超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
勿論そのまま走れば搭乗者の命はない。前面に防御魔法を展開して空気抵抗の減衰と同時に搭乗者を保護する。バイクに乗るために必須といえるヘルメットもライダースーツも不要だ。強いて必要な物を挙げれば、命懸けの覚悟だろう。たかがバイクと侮っていたノワールが、不意に和らいだ暴風に涙目になっていた。
「ば、バカじゃないの!? なんなの!? 死ぬわよこんなの、洒落になってないわよ!?」
――イカれてる。自分はハンドルを握っていただけだ。それなのに突然加速した挙句防御魔法まで勝手に発動した。生きているということは考えているということだ。その場その場における最適な行動と自らの活かすべき性能を。地面を走っていたハンティングホラーが、ふと浮き上がった。ノワールがブレーキを掛けようとするが、急に止めれば自分の身体が宙に投げ出されるだけであることを考え、躊躇する。その間にもハンティングホラーは地面から遠ざかっていた。
空を走っている。――何の冗談かとノワールが眼下の風景を見下ろした。
“ウソ、本当に空飛んでる!? なんで!?”
バイクが空を飛ぶとは冗談だとばかり思っていたが、トライデントが切り抜けてみせた危険地帯の遥か上空を通過している。心なしか速度も緩くなっていた。タコメーターを見れば、一時は時速三百を超えたスピードも百五十半ばほどまで落ちている。その速度を緩めたのもハンティングホラーが半有機生命体であるがゆえの気遣いだ。外法と邪道によって産み落とされた怪物であれど、自らの手綱を握るものを不用意に危険に晒したりしない。
危険地帯を抜けてから、ハンティングホラーは緩やかに車体を地面へ向けて降下させた。今の搭乗者に自分を駆るだけの技量がないことを“彼/彼女”は理解する。ただハンドルを握っているだけの搭乗者はしがみついているだけで精一杯のようだ。
時折小石を跳ね上げながらもハンティングホラーは森の中をひた走る。目的地は“嗅覚”が嗅ぎとっていた。そして、それを邪魔する甘美にして酸鼻極まる邪悪な気配にも――。
「やァ――――ホーホーホー!」
「――――」
「おやぁ、おやおやおやぁ。懐かしいモノに乗ってる、ネ。お嬢さん? ん、おねいさんかな?」
ノワールは、その光景を見た瞬間。間違いなく現実という感覚がすっぽりと頭から抜け落ちた。時速百五十キロで走る二輪と“並走”して見せる仮面の姿。それはもはや覚めようがない悪夢であった。
「まーまぁまぁまぁ、いいヨォ。ぼかぁ全っ然構わないヨォ? 気にしないで気にしないで、さささどーぞドーゾ? 先を急いでいるんじゃあないかな? ないかナァ」
キヒッ――道化の笑い声にノワールが悲鳴をあげそうになった瞬間、ハンティングホラーの咆哮が森を揺るがす。“彼/彼女”は、敵を認識していた。その彼我の実力差も――主人の憎む怨敵であることも。だからこそハンティングホラーは決断した。自らの名に反する逃走であったとしても手綱を握る少女を我が主の下へ無事に送り届ける、その為に全性能を費やすと。
《Catch Me_!》
“掴まれ”という命令にノワールはしがみついた。次の瞬間、規格外の加速を放って仮面の道化師を置き去りにした。
「アーッハッハッハッハ! いやぁ、嫌われたモンだ、ネェ! キミのご主人にぃよーろしくネェェェェ――アーッハッハッハッハ、ギャハハハハハハァ――――……」
規格外のエンジンの回転数が限界にまで達しようとしている。ハンティングホラーは吠えた。己の敗走を誇らしく、憂うことなく。負け犬の遠吠えは貴様だと言わんばかりに甲高い加速音を置き去りにして。
ノワールはハンドルにしがみついていた。その手が微かに震える。――アレは、危険だ。本能が警告してきた。ハンティングホラーを見た時とは比べ物にならない。もっとおぞましい何かだ。
視界が滲んでぼやける。ハンドルを握る手には知らず知らずのうちに強くなっていた。その親指が赤いボタンへ伸びていく。一刻も早くアレから逃げなければ、そんな恐怖を拭い去る為にノワールがボタンを押した。
エヌラスの持つ銃が『魔銃』であるならば、ハンティングホラーこそは正真正銘の『魔獣』である――秘められた凶暴性がついぞその牙を向く。
恐るべきことに、仮面の道化師はまだ追っていた。地を駆け、時速三百キロに到達する鋼鉄の魔獣の背後にピッタリとくっつくように。魔獣を追うのは正真正銘の神格者の一人、クロックサイコその人である。無軌道無秩序にして自由奔放な振る舞いこそ目立つ狂人はその言葉の端々から精神の不安定さを見せているが、一つだけ周知の事実があるとするならば――かの敵こそがエヌラスにとって宿敵であり怨敵であり、仇敵とも言える存在であることだ。
無論、彼とてただの神格であるが故に鋼鉄の魔獣を追随しているわけではない。その超常こそをなし得る術理をクロックサイコは誤ず違えず、正しく理解して行使している。それもまた外道に落ちた業の一つ。現に彼の足元は既に残像すら残していない。そもそも“足がない”のだ。
「ヒャ――――!?」
そして、彼は次の瞬間には鋼鉄の魔獣が見せる凶暴性の片鱗を前に全身で加速の衝撃を受け止める事となる。
ノワールが押した赤いボタン。それこそがハンティングホラーの真骨頂でありエヌラスが搭載した規格外の加速装置――ナイトロシステムによってエンジンに送り込まれる霊薬を含ませたニトロが吐き出した圧力は、もはや殺意すら溢れる。排気筒から叩き出されるそれに晒されて平気な怪物はまず存在し得ない。それもクロックサイコのようなモノであれば尚更。
本来であれば魔銃と併せて使うべき『イブン・カズイの粉薬』を流用したのは、その加速がただの加速ではなく『相手を殺すための加速装置』であることを物語っていた。
哀れ、クロックサイコは不意打ちを真正面から食らって地面を三回、四回と転がって木々をなぎ倒しながらようやく止まる。それでもまだ四肢が痙攣しているのだからもはや冗談のような不死身としか言い様がない。下半身が闇の中で蠢くと、徐々にあるべき姿へと形を取り戻していく。
「ワイルドなスピードだネェ、ん~。猟犬の名に恥じない走りっぷりだヨ……」
時速四百キロに到達していたハンティングホラーが周囲に目を光らせて反応がないことを確認して速度を落とした。完全に振り切ったついでに、目的地であるユノスダスが見えてきた。速度を緩めてエンジンから冷気が吹き出す。それもまた魔術によるものだった。加速と冷却に使うのが魔銃の弾丸に用いる粉薬である以上、このモンスターマシンもまたエヌラスの持つ“武器”の一つである。
ユノスダスの城壁前で柄頭に手を置いて周辺の警備をしている鋼の軍神がいた。その姿を見てハンティングホラーが止まる。そこで、ようやくノワールが顔をあげた。
《お前は……確か、エヌラスといた……》
「……アル、シュベイト?」
《どうした。涙ぐんで――と、いうよりはソイツに乗っていたら無理もないか。俺でも馬鹿げていると思っている》
アルシュベイトですらその性能に一目置いている。だが、ノワールの涙の理由がそれではないことを即座に察した。
《何があった》
「分からない……何よ、アレ……あんな、化け物」
《……仮面を着けた道化師だったか》
アルシュベイトの言葉に身体を竦ませる。その反応を見て、アルシュベイトは夜の闇へ視線を投げた。
《“狂い時計”のクロックサイコ。奴もまた我らと肩を並べる神格者の一人だ。そして――エヌラスの全てを奪った者でもある》
「……え」
《――これ以上は、俺が語るべきことではない。早く中へ入れ。俺がここに立つ限り、何人足りとも侵入は赦さん。それが例え、奴でもな》
「敵、なの?」
《俺にとって、アゴウの明日を脅かすものは全て敵だ。お前たちに刃を向ける気にはならん。何を思って戻ってきたのかは知らんが、エヌラスにそのバイクを届けることだな》
「……アナタは、国に戻らなくていいの?」
《一日空ける程度で揺らぐ信頼など、所詮その程度の王たる証拠だ。ならば、全ては俺の不徳が成す悪行に等しい。俺は俺の国を信じる。アゴウを信じる。我が愛するアゴウの民を信じている。それが裏切りによって滅ぶならば、受け入れよう》
「――――」
ノワールは、言葉もなかった。シェアエネルギーという打算的な考えなど、アルシュベイトの頭には一分も存在していない。武人たる威風堂々な佇まいには疑いの余地はなかった。
「アナタが“最強”って呼ばれる理由。なんとなくわかった気がするわ」
《そのような肩書など毛頭いらぬ。俺が強いのではない、貴様らが未熟なだけだ。俺は誰しもが到達しうる境地に、他より先に辿り着いただけに過ぎん機械の男だ》