超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――ルウィーの温泉旅館。年中雪国であるために、家族向けの宿泊施設として温泉街は特に冬季の観光客によって賑わう。その旅館もまた例外ではなく、立地条件の良さ。露天風呂からの絶景を楽しめるのが常だが、この施設はルウィーを見渡せる小高い山の上に建てられた。
その露天風呂で、全裸の男性が外へ向けて威風堂々と立っている。雪の降る外に向けて、腰にタオルを巻くこともなく、完成された芸術のような肉体の黄金比率によって磨かれた裸身を晒しながら。
その左手には黄金に輝く弓がつがえられている。流れる金の髪は、女性と見紛うばかりに美しく。金色の瞳には底知れない闇を秘めている。一般客がその後姿に思わず注目している最中、男性は詠唱を始めた。
「――親愛なる白鳥よ」
暗闇に染まる空に異変が起きる。遥か彼方の地平線。リーンボックス海上から黄金の夜明けが訪れた。
その異変は、瞬く間に大艦隊の間に広まる。中枢を狙い撃つ――“大陸間弾道狙撃魔術”。
天空に広がる黄金の魔法円。幾何学模様によって埋め尽くされた術式は、超常によって練り上げられた禁忌の秘術。
死霊秘術――“死者の魂”によって成立する、大魔導師の保有する秘奥の魔道術式。
「……ああ、詠唱が面倒だ。“
大魔導師の左手を覆う三重魔法円。つがえた一矢を引き絞る。膨大な術式制御による魔力の逆流防止を担う魔術も併用。かつ、大規模展開した術式から狙撃する。
信仰心など必要ない。この身に宿した畏怖・畏敬・憎悪と怨恨による恐怖への信仰こそ我が魔道の心髄。魂こそ我が神髄。死者の骸こそが我が真髄。
「――“
放たれた黄金の矢は、夜空を裂いて遥か天空の彼方へと飛翔する。黄金の粒子を散らして。
「ローエングリーン」
静寂が訪れる。カポーン……。
静まり返る露天風呂に間の抜けた音が響き渡る。
大魔導師が肩に掛けていたタオルで身体を打つと、振り返って湯船へと身体を沈めた。そして深く、深く深く息を吐き出す。
「……良い湯だ、気に入った。風呂は良い。心が洗われるようだ」
リーンボックス海上大艦隊の壊滅的打撃とは裏腹に――ルウィーの温泉宿で、大魔導師は一人くつろいでいた。
プラネテューヌの市街地を駆け抜ける白い機械の騎士。その目前にまで国境防衛隊は迫っていた。重火兵装による絨毯爆撃の雨を駆け抜け、粉塵を切り裂いて白騎士は駆ける。駆ける。駆け抜ける――見慣れたはずのプラネテューヌから目を背けて。
偽りのプラネテューヌ。
嘘だらけの女神信仰。
まるでこの世界が、巨大なジオラマであったかのような錯覚すら覚える。
今まで。そう、ずっと今までどうして忘れていたのだろうか? 我が敬愛すべき守護女神はあらゆる次元においてただ一人だけだったというのに――。
今までどうして。一体なぜ? だが、そんなことはどうでもいい。取り戻すのだ。
このセカイを、愛する女神の為に。そのためならば、かつての同胞も教え子も何もかも血に染め上げて捧げよう――俺が、守るのだ。俺はそのためだけに造られたのだ。
シロトラ目掛けて反転したシャニ達が一斉に銃口を向ける。だが、ブルースザッパーを薙ぎ払うように光波を飛ばすと、レオルド達は陣形を崩して倒れていく。
《機体のエネルギー残量が……!》
《腹減ったぁ……》
《人間の言う空腹ってこんな気分なのかー》
口々にマイペース、だが絶体絶命の危機を迎えていた。しかし、そんな彼らに手を差し伸べるお人好しなど、今のプラネテューヌにはいない……。
シロトラが点灯する街灯の下で、不意に立ち止まる。
その視線は、倒れているレオルド達ではなく、もっと背後に向けられていた。それにつられて後ろを振り向くと、見慣れない二人組が肩を並べて歩いている。
避難勧告が出され、教会で保護されているはずの一般市民ではない。
中肉中背の、特徴らしい特徴の無いメガネをかけた好青年。
白スーツに片羽の刺繍が施されたネクタイを着用し、黄金のキセルを吹かす赤髪のオールバック。
「……なぜ俺が貴様なんぞと組まなければならないんだ」
「うるさいな。僕だって御姫からの頼みじゃなければ、誰がキミなんかと」
メガネの青年は手元のタブレットを操作していたが、顔を上げるとシロトラを一瞥してレオルド達を見下ろすと肩をすくめる。
「どちらが敵だと思う?」
「白いやつ」
「じゃあキミも敵なわけだ」
「うるさいぞクソメガネ。黙って援護しろ」
「うるさいよドラグレイス。黙っていけよ」
ドラグレイスは黄金のキセルを口から離すと、武器を召喚した。
大振りな年季の入った金属バットを担ぎ上げて、ネクタイを緩めてシロトラへ向かって歩を進める。
レオルド達の前で、メガネの青年は立ち止まった。手元で操作していたタブレットを転送すると、青く輝くカードを手元に残して。
「ま、今はこれだけでいいか」
《あの……? あなた達は……》
「通りすがりのお人好しと、ガラの悪いおにーさんさ」
「ソラ。あとで一発殴らせろ」
シロトラの振りかぶるブルースザッパーと、金属バットが衝突する。光刃を纏った実体剣を防いだことも驚きだが、機械と正面から腕力で渡り合う筋力にもレオルド達は驚かされた。
互いに弾き、しかしドラグレイスが上回る。そもそも“ブン殴る”ことに特化したバットに切れ味も切り口も何もない。ただ力任せに叩きつけるだけだ。
《――ちっ》
「プッ――、歯ぁ食いしばれ」
ツバを吐き捨てて、担いだバットを振り上げると、ドラグレイスはフルスイングでブルースザッパーとかち合わせる。踏み込んだ威力に、シロトラが力負けして後退った。
「さすが、田舎育ちは馬鹿力だ」
「やっぱりいま殴らせろ、クソメガネ」
「ご冗談。そこ、危ないよ」
ソラの持つカードから電子光が何度か瞬くと、ドラグレイスとシロトラの周囲の空間が歪む。そこからは銃口が覗き、次いで、火を吹いた。飛び退いた二人のいた足元には無数の銃弾が撃ち込まれている。武装転送アプリケーションの機能制限付きだが、限定された空間に召喚するのが別次元でも可能なことを確認すると、琴霧ソラはメガネを直した。
「どうする、白騎士さん。僕らとやるかい? 不本意だけど」
「さっさと下がれ、あのクソメガネと共闘などしていられるか」
「僕になにか恨みでも?」
「今回の事件に俺を巻き込んだ件は死ぬまで祟る」
「僕も被害者だ。まさか実戦に放り込まれるなんて聞いていなかったんだから」
雑談を混じえる余裕を見せているが、シロトラはその二人の実力を寸分違わず評価した。ここでやり合うには、情報が少なすぎる。
そして、武装企業大艦隊が壊滅的打撃を受けた、という報告に耳を疑い。頃合いだ――。
シロトラが全身に纏うオーラを解除すると、背後に黒い霧の渦が現れた。
《……未確認の勢力を前に、突撃するほど俺は無鉄砲ではない。ここは引かせてもらおう》
「話が早くて助かるよ、ありがとう」
「敵に礼を言うバカは貴様か、メガネ」
「キミ、人の名前を覚えられない障害者かなにか?」
二人を前にして、撤退するシロトラ。レオルド達は、自分たちを助けてくれた二人組に礼を言おうとしたが――早くも殴り合いが始まりそうになっていたので、まずはその喧嘩の仲裁から始めた。
ラステイションの首都を目前に、市街地へと侵入を果たした武装企業の傭兵達が防衛部隊を火力で蹴散らしながら進軍する。システム・シェアドライブによって増幅された機体性能に感激しながら、淡々とした様子で教会を目指していた。
先に突入した部隊は連絡が途切れている。撃破されたとみていいだろう。順調に進軍していた傭兵部隊だったが、レーダーに突如として増える敵性反応に足を止めた。
近い。周囲を索敵し――上空を見上げる。
それは、鋼鉄の流星群だった。
空高くに輸送ポッドごと転送された軍事国家アゴウの機人、その数にして百名。
絶対勝利の女神の加護を赦された、ワンハンドレッド。
《一番槍、貰ったァァァァァァッ!!!!》
上空三千フィートより転送された輸送ポッドの壁面が、爆裂ボルトによって解除。そこからいの一番に飛び出した濃紺の機体が、両手に片刃型長刀を携えて傭兵部隊の機体を踏み潰した。
次々と降下する輸送ポッドより出撃するアゴウ軍は、ラステイション全域に展開する。
《スゥー……――――》
アゴウ国王親衛隊三番隊切り込み隊長、ゼロスリーは大きく胸を反らせて、息を吸い込む仕草をしてみせた。
《行くぞテメェ等ぁぁぁぁぁああああッ!!! 墓標は何処だァァァアアアッ!!》
――
《っしゃオラァァァァアアアア!!! 俺の部隊に配属されたヤツ! ケツは全員分奢りだ、気合入れてぶっ込んでくぞオオオオォッ!!》
『おおおおおおおおぉぉぉぉぉーーっ!!!!』
それは、機械とは思えぬほどの気迫の込められた号令。
逆賊、討つべし。国賊、討つべし。打つべし。撃つべし――見敵必殺。
《軍事国家アゴウ国王親衛隊三番隊ッ!! 突っ込むぞぉぉぉおおおおらぁぁぁあああ!》
ラステイション中に轟く、アゴウの咆哮。
輝望の反撃が始まった。