超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ハァドライン、武装企業との全面戦争から二日目――その日は、朝から緊急避難のサイレンが鳴り響く。初日は撤退を命じられた部隊は再編され、一部の防衛部隊も編入されて、その数を倍増させて第二次ルウィー侵攻作戦を決行。
プラネテューヌ侵攻部隊は筆頭にシロトラを置き、ラステイション侵攻部隊は死神部隊、もといグリムリーパー隊を主軸として作戦が開始される。その両国の国境沿いを進む形で少数精鋭の編成が組み込まれていた。
そして、ラステイションの静かなる最前線。ラステイション防衛軍より後方に存在する、人里を遠く離れた森林地帯の施設アーク。その主戦力であるナイルスの足止め、及び可能であれば撃破の任務を受けた特殊部隊も同時に投下されていた。
《聞こえるかぁ、お前らぁ! 言っておくが戦争なんてものは、要は早い者勝ちだ! ビジネスと一緒だ。先に攻めて、先に守って、先んじて策を弄した奴が勝つ。金さえあれば大概どうにかなる重課金によるコンシューマ衰退の代名詞! いつまでも物資があると思うな!》
プレジレントの言葉に、先行部隊からは失笑が漏れる。こんな時にまで何を言い出しているのか、と。
海上に展開された大艦隊。中小武装企業、フロートベースの甲板で大型ブースターの取付作業が突貫工事で進められていた。仲間内で他愛ない会話を楽しむ機体。どちらが先に到着するか、どちらが多く戦果を挙げられるか。そんな雑談をしているロボット集団は、さぞ奇妙な光景に映るだろう。だが、リーンボックスの技術力がそれを可能にしてしまった。ゲイムギョウ界の何かが崩れてしまっている。世界の均衡、パワーバランス。それは、忌まわしいエディンの事件から今だ超次元を蝕んでいた。
大型ブースターのエンジンが点火される。カタパルトデッキに並び立つ先行部隊の間に緊張が走る――ひとり、鼻歌を止めないものがいた。
戦場の空気をまるで清々しい朝のナパーム弾の香りのように。戦争のひりつく緊張感を、さも清涼剤のような気軽さで感じながら、その機体だけは鼻歌を止めなかった。
――あーいむしんかー。ふんふんふんふふーん……♪
それはかつて。武装企業に背いた反乱者。しかし、プレジレントの厚意によって処分を免れた戦争屋。
今回の事件に駆り出されることから、特別に罪状を免除された。長い監禁生活からようやく外に駆り出されたと思えば、最前線に放り込まれることに、しかし――その機体は疑問を抱いていなかった。むしろ爽快ですらある。
背面に接続された片道切符が点火された。甲板に敷かれたレールから、遥か望むのは水平線のゲイムギョウ界本土。ラステイションの方角に向けてメインブースターを吹かす。連動された大型ブースターから生み出される爆発的な加速力、推進力によって無理やり飛行機能を付与された機体群がプラネテューヌ、ラステイションの両国へ向けて射出されていった。
――アークの管制室。使い古され、一部のモニターはノイズが走っている。使い物にならない物も積み上げられているゴミ箱のような有様だが、そのテーブルに突っ伏すように眠っているオペレーター、フィオナにとっては住み慣れたものだった。他に行く場所なんて無いのだから。
ここならば戦いを忘れて、静かに暮らせると思っていた。だけど、それでも彼は戦場を求めて彷徨う。
それが悲しかった。自分では止められないのか、と。自分ではダメなのか。やはり……彼が望んだ、守護女神でなければ止まらないのかもしれない。そう思うだけで、胸が苦しくなる。
機体を破棄した分、手持ちの戦力は更に減った。今はジャンク品の寄せ集めをスミカが整備していたところだ。それも急務で、慣れない仕事だったが一通り形にはなっている。武器・弾薬の類は使い切れないほど潤沢な資源が潤っているから問題にはならなかった。そのスミカも、ボロのシーツをかぶってガレージで横になって仮眠を摂っている。
アークの戦闘領域付近、警告区域に敵機の侵入。そのブザーに、フィオナは寝ぼけ眼を擦る。
「……ん……?」
頼んでもいない目覚まし時計を止めようと、モソモソと手を伸ばしてコンソールを叩こうとして――ふと、柔らかい感触。そして、直後にブザーが止められた。
霞む視界に、ぼんやりと浮かぶ輪郭。白くて、ふさふさとした小さな生き物。首に巻き付けられた赤い首輪だけがやけに印象的なそれを見てフィオナは薄く笑みを浮かべて頭を撫でる。
「……ナイルス」
『…………』
優しい声色で名前を呼んでも“彼”は喋らない。一言も発したことがない。ただ頷くだけ。元々そういう生き物なのかもしれない。だが、意思疎通に今まで不便したことはない。不思議なものだ。
机の上から飛び降りると、コーヒーとマグカップを置いてすぐにガレージへと向かって二足歩行で走っていく。
アームドコア計画――従来のビットに疑似人格AIを搭載し、特定規格品による人型外装の装備によって汎用性を大幅に拡張する計画は、ラステイションで大成功を収めた。しかし近年、その技術はリーンボックスにおいても同様に発展を見せている。正確には過去の産物だが。
その結果、行き場のない戦闘ロボット達は廃棄処分を待つだけの末路が用意された。
だが、彼らは戦いを求めた。戦う為に生まれてきたのだから。ならば、何のために? その手に銃を持つ理由を求めた。それに、答えた者がいる――プレジレント。唯一、純正リーンボックス製であるその機体はラステイションの企業を買収。そして、今回の戦争を仕掛けた張本人でもある。
スライドさせた頭部の真下。胴体のコックピットに乗り込むナイルス。ギリギリ一人だけが入るスペースには、物を入れる隙間すらなかった。当然だ、元々そこはビットが入る容量しか用意されていなかったのだから。それを、生物であるナイルスが乗り込むともなれば機体の巨大化は免れない。しかし、それを限界まで抑えたのが現在の形となる。
ハッチを閉めてナイルスは肉球を使ってボタンを押した。赤い首輪から生体認証によって起動する機体が全身のシステムをチェックする。
《生体認証開始:登録パイロット>ナイルス確認》
《オペレーションシステム:通常モード起動>戦闘モードへ移行します》
《システムチェック:オールグリーン》
《登録機体名:ストレイド起動します》
全身にエネルギーを通し、機体が立ち上がった。その鈍重な稼働音に、ガレージで仮眠していたスミカはうるさそうに呻きながらシーツにくるまって背中を向ける。
「……ないるす」
名前を呼ばれて、機首をそちらに動かした。生体センサーも搭載したカメラは順調に稼働している。
小さく手を振っていた。あくまでもこちらに顔は見せずに。
「――生きて帰ってこい。それだけでいい」
ナイルスはそれに、静かに、だが大きく一度だけ頷いた。見向きもしなかったが、気配で感じたのだろう。スミカはすぐ眠りについた。
地下奥深くに隠された斜行エレベーターのボタンを押して、ナイルスは密林に隠されたデッキから外の世界へと送り出される。
機体のマッピングシステムに登録された、カモフラージュされた格納庫から二丁の銃を手にする。貫通力の高い弾頭を採用した実用ライフル、大型の砲弾を打ち出すバトルライフル。
浮遊型リコンを射出。周辺の敵影を確認する。敵はまだ警戒区域で止まっているのか、まだ本格的な侵攻には至っていない。ナイルスは機体のメインブースターを吹かして前線へと赴く。
海上を望むことが出来る沿岸部付近。警戒区域で立ち止まると、侵入してきた無人機はラステイション軍によって撃退されていた。
それを確認してから展開している大艦隊に向けて望遠レンズを最大まで絞り込む。
ちょうど、先行部隊が出撃する場面を目撃したナイルスだったが、その中の一機だけがこちらへ向けて全速力で突入してくる。警戒区域を突破、直後にブースターを切り離した。
――通信回線が、相手の音声を拾う。鼻歌だ。
《あーいむしんかー……》
『…………』
その胸中に、感慨などというものは湧かない。ただ、驚いた。また生きて会えるとは思わなかった――いいや、最初から敵同士だったのだ。今さらお互いに銃口を突きつけることに疑問はない。
所詮は獣同士。言葉はいらなかった。
しかし、戦争屋はそうではなかったらしい。歓喜の声で、ただ再会を喜んでいた。
《……よぉ、首輪付きぃ……。付き合わないか?》
あの日――武装企業から離反する時と変わらない声で。
その返事に、言葉はいらなかった。互いに突きつけた銃口の引き金を引くだけで事足りる。その上空を通過していく侵攻部隊の大群になど目もくれず。