超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――闇を見つめていた。それを飽きもせず不動の構えで睨み続けるアルシュベイトの横を抜ける黒髪の少女。やがてユノスダス国内へと無事に辿り着いた。
アゴウでもまた、彼は闇を見つめていた。夜の闇より暗い黒は漆黒。それは、虚無と言うべき空間だったのかもしれない。それが世界の終わり。絶望の色だった。“何も無い”という色。
《……調子に乗りすぎたな、クロックサイコ。それより一歩でも我が間合いに入るというのであれば――叩き斬るぞ》
「――――」
何かが動いた気配はなかった。だが、闇が蠢き、集まる。それは蟲だった。やがて人の形を作ると、その中から仮面が現れる。濡れネズミのように身体を震わせると一斉に蟲達が闇へと消えた。
「あらぁ、バレちゃってた☆」
《ドラグレイスに矛先を向けるに飽きたらず、少女を追って来たか。だが、貴様とて道理の解らぬ馬鹿でもあるまい。疾くと去れ。さもなくば――変神するぞ》
「この戦争が始まって、サ? どれぐらい時間が経ったかナ。なのに世界は滅ぶ一方で、誰も死んでないなんて……本腰入れなきゃ、仲良く死んじゃうヨォ」
《理解している。だから、か? 貴様が動き始めたのは》
「そーかもしんないし、そうでもないかもしんないヨ? キヒッ。アルシュベイトは賢い、ネ。キミは嫌いじゃないけど、怖いからサ。お近づきにはなれないネ、残念ざーんねん☆」
《俺も貴様は薄気味悪いと思っている。……二言は無いぞ?》
「じゃあじゃあじゃあ、最後に最後にひとっつだけ。フォートクラブの生産工場には日の高いうちに行くこと。じゃーねーばいばい、ばいっばーい」
そして、道化師は仮面を蟲達に貪り食われて消え去る。その闇から目を背けることなくアルシュベイトはただ佇む。その絶望から逃げ出さないように。
《……狂言回しめ。何が狙いだ》
そもそもが考えてもみればすぐに分かることだ。四ヶ月も前の紛失物の調査依頼なんて放っておけば見つかるか、親切な人が交番に届けてくれる。それでも見つからない貴重品なんて質屋に入れられて横領されているのが精々だ。確かに、ユノスダスでの戦闘行為は全面的に禁止されている。だがそれで犯罪がなくなるかと言うと、そうではない。盗難や万引き、麻薬取引などがこの街には確かに蠢いている。そしてそれらを取り締まることに傭兵が乗り気かと聞かれれば、答えは『NO』であった。逆に彼らが目を盗んでそういった“小遣い稼ぎ”に乗り出すこともある。それがドラグレイスの耳に入れば、あれは怒り心頭で粛清するだろうが何しろ当人が稼ぎ頭でもあった。
結果として、今ユノスダス国内を奔走しているエヌラスが犯罪の取り締まりに精を出すこととなる。なるほど確かにこれは“向いている”仕事だ――。
「ひぃやぁあああ!?」
一人のチンピラが這々の体で転がり、壁に背を預ける。その顔の横に靴底が叩きつけられた。腰が抜け、足は震え、歯の根は合わず、半べそをかきながら口は笑っている。あまりにも情けない姿をしていた。無理もない。目の前に立つ男の手に握られた
「おら、ネタぁ上がってんだ。テメェがブラックマーケットに流した品、五点。きっかり耳揃えて持ってこい」
「や、闇市に流した品を買い戻せってのか!? うちの面子に関わる!」
「あ”ぁ”?」
「ひィッ!?」
チンピラの額にゴリゴリと押し当てられるマズルスパイク。内心震え上がって会話できているのが奇跡的だ。それも、彼が年季の入った闇市商売の常連客である証拠である。
「テメェの面ぁ消し飛ばしちまっても俺は構わないんだぜ?」
「へ、へへ……やれよ。やってみろ、ユノスダスでの戦闘行為は御法――」
「ん?」
銃器は鈍器にもなり得る。男の頬が突然横殴りの衝撃に襲われ、言葉が途切れた。何が起きたか分からないチンピラの前でエヌラスはまるで雑談を交わすような笑みを浮かべている。アンダーバレルに隠れたバヨネットを展開しながら。
「戦闘行為? あー、戦闘っていうのはな。俺がテメェを殴って、テメェが俺を殴り返す殺し合いのことを言うんだ。一方的にぶちのめすのはそりゃあもう“戦闘”って呼べる代物じゃねぇよなぁ、あぁん!?」
「あひぃぃぃ!? すいません、すいませんでしたァ!? 必ず、必ず取り戻します! ですからどうか命ばかりは!」
「ハッハッハ、物騒なことを言うなぁお前。俺はな、お願いしてるんだぞぉ? ――二日以内にやれ。失敗したらテメェの骨を一日に一本ずつへし折る。心配すんな、二百五十日は持つ。少なくとも半年の猶予があるわけだ。せいぜい気長にやれよ」
「は、はははははいぃぃぃ!!」
――念のため言っておくが、エヌラスは国王である。決してチンピラから金品を巻き上げる生業で生計を立てているわけではない。
「おうテメェちょっと跳ねてみろや。なんだよしこたま持ってんじゃねぇか」
「違、違う! そいつは俺の――」
「見返りに鉛弾欲しけりゃ釣りはいらねぇぞ?」
「な、なんだアンタ一体!? ウチになんの用だ!?」
「盗難品があるってんで邪魔すんぞ。誕生パーティー? おーそりゃいい。誕生日プレゼントのサプライズにガキの頭に鉛弾ぶち込まれたくなけりゃ今すぐ持ってこいや」
「鬼! 悪魔!」
「金出せや」
「これっぽっちしかないですぅぅぅぅ!? 命ばかりはぁぁぁぁぁぁ!!!」
……念を押して言っておくが、エヌラスは国王である。この日、六件ほどの盗難品及び犯罪者をしこたま
エヌラスがホクホク顔でチンピラ達から恐喝――もとい、脅迫……譲渡された紙幣を数え、ずっしりと小銭の入った袋を数えていると、一陣の風が吹いてその手から金が消える。顔を上げると、橋の縁に着地するユウコがいた。
「エヌラス~、確かにお金は稼ぐものだけどさぁ。奪うものじゃないよ?」
「奪ってねぇし。真っ当に返して貰った金だ」
「キミ、そんなんだから『穀潰し』だとか『犯罪王』とか『ろくでもない人でなし』とか言われるんだよ……というか! そもそも! 逆に、キーミーが! 問題起こして、どーすんのさっ!?」
「犯罪者が悪い。俺が取り締まる側だ。キリッ」
「犯罪者にも人権はあるんだよ!? とにかく、このお金は没収! 未払金の返済に当てるからね! こんな調子じゃ明日にでも街から人がいなくなっちゃうよ」
「ちくしょう……ちくしょう……!」
稼ぎを奪われ(それが本当に真っ当であるかは置いといて)エヌラスは再び無一文でユノスダスを歩く。足取り重く、ユウコが用意してくれた宿に向かう。プルルートも同室、ということでそれなりに良い場所を用意してくれたらしい。値段も相応にするものの、それでも部屋の設備は上質なものばかりだ。
しかし、ユウコに奪われることを予め見越していたエヌラスは別れた後にポケットを探る。隠し持っていた何枚かの紙幣をまとめて財布に入れた。してやったり。
ユノスダスの町並みは和洋折衷と見境ないと言ってしまえばそれまでだが、平均してしまえばその建物の高さは少なくとも三階建が精々といったところだろう。アパートやマンションといった集合住宅は見受けられない。広大な敷地を有しているが、その過半数を生産に当てている。過剰とも言える供給を需要に合わせて送り出していた。生産エリアと住宅エリアの仕分けもキッチリ為されているのはユウコの内政がしっかりしているからだろう。
その為、今エヌラスが歩いているのは住宅街。この一軒一軒が“宿”であるのだから恐ろしい。家一軒を丸ごと貸し出すとはまたとんでもないビジネスだが、人によってはその宿を買い占めて永住する人もいるらしい。表札代わりに飾られているナンバープレートの表記を確認しながらエヌラスはユウコの用意してくれた宿へようやく辿り着いた。本来ならばこの住宅エリアの送迎サービスもあるのだが、当然ながら別料金である。稼いだばかりの金を手放すのが惜しいエヌラスとしては多少の疲労を抱え込んででも節約したい。
明かりの点いた宿のインターフォンを押す。しばらくして、のんびりとした声が扉を開けた。
「あ~。おかえりぃエヌラス~」
「……ただいま」
「えへへぇ、なんだかぁこれって新婚さんみたいだよね~?」
「俺を社会的に殺すつもりか……!」
ただでさえ精神と肉体の両面でダブルパンチを食らって疲労しているというのに、ここで更なる追い打ちを仕掛けるプルルートはエヌラスをいじめるのを明らかに愉しんでいた。
「ご飯にするぅ? それとも~お風呂? それともぉ……あたし~?」
「…………」
「言ってみたかったんだ~」
「そうか……」
きゃー、と赤らめた頬に手を当てて喜ぶプルルートの横を抜けてふらふらとエヌラスはリビングのソファーに腰を下ろす。どっと疲労感が押し寄せてきた。
「お疲れ~」
「マジしんどい……」
「それでぇ~?」
「……?」
「ご飯? お風呂? それとも、あたし~?」
頬に指を当てて笑顔を向けるプルルートに、エヌラスは表情筋の死んだ顔で目を見ながら断言する。
「全部」
「……えぇ?」
「飯、風呂、プルルート。全部」
半ば冗談で言っていたのか、それとも本気だったのか。急にしおらしくなると黙り込んで指先を合わせてリビングが静かになったのも束の間、バイクのエンジン音にエヌラスが立ち上がった。