※この作品はR-18です。

超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽-   作:アメリカ兎

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episode29 闇を狩る鋼鉄の魔獣

 

 ふらついた足取りで無人の白い街を歩く。幻想的な夜景も人の居ない静けさも、虚脱感に足の重いノワールには気に留めるべきことではなかった。高度な次元転送システムを有しているまではいい。理解できた。それがインタースカイのドーム内部に限ることも、まぁ解る。

 

「なんで、こう……高いところに落とすのよ……」

 座標の指定が大雑把だったのか、それとも単に設定ミスなのかどうかは分からないが、ノワールはインタースカイに転送された直後に盛大な尻もちをついた。おかげで腰が痛い。背筋を伸ばしてタワーを目指して歩く道のりが遠い。やっとの思いで見つけたタクシー乗り場で輸送用フォートクラブの世話になって、ようやく辿り着いた。

 

「はぁ……やっと着いたわ……案外遠いのよねぇ」

《……》

「えっ? ああ、支払いね……はい」

 顔を近づけてきたフォートクラブの口にフリーパスを差し込む。満足したように去っていく背中を見て、ノワールはトライデントから受け取ったカードを見つめると、ポケットに入れた。これ、本当にフリーパスなのだろうかという懸念を振り払う。

 タワーに入り、フロントを見渡す。恐らく、ステラはここにいるのだろうと見当をつけていたからだ。豪華とはいえないが、最低限に置かれたソファーや観葉植物をまじまじと観察していたノワールが、目的を思い出して咳払いを挟む。

 

「ステラー。いるかしら?」

 無人のロビーに声が響き渡った。すると、受付カウンターの前にスーツを着込んだ少女、ステラが現れる。上から下までざっと眺めて、ノワールは首を傾げる。

 

「どうしてスーツを着てるのよ」

《…………》

 ステラは胸に手を当て、ふんぞり返った。どうやら“似合うでしょ?”と言っているらしい。

 

「ええ。とっても似合ってるわ」

《…………》

 顔を輝かせて手を取ろうとするが、その手がノワールに触れることはなかった。それに悲しそうな表情をみせるステラを見かねて、ノワールが手を差し出す。

 

「こうしたかったんでしょ? はい、せーの」

 二人は手を取る素振を見せながら腕を振った。それにステラは大喜びで笑顔を見せる。

 

「それで、えーっと……物凄く気が引けるのだけれども……バイクはどこかしら?」

 思い出したくない。乗りたくない。できれば触れたくもない。もうそのまま元の持ち主の手元まで一人で戻ってくれないかと願うノワールの願いもむなしく、ステラは案内を始めた。

 

 案内された先のシャッターは固く閉ざされており、ステラが脇のカードリーダーに手をかざすとあちら側で認証を済ませたシャッターが重い音を立てて開く。中は暗く、冷たい。それが人の手が入っていない空間特有の寒さにノワールが身を震わせた直後にバイクがライトアップされた。

 

「…………これが、エヌラスの?」

 スタンドを立てて役者のようにライトアップされた光を飲み込むような黒い車体を見て、その無言の威圧感を放つバイクのハンドルに指を触れる。時速四百キロを叩き出すという馬鹿げた性能を誇るモンスターマシン。果たしてこれはバイクである必要性があるのだろうかと。

 不安を隠しもせず、引きつった表情でバルド・ギアからの説明を思い出すノワール。乗り物には詳しくないが、自分の知っているバイクという乗り物を思い浮かべて、改めてそれを観察する。

 見た感じはただの重厚なマシンでしかない。しかし、駆動系には大幅な改修に改修を重ね、それはもはや純粋な“技術力”の枠から離れた魔術の集大成が詰め込まれている。人の手によって積み上げられて裏打ちされた技術を、冒涜的なまでに“魔術”で穢されたこのバイクこそは、まさに怪物を駆り立てる為の猟犬として設計された。

 ステラがそんなノワールの不安を汲み取って、手元に簡単なプロフィールを表示する。

 

「なになに? えーっと、名前は“闇を狩るもの(ハンティングホラー)”? スペックは……うーん、細かいところは分からないわね」

 そのカタログスペックを見てもノワールにはどう凄いのかが分からない。ただ、本能的に警告だけがされていた――“コレはヤバイ”と。

 

「ごめんね。でも、名前がわかっただけでも嬉しいわ」

 ハンドルの手元を見ても、何のためにボタンが用意されているのかがなんとなく分かる。ニトロブースターとか、きっとそういう類のボタンだ。どんな燃料やどんな材質でその車体が構成されているかまでは全く分からないが、ノワールは本能的にその赤いボタンだけは押してはならないと悟っている。これを押したが最後、自分は途方も無い殺人的な加速に晒されるだろう――そんな予感がしてならなかった。

 人の手で届かない領域に、魔術で押し上げられた“ハンティングホラー”と銘打たれたバイクにノワールは跨る。大柄な車体にしがみつくような体勢でハンドルを握るのが精一杯だが、体格に見合わないのも無理はない。これはエヌラスが自分専用に設計したのだ。

 

「いや、それにしたって“闇を狩るもの(ハンティングホラー)”なんて随分厨二なネーミングセンスね……」

《…………》

 ステラはそれに首を横に振る。そのネーミングに匹敵するだけの性能があるからこそ名付けられているのだ。

 

「まぁいいわ。これのキーはどこ?」

 言われて、ステラが眠り続けていた怪物を起こす。まず、目を開いたようにライトが点灯した。次に、エンジンが低い唸り声を上げる。そして電子表示されるタコメーターや燃料に灯りが点いた。排気筒から排出されるガスは驚くほど静かで、むしろその唸り声の不気味さにノワールは生唾を飲み込む。

 獰猛な獣の唸り声を連想させる。獲物を探す猟犬の威嚇の声。本来の主ではないことに腹を立てているかのようにも思え、背筋が震える。

 せり上がる壁に驚くも、そのガレージがそもそも斜行エレベーターの一部であった。警告のランプが点いている前でシャッターが開いていく。その先の進路はインタースカイ中央タワーから外部の高速道路までの直通ライン。本来であればバルド・ギア、及びそれに近しいもののみが使用されることを許可された道路だが今回は特別だ。

 

《…………》

 ステラがハンティングホラーの頭を撫でると、機嫌を良くしたように一層エンジンが唸りを挙げる。その電子表示されているタコメーターの表記が変わった。

 

《READY_?》

 半有機生命体――その言葉を思い出す。自らの意思を持つ怪物は仮初めの主たるノワールのサインを待っている。頭を同じように撫でて、ステラに笑みを向けた。

 

「ありがと、ステラ。これ、借りていくわね。ちゃんとエヌラスにも返しておくから安心して」

《…………》

 両手を合わせ、深々と頭を下げる少女に別れを告げて、ノワールは今度こそハンドルを握りしめる。

 

「ええ、いつでもいいわよハンティングホラー!」

 待ちわびていた言葉を聞いて、鋼鉄の猛獣が吠えた。かつての主の元へ一刻も早く馳せ参じたいが為の加速。スタンドが独りでに持ち上がり、二輪駆動の怪物が夜のインタースカイを走る。

 ノワールはその速度に最初こそ心臓が跳ね上がりそうなほどの不安を抱いていたが、いざ走らせてみると何の事はない。舗装されている地面を静かに走っていた。その静けさを意外に思っていただけに拍子抜けである。それが魔術的な制動制御によるものだとはなんとなしに車体から発せられるエネルギーで分かった。

 

“そうよ、考えてもみれば時速四百キロで走ると言っても結局は私が運転するわけだから安全運転を心がければいいじゃない”

 なんて間抜けなんだろうか。たかが“最高時速四百キロ”で走れるということだ。つまり、何をどううっかり間違ったとしてもハンドルを握る親指の下にある赤いボタンを押さない限りは大丈夫大丈夫、そんな馬鹿げた事にはならない――そう油断しきっていたノワールがインタースカイの検問を抜けた瞬間、ハンティングホラーが豹変した。

 爆発的な加速にさらされ、息が詰まる。時速二百キロにいきなり加速したのだ。もちろんヘルメットもかぶっていないノワールはその暴風に殴りつけられる形となる。

 

「きぃ――――やぁああああああ――――――!?!?」

 ハンティングホラーは、インタースカイで被っていた猫の皮を脱ぎ捨てた。完全な無人化が進められている電脳国家における法定速度は厳守、もしこれを破った状態で数キロでも走ろうものならドームが閉鎖されて完全な密閉空間となり違反者は一瞬にして牢獄に閉じ込められる。それをこのバイクは“知っていた”のだ。

 草原に放たれた猟犬の如く、拘束を解き放たれた鋼鉄の魔獣は歓喜に打ち震えて――時速三百キロに到達する。

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