超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
雪の降る地下帝国。圧倒的な矛盾が生じているが、無邪気な子供達は初めて見る白い結晶にはしゃぎ、大人たちはその異変に背中を震わせていた。雑踏の中を行く一人の青年――エヌラスは、白い息を吐き出して歩く。イタクァには見つかっていないが、いつ氷柱の雨が降るかは分からない。国内全域危険地帯と化しているが、その中でも気配が濃厚な場所へ向けて歩く。
近くにまで行けば、その異常気象は顕著に現れる。氷河地帯は抜けた。いつもの九龍アマルガムの見慣れた景色に戻ってくる。ひとまず、イタクァの狩場からは抜け出せたようだ。
(ここいらは人気の多い場所に影響は出てないみたいだな……)
時折揺れる地面は、遥か遠方でなます切りにされたビルが倒壊しているのが元凶である。そうなれば、あそこにいるのは偃月刀の原種と見て間違いない。
周囲の人気が徐々に減ってくる。それが違和感の始まりだった。エヌラスはふと足を止めて、見渡す。いつもの九龍アマルガム。居住区付近、ここはあくまでも通過しようとしただけだ。だが、奇妙な点が一つ。
溢れかえっているはずの
何処に――? そこでふと、ボロ布に付着していた不釣り合いなほど綺麗な銀色の糸を見つける。
「――こいつは……」
指で触れれば、粘着性のある糸――“蜘蛛の糸”だ。顔を上げたエヌラスの目には、路地裏の暗闇に向かって伸びる蜘蛛の巣。用意周到な大魔導師の配置に、自分が掌の上で踊らされている感じがするものの対等の立場で勝ち目がない以上は従う他にない。
エヌラスが元凶に立ち向かおうとした瞬間、近づいてくる気配に咄嗟にその場から飛び退いた。直後、一人の女性がすっ飛んできた。地面がひび割れ、小さなクレーターが出来上がる。
「よく避けたな! 褒めるぞ!」
「テッメ――!」
口元から漏れる淡い青の炎。桃色の髪、どこかの学校の制服。肉付きの良い四肢だが――ドラゴンだ。何をどう間違ったんだ大魔導師。どこをどう調整したら白銀の竜が女の子になるんだ。そしてなぜそれを解き放った暇神め。面白おかしく人を地獄に叩き落す天才め。地獄に落ちろ。と、思ったが地獄経験者だった。訂正。豆腐の角に足の小指ぶつけて悶絶してくれ。
ファイティングポーズを構えて、笑っている。
「さぁ! “恋”っぽいことしようぜぇ!」
「他を当たれ! この盲目竜!」
「ツレないことをいうなよぅ、いざぁ!」
竜。ドラゴン。大魔導師が言うには――『ドラゴンとっ捕まえて重力操作したら女の子になった夢を見たが、現実だった』と。書いた日記が女の子になるくらいには美少女生産機なのだが当の本人は異性に興味あるのか無いのかまったく不明である。
最悪なことに、その騒ぎを聞きつけて路地裏から無数の蜘蛛の糸が吐き出された。引っかからないように避けるが、運悪く捕まった違法駐車の車が宙を舞って一瞬の内に引きずり込まれていく。
入れ替わるように姿を現す異形の蜘蛛。見上げるばかりの背丈に、下半身は蜘蛛、上半身は女性の身体をしている。
「……アトラック・ナチャ」
しかし、異形は所詮異形でしかない。腕がカマキリのそれである。捕まれば、蜘蛛の糸で団子にされた挙句刻まれて胃袋直行だ。睨み合うアトラック・ナチャと、ドラゴン。面白くない顔をする一見、美少女。中身はブレーキの壊れたブルドーザーは、口の端からチロチロと炎の吐息を漏らしている。
「おい、竜の恋路を邪魔する奴は丸焼きだぞ。わかっているのか」
『…………』
「鎌首をもたげて腹を空かせているところ悪いが、アレはこちらの獲物だ。そういうことなら、早い者勝ちだ!」
「くそったれ、仲間割れぐらいしやがれよ!」
厄介なことに、このドラゴン――物理攻撃がほぼ皆無と言っていいほど通らない。
ハイキックを防御するだけでも両腕が痺れるような痛みに襲われる。重く、鋭く、それでいて速い襲撃。かつ、ピンクのパンツ丸見え。
「ぎゃおーっ!」
かわいい掛け声とは裏腹に、一撃で人間を殺すに足るドラゴン・ブレス。淡い色彩の炎が迫る。エヌラスはそれに合わせてクトゥグアを開放する。相殺した炎の波にはたまらずアトラック・ナチャが逃げるようにビルの隙間を駆け上がった。流石に神格級の怪物とはいえ虫らしい弱点を持ち合わせている。そうなれば、クトゥグアだけでも十分倒せる相手だ。目論見通りだが――予想外な相手に出くわしているせいで上手く事は運ばない。
クトゥグアを纏わせた拳でドラゴンの顔を殴る。相性が最悪なことは理解しているが、それでも反撃しないよりはマシだ。
「ハッハッ、イイ! そぉら!」
機嫌を良くしたドラゴンの更なる回し蹴り。鉄骨でも振り回しているかのような暴威に、街灯がくの字に折れ曲がった。軸足を払い、立ち上がりながらの更に鋭い蹴りを見舞う。腹を打って壁に叩きつけられるが、エヌラスの頭上に影が降りる。アトラック・ナチャが飛び降りてきた。振り下ろされる鎌を避けて、蜘蛛の糸を飛び上がって避ける。だが、それを狙いすましたかのようなドラゴンの飛び蹴り。悲鳴を上げる内臓に、嫌な音を立てる肋骨。
一区画先にまで蹴り飛ばされたエヌラスは地面を転がり、体勢を整えた。
「――ッ、はぁ、流石に二匹同時はヤッベェわ」
痛む胸板を押さえて、整息。しかし、思わぬショートカットをしてしまった。させられた、と言うべきか。
周囲には淡い炎の残り火。そして黒焦げの死体、“もみくちゃ”にされた変死体。ドラゴンの愛撫に耐えられなかった哀れな犠牲者の姿。南無。
再三、ビルが刻まれて倒壊する崩壊音。先程よりも近い。偃月刀の原種が暴れまわっているようだ。身体を慣らし、エヌラスは頭を悩ませる。
イタクァ。アトラック・ナチャ。ドラゴン。偃月刀。確認できるだけで四匹。唯一、手にしたのはクトゥグアだけだ。五匹――残り二匹。心当たりがない。
(まぁ、とんでもねぇ爆弾用意してるんだろうけどな)
打開策が見当たらない最悪の布陣。クトゥグアを手にしただけでも名誉勲章ものだ。どこからどう攻めたものか。攻略法を思案するエヌラスの視界で、またもやビルが瓦礫のサイコロステーキと化していた。
…………。そもそもにして――“攻略手順など無いのではないか?”
「あー……」
エヌラスは悪い顔をしていた。道行く子供が泣き出しそうな顔をするほどに。
「大魔導師」
「どうした、バトラー」
「その、被害総額が大変な事になっていますが。よろしいのですか?」
「そうか」
「はぁ……魔導プラントが既に三基崩壊。加えて、地下企業が既に百社以上倒壊。民間人の被害者は数百と、死者は……数えるべくもありませんね。第一級邪神災害レベルですが」
「いつものことだろう。慣れろ」
教会では、重い顔をした執事に、大魔導師が涼しい顔で国を傾けていた。
「なんとご説明するおつもりですか?」
「人口調整」
「……確かに、犯罪者の巣窟。違法流民などで膨大な数となっていますが――」
「それと、区画整理だ」
「違法建築物なども見受けられますが……」
「暇潰しだ」
「それが本音では?」
本音と建前が支離滅裂だ。しかし、不思議な事にこれだけのことをしても九龍アマルガムは財政が傾かない。人口が激減しようが流れてくる犯罪者は頼みもしないのに補充される。そして大魔導師の暇潰しによって哀れな犠牲者となるかたくましく生き残るかのどちらかだ。
「俺の見立てでは残り二日ほどで終わる。それまで手を出すな」
「そうですか。では、アサイラムではそのように。ところで」
「なんだ」
「……先程からあそこで元気にスクワットしている女性は?」
「客人だ」
大きなネプテューヌが教会幹部職員メイド達と共にトレーニングをしている事に、バトラーは疑問を抱く。
自動機械人形である彼女たちまで一緒になってやる必要、皆無である。しかし。
「わんもあせっ! よーし、もう一回!」
『わんもあせっ!』
楽しそうなので放っておくことにした。そのような無粋、大魔導師も望んでいないだろう。