超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
風呂場からふらついた足取りで出てきたエヌラスと、何故か血色の良くなったサヤが手を繋いで出てくる。それを偶然目撃した大魔導師は片眉をつり上げた。
「ゆっくり出来たか?」
「できたと思うか……?」
「ああ。随分サヤが楽しんだようだしな」
視線を落とす。ネコのように頭を腕に擦り寄せる姿に、エヌラスは寒気がした。
一見かわいらしい少女ではあるが。その正体は――、およそこの世の物とは思えない。時々“中身”がもれ出す時がある。それを目撃して正気を保っていた職員は今のところ、大魔導師の拾ってくる野良メイドだけだ。生身の人間が九龍アマルガム職員を務めて長生きした試しはない。その逆に、地上は真人間の集まりだが。
「久しぶりにハメを外してすっきりした!」
「それはよかった。俺は風呂に入る」
「あー、大魔導師? って、行っちまったよ……」
エヌラスが忠告する暇もなく大魔導師は大浴場へと入っていった。
「エヌラス、ご飯食べるんじゃないの?」
「そうだな……飯食って寝る……」
サヤに腕を引っ張られてエヌラスは食堂へと向かう。
「…………」
湯浴みは数少ない大魔導師の日課の一つ。風呂は良いものだ。身体を洗うと気分がスッキリする。少なくとも嫌いではない。
しかし、足を踏み入れた大浴場には……何故か、入浴剤として使った覚えのない緑色の液体が散乱していた。試しに素足で踏んでみれば、粘り気のある嫌な感触。大魔導師は掌に小型の重力弾を生成すると、汚れに向けて放り投げる。床に当たる直前で停滞し、緑色の液体を吸引し始めた。それを複数形成すると、まとめて汚れを片付けていく。
「ふむ……」
床を水滴一つ残らず綺麗に仕上げると、重力弾を一つにまとめた後に霧散させた。
「……吸引力の変わらない超重力掃除機とか、売り出せないものか。ユノスダス辺りでは売りに出すと面倒そうだな」
独り言を呟きながら、大魔導師は身体を洗い始めるが……。
「それはそれとして――後でサヤには教会の床掃除でもやらせるか」
密かに、憩いの場を汚されて腹を立てていた。
――商業国家ユノスダス。夕方にもなれば、仕事上がりの国民達で溢れかえる。そんな中を歩く軍服姿の二人組。アイルとベールが陽の傾いた街並みを歩く。
「はぁ、はぁ……まさかこんなに、体力仕事だとは思いませんでしたわ」
「そうですかぁ? 守護女神様って意外と体力ないんですか?」
「運動不足かもしれませんわね……一日歩き通しだなんて思いもしませんでした」
「そりゃー、警備員なめちゃ駄目ですよ?」
足が棒になったベールとは違い、アイルは相変わらず元気な様子だ。街の観光案内がてら西から東に大きく歩いたというのに。汗だくになって暑苦しそうに襟元を緩めるものの、通気性が優れない軍服では焼け石に水。
「今日はこの辺にして、教会に戻りましょう。ベールさん、お疲れ様でした」
「お、お疲れ様でした……お風呂にゆっくり浸かりたいですわ」
「教会自慢のご飯も待ってますよ。今日の献立なんだろな~、楽しみだなぁ~」
浮かれるアイルとへばったベールが昼と同じように教会通りを抜けようとすると、見慣れないロボットの集団が立っていた。その一団の前には、壊れた家屋。
《ゥオッシャアアァァァッ! 揃ったかヤロウ共ぉっ!》
『オオオオオオォォォッ!!』
《アゴウからかっ飛んで三時間弱、見積もりその他諸々! ぶっちゃけ時間がねぇ! かっ飛ばしてくんで夜露死苦ゥ!!》
『夜露死苦ゥッ!』
《――スタンディング!》
『
《レディ――、ゴォォッ!!!》
『ウォォォォオオオオオッ!!!』
夕焼けに似つかわしくない気迫のこもった掛け声。よく見れば、その筆頭である濃紺の機体色の一体。何故か頭にねじりハチマキを巻いている。足元に並べられているのは、角材や鉄骨、その他骨組み。
「あの、アイルさん? あちらの、熱血スポ根体育会系のロボットの皆様方は……?」
「ああ。あれはアゴウの機人の皆様です。ユノスダスの警備、輸送団護衛、土木建築等を請け負ってくれてるんです」
「軍事国家の皆様ですのね。しかし、なぜねじりハチマキを……?」
「あの人、国王親衛隊の一人のはずなんですけどねぇ……」
《骨組みよし! 角材よし! 次! はめ込みよし! 次! 図面よし! その調子だお前ら! 行くぞォォォォッ!!》
「……み、みるみる出来上がっていますわね?」
「スピード建築がウリですからね。強度よし、早さよし、素材よし、連携よしと言うことなしですよ。欠点といえば、やかましいこととうるさいことと騒音ぐらいで」
「ええ、よくわかりますわ……」
気合が入っているのはいい。だが、初見のベールからしてもうるさいと思っていた。失礼ながら。だが、その仕事ぶりは確かに早い。建築音よりも彼らの気迫の方がやかましいくらいには。仕事帰りの国民達は見慣れた光景なのか、微笑ましく眺めていた。
「頑張ってくれよー」
「ははは、相変わらず威勢のいい連中だ」
《おーう任せとけ!!》
揃ってサムズアップをしながら作業再開。
「あの光景は日常的なんですか?」
「はい。まー気にせず帰りましょう」
そう言って、アイルが背中を向ける頃には既に外枠まで完成していた。
「そういえば、ソラさんに出してもらったフォートクラブの見積もりの方なのですが……中古でも相当なお値段になりますのね」
「そりゃあ。ミニチュアと言っても高性能汎用型ですから。輸送用に拠点防衛に強襲型に重武装型にとアップデートできるとなればそりゃあ高くつきますよ」
「よよよ、妹への道は遠いですわ」
「は、あははは……」
互いに食い違っているもののそれが解決するのはもう少し先の話。ソラが喫茶店の軒先で変わらずタブレットを弄っているのを見て、アイルは苦虫を噛んだ表情に変わる。
「まーだコーヒーで粘ってるんですか暇メガネさん」
「あのさ、僕の名前忘れてるとかじゃないよね? ちなみに今は王様の執務終わって、喫茶店の売上を集計してるところなんだけど」
「働き者なんですね」
「まぁ、僕としてはデスクワークがメインな分、これくらいがちょうどいいんです」
ソラがベールから視線を外し、気さくに片手を挙げた。その挨拶の相手は、白いスーツ姿の男性。赤い髪のオールバック。見慣れないネクタイの刺繍は、黄金の片羽。
「やぁ。珍しいね、直接買い出しに来るなんて」
「ふん……そういうお前は人様の国で精が出ることだな、ソラ」
その男性を見るなり、アイルはベールの後ろに隠れた。軍帽から覗く獣耳も垂れているところを見ると、どうやら苦手らしい。
「何を買いにきたんだい?」
「コーヒー豆。後は、適当な嗜好品だ。人の買い物を詮索するな」
「それならウチでいいのがあるよ」
「いらん。……そっちのは、見慣れない客人だが」
「ああ、ベールさんだって。守護女神らしいよ?」
「そうか」
「どうも……」
目つきの鋭いその男性は、ベールを観察して――背後に隠れているアイルを無視した。
「あの、わたくしになにか?」
「いいや。守護女神にいい思い出がないだけだ。俺は用が済んだから帰る」
「貴方のお名前は?」
「……ドラグレイスだ。ヒナグラシ教会職員。何もない小さな村だが、観光であれば歓迎する。それではな」
短くそれだけを告げると、ドラグレイスと名乗った男性は去っていく。その姿が見えなくなってからアイルはようやくベールの背中から身体を出した。
「……行きました? あの人、行っちゃいました?」
「ええ」
「うぅ~、あの人苦手なんです。ダウナー系だし、顔は怖いし、ノリ悪い人苦手で……」
「その割にキミ、僕に対してはフレンドリーに失礼だよね」
「だってメガネでお人好しで特に怖くありませんし」
「ちくしょう!」
それはつまり、親しみやすくていいのでは? そう思ったが、ベールは“これはこれで見ていて面白いから放っておこう”と黙っていることにした。
「あら?」
再び賑やかになる喫茶店の軒先、そこに近づいてくる機人の姿があった。両手に山ほど買い物袋を持った灰色の機人。大きく張り出した肩部装甲、アゴウ機人共通規格の腰部跳躍ユニット。隊長機である証に伸びたアンテナ部。その姿をソラとアイルも見たのか、手を止めた。
「アルシュベイト、今日は随分客人が多いなぁ」
《おお、ソラか。ここ最近はユノスダスに入り浸っているようだが大丈夫なのか?》
「もちろん。明日には一度戻って周期メンテナンスに立ち会うけどね。その時はそちらのメンテナンス用の機材にお世話になるよ」
《応。いつなりとも頼るが良い》
「それにしても……なんだい、その荷物は? いや、キミが重そうにしている姿なんて想像出来ないけど」
《うむ。まぁ言わずとも分かるだろう》
「あー……うん、そうだね。言わずもがな、だね」
二人の重い溜息が重なる。怪訝な表情で首を傾げるベールが、片手を挙げた。
「あの……もしや、アゴウの守護女神が関係していらっしゃいます?」
《む、そちらのご婦人は初見か。自己紹介が遅れたな。俺は軍事国家アゴウ国王、アルシュベイトだ。機械の身体で失礼する》
「ご丁寧にどうも。わたくしはリーンボックスの守護女神、ベールですわ。とはいってもこちらではないゲイムギョウ界の者ですけれども」
《なるほど。確かに、女神らしい気品ある佇まいだ。そして先程の質問だが――肯定だ》
再び、アルシュベイトは視線を逸らして肩をすくめる。
《御姫――ああ、アゴウの守護女神だ。我々はそう呼んでいる》
(なるほど。蝶よ花よと愛でられて、わがままお姫様なのですわね?)
《その、御姫がだな……暇だからたまには台所に立つ、と言って聞かず、こうして俺がユノスダスにまで足を伸ばしたというわけだ》
「今回は何を作るんだい? 前回はとんでもない量の鍋だったけど……百人前ちゃんこだったかな……まさか僕まで食べさせられるとは思わなかったけど……」
《今回は、初心忘るべからずということで百人前肉じゃがに挑戦するらしい》
「アルシュベイト。もし僕の名前が出されたら、腹痛だって言っておいてくれ」
《断る。俺は一口たりとて味わうことが出来んからな、貴様にはその分大いに味わってもらおうではないか》
「それ、嫌がらせも入ってるよねぇ!? いや御姫さんの作る手料理は美味しいんだけどね! 和風に限ってだけど!」
《馬鹿者! それを絶対に目の前で口にするなよ!》
「知ってるよ! ムキになって作った二百人前カレーは今でもトラウマだ!」
どうやら分量がおかしい御仁のようだ。そうして、再三に渡る深い溜息が重なる。
「はぁ~……憂鬱だ。こういう時にあいつが居てくれたらなぁ……全部そっちに投げるのに」
《うむ。鋼の胃袋、無敵の消化器官、向かうところ食えぬもの無しの彼奴がいればな……》
「えーっと、そのような方が?」
『エヌラス』
「あぁ……」
その名前だけでベールは納得してしまった。
「エヌラスでしたら、九龍アマルガムで特訓のために帰国していますわよ?」
「へぇ」
《ほう……? そうなのか》
二人は顔を見合わせる。そして、互いに頷いた――その瞬間、察する。
(このお二人、間違いなくエヌラスに投げる気ですわね。それも丸ごと)
「うん、なるほど。エヌラスの関係者ってことなら多少は納得。どうしてアダルトゲイムギョウ界にいるのかなって思ったけども」
《それならば説明する手間が省けたというものだ。今、この世界は邪神の脅威に晒されている。ゆえに、不測の事態があれば我らアゴウ国民総出で迎撃する所存だ》
「微力ながらわたくしも助力させていただきますね。お客様ではありますが、自分の身ぐらい守れますもの」
《うむ、気持ちだけ受け取っておこう。俺も御姫に叱られたくはない、これにて》
頭を下げて会釈すると、アルシュベイトは跳躍ユニットを吹かしてアゴウに向けて跳んでいった。背中を見送り、ベールとアイルもまたユノスダス教会へ。
タブレットで集計を取っていたソラもまた、アダルトゲイムギョウ界全域の測量に移行する。なにか異常があれば即座にアルシュベイトに連絡が出来るように。
平和な日々が続いているものの、決して楽観は出来ない。邪神の脅威は遠のいただけでいまだこのアダルトゲイムギョウ界を蝕んでいるのだから。