超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「挨拶も無しに相乗り、無賃乗車は申し訳ないと思っている。自己紹介はしておくべきか」
「……えーと、ではそちらは」
「月面国家ナナイトの国王、ムルフェスト。よろしくね」
「あなたは……?」
「うむ、おれか? そうだなぁ。親しい者は「つーちゃん」とか「つるちゃん」とか呼ぶが」
ムルフェストと交互に見比べる。金髪美女と、黒髪大和撫子。凛々しい顔立ちに、気丈な雰囲気の青い瞳。武芸に秀でた育ちなのか、背筋を伸ばしていても姿勢は乱れていない。見惚れるほどの威風堂々。ムルフェストのラフスタイルとは対象的に、黒い厚手の軍服に身を包んでいる。軍の関係者と言われても納得できるが、ユノスダス警備職員の服装も似たようなものなのでベールは深く言及しなかった。
「ムルフェストさんと、つるちゃんですわね」
「なんだかそう呼ばれるとこそばゆい気がする。うむ、だが気に入った」
「わたくしはベール。訳あってこちらに滞在しています」
「……じっ」
「あの、わたくしの顔になにか? つるちゃん」
「見慣れない顔をしているな、と思って。アダルトゲイムギョウ界は狭くも広し。しかしながらそれほどの美貌を持つ者など話題に挙がったことなど一度もない。どちらから?」
「ゲイムギョウ界のリーンボックスから」
「ほう?」
「にゃんと?」
聞き慣れない言葉に、ふたりの目が好奇の色を帯びる。ずいっと身を乗り出してベールを見つめ、興味深そうにつるちゃんはほっぺたを触った。
「ふむ、うむ。いい触り心地。すべすべだな!」
「ゲイムギョウ界。ゲイムギョウ界かー、へー。そういえばメガネがなんか作ってったけね」
「なんと。ソラがそのような驚き開発を? これは……うむ、じっくりと聞き出すべきだな」
輸送用フォートクラブはのんびりとマイペースに走り続けている。呆気に取られているベールをよそに二人は盛り上がっていた。
「まったく、ユウコも人が悪い。このような美女を招いたとあればおれを呼べばもてなしたものを! 一体何をしているというのか」
「今日は上半期決算と言っていましたわ」
「もうそんな時期か。いやはや時が流れるのは早いものだ」
「私そんなの全然知らなかったけどね」
「ところで、お二人は何故鬼ごっこを?」
「む?」
「あー……それ聞いちゃうかぁ……」
ムルフェストのげんなりとした表情と相対的に、つるちゃんは怪訝な表情。さも当然という顔をしている。
「おお。思い出した。いやなに、ムルフェストがおれの国にいたのでな。せっかくだから遊びに行こうという話をしたんだ」
「それで、ユノスダスへ?」
「いいや、九龍アマルガムにだ」
「……つかぬことをお聞きしますが、つるちゃん。犯罪国家へ、遊びに、行こうと?」
「応。そうだ! ところがそれを聞いた途端に、コレと来たら駄々をこね始めて絶対に行かないと一点張り。しかも逃げ出すときた。そうは行くかと追いかけていたというわけだ」
なるほど。鬼ですか、あなたは。ベールは引きつった笑みを浮かべていたが、これは思わぬたなぼた。
「そういうことでしたら、実を言いますと――」
ベールは話を切り出す。今、九龍アマルガムにエヌラスがいること。音信不通なこと。何故ゲイムギョウ界から自分が来ているのか、という身の上話も含めて。
つるちゃんはそれにうんうん、と力強い肯定を見せて、ムルフェストはあくびを噛み殺していた。そっぽを向いている。
「――あいわかった、事情は飲み込めた。そういうことならおれが水先案内人となろうではないか。ムルフェスト」
「嫌でーす」
「付き合ってくれるな? そうかそうか、はっはっは!」
「い・や・で・すーー!!! にぎゃー! 離してぇぇぇぇぇぇっ!!」
肩を掴み、逃げ出そうとするムルフェストを
「そうと決まれば、九龍アマルガムに進路を取ろう。借りるぞ、ベール」
フォートクラブの操作を自動運転から手動操作に切り替える。つるちゃんの手並みは鮮やかなもので、すぐさま高速移動形態へ移行。タッチパネルから展開されたハンドルを握る。
車高を低くしたフォートクラブが特急便と化してユノスダスの車道をぶっちぎり始めた。ごぼう抜きもいいところだ。
「し、シートベルトは大事ですわよぉー!?」
「おれは! 一向に!! 構わん!!!」
「男らしすぎではなくてぇぇぇ~~!!」
ジェットコースターなったフォートクラブの動きは提供元であるソラのタブレットにすぐさまアラートが知らされる。即座に回線を開き、通信を始めていた。
《もしもーし、ベールさん!? なんかあなたに貸したフォートクラブくんとんでもないスピード出てるんですけど!?》
「取り込み中だ!」
《ヒェッ……》
つるちゃんの一喝に、ソラが思わず小さな悲鳴を上げている。
《いやあの、交通速度きせ――》
「ふんっ!」
拳でタッチパネルを粉砕。ソラとの通信が途絶する。ユノスダスの城門を抜けて、九龍アマルガムへ向けて一直線に爆走していた。
「手元が狂ったな!」
「そうだね!」
「そうですわね!」
ベールは、つるちゃんは止めても無駄だと悟った。この人はエンジンの壊れたダンプカーだ。最も被害を少なく済ませる為に、ベールは保身に走る。とりあえず悪い人ではないようだし、従っておこうと。
(はて、そういえばわたくしはエヌラスにユノスダスから“絶対に”出るなと言われていましたが……まぁ、少しくらいはいいですわよね)
少しくらいは大目に見てくれるだろう――その時は、そう思っていた。
公園に突如として現れた魔人の両手には、華奢な腕には不釣り合いなほど無骨で重厚な二挺拳銃。指向性の魔術礼装。真紅の自動式拳銃。白銀の回転式拳銃。それは、大魔導師の扱っていた礼装と瓜二つであり――すなわち、原型だった。
ギャグボールを咥えた口元が、わずかに上がる。不気味な笑みにエヌラスは背筋が凍った。咄嗟にマリーを抱えてその場から全力で退避した瞬間、空間が爆ぜた。その余波に巻き込まれただけでホームレスが血煙となって消える。メイドが木端微塵に吹き飛んだ。
「――――っ」
今までの比ではない。比べるまでもない暴力が叩き出される弾丸によって公園を跡形もなく蹂躙している。
暴君。暴帝。暴虐の魔人。名も無き魔人。ネームレス。フェイスレス。いつか聞いた、ムルフェストの言葉を思い出す。それは、怪物の三ヶ条。
ひとつ、怪物は喋らない。
ひとつ、怪物は正体不明でなければならない。
ひとつ、怪物は不死身でなければ意味がない。
ならば、もし――それら全てを満たす魔人が“神の悪戯”で生まれたとしたら?
(――の、ヤロウ! 俺の知らねぇところで、何をしやがった!!)
盤上の支配者。箱庭の世界の管理者、次元神セロン。今度はアダルトゲイムギョウ界にどんな手を加えたのか。だが、それは自然災害と同じこと。魔人の出現はセロンの手から外れた事象。
良くも悪くもこの世界が、ようやくセロンの枷から外れ始めている証拠であることにエヌラスは気づかない。
「マリー、走れるか!」
「えっ? うーん、置いていってくれたほうが早いと思うよ?」
「馬鹿野郎、出来るかそんなこと!」
「じゃあ、ばいばいする?」
「――――ぜってぇ、離すんじゃねぇぞぉッ!!」
リニアアクセルによって、エヌラスは全力で暴虐の魔人から逃亡した。
二挺拳銃は、あくまでも魔術行使の為の端末。そこに込められている魔力は、クトゥグアとイタクァではない。
公園から距離を取って、閉鎖された廃墟区画にエヌラスはひとまず身を隠していた。以前訪れた際に大魔導師と一悶着やらかしてから放置されている区画には瘴気が漂っている。自分はともかく、マリーの身体にはあまり良い影響は及ぼさない。なるべく早めに離れた方が得策だ。
(ひとまず、ここまで離れれば大丈夫か。そう簡単に追ってこれないだろ)
「……あ」
「どうした」
「パン。置いてきちゃった……まだ食べてないのもあったのに」
「……あとで買ってやるから我慢してくれ」
「やったっ」
「さて、マリー。いい加減冗談は抜きにして、だ」
「うん」
「これ以上お前を連れて歩けない。適当な場所で下ろすから、後は自分の足で逃げれるな?」
「んー……」
首を傾げているマリーが悩む素振りを見せる。
「逃げるって、どこに?」
「安全な場所にだ。できるだけ俺から離れろ」
「エヌラス。わたしはやだよ? あなたが私を気遣ってくれているのは、うん。わかってるつもり。街を壊したり、国王様と喧嘩したりしているのは見てたから」
「それがわかってるなら」
「足元の蟻を気にして戦うの?」
「――――」
たまに、唐突に核心を突くような言葉が飛び出す。エヌラスはマリーの、それが苦手だった。今でもそうだ。こうして眼前に突きつけられる言葉に、何も言い返せない。
「こうして近くにいるのが一番安全なの。私には。それがエヌラスの命を脅かすことになってるのは、ごめんね。だって私、死にたくないの」
「…………マリー」
「かよわい女の子だから。もしエヌラスが力づくで何かしてきても、何にもできない。弱い私ができる精一杯の保身が、あなたにおんぶにだっこの状態。それはダメなこと?」
「……」
本当に、ずるい女だと思う。
普段は何も考えていないような、ふらふらとした幽霊みたいに生きているのに。
ここぞという時は、こんな調子だ。
マリーは、普通の女の子だ。驚くほど、普通なのだ。少しだけ頭のネジが緩いだけの、かよわい女の子。守護女神や吸血鬼や神格者とは程遠い。肩を並べることも恐れ多い。
だから――だから、誰かが守ってやらなくちゃ、生きていけない。
「わかった……それが悪いこととは、言わない。ただし、約束してくれ。マリー」
「なぁに?」
「俺の修行が終わるまで、絶対に、手を離すな。何があろうと、お前を守るから」
「うん、わかった。ありがとね、エヌラス。ごめんね」
謝るな。そう思いながら、マリーと手を繋ぐ。はにかみながらごまかすように笑っていた。
「離さないでね?」
「……二度と離すか」
今度は――必ず。
マリーを抱き寄せて、エヌラスはその場から飛び退いた。遅れて着弾した魔弾が隠れていた廃墟を崩落させる。土煙によって送り出された二人の視線の先。暴虐の魔人が立っていた。