超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ラステイション南部。沿岸部に面した森林地帯の中に、その組織の拠点がある。
元・ハァドライン――リーンボックスとラステイションの企業買収の際して、離反した団体が立ち上げた。その名もアーク。反女神、或いは女神不要論者達が集まる組織だったが、現在はその内部もだいぶ様変わりしている。
堕落、怠惰、そうでなければ腐敗した団体。現在も勤勉に活動を続けているものは少ない。
エヌラスが立ち寄った組織は、そういうところだった。
アイエフからは厄介事を起こすなと念を押されているが、相手の出方次第によってはちょっと物理的な話し合いが必要になるかもしれない。
アークの正面玄関から中へ入る。建物自体は教会を模しているが、実際のところは無機質な塔だった。高層ビルのようなものだ。一階ホールを見渡してみても人の気配はしない。まるっきり無人の空間。受付窓口で呼び鈴を鳴らしてみるが、そもそも無人である以上、誰かが対応してくれるわけでもなかった。
(……無防備すぎやしないか、この施設。っていうか誰もいないのか?)
昔は大勢の人物で賑わっていたらしいが、もはやその見る影もない。人々が立ち去って久しいようだ。
エヌラスが無人のホールを歩いていると、物陰からこちらを覗き見る姿があった。
いつか見た、白い毛玉のような生き物。モフモフの毛並みは手触りが心地よさそうだが、決して近づいてこようとはしない。赤い首輪が印象的なその生き物はこちらを物陰から見つめてくるだけだった。
「訳あって、突然お邪魔してる。話せそうな人間がいたら案内してほしいんだが……」
「……」
白い毛玉は、ビシッと敬礼するとどこかへと立ち去ってしまう。
埃のかぶったソファーに腰を下ろして待っていると、館内放送が流れる。
《――――ザッ……ザザ、――――聞こえますか? 今そちらに迎えの相手を行かせますので、その案内に従ってください》
その放送から間もなくして、非武装状態の赤と黒、ツートンカラーの機体が現れた。ハンドサインでついてくるように促すとエヌラスが立ち上がる。下水道調査の時に行動を共にした――確か名前を、ナイルスと言った。
「ナイルス、あれから仕事の方はどうだ。って聞いてもお前自身はしゃべれないんだったな」
《…………》
それに、サムズアップで応える姿を見て、エヌラスは緊張を解いた。少なくとも、今は敵ではない。調子も悪くはなさそうだ。
付いていった先にある分厚い鉄の扉が開く。格納庫を兼用しているのか、嗅ぎ慣れた鉄の匂いにメンテナンス用品が乱雑に壁際に寄せられている。しかし、それに類似した物をつい最近、そう、一週間近く前に見たばかりだ。あれは――そう、リーンボックスの空中ライブ会場で。
エヌラスの訝しむ視線にオペレータが気づいたのか、咳払いを挟む。
《聞こえますか、お客様》
「ああ。はっきりと」
《訳あって、わたし達はあなたの前に姿を出すことが出来ません。どうかその無礼を許してください》
「いやいいさ。こっちも突然の訪問で悪いと思っている」
《それでは、改めまして――アークへようこそ。ハァドラインの残骸、廃墟に等しい忘れ去られた“タワー”へ。私は彼の専属オペレータ、フィオナです》
《私はその秘書官だ。スミカ、とでも呼んでくれればいいさ》
「俺はエヌラス。以前一度だけ一緒に仕事をしたのを覚えてる。その節はどうも」
《いいえ、こちらこそ。あれから下水道駆除の件はこちらで引き続き調査、解決しています》
世間話を挟んで、本題を持ちかける。
「今回、こちらに足を運ばせてもらったのは、今のゲイムギョウ界の現状を鑑みてだ。プラネテューヌの諜報部からの情報で、リーンボックスのハァドラインから離脱した子会社がある、と」
《……なるほど。それで私たちに嫌疑が?》
「いいや。そうじゃないさ。ただの興味本位、どんな組織なのか様子を見に。可能なら協力を申し出ようとかと思っててな。少しでも女神の協力者は多いほうがいい」
馬鹿馬鹿しいことを口にしているのはわかっているが、リーンボックスの有する戦力は他の三国に比べて抜きん出ている。それは、今の武装企業が奮起した姿で一目瞭然だ。
《確かに、そのとおりです。私達の団体、アークについてご説明は必要ですか?》
「軽く聞いた程度だが、もう少し踏み込んだ説明を頼めるか」
《はい。わかりました。――元々、この団体は女神不要論者、或いは反女神信者の集まりから成り立っていました。しかし、その実態は少々異なるものです。女神に頼ることなく、自分達の力で生きようとするものたちの集まり――それが、私達の組織》
「……そんなことが可能なのか?」
《その疑問は尤もです。しかし、組織創立後にそれを成した事が出来たものは……少数でした》
過去形であることにエヌラスは深く聞かず、先を促す。
《ですが――守護女神に匹敵するその力を持つ者は、女神にとって危険因子でしかありません。そんな彼らは“イレギュラー”“ドミナント”と。私達の中で、そう呼ばれています》
「……ナイルスは」
《いいえ、彼は違います。彼は傭兵。あくまでも――》
隔壁を挟んだモニター室で、フィオナは言葉を区切り、自分に言い聞かせる。
《彼は、傭兵です。私達の組織で雇っているに過ぎない、一個人です》
「そうか」
《ご覧の通り、今のアークには戦力と呼べる人材は彼ぐらいのものでしょう。他の方達は他の企業へと流れていきました。それでもよろしければ、私達を雇いますか?》
「その前に、ひとつだけいいか。今回の件、そちらはどう動くつもりだったんだ?」
エヌラスはハウンドスーツのネクタイを緩めながらオペレータに問いかける。沈黙を挟み、スミカが応えた。
《こちらとしては、やつらが手を出してこない場合は静観の予定であったが……どうにも、そいつは戦いたがっているようでな。不本意ではあるが、微力ながらも手を貸すつもりだったよ》
「無謀が過ぎないか?」
《あちらもラステイション領のこちらを下手に刺激するつもりはないのだろうがな。昔のよしみで今も共に仕事をする時もある。だが、仕事とあれば仕方あるまい》
こちらから協力を申し出るまでもなかったようだ。
「ああ、わかった。なら、そちらは好きに動いてくれて構わない。俺の話は気にしないでくれ」
《はい、そのつもりでした》
「ところで、話は変わるんだが。このタワー、無駄に広い気がするんだが……こう、秘密基地のような感じで子供心ながらに探究心というか好奇心が湧く」
《……変わった方ですね、あなたは。そういうことでしたら、少しだけ案内しましょう》
フィオナの柔らかい言葉に、エヌラスは自分がそんなに子供っぽいことを言ったかと気恥ずかしくなった。ナイルスと肩を並べてアークの施設観光と洒落込む。
「結構古い建物なんだな、老朽化もだいぶ進んでるようだが大丈夫か?」
《何分、人手も物資も足りていないのが現状です》
「ふぅむ。補修くらいなら格安で引き受けてもいいぞ? こっちで商売始めるつもりだったし」
《いいのですか? この施設はだいぶ広いですよ》
「まぁ、折を見て……不眠不休補修工事限界労働耐久マラソンなら三週間でなんとか」
《労基法マッハで置いていくそのスポーツ根性、嫌いではありませんが身体を労ってください》
まさか本気で心配されるとは思いもしなかったが、実はこの競技で一時期アダルトゲイムギョウ界が滅びかけた。ソラは七日目でついには病院に運ばれ、ドラグレイスは八日目に面会謝絶。ムルフェストは三日で飽きた。ユウコと張り合っていた大魔導師ですら立ったまま仮眠していた十日目辺りから頭のネジが吹っ飛び始めた。エヌラスは限界寸前まで頑張った結果、途中から記憶がない。――余談だが、最終的にユウコが勝利を収めている。
問題の競技内容――ユノスダスでボランティア活動の国内大掃除。
なお、アルシュベイトは不眠不休で活動可能なので不参加である。
《旧遺物……先達のイレギュラー達が残した資産なども、地下奥深くに隔離して保管してあります。あれは……あまりに危険が過ぎるので》
《私達の方では『クラインの壺』と呼んでいる》
「……? なんで位相幾何学の用語で名付けられてるんだ?」
《むしろなんでそれがすんなり口から出てくるんですか、あなた》
「いやぁ、生きていく上で必要のない知識には詳しいと専ら自慢で」
《自虐を肯定的に露見しないでください。聞いていて悲しくなります》
どうやらオペレーターのフィオナは常識人のようだ。ナイルスはそういった知識には興味がないのか、隣を歩いている。
《と、とにかく。その隔離倉庫、クラインの壺にはアークの旧遺産が眠っています。もしもその封が解かれれば――》
「……どうかしたのか?」
《――い、いえ。こちらの話で。……まさか、でももし、そんなことが起きれば……》
「……相当な厄ネタか?」
《はい。一つだけ気がかりなことがあります。過去に、人工的に女神を作れないかと狂信者達が技術を結集したことがあ》
「結果は?」
《とても限定された条件下、限定された空間内でのみ、無敗を誇る“箱入り娘”が出来上がりました。しかし、それはあくまでも当時の技術の結晶。もしも武装企業に奪われるようなことがあれば……》
「なら、そちらはその技術の死守に専念してくれ。これ以上問題増やされちゃたまらん」
開戦は明日。夜が明けてからだ。
《プレジレントの性格上、開戦の合図は派手なものになるでしょう。彼は――そういう人工知能です》
「……人工知能? 学習型AIってことか。なら、他の奴らは?」
《順番に答えます。答えはイエス。他の機体とプレジレントは違う系列による開発です。その大本となる“ソフトウェア”のデータは、今となっては残されていません。正真正銘、ワンオフの特注です》
「そうなるとアレの戦力は――」
《彼の配下である戦闘部隊は、疑似人格データによる個別のAIを搭載した量産型ビット――それに人型の外装を取り付けたものとなります》
「なるほど。コアとなるビットに、
《あなたも気をつけてください。彼は豪快なビジネスマンで有名ですが、それ以上に何をするかわからない相手です》
「ああ。お気遣いどうも。急な訪問、悪かった。今度来る時はなにか手土産を持ってくる」
《それでしたら。こちらの連絡先を伝えておきます。何か御用があれば、こちらに通信を》
「機会があれば頼らせてもらう。それじゃあな、ナイルス。健勝でな」
《…………》
ナイルスはその言葉に、親指を立てる。エヌラスは同じように返し、拳を合わせてアークの拠点を後にした。
「アイエフ、アークの視察にいってきた報告。聞きたいか?」
《ええ。お願いするわ。こっちはネプ子の代わりにあっちこっち駆け回ってたところだから》
「端的に説明すると、ハァドラインである立場は形骸化している。今残っているのは三人だけだ。戦力も独りだけ。脅威とは思えない組織だったが――」
施設案内を受けていた間に、周囲に気を張り巡らせていた。一個人に持たせる兵装の量ではない装備が用意されているのを見逃さなかった。彼がどれだけ腕利きの傭兵であろうと、そのすべてを使いこなすなど出来やしない。
エヌラスは一通りの感想を述べた後、クラインの壺についても短く説明した。
《それは不思議じゃないわね。ゲイムギョウ界の歴史でも存在は確認されているわ。ひっくり返して調べてみたところ、何度か女神と交戦している組織の姿があったのよ。まったく、命知らずというかなんというか……まぁいいわ、ありがとうエヌラス。調査に協力してくれて》
「いいさ、こっちも時間を持て余していた。アイエフ。プラネテューヌは任せるぞ」
《ええ。そっちも頑張りなさい。無茶しちゃダメよ》
「当日の俺に言ってくれ」