超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――ラステイション教会。その最上階、執務室にようやく女神ブラックハートが戻ってきた。バルコニーに着地すると、女神化を解除して執務机の上に載せられている書類にげんなりとした表情で肩を落とす。
各地の残党を掃討し、部隊に指示を出して人員の補充と被害区域の整備。それらの申請は後ほど教会で事後承諾という形を取った。つまりは自業自得なわけだが……ユニは言われたとおりに書類を種類ごとに仕分けてくれたようだ。
しかし、疲れた。撤退命令に従わない敵の数があまりに多かった。伏兵として潜伏している敵も含めれば、三割弱。それをほぼ一人で片付けたようなものだ。
「つ、疲れた……」
ヘロヘロになりながら椅子に座り、天井を仰ぎながら深く息を吐き出す。ギシッ、と一度軋んだ音を立てて、回転させる。机に突っ伏せば、自分を取り囲む仕事仕事無給残業年中無休の女神様宛の多忙を極める書類山脈。頭に一枚だけひらひらと舞い降りる書面を見て、ため息を吐いた。戦闘を終えて帰ってきたら出迎えてくれるのはこんな飾り気のない書類だけ。ゲイムギョウ界のトップシェアを維持し続けるのも楽ではない。
(ユニは……もうこんな時間だもの、寝ちゃってるわよね)
もう日付が変わりそうな時間だ。ノワールは頬を叩き、気を引き締めて書類と向かい合う。
その時、執務室に通じるエレベーターが稼働した。山の隙間から顔を覗かせると、そこには書類を持ったユニが眠そうな顔をしている。しかし、敬愛する姉の顔を見て驚いた顔を見せるとすぐに駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん! おかえりなさい、今戻ってきたところ?」
「ええ、ただいま、ユニ。もうこんな時間でしょ、早く寝なさいよ。明日もあるんだから」
「そういうお姉ちゃんだって……あ、これ……」
「いいわ、そこに置いてちょうだい。すぐに片付けちゃうから」
「でも……わたし、なにか手伝えることないかな? 申請されていた書類はこれで最後だから」
「大丈夫よ」
「……本当に?」
「ええ。わたしを、誰だと思ってるのよ」
力なく笑ってみせるノワールに、ユニは悲しそうな顔をする。誰よりもラステイションの為に尽力した。それでも撃墜数トップランクはエヌラスであることに変わりはない。あの破壊力は他の追随を許さず、ルウィー侵攻を目論む兵器群をことごとく撃墜してみせた。しかし、一部の者からは疑問視する声もある。
あれほどの人物、果たして何者であるのか、と。誰もがただ者ではないことは察している。しかしそれを言及しようとする者はいなかった。そこまで考えて、自分が黙って立っていることにノワールは首を傾げる。
「どうかしたの、ユニ」
「う、ううん。エヌラスさん、どうしたのかなって」
「戻ってきてないの? そういえば、わたし……途中突き放すようなこと言った気が……いや、でも流石に大丈夫よね……いい大人……だし……?」
エヌラスは、物凄く打たれ弱い時がある。特に身内からの言葉に。顔に似合わず繊細な時があるのだが、それを拗らせるとひたすらに落ち込んでいく。早めの解消とケアが必要になるのだが……ノワールは起動したパソコンのスカイポにメッセージ着信があることに気づいた。
差出人はエヌラス。現在ラステイション防衛隊極東支部に居る、ということらしい。胸を撫で下ろす。ブランやネプテューヌからも、一日目の戦果報告が挙げられていた。ノワールは一時そちらに手を伸ばす。簡潔に要点だけをまとめて送信しておいた。
「さて、と。エヌラスには一応連絡しておこうかしら」
ノワールがメッセージを送信し、その既読メッセージが確認できるまで画面を見つめる。
五分経過……。ま、まぁ? 気づかない時もあるだろうし。そもそも起きてるのかも定かではないわけだし? もうちょっと様子を見てみよう。
十分経過……。書類仕事の片手間にチラリとスカイポの画面を盗み見る。やはり既読は付かない。もう眠ってしまっているのだろうか?
――三十分経過。ようやく既読が付いた。
『今ちょっと手が離せなくて返信が遅れた』
即レスだった。ノワールはそれに、書類の手を止めてキーボードを叩いた。
『人がどれだけ待ったと思ってるのよ(# ゚Д゚)』
『ごめん』
『まぁいいわ。許してあげる』
「……ふふ。もう」
画面の向こうでしょげているエヌラスの姿が目に浮かぶ。
『通話かけても大丈夫かしら。わたしも今手が離せなくて』
それに、既読メッセージはつくが返信は来なかった。ノワールは確認した、ということは手元に携帯があると判断して通話を始める。着信音が三回四回とコールするが、相手は一向に応じてくれない。
「……なによ、電話に出れないっていうの?」
こんな時間にまで起きていて? メッセージは返しておきながら?
ノワールは“これは怪しいぞ”と思い、一言だけ警告した。
『次の通話は必ず取りなさい。絶対よ?』
そして、コール。再度、呼び出し音が鳴り出す。これを取らなかったらどうしてくれようか、この胸のうちの怒りを……。静かに募らせていた怒りが、霧散した。
エヌラスが通話を取ってくれた。そのことに思わず緩む頬――しかし、背後から聞こえてくる異様な賑やかさに強張る。
《もしもし、ノワ――》
《ラステイション防衛隊極東支部大食いチャンピオン、ゴッドイーターを見事打ち破ったぁぁぁ!! 勝者、エヌラァァァス!! ちくしょう、お前は人の今月分の給料どうしてくれんだ!》
《知るかよ!! たらふくうまい飯食わせてもらっておきながらこんなこと言うのもおかしいけどな、加減しろお前ら!!》
「――――……ねーえ? エヌラスー? 楽しそうねぇ?」
《いや、あの、ノワールさん……? これにはちょっとした事情がございまして……》
「ふーん、そーう。わたしが、ヘロヘロに戻ってきた頃に、あなたは? うちの防衛部隊の皆さんととっても仲良くしてくれたみたいねぇー?」
あくまでも、務めて、ノワールの声色は上辺だけ上機嫌を保っていた。その腹に隠した怒りが言葉の端々から漏れていた。
《おーい大丈夫かゴッドイーター! お前のせいでオレの今月分、どうしてくれるんだぁ》
《うぷ……もう、だめ…………食えません……なんなんですか、あの人ぉ……胃袋が宇宙かどこかに繋がってるんですか……?》
《持ってけエヌラス、勝者はお前だ。ほら賞金と景品。おでんパンだ》
《なんだこの色物!? いや美味そうだけどさ!》
「~~~~!!! エヌラスッ!!」
D-Phoneから耳鳴りを起こしそうな程の剣幕で怒鳴られて、エヌラスは思わず耳を離した。それを聞いた周囲の喧騒も少しだけ静かになる。
「いや、だからノワール。これは……そんなつもりは、だから悪いって言って……あーもう分かった! 今からそっち戻る! だからそんな機嫌悪くするな! ああ、直ぐ……いや制限時間短すぎないか!? 無茶にも程が――あぁ!? 諦めろだぁ!? やってやろうじゃねぇか、世界を縮めてやるわッ!!」
通話を切り、深い溜め息をついてエヌラスは賞金のクレジットをポケットにありったけ突っ込む。
「悪い、大至急教会に戻らなきゃならなくなった!」
「大丈夫か。女神様、だいぶ怒髪天だったみたいだが?」
「あーいや、緊急の打ち合わせだ! 気が立ってるだけだろ、気にしなさんな! リント、今日は楽しかった。ありがとうな。食い逃げみたいで申し訳ないが、この御礼は後日改めて!」
「おう、いつでも歓迎してやるからまた来いよ! 拍手で送り届けてやれ!」
満場一致の喝采に、エヌラスは大仰に頭を下げると客室へ向かって急ぐ。
ハウンドスーツに慌てて着替え、時計を確認。――三分以内に教会に来いとは、これまたとんでもない無茶ぶりをされたものだが、『なに、出来ないの? 諦めるの!?』とまで挑発されたらやってやろうじゃねぇかこの野郎! と逆ギレしてしまう辺り、自分はうまいことノワールに手綱を握られていると自覚してしまう。
エヌラスは急ぎ、外に出ると銀鍵守護器官の回転数をあげる。燃料をたらふく入れ込んだおかげで絶好調の滑り出しと好調なトップギア維持によって急上昇した。
跳び上がった先で変神――から、間髪入れずにプロセッサユニットの翼を広げて電磁加速。辰気収斂。重力の鎖から解き放たれた爆音を残し、夜空を駆け抜ける。