超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
教会で一通りの手当を受けたエヌラスは、替えの服を用意していないことに気づいた。すると表が騒がしいことに気づき、何事かと客室を出て様子を見に行く。
そこには、大魔導師がいた。屈強な警備職員が全力で引き止めているにもかかわらず、平然と引きずって歩いてくるのはなんの悪夢だ。
「よぉ、エヌラス。どうせ着替えなどないであろうお前に用意してやったぞ、見ろこのクソダサデザインのシャツ」
「なんなんだこの人! くっ、我々が止めているのも意に介していないだと!」
「クソ、止まれ! お願いします止まってくれください! あぁ~~れぇ~~……」
腕と肩と両足を掴まれているが、大魔導師はまるで重石でもついているかのように鬱陶しそうに振り回すと何人かが教会の廊下を転がっていく。
エヌラスは、手渡された赤いシャツを広げる。
デカデカと達筆な文字で『こんがりッ!!!』と書かれている。その下にはマンガ肉が描かれていた。ださい。なんというか、ダサい。格好良さを狙って斜め上のデザインに落ち着いたネタでしかない。大魔導師の顔を見る。シャツを見る。そして二度見。
珍しく、笑みを浮かべていた。
「……どこで買ってきたんだ、このクソダサティーシャツ」
「はしごしていた四軒目のルウィー温泉旅館で売っていた。風呂はイイぞ。特に良かったのは風呂上がりに勧められた温泉タマゴだ。モンスターの巣窟から盗れたて新鮮ボリューム感たっぷりの、それこそ抱える程の温泉タマゴだった」
「くわしく」
「聞けば、ルウィーの狩人協会――ハンターズギルドの管轄で経営されている温泉だと。確か……モガの湯だったか、ポッケ温泉だったか、まぁいい。四軒目だ。何もかもジャンボだった」
何食わぬ顔で完食してきたが、テーブル一つまるまる温泉タマゴで埋まるほどのジャンボサイズだった。白身はプリプリしていながら、黄身のトロミがまた濃厚で、備え付けの調味料で味付けを変えるだけで飽きが来ない。本来は一人で完食する代物ではないらしいが、つい箸が止まらなかった。
「旨かったぞ。あと、風呂がいい。足湯と打たせ湯、半身浴が一押しだ。特に足湯が最高だった」
「頼むから! 頼むから平然と風呂の話をしていないで教会から出ていってくれぇ! 警備職員の名が泣くから!」
「ち、ちくしょう聞いてるだけで風呂に行きたくなってくる……!」
「やかましいぞ貴様ら」
大魔導師は身じろぎ一つせず、自分に掴まっている警備職員を全員地に伏せる。周囲の重力を倍加させただけだが、不意打ちで相手を無力化させるのには適していた。
そんな騒ぎを聞きつけて、怒り心頭のブランがやってくる。
「うるせぇぞ! 何の騒ぎだッ!!」
「ブラン様! 申し訳ありません、侵入者ですぅぅ……!」
「正面玄関から堂々とノックして不法侵入だ」
「テメェはどつき回されてぇのか! こんな時になに考えてやがる!」
「何も考えていない。それはお前たち女神の仕事だろう?」
「人を苛立たせる天才かよ……ッ!!」
ブランが表情を引きつらせていた。それに警備職員達は冷や汗を流し、一刻も早く立ち去りたい一心であるが身体が地面に縫い付けられて動けない。関係者であるエヌラスを睨みつけるが……胸にデカデカと書かれる『こんがりッ!!!』のインパクトに吹き出した。
「意外と着心地良いなこれ」
「バカみたいだぞお前」
「誰が買ってきた服だよ大魔導師テメェ」
「俺が買ってきた土産だ文句あるか貴様」
包帯とガーゼと湿布と、全身の傷を隠すように巻かれていたエヌラスだが、また血が滲んできている。
「ああ、それと白の女神。お前に渡すものがある」
「……なによ、これは?」
「ソラがまとめた物資の補給ルート及び、敵の侵攻ルートの予測結果だ。目を通しておけ。ここが最終防衛ラインなのだからな」
「いや、でも。ついさっきよね? あなた達が来たの。ろくに戦況も確認していないのに?」
まだ一日も経っていないどころか、三時間も経過していない。現在は夜十時を回ったところだが、それでも一応ブランは目を通した。驚くべきことに、こちらの補給経路を完璧に把握している。それだけではない、プラネテューヌとラステイションの両国もカバーしていた。言葉を失っているブランに、大魔導師は軽く手を振る。
「アイツはこれくらいしか取り柄がないからな。作戦概要は全部投げておけ」
「……どういう頭してるのよ、あのメガネ」
――拠点でくしゃみをする王様が一人。
「うー、寒っ。僕も温泉入りたいな……」
「働けクソメガネ」
「働いてんだよ、見てもわからないかド近眼」
「あ? なんだと」
「は? やるか?」
「ま、暫定版だ。確定版はもう少し遅れるだろうな。こちらからの増援はソラ次第だ」
「一応。受け取っておくわ。ありがとう」
「礼ならクソメガネに言ってやれ」
「で、師匠。俺にはこのクソダサティーシャツ持ってきただけか?」
「なんだ、一緒に風呂に入りたいならそう言え。肩まで浸かれ、百秒だ」
「俺を殺したいのか癒やしたいのかどっちかにしてくれねぇか」
「今は休め。俺からはそれだけだ」
エヌラスの頭を軽く撫でて、大魔導師は背を向けると親指を立てた。
「では、そろそろ今夜の宿を決めてくる」
「野宿でもしてこいよアンタ……」
「かまくら幕府でも建設していいなら」
「討ち入りで滅べテメェ」
半ばブランに追い出されるような形で大魔導師はルウィー教会を後にする。警備職員達は何度も頭を下げながら持ち場へと戻っていくが、笑いを堪えていた。
ブランの後ろ、エヌラスが無表情でサムズアップをするものだから腹筋にとてもよろしくなかった。こんがりッ!!!
「なに笑ってんだオメーら!!」
『申し訳ありませんでしたッ!』
涙目になりながら警備職員達は蜘蛛の子を散らすように走っていく。ため息をつくと、今度は自分が笑いを堪える番になった。
「……エヌラス。あなたお願いだから、着替えてもらえない? 雰囲気崩れるから」
「お、おう……そういうことなら、仕方ねぇな」
(こうして普通に会話するぶんには、特になにもおかしくないのよね……)
そして、ブランの目の前で脱ぎ始める。
「バッ、ちょ……!?」
「ん? いや、着替えろと言われたから脱いだんだが」
「だ、だからといっていきなり目の前で脱がないでもらえないかしら……心臓に悪いわ」
「……悪い」
交換したばかりの包帯が、また血で汚れていた。銀鍵守護器官で再生しているとはいえ、回復速度の遅さにはブランも眉を寄せた。
「あなた、そんなに怪我の治り遅かった?」
「……あ」
「なにか心当たりでも……?」
「俺、今日なにも食ってねぇや。そうか、どーりで調子悪いわけだ」
「………………ノワールがあなたのこと気にかける理由がよくわかったわ。ちょっと待ってなさい。なにか食事を用意させるから」
食事を忘れるほど戦いに熱中していた、ということにブランは呆れている。
壊次元を救うために戦い続けてきた代償。旧神という役割。その務めを果たすために、人としての尊厳は捨ててきた。そう考えると、少しだけ――本当に少しだけだが、ブランはエヌラスに同情する。
きっと、誰にも頼らなかった。きっと、誰にも頼れなかった。そんな生き方と戦いを繰り返してきたのだろう。ふと、問いかける。
「エヌラス。あなたは旧神、という役割なのよね? 悪い神様を倒すのが役目なんでしょ」
「唐突だな。まぁ、そうだが。それがどうした」
「……ひとりで戦ってきたのよね?」
「ああ。だが――アイツで、最後だ」
「仮に。超次元と壊次元を救ったその後に、あなたはどうするの?」
「そんな先のこと、考えてるわけねぇだろ。今が精一杯だ。だけど、そうだな……世界が平和になったら、俺はいらないんじゃねぇか?」
「……なに言ってるの?」
「戦禍の破壊神。絶望の魔人。そんな俺が、平和な世の中に必要とされるはずがないだろう」
目を逸らして、エヌラスは自嘲するように笑った。とても寂しそうに。とても悲しそうに、自分を笑い飛ばす。
「元々俺は、存在しちゃいけない魔人だ。誰からも望まれなかった、誰にも望まれなかった。だがそんな俺を、たったひとりだけ必要として呼んだ人がいる。それが大魔導師だ。俺の、ただ一人の師匠なんだよ、あの人」
だから、やたらと仲が良いのか……。ブランはそれで合点がいった――が、しかし。何かがおかしい。なにか違和感を覚えて眉を寄せ、顎に手を当てて考える。
「……ねぇ、おかしくないかしら」
「なにが……」
「“誰からも望まれない”あなたが、どうやって生まれたの?」
「……――――――」
「大魔導師が望んだから、生まれたの? それとも……」
ブランの疑問に、エヌラスは答えようとして、言葉が出てこなかった。絶望の魔人、ヌルズ。自分の妹だって、そうだ。だが、“あそこ”は一体、どこだったのだろう?
何もない、虚無の彼方。あらゆる次元に通じる暗黒空間――。
「ッ……!?」
不意に、強烈な頭痛がエヌラスを襲った。頭蓋を割られたかのような痛みに膝をつく。ブランも驚き、肩に手を置いた。
「ちょ、ちょっと大丈夫? どうしたのよ……」
「――――お、れは……」
嗚呼、そうだ。そのはずだ――何故、今までどうして考えなかったのだろうか。戦火に身を焦がすばかりで考えが至らなかった。
大魔導師は、壊次元に絶望の魔人を呼び寄せた。だが、その以前よりあった自分の記憶は――
「――……おれは、誰だったんだ…………?」
「……エヌラス」
ぐぅ~きゅるるるふんぐるいむぐるうなふぅん。
「………………」
「………………」
「わるい、ブラン。おなかへった……」
「はぁ~……おとなしくしてなさいよ……?」
雰囲気台無しぶち壊し、ブランは心底呆れながら何か夜食を持ってきてあげようと廊下を歩いて去っていく。その小さな背中を見送って、エヌラスは客室に戻るとソファーに腰を下ろした。
何故か。どうしてだろう――涙が溢れてくる。何も悲しくないのに、涙だけが頬を伝う。
ひどく胸が空っぽな気がして。思わずエヌラスは自分の胸に手を当てる。銀の鍵――自分に与えられた、小さな勝利の鍵を握りしめて、感情を殺す。今は何も余計な事など考えなくていい。
ただ、与えられた役目を果たすだけで十分だ。愛する女神達の為に、救いたい皆の為に――それだけで、よかったんだ。