超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
手には真紅の自動式拳銃。白銀の回転式拳銃。放たれる魔弾の数々は純粋な暴力。そこにシェアもアンチもない。画然たる殺意だけが込められている。偃月刀を複製して投げつけるが、魔弾のことごとくによって刃を折られていく。正面から渡り合おうなどとは思っていない。
マリーを片手で抱き寄せて、エヌラスは廃墟区画から場所を変えるべく走り出す。暴虐の魔人はそれを淡々と追撃してくる。
廃墟区画を抜けて、住居区画へと逃げてきたエヌラスはビルの屋上から隣へと飛び移る。今しがた足場にしていた場所が“ゴソッと”消えた。
「ッ……!」
逃げるまでの間、複数の魔術を行使し続けていたエヌラスの神経は熱暴走を起こしかけていた。機能障害に、マリーは額の汗をケープの裾で拭う。
「エヌラス、すっごく身体熱くなってるけど……大丈夫? お水飲む?」
「水分補給は大事だが、そんな状況じゃねぇ」
暴虐の魔人は軽やかな跳躍から、両手の拳銃の引き金を引いた。片腕ごと吹き飛ばされそうな砲声と共に幾度となく撃ち出される魔術の弾丸は、容赦なく降り注ぐ。当たれば必殺、必滅の呪詛が込められた殺意を、まるで悪戯のように。冗談のような連射速度で叩き込まれたビルは倒壊する間もなく消滅した。
「あ、そこの路地裏危ないかも」
「なんでまた――ッ!」
エヌラスが飛び込もうとした路地裏、マリーの言葉に従って避けると、充満していたガスが爆発する。暴虐の魔人はその爆発の中に飛び込む形となった。しかし、すぐさま抜け出して来る。エヌラスはそこにアトランティス・ストライクを叩き込んで再び炎の中に蹴り戻した。
「なんでわかった?」
「んー、工事中だったから? かな?」
「そうか……」
一瞬の隙に整息。呼吸を落ち着かせる。回転数を徐々に落とし、回路をクールダウンさせた。
さて、どうする――エヌラスは思考を巡らせる。純粋な火力で倒すには骨が折れる。それこそ銀鍵守護器官を使わなければ勝ち目は薄い。しかし、それで得られる勝利などたかが知れている。あくまでも最終手段として候補に挙げておくことにした。
偃月刀にクトゥグアの炎を纏わせて、投擲する。暴虐の魔人は両手の拳銃で弾くが、反転した刃によって片腕が切り落とされた。それをまるで他人事のように見下ろす魔人の胸板を貫通するバルザイの偃月刀。あまりに呆気ない最期――であると、エヌラスは願いたかった。
「……」
術式解体。魔力吸収。時間を巻き戻すかのように、魔人の腕が宙に浮かぶと元通りにくっついた。悪夢のような光景にさすがのマリーも目を白黒させている。
「わぁ、すごい」
「アレを見てそれしか言うことねぇのか、マリー」
「できないことをしてるんだから凄いって思わない?」
「お前のことスゲェって心底思うわ」
主に頭のネジの緩み具合が。暴虐の魔人はピンピンしている。お返しと言わんばかりに、今度は銃弾が炎を纏って飛んできた。
「今ので学習しやがったとか嘘だろッ!?」
エヌラスはマリーを抱えたまま、防御魔法を置いて退避する。だが、爆風までは防ぎきれずに道路にまで転がり出された。そこに無遠慮に突っ込んでくる乗用車をエヌラスが殴り飛ばした。横転したタクシーから這い出てきたのは、人狼局のロメロ。
「っててて……おい、いきなり道路に飛び出しておきながら人のことぶん殴るたぁ、いい度胸してんなぁ兄ちゃん」
「うっせ、取り込み中だ! 請求書は大魔導師に送りつけてくれ!」
「取り込み中?」
ロメロが乱れた髪をかき上げて、その気配に気づく。冷や汗をかいて、ナイフを取り出す。
「……なんだありゃ?」
「大魔導師が用意した俺宛の修行相手」
「頭イカれてんのかテメェ等師弟は」
「俺はともかく、大魔導師はそうだろうな。手を貸してくれるのか?」
「馬鹿言うな。おとなしく見逃してくれるタマかありゃ。くるぞ!」
魔人が踏み込み、拳銃を振り下ろした。エヌラスはそれを偃月刀で防ぎ、ロメロがその攻撃をかいくぐって斬りつける。脇腹に走る一線から鮮血が流れるが、すぐさま傷跡が塞がった。
距離を取り、バルザイの偃月刀を複製して投擲する。だがその全てが辿り着く前に全て魔弾によって粉砕された。それどころか、上回る量の銃弾が返される。これは分が悪いと見てエヌラスは防御に全神経を注いで、その場から離脱した。
「ねー、エヌラス」
「なんだ!」
「あの人、話し合いとかしたら仲良くできないかな?」
「生理的に無理!」
言葉を理解はするだろう、しかし思考は理解出来ない。姿形が人に近いだけなのだ。
エヌラスが足を止め、ふとした違和感にマリーの顔色を窺う。
「マリー、大丈夫か?」
「なんで?」
「いや、なんか顔色悪――」
驚きに目を見開いた。いつからか、マリーの身体からは血が出ている。慌ててエヌラスが傷口を探ると、急所は避けているようだが傷を負っていた。
「――なんで、言わなかった! お前、怪我してるじゃねーか!?」
「え? あ、ホントだ」
「そんな他人事みたいに……!」
治癒魔法で傷を癒やすが、沈んだ表情を見てマリーは頭を撫でる。
「だいじょうぶ。気にしないで」
「……お前を守ると言っておきながらこのザマだ」
「でも、手は離さなかったでしょ? えらいえらい」
「……ちょっとくらい怒れよ。自分の命の危険だろうが」
「自分で守れない私が悪い。ろんぱー」
「はいはい、ろんぱろんぱー」
「エヌラス。無理そう?」
「……――」
出来ない。無理だ、と喉まで出そうになった言葉を飲み込んで押し黙る姿に、マリーは眉を寄せて唇を尖らせた。
「もしね、私のことを守りきれなくてもいいよ。その後で、貴方が他の誰かを守れるなら」
「――ふざっけんな。そんなことをしてまで守りたいとは思わねぇ」
「一緒に死ぬより、私はずっといいと思う。弱い私より強い貴方が生きてくれれば」
「それでも俺は“諦めない”からな。お前を守る、アイツを倒す」
「……わがままさん」
くすりと笑うマリーに、エヌラスは気を引き締める。
何を弱気になっているんだ、絶望の魔人。お前とて同じだろう。不可能ぐらいやってみせる。もとよりこの身は人ではないのだ。
「だけど私はもっとわがままさんなのでした。はい」
離すまいと握っていた手を、マリーはふわりと解く。血の跡が着いたワンピースは惨たらしい有様だ。そんな女性を放っていけるものか。かつては愛した相手だ――。
「私が殺されるより先に、あの人倒してね?」
「――――――――」
それは、一種の呪いのような言葉だった。それに拒否権などあるはずもなく、一歩二歩と後ろに下がるマリーにエヌラスは僅かに手を伸ばして……拳を作る。
「わかった……」
ニコニコと笑顔で見送り、手を振ってマリーはエヌラスを見送った。背を向けて、道路に降り立つ暴虐の魔人と対峙する。
両手にバルザイの偃月刀を構える。対するは二挺拳銃。無数の銃弾を撃ち放つ魔人の銃撃を剣戟で切り抜け、接近戦に持ち込む。だが、下手に攻撃を加えても学習されるだけだ。
銀鍵守護器官のギアを上げていく。行使する魔術の速度と強度を上昇させて、切迫した魔人と一進一退の攻防を繰り広げる。
最初から目的はエヌラスだったのか、マリーには見向きもしていなかった。
右側に回り込み、突き出した右腕を下から切り上げるように切断する。柔らかい肉と、その中を通る骨ごと切り落とすと、すぐに血液同士が再生しようと切断面に向けて伸びていく。だが、エヌラスの腕が切り離した右手首を掴み、引き寄せながら華奢な胴体を蹴り飛ばした。
軽々と吹き飛んだ魔人の身体から遠ざかる右腕だったが、不気味に一度だけ痙攣すると、動かないはずの右手首は銃口をエヌラスに向けて引き金を引く。かろうじて左目を掠めて外れた魔弾だが、魔力の余波によって左目が塞がれた。
「おとなしくしてやがれってんだ」
大口を開けると、エヌラスは魔人の手首に噛み付く。右手の痛みに魔人が呻くと、エヌラスは掴んでいる真紅の自動式拳銃を引き剥がした。魔人の支配していた術式に、自分の魔術を編み込んで強引に支配権を奪取。右手首はクトゥグアによって焼滅させる。
残るは白銀の回転式拳銃。片腕となった魔人は分が悪くなったことを悟り、後ずさろうとするが、それよりも先にエヌラスがバルザイの偃月刀を投擲していた。それを避けて、背後に回った偃月刀に魔弾を放つ。粉々に砕け散った破片から、今度は無数の鋼糸が飛び出した。
「……!」
がんじがらめになった暴虐の魔人、してやられたとエヌラスに視線を向けてみれば、その手には奪ったばかりの真紅の自動式拳銃が握られていた。
「試し撃ちだ」
砲撃にも似た銃声からクトゥグアの魔弾が放たれ、魔人の左腕を千切り飛ばす。黒焦げになった左腕の断面を一瞥して魔人はギャグボールを強く噛み締めた。アトラック=ナチャの鋼糸を引き離し、逃亡しようとする。だが、エヌラスはそれを許さなかった。磁気加速によって身体を倭刀によって貫き、そのまま地面に縫い付ける。
左胸の銀鍵守護器官の回転数が臨界状態に達する直前を維持して、右腕の魔力回路に全放出する。無限熱量を込めた光球を構えて、無造作に突きつけた。あまりに冷酷で、冷徹に徹した必滅の近接昇華呪法。――“レムリア・インパクト”
無限熱量の結界の中で、暴虐の魔人は両腕を失って為す術もなく消滅していく。だが、エヌラスだけは見ていた。そして、その言葉を聞いてしまった。笑っていたのだ、その魔人は。
――おめでとう。これでその力はキミのものだ。
結界を閉じて、空虚な風が九龍アマルガムを吹き抜ける。その風はいつもの瘴気と、魔力を含んでどこかへと消えていった。熱っぽくて、湿っぽくて、生温い不愉快な風が運んでくる臭気にエヌラスは鼻を擦る。落ちていた白銀の回転式拳銃を拾い上げて、支配権を書き換える。
「……マリー、終わったぞ」
「うん。お疲れ様、エヌラス」
胸を撫で下ろしたそこへ、くたびれたスーツのロメロが息を切らしながらやってきた。
「ゼー、ゼー……お、お前さんなぁ……車の、修理代……!」
「あ、すまん……」
そういえば車を殴って壊した覚えがある。その請求処理がてら、エヌラスはロメロとマリーを連れてひとまず教会へ向けて進路を取ることにした。