超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「エヌラス。海に行くぞ」
「はい? 海?」
「海だ。シーサイドだ。支度をしろ」
九龍アマルガム教会に用意された自室で身体を休めながら、エヌラスは読書に勤しんでいた。大魔導師からの指示に従って魔導書から魔術の基礎を知識として蓄えている。その膝の上に寝転がっているのはエヌラスの妹。
「うみ?」
「海……?」
「……ひとつ聞くが、海という場所を知らないのか」
「知らない」
「存じません」
まだ絶望の魔人として活動していた時期の方が圧倒的に長いエヌラスも、その妹も一般常識というものが欠落していた。それを九龍アマルガムで補うというのは、あまりに世間知らずが過ぎるというものだが。
「海というのは……説明が面倒だ、行けばわかる。ついてこい、買い物しながら説明してやる」
「わかった。ほら、行くぞ」
「はぁい、兄様」
大魔導師曰く、海は危険な場所。
大魔導師曰く、海では水着が必要。
大魔導師が言うには、今回は珍しく現地で国王としての執政を見せる。とのことで、修行の一環として仕事の一部を任せるつもりらしい。
「わかったか」
「ある程度は、なんとか」
「今回、お前に任せるのは絶海の孤島にある小さな漁村で起きている珍事件だ。なんでも最近住民が邪教崇拝にハマって大流行らしい」
「なぁ師匠。なんでそんな事件を俺に任せるんだ?」
「いつまでも俺の後ろを付いてくるヒヨコでは困る」
独り立ちしてさっさと楽をさせろ、と。まるで隠居を前にしたロートルの如く思考。
「可能ならお前に国政の全てを投げ捨てて俺は好きに生きたい」
「今でも十二分に自由にしている気がするのは俺だけか、師匠」
「いいか? 自由にしているのと好きに生きるのは別な話だ」
話が長くなりそうだったのでエヌラスは会話を打ち切った。
その問題の場所に行くためにはオンボロバスで行くらしいのだが、大魔導師は面倒だと言って飛行した。エヌラスを連れて。
到着した港町は、筆舌に尽くし難い鬱蒼とした閑散とした漁村であった。居を構える住民達も風土に合わせた珍妙な面構えをしている。この漁村に訪れた者達は口を揃えて不快感を述べる理由も、なるほどと思わせる。土地柄か、国王である大魔導師ですら邪険に扱われていたが、当人はどこ吹く風と我が物顔で村を歩いて買い物をしていた。やはり王たるもの胆力も鍛えられているのかと感心したエヌラスだったが、大魔導師と買い物をした店が爆散して度肝を抜かれる。
「……師匠」
「まぁ派手ですこと」
「あの店は何度か立ち寄ったが、改正の余地が見られない。よって爆破した。文句あるか」
「ないです」
その日、小さな漁村から店が三軒ほど瓦礫の山となった。
宿を取り、部屋で身体を休めると、エヌラスの膝の上に妹が再び寝転がる。大魔導師も用事を済ませてきたのか、部屋を訪れてきた。
「と、まぁここが九龍アマルガム領土の漁村だ。なにしろ海産物は貴重でな」
「美味いのか?」
「クソまずいかべらぼうに美味いかの両極端。それはさておき、今夜は身体を休めておけ。明日の朝、お前には調査に向かってもらうのだからな」
「了解。風呂に入って寝ておく」
「兄様、背中を流してあげますね」
「ありがとな」
「俺は部屋に戻って資料をまとめておく。夜中、勝手に出歩くなよ」
「誰が出歩くか、こんな気味悪い村。師匠の付き添いでもなけりゃ近づきたくもない」
「俺も常々そう思っている。弟子の教育でもなければ誰が立ち寄るものか」
苦手なのだろうか、そう思ったがこの男に限って言わせてもらえばそんなはずはなく。
「ひたすらに対応が面倒くさい」
「そんなことだろうと思ったよ……」
九龍アマルガム内から殺到する怒涛の苦情。クレーマーを片端から削除してやろうかと口走る辺り、相当量不満を貯め込んでいるらしい。
翌日。エヌラスと大魔導師は水着に着替え、浜に出ていた。せっかくなので少しくらいは、海という場所がどういったものなのかを知る機会だと言っていたが、遊びたいだけだ。
「……遅いな、お前の妹」
「いつもならもっと早いんだけどな」
「昨夜頑張りすぎたんではないか?」
「そこまで頑張ってねぇし!」
「それなりには頑張ったんだな?」
「いや、なんというか、それなりっていうか……」
「取り敢えず勤しんではいたのか」
「もうこの話やめようぜ師匠!」
「そうだな、話題を変えるか。お前の妹、遅いな」
「話題変わってねぇ!」
和気あいあい、剣呑風味。そうして待っていると、ようやくエヌラスの妹が水着に着替えてやってきた。
「兄様~! すいません、慣れない服だったので着替えるのに少し手間取ってしまいました」
「……なぁ師匠。確か水着選んだのアンタだったよな」
「ああ、確か俺が選んだものだな」
「アレ。なんて水着なんだ?」
「スク水」
「最高かよ」
思わず口走るエヌラスに、妹君は小首を傾げながら胸に手を当てている。素肌を晒す慣れない水着姿に、少しだけ頬を紅くしながら。
「他にも水着を選んだのですが、これが一番肌を晒さずに済むので」
「俺達以外に観光客なんて皆無だし、気にしてもなぁ」
「兄様がそう言うなら、二人きりの時にでも」
「唐突に人体の保有する糖分脂質を燃焼させる魔術とか思いついたんだが、肥満デブに有用だと思わないか」
「殺意しか見当たらねぇ」
軽い人体発火だ。とはいえ、大魔導師も水着に着替えている以上は海で遊びたいらしく準備運動をしていた。
「そーらアイスエイジ」
「海を凍らせんなぁぁぁっ! あっぶね、寒っ!?」
その遊びの規模が相変わらず災害規模なのは考えものだが、エヌラスの妹は砂遊びをしていた。エヌラスとしては泳いでみたくもあるのだが、ご覧の惨状。引いては寄せるはずの波が大自然の凶器と化して凍りついている。仕方なく、他になにか無いかと周囲を見渡すが当然ながら何もない。
そもそも此処は観光地ではないのだから当然だ。
「エヌラス、お前にはボートで向こうに移動してもらうぞ」
「いや、飛んで行けるんだけど」
「ボートで移動してもらうからな」
「うい……」
移動手段の選択肢が多いのは良いことだ。エヌラスは大魔導師同伴で操船の仕方を軽く教えてもらって孤島を目指す。元々操縦技術は持ち合わせていただけに飲み込みが早く、中程まで移動した頃には大魔導師が教えるまでもなかった。
孤島へと到着する手前、唐突に大魔導師が思い出したようにエヌラスを呼んだ。
「なんだ、師匠」
「右手を出せ」
「?」
エヌラスが言われるままに右手を出すと、大魔導師の右手から灼熱が吹き出る。深紅の紋章を焼き付けられ、右腕から左胸の銀鍵守護器官まで走る激痛に船の上で転がりまわった。血管に熱湯を注がれたような感覚に息を荒げ、目尻に涙を浮かべる。
「殺す気か!?」
「その程度で死ぬ身体にはしていない。お前に俺の魔術を貸し与える。それを使いこなせるようになって帰ってこい」
エヌラスが右手の甲を見れば、炎を示す魔術刻印。未だ痺れるように痛む手を振りながら、エヌラスは孤島へと降り立った。
「明朝迎えに来る。或いは真夜中にでも」
「わかった……」
脂汗をにじませながらエヌラスは隣に並ぶ大魔導師を怪訝な表情で見る。なぜ一緒に降りたのだろう、そう思っている間にボートを停泊させて、次の瞬間には既に遥か空の上からすっ飛んで戻っていった。
「テメェは飛ぶのかよ!!!」
全力で空に叫んだ。