超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ルウィーの教会にホワイトハートがエヌラスを連れて戻るなり、ロムとラムが駆け寄ってきたが、しかし。血だらけのエヌラスを見るなり躊躇っている。それを安心させるように手を差し出した。
「ただいま、ロム、ラム」
「おかえりなさい、おねえちゃん!」
「お、おかえりなさい……」
「こんな時間まで起きてちゃダメだろ。――ふぅ。誰か、フィナンシェを呼んできてもらえないかしら?」
女神化を解除して、ブランが二人に手を引かれながら玄関の警備職員に声を掛ける。それからしばらくして、赤いメイド服を着た女性が姿を現す。
「おかえりなさいませ、ブラン様」
「ただいま。早速で悪いんだけれども、彼の世話をお願いしてもいいかしら?」
「は、はぁ……構いませんが、あの、病院とか……」
「怪我は治ってるの。ただ、その……」
ビジュアル的に、非常によろしくない。ほぼ血だるま状態のスーツを着た悪人面の男性が教会の入り口に立っているのだから。フィナンシェも笑みを引きつらせながら、エヌラスの世話を引き受けた。
見慣れない男性の来訪者に、すれ違う教会職員達が、つい視線を向けると睨み返されていた。
「何か……?」
「ひぇ……」
「……あー、すまない。睨んでいるつもりはないんだ」
顔のせいで大分損をしているが、決して悪気があるわけではない。それでも怯えさせてしまった職員には一言謝罪を挟む。
足元が霞む。視界がぼやける。だが、エヌラスはそれでも先導してくれるフィナンシェの背中を見て歩いていた。
「こちらで少々お待ち下さい。すぐにお薬お持ちしますので」
「ああ、すまない。助かる」
「あの……どうかしましたか?」
「いや大丈夫だ。気にしないでくれ」
目頭を押さえる。焦点が定まらない瞳に違和感を覚えながらも、エヌラスは案内された客室で腰を落ち着かせた。
天蓋付きのベッド。赤い絨毯に、本棚。ソファーに腰を下ろして、そこでようやく――自分の身体が崩壊寸前にまで追い詰められていたことに気づいた。この感覚は間違いない。ようやく神経が追いついてきている。
そして、この後に待ち受けているのは当然、強烈なバックファイア。ヅグリとした、嫌な心臓の鼓動から一転して全身を襲う激痛。神経を蟲の大群に食い荒らされいるかのようなざわつく全身に、エヌラスはただ奥歯を噛み締めて堪える。
それを選択したのは自分だ。それを選んだのは自分だ。それを、良しとしたのは他でもない自分自身だ。だからこれは、耐えなければならない。他の誰かに見せるわけにはいかない、自分の傷だ。
「――――!!」
ポタリ、と。赤い雫が零れ落ちる。血涙と、口端から流れる血を慌てて拭い、深く息を吸い込んだ。流石に短時間でドラッグシガー三本はやりすぎたかもしれない。食道からこみ上げてくる鉄の臭いを飲み込む。
コンコン。
「お待たせしました。救急箱をお持ちしましたけれど……」
「……、自分でできる」
口元を押さえ、睨みつけて突き放すエヌラスに、しかしフィナンシェは引き下がらなかった。
「それは出来ません。ブラン様より仰せつかっていますので。それに、ミナ様からも」
「……?」
「ルウィーの教祖様です。“彼はルウィーにとって不利益な存在かもしれません、目を離さないように”とも」
「……なら、手短に頼む」
魔力の過剰供給で引き上げられていた身体能力が元の状態に戻りつつある。そのせいでエヌラスの身体は魔力で緊急縫合した傷跡が開いていた。
上着を脱ぎ捨て、真っ赤になったシャツを見てフィナンシェが難しい顔をしている。血痕は洗い落とすのが大変なんですよ、と一言だけ注意された。エヌラスはそれに吐き気を押さえながら頷く。
アルコール消毒した脱脂綿で、エヌラスの肌を優しく叩いて血を拭っていくフィナンシェの顔を見ながら、エヌラスは改めて自分の傷跡を見下ろす。
「……よく、生きてましたね。この怪我で――」
しみじみと、感心されながら言われた。確かにその通りだ。
武装企業の機械達が持っていた武器は、対人用ではない。それより明らかに凶悪な、大型モンスターを相手することを想定とした強力な武装ばかりだ。六連装ガトリング、バトルライフル、ヒートハウザー……エネルギーキャノン等々。そんな砲火と銃声が鳴り響く鋼鉄の戦場にあってなお、最前線を維持して敵陣を壊滅させたエヌラスの全身には銃創と火傷の跡ばかりが惨たらしく傷跡を残している。だが、フィナンシェの拭った傷口が塞がっていった。真新しい肌が再構築されていく。
「…………」
「こういう身体なんだ」
エヌラスは、そんな傷口を隠すように左腕の感覚を確かめていた。
「……普通の人間からしたら、気味悪いよな。俺はもうなんとも思わなくなったが」
徐々に目の焦点が定まってくる。一山乗り越えたようで、後はゆっくりと身体を休ませるだけだが……フィナンシェは手を止めない。口を固く閉じて、肌に付着した血を拭っていく。
「お、驚きましたけど……たしかに、ちょっとこわいです。でも、これもブラン様の為です」
「……」
強がる姿に、エヌラスは脱脂綿をひったくると、自分で傷跡の消毒を始めた。
「これぐらい自分でもでき――――」
ガリッ。
えぐれていた脇腹に自分の爪を引っ掛けて、声にならない悲鳴と涙目になりながらエヌラスが悶える。
「~~~~~~!! ――~~!!! ……、……ッ!!!!」
ソファーに倒れ込む姿を見て、慌ててフィナンシェは背中をさすり始めた。
無理だ。自分じゃあ無理だ――エヌラスは早々に悟る。自己再生にまかせていたズボラがここにきて牙を剥いてきた。
ノック音。そして、すぐにブランが客室に入ってきて様子を見に来る。その後ろには、怯えながらもロムとラムの二人が隠れていた。
「どう、フィナンシェ? エヌラスの怪我の具合は」
「あ、ブラン様。これ、普通の人だったら死んでいますよ」
「……は?」
思わず、ブランが聞き返す。そして、その全身の傷跡を見るなり、ズカズカとエヌラスに詰め寄ると肩を揺らして睨む。
「なんで、そんなことしたんだ――」
「……? なにか変か?」
「守護女神でもないおまえが、なんで! ルウィーの為にそこまでする必要があるんだよ!」
「――言っている言葉の意味が分からないんだが……」
「本気で言ってんのかっ!」
思わず、ブランが怒鳴る。超次元は、四女神の均衡によって成り立っている。だから、それ以外の守護者など一切不要。もし、それが介入するようなことがあれば、それは超次元未曾有の危機となる。
武装企業“だけ”であれば、四女神の活躍だけで決着がつくだろう。しかし、それで収まる話ではなくなってしまった。
未知の搭載機能。存在しないクリスタルを使う者。未知数の魔人。それら全ての裏で策を弄する黒幕がいる。それは、エヌラスの追っていた邪神そのものだ。
「おまえのせいで――!」
「……」
ブランの怒りに燃える視線を、エヌラスはまっすぐ見据える。
「ああ、俺のせいだ」
「…………っ」
「俺が超次元に来たばっかりに、笑って済むイベントが笑えなくなった。それを否定するつもりはない。だからな、ブラン。いま、ルウィーが危機を迎えているのも、全部俺の責任だ。俺を責めればいい。気が済むまでな」
だが、と区切って続ける。
「――だがな、ブラン。俺は、俺の敵を殺すまで。一切合切鏖殺するまで立ち止まるつもりなんかねぇよ。ハァドラインだってそうだ。女神信仰の狂信者だろうが、武装企業だろうが、邪神だろうが魔人だろうが、例え全ての記憶を取り戻した大魔導師だろうが――次元神であろうと。女神に弓引く奴らは一人残らず殺してやる。俺が死ぬのは、その後だ。全部終わって、お前らが笑顔の毎日送れるようになってからだ」
「――――」
目を見開いて、ブランは硬直していた。覚悟や信念ではない。執念や妄執に取り憑かれたかのようなエヌラスの瞳には、確かに狂気が潜んでいる。背筋が震えるほどの。
肩を掴んだ手が熱を持ち、ブランは手を引いた。エヌラスの傷口が目に見えて修復されていく。銀鍵守護器官の魔力を自己治癒能力に全部振り切った結果として、全身が発熱していた。
狂気のハッピーエンド至上主義。例えその過程に、全てを犠牲にしようとも。
優しく笑うエヌラスに、何故かブランは寒気を感じた。
「大丈夫だ。俺の敵は
「……エヌラス、あなた気づいてる? ハァドラインなんかより、よっぽど――あなたの方が狂ってるわよ」
「知ってるさ。地獄で立ち止まるなんざ正気の沙汰じゃねぇ」
――この地獄には、もう先客がいた。だから、今度は置いていかれないように、全力で駆け抜けて。駆け抜けて――追い抜いて、笑ってこう言ってやるんだ。
アンタの地獄はここまでだ、と。