超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
九龍アマルガムの各所に配置されている公園。国民達の数少ない憩いの場であり、同時にホームレス達の集落でもある。そんな公園は毎日掃除が行き届いている。ホウキとチリトリを持ったメイドがチラホラと見受けられるが、風景として見慣れたものだ。教会職員の腕章。それに無礼を働こうものなら、教会から飛んでくる黄金の矢で貫かれる。どんな目をしているのか分からないが、百発百中の狙撃はたまに標的以外も狙い打たれたりもする。連帯責任。
そんな公園のベンチに腰をおろして、エヌラスは一服していた。その隣でマリーは紙袋から菓子パンを取り出してチマチマと口に入れている。
「そこな極悪人面の重傷の方。大丈夫でしょうか」
「見た目よりかは大丈夫だが一発殴らせろ」
「よろしければお使いになりますか?」
「さっき噴水磨いてた雑巾じゃねぇか!?」
「ご冗談を。こちらのタオルをどうぞ」
「ありがとよ……」
濡れタオルで顔を拭い、さっぱりとしたところでマリーの視線に気づいた。タオルを受け取った教会メイドはそそくさと掃除に戻っていく。
「食べる?」
「蒸しパン以外で頼む」
「じゃあ、はい。虫パン」
「何故買った?」
「オマケで貰っちゃった」
パン屋の店員にあとで食わす。エヌラスはマリーの紙袋から勝手にメロンパンを取り出した。それに頬を膨らませる。
「それ、私のお気に入りなのに」
「もぐ……」
「はんぶんこ」
「むぐぅ……」
珍しく、眉をつり上げてまったく怒りの伝わってこないマリーに、エヌラスはメロンパンを半分に分けた。すると機嫌を直して、食べていた菓子パンを半分にして交換する。
「私は心が広いので、これで赦してあげましょう。ふふん」
「随分チョロい懐ですこと」
二人でパンを頬張りながら過ごす時間は穏やかで、ゆっくりと感じられた。
マリーは小動物さながら、小さな口でパンを食べているが、どこにそんな胃袋があるのか。今度はチョココロネを食べていた。エヌラスは食べ始めると胃袋が宇宙になるのでメロンパンだけで我慢している。
「たひぇないほ?」
「食べながら喋らない。減量中だ」
「……おふとりさん?」
「ゆるふわ系デブの総称かよ。初めて聞いたわ」
しかし、残り二匹の魔獣。大魔導師が用意した相手はどこにいるのか。気配が微弱なもので、一匹は感じ取れない。もう一匹はそもそも感知すらできない。
魔術回路の調子は今までにないほど絶好調だ。耐久強度が今までの比ではない。
アトラック=ナチャ。クトゥグア。イタクァ。バルザイの偃月刀。その力が今、自分の中にある感覚を確かめる。
ドラゴンを大魔導師が放った理由として挙げられるものは、スペックの向上ぐらいだろう。
身体を慣らしてみれば、右手の違和感が消えていることに気がついた。あまりに自然で忘れていたが、本来は動かすのも一苦労だったはずだ。それも含めて調整してくれたのだろう。
せめて一言あれば、感謝くらいはしたというのに。
「えいっ」
むにっ。突然マリーが頬をつついてきた。何かと顔を向けると、顔に手を添えてくる。左目の刀傷を隠すようにして。
「……なんだ」
「こわい顔してるなーって」
「生まれつきだ」
「そうなんだ」
「むしろ、そうでなければなんだと思っているんだ」
「んー…………整形ミス?」
「脳みそ使ったことないだろお前」
ドラッグシガーを一本吸い終えると、シガレットケースに灰を捨てる。携帯灰皿も兼ねているだけに便利なものだ。
重い腰を上げて、身体の中にあった瘴気の毒も十分抜けたので残り二匹の魔獣を潰しに行こうと歩き出すと、何故かマリーもついて来る。大事そうに紙袋を抱えながら。
「なんで、ついてくるんだ」
「駄目?」
「知らない人についていっちゃいけません」
「私はマリー。貴方はエヌラス。ほーら、知らない人じゃない」
「こんなろう……」
「一緒にご飯食べたんだから顔見知り、ろんぱー」
「こんな知能指数低い論破初めてだ」
「それに、なんだか貴方は不思議な感じがする。懐かしいような、知ってるような、会ったことあるようなないような……あ、でも街を壊してるのは結構見かけてる」
「そうね、俺はそっち方面で有名だろうね!」
恐怖の暴力竜巻ダンベル野郎とか。大魔導師と一週間殴り合った天下の馬鹿野郎とか。
「マリー」
「なぁに?」
「気のせいだ。それは」
初対面だ。お互いに初見であるというフリは、一貫する。そうでもなければ――また繰り返してしまいそうで。
それに今は、特に危険だ。街中の瘴気濃度も、魔力濃度も邪神に匹敵するクラスにまで引き上げられている。こんな極悪危険地帯、常人であればひとたまりもない。だから、どこか安全な場所で気ままに過ごしていてくれるのが望ましい。
「それに何度も言うが、俺の近くは危ない」
「でも、貴方は自分が危ないとは言わないでしょ?」
「…………」
「だから、大丈夫。きっと安全。私も安心。ろんぱー」
「そのフレーズ気に入ったのか」
「うんっ」
頭がふやけそうだ。エヌラスは深くため息を吐き出し、多少強引にでもマリーを安全な場所に連れて行こうかと思ったが――九龍アマルガムの絶対安全圏は隔離病棟ぐらいだ。
さて、どうするか……そう考えていたエヌラスの視線が、ふと一人の少女を捉える。
全身を拘束具で因われた、ゴシック調の赤い少女。ギャグボールを噛まされ、視界を塞ぎ、頭を覆うメット。
あまりに異質。ヒトの姿をしていながら、それは人としての原型を留めていない。魔獣、神獣、幻獣、神性生物、魔導生物、あらゆる生態系から切り離された隔絶生命。
エヌラスのご同類――正真正銘の“魔人”が、そこには当然のように立っていた。
「大魔導師様。一つご報告が」
「なんだ、ロイガー」
「教会地下第666層の拘束が破られています。よろしいのですか? 暴君が現在、野放しとなっていますが」
「構わん、放っておけ。アイツの為に用意した絶好の獲物だ」
「しかし――暴君は、貴方様が自ら封印したはずでは?」
「そうだな。あの時は、何故か、どうしてかこの手で囚えなくては、とばかり思っていたのだが……今にしてみれば、こういうことだったのか」
暴君。それは、明らかな魔人だった。この箱庭の世界における
そこまでしてきたのは、エヌラスだ。たった一人で、戦い続けてきた。アダルトゲイムギョウ界を、ひいては自分達を救おうと。そんな器ではないと知ってもなお諦めない。諦めきれなかったのだろう。どんな過ちを繰り返してでも。
そうまでさせたのは他でもない自分だが、いやしかし――大魔導師は笑った。
「……馬鹿は、死んでも治らないものだな」