超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
プラネテューヌを通過しようとするグリーンハート、パープルハート。その下方では、アルシュベイトが推進剤の残量を節約しながら短距離跳躍を繰り返して移動していた。
ジャンプする瞬間と、着地する一瞬だけの跳躍ユニットの噴射動作。音速巡航に速度は劣るが燃費は格段に良い。
「アルシュベイト、ラステイションが……」
《トライデントより聞いている》
「助けに行かないの?」
《行かぬ》
例え、その最後の通信が邪神との遭遇であったとしても。
アルシュベイトはきっぱりと切り捨ててプラネテューヌへと向かって移動を続ける。
ブラックハートが敗北した事実はラステイション防衛部隊の士気に関わる――しかし、意外にも部隊内の意思疎通はハッキリとしていた。辛うじて残っていたアゴウ軍と、ドラグレイスがその指揮を引き継いでいる。ブラックシスターもそれに一役買っていた。
「しかし、ノワールだけでなくソラまでも」
《問題ない。フォートクラブは自立稼働で命令をこなしている》
現に、今はその指揮権限をアイエフに委譲してプラネテューヌ中を駆け回っている。軍事国家国王は伊達ではない。不測の事態に陥った現状ですら一寸の惑いなし。
《俺の成すべきことはリーンボックス奪還だ。教会はグリーンハートに任せる、俺は例のハァドライン、アームドソウルス本社を目指す》
「構いませんが……」
「アルシュベイト、いくら貴方がアゴウ最強を誇るからといっても、流石に無茶が過ぎるんじゃないかしら? やっぱりエヌラス達と合流してからの方が」
《……いいや。エヌラスの助力は借りぬ》
「どうして?」
不意に、パープルハートが尋ねた。プラネテューヌへと差し掛かり、敵の姿を目視した瞬間アルシュベイトは跳躍ユニットを一際強く噴射して飛行すると、建物に脚を掛けて背面武装ラックを持ち上げた。背負った片刃型長刀を掴むと、落下の衝撃も合わせて一刀両断する。
《アイツには、アイツの仕事がある。ソラが倒れた今、ドラグレイスには代役を務めてもらわなければな――大魔導師は当てにならん。一度動けば大山鳴動のような御仁だ、動かないでいてくれるのが一番だが……無理だろうな》
今回も例のごとく、「超次元救援要請」という大義名分のもと、本音は温泉旅行。「暇潰し」という名目で国一つ平気で傾ける。正直な話、まともなのはアルシュベイトとソラぐらいだ。
《ルウィーで邪神を迎撃しなければ、作戦は失敗する。その為にも、こちらか打って出る必要がある》
片足を軸にして、跳躍ユニットを片側だけ噴射する大回転斬り。進路上を阻んでいた敵のドローンがまとめて破壊された。残心、アルシュベイトは長刀を担ぐなり再びショート・ダッシュでプラネテューヌの市街地を跳ぶ。
《……ひとつ。心残りがあるとするならば、エヌラスだけが心配だ》
「やっぱり」
《あれは、邪神に対する執着心があまりに強すぎる。まるで親の仇のように。不倶戴天の怨敵、三千世界の仇敵のようにな。それだけが、俺は心配だ。――死ぬまで戦うかもしれんぞ》
アルシュベイトの言葉に、パープルハートは少しだけ難しそうな顔をした。
国境防衛隊の前に敵の大群を確認したアルシュベイトはアイエフの背後に降り立つと、再び長刀を担ぐ。
「あいちゃん、助けに――」
《押し通る!! チェェストォォォオオオオオッ!!!》
裂帛の気迫と共にアルシュベイトが長刀を振り下ろす。その剣戟で敵の先陣が崩れ、レオルド達が呆気に取られている間に単騎突入し、敵陣のど真ん中で長刀で薙ぎ払う。左肩の突撃砲を構えて、無造作に左へ向けてグレネードを投射、そのまま反対側へ弾丸をばら撒く。
《敵の勢いは削いだ、構えッ!》
《え、あっ。はい!》
《突撃!》
《了解ッス! ツキカゲとバズは俺と突入! ジブラは援護!》
アルシュベイトの号令に従ってレオルド達が敵を迎撃すると、拳を突き出した。その手を見ておっかなびっくりといった様子で拳を合わせる。
《良い働きだ。指揮官としては頼りないが、今後に期待する。機会があれば指南しよう》
《い、いえとんでもないっす!》
《こちらへは進路上の都合で助力した。国境防衛隊の意地を見せろ》
「それじゃ、ベール。わたしはここまでよ、頑張ってね」
「ええ。ネプテューヌの方こそ」
「アルシュベイト。わたしの方で余裕があればルウィーで邪神の迎撃へ向かうわ、後ろは任せなさい」
それに静かに頷くと、アルシュベイトは弾倉を交換。そのままプラネテューヌを越えてリーンボックスとの国境を目指す。グリーンハートも会釈すると、その後を追った。
その背中を見送ったレオルドがポツリと呟く。
《……カッケー》
《誰かさんとは大違いだな》
《いやまったく。上司に欲しい》
《悪かったな万年ビリケツドベ太郎が国境防衛隊指揮官で! っていうかなんで俺が隊長なんだよおかしくねーっすか!》
《おかしくなーいおかしくなーい》
《だってお前、なんだかんだ生存率高いし。だったら安心して任せられるわ。なぁ?》
《ツキカゲの言うとおりだ。なんだかんだ生き残れよ、レオルド》
サムズアップしながら、ツキカゲ、バズ、ジブラの三人からの言葉にレオルドは腑に落ちない様子で頷いた。
アイエフはソラから譲渡されたフォートクラブの操作端末であるタブレットの画面をタッチする。ドラッグ・アンド・ドロップでそれぞれの機体に指示を出す。輸送用フォートクラブが各地の拠点から補給物資を運搬するのだが、積載量もさることながら自衛能力も高いだけに作戦運用が格段に楽になっていた。
「……これ、ものすごい便利ね。何体かもらえないかしら?」
「ダメよ、あいちゃん。そんなことしたらネプギアが離れられなくなっちゃうから」
「その様子が目に浮かぶわ。あの子、基本的にいい子なんだけれど、機械を見ると目の色変わるし」
自分専用フォートクラブとか作ってしまいそうで、アイエフは苦笑いを浮かべる。敵の進行速度は激減したとはいえ、こちらも一朝一夕で立て直せるほど容易ではない。
――ルウィー教会では、エヌラスが刀を抱いて床に座り込んでいた。結局あれから、一睡もしていない。ただ、胸中でざわつく嫌な感覚だけが大きくなっている。焦燥感、ないし生理的嫌悪感は覚えがあった。ただ、超次元に来てから忘れようとしていただけだ。
旧神としての自分の顔は、どんな顔をしているだろう。
不意に、ドアがノックされた。部屋を訪れたのはブランだったが、顔を見るなり驚いている。
「あなた、なんて顔してるのよ」
「どんな顔してたんだ?」
「世界の全てを殺しかねない顔をしていたわよ。寒気がしたわ」
間違いではない。壊次元では似たようなものだ。
「何のようだ。朝飯か?」
「何言ってるのよ、もうお昼になるわ。怪我の具合は?」
「もう治った。大丈夫だ」
「……」
会話を打ち切るような話し方に、ブランが目に見えて不機嫌になっていく。
「エヌラス。あなたまさか寝てないの? そんな床に座り込んで」
「……落ち着かなくてな」
ずっと銀鍵守護器官は昂ぶっている。寝静まってくれないもので、どうしても自分自身も感情が高ぶる。それを落ち着かせるように今の今まで精神統一していたのだ。我が身は一振りの剣なれば――魔を断つ剣であればいい。他にはなにもいらない。何も。なにも。
ブランは、そんなエヌラスを見下ろしていたが、目線の高さを合わせて顔を覗き込む。
「……あなたに言わない方がいいとわかっているわ。口止めされていたけれども、そういうわけにはいかないじゃない」
「……なにか、あったのか」
「――つい、さっきラステイションが陥落。ブラックハートが敗北、したわ……」
「…………そうか」
「相手は、あなたが追っていた邪神だそうよ。アゴウ軍も大半が反応消失。ラステイション軍も被害甚大。現在も拡大中よ。ルウィーに到達するのも時間の問題ね」
「――――そうか」
「……思ったよりも落ち着いているようで安心、」
「ブラン」
言葉を遮るようにして、エヌラスは腕で隠していた顔を上げた。
赤い瞳。血のように赤い、真っ赤な目に射抜かれてブランは背筋が凍る。
「これが、落ち着いている顔に見えるか?」
瞳孔が開いて、歯を食い縛り、堪忍袋の緒が切れる寸前で食い止めていた。今すぐにでも教会を飛び出していきたい衝動を堪えている。
「――――」
「ソラは俺に気を使って、邪神が居るなんて情報よこさなかったがな。無駄だ、嫌でも分かる。どうしても、身体が覚えている」
多次元宇宙を巡りながら、邪神を追った。次元世界を手に掛けながらも、追い続けた。それで滅ぼしたものはひとつやふたつではない。今の自分には、あの最後の邪神を殺すことだけが唯一の救いだ。
「アイツを殺さなきゃならない理由がひとつ増えたな」
「……ノワールのため?」
「それ以外に何がある」
エヌラスが立ち上がり、身体に巻いていた包帯を乱暴に剥ぎ取る。その下に隠れていた傷だらけの身体を見てブランはどうしてもいたたまれない気持ちになった。
本当は、傷つかなくてもいいはずなのに。超次元の守護女神である自分たちが守るべき人達となにも変わらないはずなのに。エヌラスは絶望の魔人であり、守護女神と共に戦っている。
世界を守る女神と共に戦うということは、それだけ同じ傷を負うということ。背負うということ。それが、人間にとってどれだけの苦痛と困難に満ちた生き方であるのかなど、女神最古参のブランには痛いほど分かっている。だから、エヌラスが今。どれだけ馬鹿馬鹿しいことをしているのかも分かっている。
わかっているのに――きっと、何を言っても止めないのだろう。
ここで歩みを止めてしまえば、二度と歩き出せなくなるほど疲れ切って、戦ってきた。
「ブラン」
「なによ」
「……俺はお前が苦手だ」
「初耳ね」
「俺は、ホワイトハートが苦手だ」
「……?」
なぜ、わざわざ女神の名前を別にしたのか分からず、ブランは疑問符と共に小首を傾げる。
「俺の隣に立つなよ。こっちから打って出る」
「なにを言ってるの?」
「アイツが来た」
エヌラスが部屋を出るのを追いかけて、ブランが教会の廊下に出た直後、一人のルウィー防衛部隊が慌ただしく駆け寄ってきた。
そして。
無貌の邪神が、ルウィー第一次防衛ラインを突破、市街へ侵入したという通達を聞いた瞬間にエヌラスは今度こそ走り出す。
(――今度はもう、ぜってぇ逃さねぇ! テメェだけは、今日! ここで俺が殺してやる! 何を犠牲にしても――
ブランの引き止める声が聞こえた気がする。だが、知ったことではない。
この手で殺さなくては、意味が無いのだから。