超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
剣呑な朝食を終えて、教会の玄関までの廊下を歩いていると鬱蒼とした少女の泣き声がトイレから聞こえてきた。
雑巾とモップとバケツを用意したサヤが泣きながら床を磨いている。
「ふぇぇぇぇぇ~、大魔導師ぃ、トイレ掃除終わらないぃぃ~」
『てけり・り~』
「黙って磨け。聖母でも小便したくなるくらいにな」
「うわぁぁぁぁぁん~~」
大魔導師お気に入りの風呂場を汚した罪はとても重い。何故か教会のトイレは綺麗なところとやたら血まみれで錆だらけのトイレがある。目を離すといつの間にか汚れていたりと、明らかに不思議な現象が起きているのだが、大魔導師は特に気にしていない。直せ。
「それで、師匠。今日は何をやらされるんだ?」
「チェックポイントごとに用意した障害物を取り除け。“俺はもう使わない”からな」
「あー、不穏な一言に込められた意味はアレか。廃品回収ってことでいいか?」
「そうなるな。せいぜい食い殺されない程度に頑張れ」
首を傾げながら大きなネプテューヌがついて来る。クロワールも欠伸をしながら物見遊山に後に続く。だが、玄関ホールでクロワールは止まった。教会内での行動は自由だが、一歩でも出た瞬間に捕縛される。
扉を開けて外の空気に触れた瞬間、エヌラスは眉をひそめた。あまりに異質な空気が蔓延している。九龍アマルガムが異界と化していた。
(なにがチェックポイントだ、大魔導師め。こっからでも見て分かるほどヤベーじゃねーか)
一体何を配置したというのか。横顔に視線を向ければ、それに気づいたのか手を差し出した。
「手を出せ。少し細工をする」
「?」
大魔導師に手を出せば、手の甲と掌を見て、それから指で魔術回路を刺激する。焼き切れた魔術刻印が浮かび上がり、エヌラスは苦い顔をした。
大魔導師が手を重ねて拭うように手を払うと、手の甲に浮かび上がった刻印が消え去った。
「なんでまた、今さら両手の魔術刻印を払拭するんだ?」
「必要だからだ。そらいけ」
「今日の時間制限は?」
「無い。強いて言うなら――生きて帰ってこい」
「……なぁ、師匠? 今回なにを用意したんだ?」
「ほら行け。さもなくば俺と鬼ごっこだ」
「よーし今日も張り切っていくかー!」
逃げるようにエヌラスは教会から走り去っていく。その背中に向けて大きなネプテューヌは手を振った。何故か今日も体操服姿で。
「いってらっしゃーい、がんばってねー」
「……さて、アイツは無事に帰ってこれるかな?」
エヌラスはいつものように九龍アマルガムを走る。その顔を見た黒服の男たちは悲鳴とともに持っていたバッグを取りこぼして逃げていく。
「ぎゃあああ! バーベル野郎だーー!?」
「お助けェェェ!」
「幹部十四人、下っ端四十名を意識不明の重体にしたダンベル野郎だぁぁぁ!?」
「テメェ等あとでぶっ飛ばす。顔覚えたからな!?」
一番近いチェックポイントに足を向ける。
九龍アマルガムの慣れた空気。鬱蒼とした空気、肌にまとわりつくような湿気、異様な熱気。不自然に暑いような……“熱すぎる”。路地裏の曲がり角が照らされている。それはまるで火事でも起きているかのように。しかし付近の建物を見ても黒煙は上がっていない。住人の悲鳴も、騒ぎも。
そして、全身で感じられる危険信号。第六感でさえも警戒していた。そしてどこか懐かしさすら覚える狂気的な熱量――。
「……いや、いやいやいやいやいや――無茶言ってくれるぜ、師匠……」
慎重に曲がり角の先を覗き込むと、そこには炎の獅子が眠り込んでいた。その姿を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。
「クトゥ――!?」
“大魔導師の使う神性の炎”が、そこには座り込んでいる。自分が使っていた炎熱の原種、その出力も性能も桁が違う。どれだけ再現しようと、所詮はレプリカだ。
名前を呼ばれて炎の獅子が立ち上がる。火の粉が舞い、焦げ付いた空気が肺を焼く。視線に射抜かれるだけで、魂の輪郭が溶けて消えてしまいそうなほどの神性。半ば神格者への域にまで踏み込んだ炎の化身。
それと“やり合え”と言っていたのだ。成る程、生きて帰ってこいとはそういうことか。
結論。
「ふぅざけろよ大魔導師!?」
炎の獅子が吼える。神性を交えた咆哮に、通りすがりの一般人が精神を保てずに発狂した。
“
「やったろうじゃねぇかよこんちきしょぉぉぉぉぅっ!!!」
“
「くそったれ、一筋縄じゃいかねぇか……」
しかしどうするか。心臓である核を直接叩ければダメージも与えられよう。というよりも、だ。まさか昔使っていた能力を不法投棄するとは思いもしなかった。その結果が国内大混乱なわけだが、国王様ご乱心である。毎度のことだが、今回だけはシャレにならない。
その姿を見ただけで発狂する国民もいれば、なびくたてがみに触れただけで溶ける。まるで走る溶鉱炉だ。逃げ回れば悪戯に街に被害が出るだけ、となれば、この区画で勝負を付けるしかない。
交差点で反転して急制動。違法駐車の自動車がクトゥグアに触れただけで爆発して廃車確定。エヌラスは吹き飛んでくる車を蹴り飛ばす。悠々と歩いてくる神獣にどう対抗するか必死に思考を張り巡らせていた。
(まぁ、まずまともにやりあったら勝てる見込みはない。変神するかぁ……? 特訓で? いや冗談じゃねぇ。というか、普通にやり合って勝てるはずがねぇんだよな)
前足にぐっと力を込めて、灼熱の獅子が飛びかかる。横転して避け、反撃の手立てを考えていたエヌラスの周囲にいた市民達が逃げ出していた。まずは避難が済むまでの間、時間稼ぎだ。
足に磁場を纏わせて、飛び蹴りで頬っ面を叩くがダメージは見受けられない。前足による灼熱ネコパンチだが、防ぐだけでもチリチリと髪の焦げる嫌な臭いと肌が焼ける音がする。距離を取れば、口から炎のブレスを吐いてきた。
「アヂヂヂヂ、あっつぁ!?」
腕に飛び火して燃えるジャージを脱ぎ捨ててエヌラスは更に飛び退く。火の海と化した九龍アマルガムの通り。見覚えのある街並み。馴染みのある噴水交差点――。巻き添えを食らった一般市民が火だるまになって倒れる。出来上がるのは黒焦げ丸焼き。
飲食店、服屋、雑貨屋……街の通りを見て、脳裏を掠める人。そして、それは逃げ遅れた人々の中に居た。
「――――」
その背中を見た瞬間、背筋が凍った。相変わらずのどん臭さで、相変わらず綺麗な髪の色で、そのくせ器用に犯罪国家で気ままに生きている。
クトゥグアの頭上に浮かぶ火球の輪郭が広がっていく。小型の太陽には目もくれず、エヌラスは既に遮二無二駆け出していた。自らを撃ち出す電磁加速によって、長い金の髪を翻す女性の手を取る。
呆気に取られて小首を傾げている間に、抱きかかえると地面を蹴ってビルの壁面を駆け上がった。間一髪で火球を避けるが、逃げ遅れた人々は大惨事となっている。
「し、死ぬかと思った……!」
俺は何をしているんだ――エヌラスがへたり込むと、状況を飲み込めていない女性は顔を見上げていた。
「……?」
(しかし、この三日。地獄みてぇな訓練をさせられたせいか、魔術の調子がいいな)
付け焼き刃でどうにかなるようなものではないが、過酷な環境下で長時間使用して“焼き付いた”回路のおかげである程度の無理に応えてくれる。これならば、或いは……。
「あのぉ……」
「なにか?」
「どこかで、お会いしました?」
「――――――――――」
何か言おうとして、言葉が出てこなかった。そんなはずはない、と。初対面だ。お互いの名前も知らない。初めて会うはずの人なのに、そのはずなのに――“自分だけが知っている”
「……いや――いいや。今日が初対面だ」
辛うじて、言葉に出来たのはそれだけだった。それに女性はニコニコと笑う。まるで太陽のように。
「私は――あ」
手を合わせて、のんきに自己紹介をしようとするが言葉を途切れさせる。エヌラスの背後を指差す。ビルの壁面を駆け上がってきたクトゥグアの口からは炎が漏れていた。口腔より放たれる灼熱の吐息より先に、エヌラスは片膝を立てたまま光速の抜刀術を背面に向けて抜き放つ。
超電磁抜刀――。
「取り込み中だ」
磁場による炎熱制御、身体を真っ二つにされたクトゥグアは獅子としての形態を保てず、徐々に淡い輪郭となっていく。炎の球体。小型の太陽。渦巻くフレアの神性の炎熱。
遮二無二、エヌラスは蠢くクトゥグアに拳を突っ込んだ。肉の焦げる嫌な感覚、しかし指先が確かに触れた核の手応えに、魔術回路が焼き切れるより先に電導をありったけ回して紫電を叩き込んだ。
果たして。霧散していく陽炎。焼けた右腕が再生していくエヌラスの右掌には赤く、血のような魔術刻印が刻み込まれていた。力任せではあるが、クトゥグア――神性の炎、その原種がエヌラスを主と認めている証拠。
ビルから見下ろせば、残り六つの異界と化した九龍アマルガムの光景にゴクリと固唾を飲み込んだ。武者震いさえする。神格者に匹敵する魔獣七匹を、この身に収めろというのが最終試験。
「……やったろうじゃねぇか、魔獣戦線七番勝負」
まずは一匹。一匹だ。そして。
「…………?」
(……どうすっかな、コイツ)
間の抜けた顔で小首を傾げている、元カノをさて、どう取り扱おうか。エヌラスにとってはそちらの方が問題だった。