超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
episode36 なんでもないような朝に地獄あり
『ハァーイ、皆さん! ユノスダス国王、ユウコだよー! おはよーございまーす! 本日の天気は快晴! 雲一つないよー。スッキリお日様、イイね! 女の子はお肌のケア! 男の子はこんがり小麦色に焼けてね! 聞いてんのかモヤシ野郎ども! 夜更かしした人も、スッキリ眠った人も今日も一日頑張ろー! ユノスダス国王ユウコのモーニングコールでした。二度寝厳禁!』
――朝。現在時刻は六時。ユノスダスの朝はユウコからの国内放送によって始まる。人々はそれを合図に活動を始める。国内の労働者達にとっての目覚まし時計は誰よりも元気ハツラツなユウコの朝礼だ。旅行者の大半が抱く感想は、初めて聴いた時は大抵の場合国王による目覚ましテロなのかという噂がチラホラ。無論、この国の労働者達が純粋に労働基準に則った生活をしていれば絶好の目覚ましなのだが、中には当然それとは異なる生活リズムの国民もいる。
いや、国民ではなく旅行者であってもそうだ。夜に働いて、朝に眠りに就くものだって少なからずいるのだ。――エヌラスがまさにそれである。
結局一睡もできなかった。シングルベッドの上で四肢を投げ出し、天井を見つめる目はひたすら虚ろに彷徨う。
「んぅ……」
「くぅ……」
「…………」
ユウコの声だけが響き渡る朝。どう考えても一人用のベッドに三人分のスペースなど期待出来るはずもなく、仲良く半分ずつ身体を占領したプルルートとノワールによってエヌラスの安眠は儚く消え去った。
目蓋を閉じれば少女達の悩ましい寝息。顔を左右どちらに向けてもかわいい寝顔。これを両手に華と言わずなんと言おう。しかし、綺麗な華にはトゲがある。中には毒もある。最悪の場合、死に至る。寝返りを打つにも小さな身体と華奢な身体に挟まれては安易に体位を変えることもできなかった。節操が無いのは下の方だけであり、その手綱を握る理性はあくまでもエヌラスの良心に委ねられている。当然、少女の身体を寝ているのをいいことにアレコレしてやったりも考えなくはなかったのだが、ほぼ丸一日活動を続けていたエヌラスにそんな気力はなかった。あるはずがない。
二人が起きてから朝食を摂る。上機嫌なプルルートが昨夜と同じく台所に向かった。食材はどうやって調達したのか疑問に思ったが、どうやらユウコが宿の紹介と一緒に色々な所からかき集めてくれたらしい。とはいえ、この国の基本理念は『働かざるもの食うべからず』である。
「だ、大丈夫なのエヌラス……目の下にクマできてるわよ?」
「あぁ……悪い、ノワール。コーヒー淹れてくれ……」
自分で淹れろとは言わなかった。なんとなしに手が伸びたのは、下腹部。そこから胸に手を当てて吐息を漏らす。
“……なんだろう。ちょっと、身体が軽い感じ”
ゲイムギョウ界にいる時のようにシェアエネルギーが湧き上がる感覚。変身するのに十分なほどのシェアを得ていることに驚きと感心が半分。
「なんだよ……」
「こ、こっちのセリフよ。いやらしい目で見ないでってば」
「……はぁ」
疲労感の滲むため息を漏らして、エヌラスが眉間を押さえた。果てしない疲労感を一ミリでも吐き出せれば御の字だとでも、いやそれで出て行くのは疲労ではなく幸福だが。
「ノワール……普通、健全な男性っていうのはな……お前のようないやらしい身体に抱きつかれて寝れるわけがないんだよ」
「い、いやらしい身体ってなによ!? 砂糖は!? ミルク!?」
「ブラックでいい……ドギツイくらいドス黒い外宇宙闇黒神話並みの荘厳なる漆黒で頼む」
「…………ほんとに、大丈夫なの?」
「ヘヘッ……」
“あ、これダメな笑い方だ”
精神がやられている人間の笑い方をする相手に、言われた通りのドギツイくらいドス黒い外宇宙闇黒神話並みの荘厳なる漆黒のコーヒーを――いや、それはもはやコーヒーと呼べる“飲み物”ですらない。その粘りはコールタールのようにティースプーンを絡めとり、トルコ風アイスの如く。それを感情の欠如した表情でかき混ぜる。濃密にして濃厚、もはや香りの暴力と言っても過言ではない。黒い水飴状の液体は表面に液体特有の水面が存在しなかった。あえて言うならばそれは、もうコップの中に閉じ込められた泥だ。汚泥である。この世の邪悪を溶かして練って混ぜ込んだような不気味な物質だった。
「うげぇ……」
自分で淹れておいてなんだが、ノワールが青ざめた顔をしている。とりあえず保存されていたコーヒー粉末を混ぜこんでお湯を入れただけの液体が、どうしてああも邪悪を極めたものになってしまったのか本人でさえ理解できなかった。だが、エヌラスは注文通りの品に対してツッコミも何もなく、ただただ死んだ表情でかき混ぜている。そうすることで何が変わるわけでもない、ティースプーンが邪悪に染まって穢れていくだけだった。
手を止めて、コップを持ち上げる。ノワールの見ている前で、それを飲み干していく。喉を通っていくのがスローモーションのようにハッキリと分かる。
――たっぷりと時間を掛けて、一気に飲み干したエヌラスは、やはり顔が死んでいた。
「……美味しかった?」
「くっそ不味い。この世のモノとは思えないくらい不味い。苦味通り越した渋み通り越して喉の粘膜引っぺがすクソみたいな味だ。こんなもん飲むならティーカップ食った方がまだ腹の足しになる。俺が今まで飲んできたコーヒーの中でも格別だな。注文通りだ……さすがノワールだな」
「誉めてるんだか貶されてるんだか分からない評価をありがとう……」
素直に喜ぶべきなのか、怒るべきなのか。それとも今は優しい言葉を掛けるべきなのだろうか。疲労困憊しているエヌラスには邪悪の塊である『ノワール特製ブラックコーヒーRX(仮名)』ですら活力剤には至らなかった。胃袋に流し込んだ邪悪の名残とも言うべきコーヒーの汚れがコップにこびりつく前に洗おうとエヌラスがソファーからのっそりと立ち上がる。
「洗ってくる……」
「私がやるから、少しくらい休んだ方がいいわよ」
「ああ……ああ、そうだな」
「……ダメそうね」
「ははっ……」
“本格的にダメな笑い方よね、今の!?”
心という器は一度ヒビが入れば、もう……もう二度とは……。疲労が精神を壊しかけているのか、このままではエヌラスが人ではなくなってしまう。しかし、現実は非情である。
ノワールが黒く汚れたコップを持って台所へ消えて、リビングでひとりテレビを点けた。お天気お姉さんの元気ハツラツな今日の予報が空しく響く。余談ではあるがインタースカイでは気象予報も行っていたりする。
お天気お姉さんの天気予報は〆として、ジャンケン勝負が定番であった。なんとなくエヌラスはそれに勝負を挑み――惨敗を喫する。
そして、来客を知らせるインターホン。エヌラスが立ち上がり、嫌な予感がしていたものの他の二人が台所へ行っているため結局自分が行くしかなかった。玄関のドアを開けると、やはりそこには裏切らない不吉な予感が立っていた。
「やぁおはよー、エヌラス! よく眠れたかな?」
「……俺は今日、死ぬかもしれん…………」
「えっ? えっ!?」
睡眠の重要性を改めて思い知らされながら、天使の様な吸血鬼に朝からご対面である。