超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――地獄のような時間が、終わる。
九龍アマルガム教会に戻ってきたエヌラスは、大魔導師の姿を見た瞬間バーベルを大上段から振り下ろした。
「殺す気かテメェェェェェッ!!!」
大魔導師はそれを、左手を添えるようにして打ち払う。更に空いた右手で先端に超重力を加算させた。まるで冗談のように跳ね上げられたエヌラスは教会の壁まで逆に吹き飛ぶ。背中から激突し、そのまま頭から地面に落下した。
「殺す気か。危ないだろう」
「わー大人の対応」
「言ってる場合? エヌラスー、だいじょうぶー?」
地面に倒れたエヌラスは立ち上がろうとするものの、足腰に力が入らずそのまま倒れる。
「ネプテューヌ、サヤ。運んでやれ」
「はーい」
「えっさーほいさー」
「ヒュー……ヒュー、コヒュー……!」
軽い酸欠、および全身疲労によって満足な返事すら返せていない。
「大魔導師ー、運ぶのはいいけどどこに?」
「風呂場に投げておけ」
「わかったー。エヌラス、お風呂行くよー、歩ける? 無理? そっかぁ」
血の滲んだジャージに、半ば焦点の定まらない目、乱れた呼吸。足腰に至っては限界を越えた肉体労働によって銀鍵守護器官による再生が追いついていない。回復力と肉体の酷使は別問題。加熱したエンジンの限界を保っているようなものだ。
「い……いまの、おれは……子ジカに、徒競走で負ける……じしんがある……」
「そ、そんなにかぁ。大魔導師やりすぎじゃない?」
「バカを言うな、手ぬるいわ」
――これで手ぬるい!? 大きなネプテューヌは信じられないといった表情で大魔導師の顔を見る。
「今回はリハビリだ。明日は予行演習。明後日は本番だ」
「エヌラス、本当に死んじゃうよ?」
「それこそ有り得んな。特訓に耐えられない肉体など鍛え直して当然だ」
「でも――」
「ね、ぷ……いい……」
息も絶え絶え、脱水症状も併発しているエヌラスが口を挟んだ。
「俺が、やるって、言ったんだ……! だから、いい……」
「う~ん、心配だなぁ……」
「風呂に入って汗を流したらしっかり休んで、夕飯も死ぬほど食って寝ろ。明日もあるぞ」
「おう……」
大魔導師はその足で執務室へと向かう。
大きなネプテューヌとサヤに脱衣場まで連行されたエヌラスだったが、自分で着替えるだけの気力すら残されていない。腰掛けに座るなり意気消沈していた。そのまま睡眠状態へと移行しそうな程だ。
「せっかくだしわたしもお風呂はーいろ。よいしょ」
「わ、わ、ちょっと!?」
「なぁに? ねぷさん?」
「なんでいきなり脱ぐの!?」
「?」
体操服を脱ぎかけた手を止めて、サヤは不思議そうな顔をしている。
「お風呂入るから服脱いでるんだけど」
「えーっと、エヌラスと?」
「うん。ねぷさんは?」
「わたしはどうしよっかな。でもお風呂入りたいし……」
「じゃあ一緒に入っちゃお」
「わわわ、ちょっと。脱がさなくてもいいから、自分で脱ぐから!」
「ふしゅるー」
機嫌を良くしたサヤは恥ずかしげもなく体操服とスパッツを脱いで生まれたままの姿になると、エヌラスの顔を下から覗き込んだ。
「ほらほら、エヌラスも早く脱いでお風呂はいろーよー」
「あー……うー……」
もそもそとナマケモノのようなゆったりとした緩慢な動き。それに手を貸してサヤはエヌラスのジャージをカゴに放り投げておく。
大きなネプテューヌは、体操服に手を掛けたものの、どうするか考え――まぁいいかと楽観的な思考に切り替えた。
九龍アマルガム教会大浴場――地下帝国である利点を最大限活かした温泉。純和風の拵えに合わせた檜風呂に打たせ湯、そこから個室のサウナや公衆浴場と多種に渡る。空間魔術によって改装を施された教会大浴場は大魔導師の趣味も入っている。
かくして、大魔導師及び地下帝国最大の恩恵。地下温泉を堪能する大きなネプテューヌとサヤはお互いの背中を流す。エヌラスは半身浴で死んでいた。
「ゔぁー……」
「ゾンビみたいな声出してる……」
「……無茶言うな……教会幹部職員七連勝負突破とか、常人だったら何回死んでるか……」
九龍アマルガム教会幹部職員――すなわち、大魔導師直属の護衛部隊。その素質有り、と認められた七人。いずれもが模造品の魔術礼装を修めている。
短刀。銃撃。爆撃。斬撃。戦斧。抜刀。そして、死霊秘術。どれほど修めようと所詮はからくり人形、性能の限界はある。大魔導師が手を加えていなければ。しかしながら、常時全力疾走の人形に対して疲労の貯まる人間とでは雲泥の差。
アゴウの機人達を相手取るのと大差ない話だ。
「でも、エヌラスは切り抜けてきたんでしょ。すごいんじゃないの?」
「大魔導師はそんな程度じゃ褒めてもくれないからね」
「退屈しのぎっつーか、あの人からしたらバラエティ番組の企画レベルだ……人の命を道楽代わりにしやがって……」
暇潰しの名目で突発的に国政に着手したり、区画整理したり、散歩がてら犯罪組織の拠点を粉砕するような人だ。国王だと言うのだから手がつけられない。しかもいざ相手取ろうとするとべらぼうに強い。特に、九龍アマルガム領地においては反則級の魔術すら今の大魔導師は可能とする。国内全域射程圏内、という離れ業すらやってのけるだろう。
「んー……多少、回復してきた。流石は地下帝国温泉だ」
「わたし、こっちの大浴場ってあんまり使ったことなかったんだけど、どういう効能なの?」
「色々。滋養強壮、肩こり改善、肉体疲労回復、血行促進、魔力供給、美容効果にその他」
「ほんとに色々あるんだね。ありきたりだけど」
「…………」
エヌラスは言おうか言わまいか悩んだが、言わずにおいた。サヤはタオルを巻かずにお風呂に肩まで浸かっている。
「あんまり長時間浸かってると脳味噌ふやけるからオススメしない」
「なんで?」
「……入浴剤代わりに黄金の蜂蜜酒ぶちこんでる。流石に禁酒法以前の年代物じゃないとは思うが、この感覚は間違いない」
魔術回路にまで浸透してくる熱湯の感覚。神経症全般にも効能はあるものの、やはり薬物なので依存症には注意。ご法度かと聞かれれば、犯罪国家で何を今更感がある。
「言われてみれば確かに、ちょっとのぼせそうかも……」
「慣れてないと酔っ払うから早めに上がったほうがいいぞ」
身体にタオルを巻いていた大きなネプテューヌが浸かっていた湯船から立ち上がろうとして足を滑らせた。
「あ」
「あっ?」
咄嗟にバランスを保とうとして、それが逆効果だった。変な方向に力がかかり、大きなネプテューヌは尻もちをつくところを何故かエヌラスに向かって倒れ込んでくる。
黄金の蜂蜜酒、ミードの効能で時間の流れがゆっくりと感じられる眼前に広がる光景。慌てて手を突き出してくる大きなネプテューヌ。支えを失ってほどけるタオル、露わになる豊かな胸。驚いている顔が徐々に覆いかぶさってきて――エヌラスは受け止めようとしたものの腕が上がらずに頭だけ差し出す形となった。
「ほっぶごぉ!?」
胸に頭を埋め、柔らかい二つの感触……そして後頭部殴打。快楽と苦痛が同時に襲ってきて脳の処理が遅れる。大きなネプテューヌは驚いて動きが止まっていた。
「…………」
「…………」
「すごい音したよ、だいじょーぶ?」
「めちゃくちゃ気持ちいいのとめっちゃいたいの同時に来た」
「ごめーん、大丈夫だった?」
「ラッキースケベがなかったら参ってたところだった、うむ。なんかありがとう」
「??? ど、どういたしまして?」
困惑しつつ、大きなネプテューヌは立ち上がろうとして、濡れた床で手を滑らせて再び胸を押し付ける形でエヌラスの頭にのしかかる。
「ほびゃん! おまえ、わざとじゃ……ねぇだろうなぁ……!」
「わざとじゃないってば! ごめーん!」
急いでタオルを巻いて大きなネプテューヌは大浴場から去っていった。後頭部を擦る。たんこぶになってないといいが。
「エヌラス。身体洗ったげよっか」
「えー、あー? あー……頼む」
サヤから笑顔の提案。一体何が楽しいのか、この娘ときたらいつもニコニコと笑みを絶やさない。無邪気でかわいいのはいいことだが。エヌラスが背中を向けて座っていると、寒気がしたので振り返る。
すると、髪の毛の先端部分。黒い艶のある毛先ではなく緑色の肉質が見えた。
「おまえ……まさか“ソレ”で洗うつもりか?」
「そうだよ? ふしゅー」
「さ、サヤの小さいお手てがいいなぁ……なんて」
「やだ、めんどうだもん。じゃあ全身洗っちゃうね」
「男の触手はニッチすぎるからやめ、ぎゃああああぁぁぁぁっ!?」
このあと、ぜんしんきれいに、なりました。