超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
それから間を置いて鳴らされるチャイムに玄関を開けると、ノワールがもたれかかってくる。
「おい。……ノワール? お前――なんで戻ってきた」
その身体を離そうと肩に触れて、小刻みに震えている事に気づいた。動揺の色を見せていたことにハッとしたノワールが慌てて身体を離す。
「あ、ごめんなさい。ちょっとあのバイクの運転で疲れちゃって」
「運転? ハンドル握ってしがみついてたの間違いじゃねぇのか。あんなん俺ぐらいしかまともに動かせねぇぞ」
その言葉に同意したのか、ハンティングホラーが一度エンジンを空吹かしさせた。独りでに動き出し、徐行速度でエヌラスの前まで来ると頭を撫でられてすぐに転送される。今のエヌラスにとっては生命線に等しい百人力だ。
ノワールの震えが疲れから来るものではなく、恐怖による色を残していたのを見逃さない。
「何があった」
「えっ……」
「何があったのかって聞いてんだ。嫌なもの見た顔してたぞ」
「……」
聞きたいことはお互いにある。エヌラスは何故戻ってきたのかということ。ノワールは、仮面の道化師――クロックサイコがエヌラスの全てを奪った者という言葉の意味を聞こうと口を開こうとして、その背後に現れたプラネテューヌの女神に持って行かれた。
「えっと――」
「あ~、ねぷちゃん側のノワールちゃんだ~。久しぶり~」
「……プル、ルート? え、なんで? なんでエヌラスと一緒に……?」
「え~っとねぇ。大体そっちと事情はおんなじかなぁ」
「探す手間が省けたというか、都合が良いというか、トントン拍子ね……」
「……あー、イマイチ俺は現状が把握出来てないんだが」
エヌラスはまだ半信半疑だったようだが、それでも二人が知り合いというのを見てどうやら二つのゲイムギョウ界の存在を信じる気になったようである。プルルートがノワールに抱きつくと、それでどうやら安心したのか緊張も良い感じに解れた。それに乗じてエヌラスがさりげなく尋ねる。
「んで? 人の愛車かっ飛ばしてくる途中で何があったんだ?」
「ああ、それね。途中で仮面を着けた神格者に追われて――」
仮面の神格者という単語を出した瞬間、エヌラスの目が細くなった。
「どこだ」
「エヌラス……?」
「そいつは、どこで会った――!」
全てを二の次と言わんばかりに憤怒の形相で、抑え切れない激情を食い縛ってエヌラスはノワールに詰め寄る。怒気と殺意に気圧されて、ノワールは首を横に振った。
「わかんないわよ! 途中から無我夢中で飛ばしたから……」
「ッ――そうか……」
「……貴方の全てを奪った相手、って。アルシュベイトから、それだけ聞いたわ」
「……の、野郎。余計なこと言いやがって」
一度は沸点限界まで沸き上がった怒りを深々と息を吐いて落ち着かせ、エヌラスは項垂れる。
「お前も疲れてるだろうし、正直俺も疲れてる。中に入れよ」
「…………」
「なんだよ?」
「なんで、プルルートと一つ屋根の下にいるわけ?」
「その質問を今ここでするんじゃねぇ……!」
やはり宿は別にしてもらえばよかった、今更後悔してもあまりにも遅い。
「なるほどねぇ、事情は分かったわ。分かったんだけど――」
「そうなんだぁ~。向こうのゲイムギョウ界でも同じ~」
「なんで、プルルートはそんなにベッッッタリとエヌラスとくっついてるのよッ!」
ソファーに深く腰を下ろしたエヌラスの膝の上で仲良し兄妹のようにベッタリとくっついている。それにプルルートが頬を膨らませ、エヌラスは疲れて抵抗する気もないのかされるがままだ。
「え~? いいじゃ~ん。ね~」
「もう好きにしろよ……」
「このロリコン! 変態! 鬼畜!」
「俺はロリコンじゃねぇってんだろうがどいつもこいつもぉぉぉぉん!!」
「変態と鬼畜は否定しないの!?」
「エヌラスはぁ変態さんだもんね~」
「やめてくれ……」
顔を赤くしながら胸板をくるくると指でなぞる。この二人の間に何かがあったのは明白だ。プルルートの被害者でもある、がしかし――ゲイムギョウ界ならまだしもここはアダルトゲイムギョウ界だ。何かがあったとすれば、一体ナニをしたのか想像に難くない。
「オホンッ。参考までに、プルルート。アナタ、こっちの世界で変身出来ないのは知ってるかしら?」
「知ってるよ~?」
「“変身できるの?”」
「え~っとねぇ」
滝のような冷や汗を流し、エヌラスが断頭台を前にした死刑囚のような絶望的な顔でプルルートに一縷の望みを賭ける。それだけは言うなよと語るその目に――プルルートは、妖しく笑った。少女に似つかわしくない妖艶な笑みだった。
「……変身~、できるよぉ~? それが、どうかしたかなぁ~♪」
――あ、終わった。エヌラスは寒気すら覚え、ノワールの顔を見る。
「………………」
呆気に取られて固まっていた。それからエヌラスの顔を見て、二人を見比べて冷たく一言。
「…………最低」
「ははははははははははは。もうやだ死のう……死にたい。死ぬしかねぇ……」
「え~、死なれちゃ困るよぉ。まだあたしぃ、エヌラスのこといじめたいんだからぁ」
「おーなんだこの野郎! とうとう本音出しやがったな! いじめたいってハッキリ言ったな! 俺が今どれだけ社会的に殺されたかも知らずに言いおったなこの小娘!」
「小娘ってひどいなぁ~、あたし女神様だよ~?」
「ほらプルルート、そんな性癖こじらせた変態から早く離れてゲイムギョウ界に帰りましょ。エヌラス、バイク貸して。早く。今すぐよ」
「え~、ノワールちゃん。あたしぃ、もうちょっとこっちに居たいよぉ~」
「なんでよ。いいから早く離れて、あとエヌラス。半径二メートル以内に近づかないで」
誤解だと言い訳したいところだが全く材料が揃っていない。自分がどんな窮地に陥っていたかを説明したとして、一体それがなんの意味を成すのだろうか。精神がバッキバキにへし折れたエヌラスはもうこの際今から特に理由もなく行き先も分からないままバイクで走りだそうかと思った。
「も~、ノワールちゃん? エヌラスはあたしの命の恩人だよぉ?」
「だからって、恩返しにそんな簡単に身体預けてどうするのよ。他に何か出来たでしょ?」
「他に何か出来てもぉ、あたしはそうしたかなぁ……」
「――え」
「えっ」
ノワールとエヌラスが固まる。
「あたしぃ、こんなんだからそういうのと縁がないかな~って思ってたしぃ」
つるぺたんな胸に手を当て、プルルートは自分の小ささをアピールした。
「普通にいじめるだけじゃ、物足りないかなぁって最近思ってたから~……」
そこで、突然プルルートの身体が光に包まれる。次の瞬間には変身を終えてアイリスハートが君臨していた。エヌラスは膝の上に突然美女を抱え込む形となってバランスを崩しそうになるが、その顔を捕らえられる。
「だから、趣向を変えていじめてみるのもいいかと思ってたのよね。エヌラス、かわいいもの。とってもいじめがいがあるわよ?」
「コレ以上イジメんな……俺の心が折れる」
「あら、まだ残ってたの? 男としての尊厳なんて変身前のあたしをガンガンに犯してとっくにないようなものなのに」
「あれ一方的だよな!? 俺むしろ襲われた側だよな!?」
「少女に逆レイプされて喜ぶ方も十分男としてどうかと思うけどぉ。やっぱり真正のロリコンなのかしら。そうねぇノワールちゃん、ちょっと身体張って確かめてもらえない?」
「え、えぇ!? なんで私!?」
「だってぇ、あなた変身も出来ないのに戻ってきてどうするつもりだったのよ」
言われてノワールは反論の余地もない。
「わ、私はアナタをプラネテューヌに連れ戻そうと思って来たのよ!?」
「別に頼んでないし、戻らなくてもしばらくはいいかな~なんて思ってるわよ」
「前回の事件、忘れたわけじゃないでしょ。また何か問題が起きたら」
「大丈夫よ。その時はまたねぷちゃん達がなんとかしてくれるだろうしぃ」
笑顔で手を叩くプルルート=アイリスハートのなんと他力本願なことか。髪をかき上げて、座っていたエヌラスを横にするとその股の上に座り込んだ。
「結構いい座り心地よぉエヌラス」
「そりゃどうも……」
「もっと嬉しそうにしなさいよ」
「どう喜べってんだよ!? 十時間ぶっ通しで働いてきて疲れてんだ……」
ぐぅ。腹の虫が抗議している。それに水を差されて、プルルート=アイリスハートは堪えきれなくなって笑い出す。
「そういえばそうだったわね。じゃ、せっかくだしご飯にしましょ」
変身を解いて、プルルートはエヌラスに耳打ちした。
“お風呂はぁ、後で一緒に入ろうね~”
“ご飯だけでいいですもう……”
今はもう、とにかく布団に入って泥のように眠りたい。半ば放心状態でエヌラスは台所に消えるプルルートを見送る。