったからでございます」
「これはもう責任取って認知してください」
「知るか」
「じゃあ世界壊します!」
「じゃあ殺す」
「長い間放置状態だったエヌラス様の魔術回路を整理した所、右腕の魔力分配率が高かったため――」
「なげぇ、三秒でまとめろ」
「魔術回路調整を施して全体的な出力低下によって安定化を図りました。成功です」
「よくやった」
「ありがとうございます」
「だがそれとこれとじゃ話が別なんだよくたばれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
『デスヨネーーーー!』
スピカとカルネの二人が夜空の星となった。調子が良かった分魔力放出による威力が段違いで上乗せされて、その仕事ぶりに感謝……は、出来そうにない。
「…………」
そう。まるで感染パニックホラーもののゾンビに囲まれた唯一の生存者のような心境でエヌラスは食堂を見渡す。
発情した女神達がそこにはいた。ふと、足元に転がる小瓶を拾い上げる。恐らくはR18アイランド製のおくすりだろう。
ケモミミ生えるケモナールならぬ、エッチな気分の『ミダレール』が転がっていた。なんとなしに裏面を見てみる。
『ゲイムギョウ界の明るい未来の為にご協力お願いします』
いやそんなめでたい色の羽根募金みたいな広告付けられても困る。
「…………」
どうするべきかなど、考えるまでもない。今回はバカンスに来ているんだ。細かいことなど全部抜きにして今はただあるがままに楽しもう。相手がせっかくその気になってくれているのだから。お膳立てしてくれた最高傑作のダメイド二人は戻ってきたらもう一発くらい殴っておくことにして。
「……まぁ、うん。そうだな。頑張るか、色んな意味で……」
さて、そうと決まれば誰からにしようか――。