超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ノワールは業務をすっぽかしてベッドに倒れ込んでいた。枕に顔を埋め、シャワーも浴びずに横になる。視界が滲む。疲れ目だ、そうに違いない。自分にそう言い聞かせて顔を上げると、今度は枕を叩く。
「もう。……もう、もー! なんでわたしがこんな気分にならないといけないのよ! わたしが何をしたっていうのよぉ……ぐす……」
「お、お姉ちゃん? どうしたの?」
「なんでもないわよ! まだ寝てなかったの?」
「……お姉ちゃん、お腹減ってるんじゃないかなって。簡単な夜食持ってきたんだけど、いらなかった?」
ユニの持つトレイには、サンドイッチとコーヒーが載せられていた。それに冷静さを取り戻して、目尻の涙を拭うとベッドから立ち上がる。
「ありがとう、ユニ」
「ううん、アタシこれくらいしか、お姉ちゃんにしてあげられないから」
「そんなことないわ。あなたが無事でいてくれるだけで、わたしは――」
言葉を遮るように、教会が揺れた。それほど大きな揺れではなかったが、その異常事態にユニはローテーブルに夜食を置いてノワールと共に執務室へ急ぐ。
まさか、夜襲――!? 武装企業ならば、あり得る。武器を手にして、扉を開けるとそこには大きく期待を裏切る結果があった。
あろうことか、ゲイムギョウ界半横断を一分半というワールドレコードを叩き出し、減速と着地に失敗するも被害を最小限に留めようと努力した男が倒れている。書類の山が倒れていないのは奇跡に近かった。
バルコニーに倒れていたエヌラスが、顔を上げて立ち上がる。息を切らし、玉のような汗を流していた。
「ハァ……ハァ、バカ、お前……やってやったぞ……!! 文句あるめぇ、ノワール……ゲホ、やべ……食いすぎたかやっぱ……」
ポカンと間の抜けた顔で口を開けていたノワールとユニの二人に、エヌラスは手に持っていた袋を差し出す。
「なんだよ、来いって言ったのお前だろうが……なんか言えよ。俺からはごめんなさい、としか言いようがねぇぞ」
「……はぁ~。ほんとバカね。こんなに教会揺らして。深夜だからいいものの、昼間だったら大騒ぎよ? もうちょっと考えて行動しなさいよ」
「おー、なんだ。三分以内と言われて一分半で来てやったのに文句言われてるぞー俺? おっかしくねー?」
「おかしくもなにもないわよ、当然でしょ。あなた、人がどれだけ……頑張っ、たと……ちょ、ちょっと待って?」
ジワリと。
目頭が熱くなったと思ったら、ノワールの意思とは逆に涙が溢れてきた。隣のユニも驚いている。エヌラスも困った表情をしていた。
「あ、あのね。別にそんなつもり、まったくないのよ? おかしいわね、疲れてるからかしら……やだ、もう……ほんと。泣くつもりなんて……」
「……ノワール」
整息してから、エヌラスは距離を詰めて。
ノワールの身体を優しく抱きしめた。腰に手を回し、頭を自分の肩に抱き寄せると驚いて咄嗟に突き放そうとするが、それはあんまりにも力の無い抵抗だった。
「実はな、ネプテューヌに怒られたんだ。どうしてプラネテューヌの援護に来てくれなかったんだーって。いや無理だよな? 向こうに比べたらラステイションの方が守り薄いし、どれだけ軍隊に自信あっても。リーンボックスのハァドラインは、ラステイションのハァドラインを目の敵にしてる。なら、こっちに割く戦力の方が多いに決まってるじゃねぇか」
「……それは、そう、だけど」
頭を撫でられて、胸が温かくなる。疲れも幾分か安らいでいたことに、ノワールは頬を綻ばせていた。
「……それだけ?」
「んー? 俺の家がある。スピカもカルネもいる。プラネテューヌじゃ俺は懸賞金付きの指名手配犯。早々立ち寄れない」
「…………」
「お前に頼りっきりだ、俺。ダメな奴だよなーホント。わかっちゃいるんだが……」
「……ええ、そうよ。ほんと、ダメな男よね。料理は出来ない、人間として最低限の生活ラインも保てない、目を離すとすぐ女の子と関係持っちゃって。無理ばっかりするし、怪我ばっかりだし、無茶なことだってすぐ後先考えずにするんだから。行動力があるのはいいけれど、限度っていうものを知らないのかしら?」
ノワールはエヌラスに抱きしめられたまま、顔を俯かせていた。呆れたため息をついて、抱きしめ返す。
「……だ、だから。わたしがいないとダメなんじゃないかしら?」
「――――ノワール」
エヌラスの腕に、力が入る。少しだけ強く抱きしめられて、ノワールは胸いっぱいに息を吸い込む。少しだけ甘く、鉄と硝煙と血の臭いがごちゃ混ぜになった不思議な香り。エヌラスの匂いにノワールが安らぎを覚え――ふと、自分は大丈夫かと思い立つ。そういえば、まだシャワーも浴びていない。だというのに、こんなにも至近距離で抱きしめあって。
急激に恥ずかしくなってきたノワールはエヌラスを引き離そうと手に力を込めるが。
「ちょ、ちょっとエヌラス。そろそろ離してもらえないかしら? は、恥ずかしくなってきたんだけど……」
「もうちょっとだけ」
「いやよ。ダメったらダメ。離してってば」
「なんで」
「だって……ほら……その、わたし……汗臭くない……?」
「ぶっちゃけ汗臭い」
「あぁ、やっぱり……って、だから! なんでそう言ってるのに離してくれないのよー!」
「それがいい……くんかくんか」
「もー、この。変態ー!」
ノワールはあらん限りの力でエヌラスの足を踏みつけた。その痛みに耐えかねて、手を離す。
「いぃってぇぇ!? 何すんだ!?」
「こっちのセリフよ! 素直に離してくれないからそうなるのよ! ふん!」
「……すまん、調子乗った」
「……シャワー浴びてからだったら……別に……ゴニョゴニョ……」
「俺は汗臭くても気にしないぞ?」
「わたしが! 気にするって言ってるのよ!!」
再びノワールに怒られて、たじろぐ。そんなに嫌なものだろうか? いや、女の子たもんな。気にするよな。エチケット、大事。うんうん。エヌラスは納得して、汗を流すと言い残して立ち去るノワールを見送った。
残されたユニと二人きり。
「……あ、あの……」
「ん? なんだ、ユニ」
「……汗の臭い、好きなんですか?」
「改めてそう聞かれると、とんでもなく変態な気がしてきた。俺は好きだけどな」
「…………」
ユニがジト目で睨んでくる。しかし、顔を赤らめてツインテールを手櫛で梳き、指先で毛先を弄ぶ。
「……嗅ぎます? 実は、あたしもまだシャワー浴びてなくて……か、嗅ぐだけですからね!? 変なこと、しないでくださいよ……?」
「いや、嗅がせるのもだいぶ変態行為な気が」
「じー……」
「すいませんでした俺のせいです、はい。ごめんなさい」
ユニが歩み寄り、手を後ろで組むと、見上げてくる。
「……ん、どうぞ……」
「……スンスン……」
「……あの、やっぱり恥ずかしいのでやめてもいいですか……?」
首元に顔を近づけられ、自分が今とても恥ずかしいことをしているのに気づき、ユニは半歩だけ下がった。エヌラスはそれを止めず、すぐに離れる。
「ノワールと一緒にシャワー浴びてこい。こっちの報告とかも目を通しておくから」
「じゃあ、机の上にありますので。読んでおいてくださいね」
ユニは急いで執務室を後にした。
顔が熱い。胸の鼓動が激しく、頭の中が真っ白になる。大股で先を急ぐ、シャワーを浴びればきっと気分転換になるはずだ。
(あ、あたし一体なに言ってるんだろう。あんな、恥ずかしいこと……! も~!!)
廊下を走ってはいけないとは思っているし、知っている。だが、ユニの足は急かして仕方なかった。