超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
右手が痺れるような痛みを訴えている。まだ魔術回路に馴染みきっていないが、右手の感覚は正常だ。
エヌラスが右手に視線を落としている姿を見て、女性は顔を覗き込んでくる。
「腕。だいじょうぶ?」
「……まぁ、大丈夫」
「さっきの熱そうだったけど」
「ああ、めちゃくちゃ熱かった。それだけの見返りはあったけども」
「ふぅん」
まじまじと顔と腕を見比べて、思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ。自己紹介、言いそびれちゃってたね」
「この状況下でまーだ名乗りたいかお前は!?」
「大事でしょ?」
「あーうんそうね!? 凄く大事ね自己紹介!」
ゆるふわ系レベルカンストしているような奴で――長い間避けていたから忘れていたが、こういう女性だ。この暴力と犯罪が渦巻く街で生活していく上で、これほど神経の太い相手は見たことがない。
「私はマリー。貴方は?」
「エヌラス」
「今日は街が賑やかね。何かのお祭り?」
「まぁ、あながち間違いじゃない……」
「そうなの?」
この状況下でそんな呑気な事が言えるのは恐らく九龍アマルガムでもマリーだけだ。他に誰がいる。こんな異界と化した街を、お祭りなんて楽しそうに言うのは。
ビルの屋上から見下ろしているだけでも、相当規模の被害が現在進行形で拡大中。ここからでは分からないが、邪神災害に匹敵するレベルで一般人が発狂している。まともな精神で直視すれば支障をきたす。しかしながらそんなことあの国王が考慮しているはずがない。国民の皆様には毎度ながら大変ご迷惑をお掛けします。
マリーは直視したが平然としていた。神話生物とか、幽霊とか、人ならざるモノが相手でもマイペースを貫く。
「それにしては、お店も出てないみたいだけど。あ、分かった。国王様の気まぐれね?」
「あの人の暇潰しと気まぐれで成り立ってるような国だしな……」
「服もボロボロだけど、寒くない? 上着、貸しましょうか」
羽織っているケープを脱ごうとする手を止めて、エヌラスは重い腰を上げた。
「俺の近くにいると危ないぞ。どこか適当なところで」
「どこでも一緒でしょ?」
「……」
頭を抱える。まーうんそうねー、危ないのはどこも一緒ねーそうなんだけどどうして俺の近くに居座ろうとしちゃうかなこの絶滅危惧種ド頭天然記念物ちゃん様は。あれか、なにか、俺の甲斐性なしを遠回りに責めてきてるのかそっかーソレじゃ仕方ないなー。――そんなわけがあるか。エヌラスはかぶりを振って雑念を振り払う。
この先、完全バンピーのマリーを連れて七番勝負? なにその新手の縛りプレイ。どうせなら縛りたい。いやプレイの話ではなく、何の話だったか。
「とにかく、俺の近くは危ない。危険指数跳ね上がるから、離れておいた方がいい」
「そう……? えーっと、なんて言ったかな。確か……灯台下暗し? 危険なのって、意外と近いほうが安全だと思ったんだけど」
「俺が元凶ってわかっての言葉か!?」
「そうなの?」
エヌラス、撃沈。勝てる気がしない。ニコニコと笑いながら、うなだれる姿にケープを羽織らせる。肩を出したワンピース姿が眩しい。この街に不釣り合いなほど。
「こんな高いところにかよわい女の子連れ込んで、放っておくつもり?」
「安全な場所まで連れて行くのでもう喋らんでくれ……」
「それなら、ちょうど寄りたいところがあるからそこまでお願いできないかな」
「おきゃくさん、どちらまで?」
「黒細工時計商店まで」
聞いたことがない店の名前だ。そもそもにして、時計店なんて九龍アマルガムで見たことがなかった。ど真ん中にミスカトル大時計塔なんてものを建築されていたら当然とも言える。
マリーを抱えて、ビルを飛び降りる。指差す方角に向けて駆け出し、比較的異常気象を避けながら。
その黒細工時計商店は、何の変哲もない店だった。外観からでは分からないひっそりとしたお店。そこだけ時間から切り取られたように、異様に綺麗な点を除けば。
「よいしょ、と。おじゃましま~す」
エヌラスも仕方なく同伴して店に入る。置き時計、懐中時計、鳩時計、奇抜なデザインの時計がぐったりと棚に掛けられていたりと大小様々な狂ったように時計が敷き詰められていた。客の足の踏み場が無いほどに。カウンターまで一直線の最小限、細い一本道を辛うじて残している。
――“狂い時計”が脳裏を掠め、エヌラスは顔を渋らせた。
「おや、まぁ。今日は珍しいお客さんが来るなんて」
「どうも」
「いらっしゃい。ご用件は?」
銀髪の成人男性。赤い瞳。その顔には見覚えがある。クロックサイコ――。今は神格剥奪者として、九龍アマルガムでこの時計商店を経営している一個人として。
そも、神格に値する価値を現在は持ち合わせていない。つまりは、無害な一般人として生きている。しかし、エヌラスとしては気が気でない。
「壊れた時計を直してほしくて。この懐中時計なんですけど」
「どれどれ」
マリーがポケットから出したのは、ひび割れた懐中時計。蓋を開けると、中には長針も短針も見受けられない。内部の歯車が覗いていた、ひどい有様だった。それを見た店主――クロックサイコは、苦い顔をしている。
「これは……」
「無理、ですかねぇ……どう思います?」
「むしろコレがどう動いていたかの方が気になる」
時計として機能している姿が想像できない。しかし、クロックサイコは小さな丸メガネを掛けて、眉を寄せながら懐中時計を観察していた。
「まぁ、出来る限りはやってみます。お嬢さんはこちらに掛けてください、そちらの」
「悪いが、まだ野暮用が残っていてね。失礼」
マリーの頭にケープを被せ、エヌラスは逃げるように黒細工時計商店を出た。
息を吐けば、白い吐息が街に消える。身体を震わせて、地下帝国の天井を見やれば――不自然に冷えていた。目を見開く。
(この地下帝国犯罪国家で、雪……? いや、肌寒いったって異常だろこれは)
大魔導師が得意とする氷の属性魔法。停滞、凍結、また或いは極冷温による焼滅。そこから導き出される次の相手は、翼を広げて通りの奥に着地した。
“
「ははっ、クソ寒い。さっきジャージ燃やされたのはイテェな」
冗談の一つ言いたくもある。
まるで白銀痩躯の竜。翼を広げ、羽撃きを一つすれば生物の行う機動から逸脱した直角不規則な、魔弾の如き疾走。エヌラスは倭刀でその突撃を防御するが、勢いに負けて吹き飛ばされる。全身を襲う浮遊感に体勢を整えれてみれば――街を遥か見下ろせる自由落下。視界の端で捕らえたイタクァは優雅に旋回すると、反転して再び突撃してくる。明らかな敵対行為、威嚇とか戯れているわけではない。風に煽られただけで肌に叩きつけられる寒波が牙を突き立てる。
地面には既に氷柱が無数に生えていた。エヌラスはそれから逃れるべく、クトゥグアの炎で地面の氷を先んじて溶かして着地する。超高度からの落下は電導の磁場制御で軽減させた。
「くそ、さてどうす――」
る、と言いかけた瞬間、目と鼻の先に等身大の氷柱が突き刺さる。顔を上げれば、高速で空を飛び回るイタクァの軌道。綺羅綺羅と舞う白い軌跡から雪の結晶が舞い、落下するにつれて巨大化――結果として、殺意しか見当たらない人間大の氷柱が雨のように降り注いできていた。
「冗談じゃねぇぇぇぇぇっ!?」
絶叫しながらエヌラスは全力で駆け出す。自らの身体を弾丸の如く速度で。しかし、イタクァの執拗な追撃からは逃れられない。そのはずだ。
風に乗りて歩むもの。風の神、死とともに渡り行くもの、天を制するもの――とにかく様々な名前を持つ。そんな神格級の怪物共を手足のごとく扱っていたのがかつての大魔導師だ。属性は風ではあるが、それによって巻き起こる気温低下が招く寒波はシャレにならない。今しがた隣で氷柱に貫かれたご婦人が街のオブジェクトと化したことで雄弁に物語っている。
エヌラスは手短なレストランの窓ガラスをぶち破ってダイナミック不法入店すると、氷柱と寒波の二重絨毯爆撃から間一髪で逃れた。
「優雅なランチタイムに失礼しました!」
テーブルの上にあったはずの庶民の贅沢をぶちまけて、エヌラスは外の様子を窺う。イタクァが招いた大災害はひとまず通り過ぎていったようだが、問題はどう仕留めるかだ。何しろ本体自身、全身に冷気を纏っている。クトゥグアならば相反する属性なのでダメージは与えられるだろうが――相手が速すぎる。どう当てろと言うのか。当たる距離まで引き付ければ、こちらが全身氷漬けにされてしまうのがオチだ。せめて動きを鈍らせることができれば……。
「…………、」
外は一面の銀世界。相手は自由に飛び回る神格級モンスター。現状では相手が悪い、エヌラスは他の魔獣を相手にすることにした。予想が正しければ――恐らく、攻略手順さえ踏めば勝てるはずだ。