超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
食堂から玄関前まで風通りのよくなった九龍アマルガム教会。魔道生命体達も何事かと奇怪な頭をもたげて地面に倒れているエヌラスの姿を捉える。しかし、その奥。後を追って歩いて出てきた男性の顔を見た瞬間、羽根を広げて飛び去っていった。
白いシャツ、ラフジーンズ。陽の光が届かない地下帝国の陰鬱とした寒さを物ともせず、片手をポケットに入れたまま気だるそうにしている。金の髪、金の瞳、金色の闇――黄金の獣にしてあらゆる魔道に通ずる超人。誰が呼んだか、
犯罪国家にして地下帝国を治める国王こそが災厄権化。あらゆる犯罪、悪徳、悪逆、合法違法問わずの大混乱にして大暗黒にして大黄金時代の開拓者。だからこそ、誰もが目にしただけで恐れを成して逃げていく。
「さて、エヌラス。準備はいいな」
「げっほげほ、えほっ! 朝飯出てくるかと思った……」
胸板を擦りながらエヌラスが立ち上がる。右手と左手の感覚を確かめつつ、屈伸。準備体操を終えて大魔導師を見据える。
「俺の方は準備よし。何をすればいい、師匠」
「……」
つい、と顎先で示した先に視線を巡らせた。
そこには、ぞんざいに投げ捨てられているバーベルが二本。ところどころ錆びついているが、手入れはしてあるようだ。明らかに存在が浮いている物体は先日まで置いてなかったはずだ。エヌラスが首を傾げて歩み寄る。
どうせこれを担いでスクワットとかウサギ跳びをしろとかそういう無茶振りをしてくるに決まっている、俺は詳しいんだ。なにせ元一番弟子だからな。
「それ担いで九龍アマルガム一周してこい。チェックポイントにはメイドがいる。全部走り抜けて帰ってこい。夕飯までに。それと一定速度以下になるとバーベルに組み込まれた暗算術式が起動して洒落にならん爆発が起こるから歩くなよ?」
「誰がそこまでやれっつった死ね」
「特訓を申し出たのはどこのバカだハゲ」
「俺だよバカ! バーカ! やればいいんだろハーゲ!」
――予想を遥か上回る鬼畜外道畜生。しかし、やれと言われたからにはやらなければ何をやらされるか分からないのが尚更怖い。
「ちなみに重りは何kgだ?」
「三十kgだ」
米袋担いで走るようなものだ。それならまだ良心的だ――。
「一時間経過するごとに重量が加算されていく。俺の予想では、お前が夕飯までに戻ってくる頃に、およそ百三十kgになっている」
「地獄の鬼が土下座するレベル」
そんなもの担いで一定速度を保ちながら国内一周してこいと? 人の心が無いのか。エヌラスが引きつった表情をしていると、大魔導師は足元のダンベルを持ち上げる。
それを、何を思ったのか手短なビルにめがけて遠投した。壁面にぶつかった瞬間、内蔵されていた暗算術式が起動。マイクロブラックホールによって綺麗な丸い穴が出来上がった。
「…………」
「ああなりたくなかったら、時速十キロ以上で走れ」
「ちなみに手放した場合は」
「国を滅ぼす気か?」
「正気かよ」
「狂気の沙汰ほど面白いだろう」
「なぁ、知ってるか師匠……狂気にも限度はあるんだぜ……」
「ひぃこら言いながら死に物狂いで頑張るお前の姿を見て腹を抱えて大爆笑したいだけだ」
「笑いのツボがサイコパスかよッ!!」
人の命を何だと思っているんだ! 何度でも言う、加減しろ、バカ!! エヌラスは力強く叫んだ。
「やっほー、おまたせー! あれ、どうしたの二人とも?」
「ああ、なんだでかいネプーーーー――――!?!?!?」
喧々囂々と口論から肉体言語に発展しつつある二人の元に、大きなネプテューヌが駆け寄ってくる。しかし、その服装はいつものパーカー姿ではなく、動きやすく、機能美に溢れる運動服に着替えられていた。
白さの眩しい半袖。足の動きを妨げないように設計された厚手のパンツ――体操服にブルマ姿の大きなネプテューヌが手を後ろで組み、不思議そうに小首を傾げている。
「どうかした?」
「お、お前その格好どうした……?」
「エヌラスが特訓するって言ってたし、大魔導師も面白そうなこと考えてたからわたしも混ぜてもらおうかなって! それにしてもこの服、すっごく動きやすいんだー。わたし専用のジャージも繕ってもらっちゃった!」
ふふーん、と胸を張る大きなネプテューヌ。濃紺色のジャージの背中には丸みを帯びた可愛らしい「N」の文字。ご丁寧に体操服には名札で『ねぷてゅーゐ』と書かれていた。誤字にして誤字にあらず、誰だ書いたやつ。
「なぁ大魔導師」
「なんだ」
「あの服、誰が用意した」
「この俺だ」
「アンタ無敵かよ」
「褒め称えろ。崇め奉れ」
パシィンッ! 二人は無言で互いの手を叩いた。
「? 喧嘩したり仲直りしたり忙しいね、エヌラスと大魔導師って」
「ふしゅるー♪ わたしもまーぜーてー!」
「なんだ。サヤもか」
「うん! たまには身体を動かさないと」
サヤはスパッツ。ちくしょう、この国王、理解っていやがる! エヌラスは敗北感に歯ぎしりしつつ、涼しい顔をしている大魔導師を横目で睨む。
「暇神、舐めるなよ」
「人の思考を読むんじゃねぇ」
「いいから行って来い」
「おーやったろうじゃねぇか地獄の三丁目! ふぅんぬぉぉあ!」
エヌラスがバーベルを持ち上げて、肩に担ぐ。その状態から一歩、二歩と歩き出して――銀鍵守護器官を起動。走り出した。
「がんばってねー!」
「いってらっしゃーい!」
「夕飯までに帰ってこれるといいな」
「不穏な一言残すんじゃねぇぇぇぇっ!!」
バーベル爆弾を担いだエヌラスの後ろ姿を見送って、大きなネプテューヌとサヤはストレッチを始める。
「それで、大魔導師。わたし達は何をすればいいの? 面白そうだから参加したけど」
「ん」
大魔導師が拾い上げたのは、どこにでもある何の変哲もない小さなダンベル。サヤにも同じようなものを手渡す。
「それを使って筋トレでもしていろ」
「うん、わかった! いっちにー、いっちにー!」
「ふっしゅるー、ふしゅるー!」
「お隣がこわいんだけど!?」
「かわいらしいじゃないか、ははは」
「こっちを見て言って!?」
大魔導師は九龍アマルガムの街並みを眺めていた。
地下帝国は相変わらずの通常運転。街では朝から暴力沙汰が目覚まし代わりに勃発中。紛争内乱テロ行為、なんでもござれの混沌混乱混迷大混雑。当然ながら、一弟子の修行程度で国内の区画整理や道路交通規制などするはずもなく――。
「どぉぉぉぉぉきやがれぇぇぇぇテメェらぁぁぁああああ!!!」
《KYYYYYAAAAA!!!》
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「な、なんだあの男!?」
「なんでバーベル担ぎながらこっちに向かってぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「俺の進路妨害漏れなく撲殺だオラァ!」
九龍アマルガムを走るエヌラスは、道を塞ぐ睨み合いを続けているマフィアのど真ん中を突っ切っていた。道すがら、邪魔な相手はバーベルを斧のように振り回して側頭部を殴打して吹き飛ばして。既に赤く染まりつつある運動着。まだ特訓開始から十分も経過していない。
第一チェックポイントと思わしき場所にはメイドが直立不動で立っていた。
「あそこか!」
寂れた裏路地にポツンと立っている姿はとても目立つ。その周囲に転がる肉塊は、不埒な輩だろう。売り飛ばすなり楽しむなり雇うなりを考えて声を掛けた結果だ。そのせいで顔や服がおびただしい返り血によって赤く染まっている。軽く、というかとんでもなくショッキングかつホラーな光景だが、こちとら恐怖体験など慣れ親しみまくって肩を組むほど仲良しだ。今さら血まみれのメイド一人立ってるくらいで何ともない。
「お待ちしておりました。わたくし、第一チェックポイント担当の――」
「自己紹介はいい! そこを通らせろ!」
「はぁ、わかりました。それでは」
ジャキン。
(……ジャキン?)
不穏な物音に、エヌラスは顔をひきつらせる。メイドの腕が開き、その内部に収納されていた短刀が二本。逆手に構えられる。見覚えがある――自分が使う二本の短刀、そのレプリカ。
「お相手、仕ります」
「チェックポイントってそういう意味かよッ!!!」
「はい」
塩対応なメイドであるが、エヌラスとの距離を素早く詰めると頸動脈を狙って短刀を振るう。殺意満々である。
「ほぉんぎゃぁ!? おま、お前今掠ったぞ! 殺す気か!」
「大魔導様師から仰せつかっています――「チェックポイントも抜けられない弟子ならそこで娶っていいぞ」と。そんなわけでお覚悟を」
「もう嫌だ俺の人生他人勝手にされるの!!」
「特訓はシグルイです」
「やかましいッ! お前倒せばいいんだろ!」
「そうですね」
走るエヌラスと並走するメイド。途中、街灯を飛び移りながら強襲を仕掛け、回し蹴りで通行人が蹴り飛ばされて車に轢かれて交通事故が多発していたりするが地下帝国なら朝飯前の日常茶飯事である。
「あぶねーだろバカ! 突っ込んでくるんじゃねー!」
むしろ轢いた運転手が捨て台詞を残して去っていった。
「エヌラス様。チェックポイントは私含めて全部で七人です、ドンマイ」
「教会幹部職員だろテメーら!? 大魔導師の魔術礼装渡されてんだろ!?」
「はい」
俺はこの特訓で死ぬかもしれない――初日にして覚悟を決める。
こんな調子で三日? あの人は俺を何だと思っているのか。