※この作品はR-18です。

超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽-   作:アメリカ兎

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エピソード260 宿業因果

 

 ルウィー第一次防衛ラインは惨状と化していた。鏖花・凶魔によって用意されていた防衛戦力は瓦解し、人員も真っ赤な花となってルウィーの白い大地に倒れている。その死体に降り積もる真っ白な積雪が赤い染みを隠していた。

 黒煙が立ち上り、装甲車、戦車――ルウィー軍の白い迷彩の施された軍用車両は総じて無力化されている。

 たった一人。人間にしか見えない相手を阻むどころか逆に全滅させられている。だが、それで決してルウィー防衛部隊を責めるのはあまりに酷というものだ。相手は邪神、人ではない。ましてや、ただの人間、軍人に止めろというのは無理だ。

 それは世界滅亡の兆し、終焉の化身。絶望の邪神である。そして、これこそが最後の一柱――その無貌の仮面が、運悪く生き残っていたルウィー軍の一人を見つけた。

 刀を抜き放ち、歩み寄る。すでに半身が消し飛び、脚は破片が突き刺さり、どう足掻いても死は免れられない姿を見て、それでも冷酷に刀の切っ先を突きつけていた。

 息も絶え絶えなルウィー軍は、歯を食いしばる。涙を流し、最後の抵抗で睨みつけていた。己の魂までは敗北していないとでも宣言するように。

 

「……」

 無貌の邪神は鼻で笑い、首を刀で撫でる。跳ね飛ばされた生首がごろりと転がった。それから視線を外して、ルウィーの教会に視線を向けて――年配の女性に手を繋いで温泉宿に案内する大魔導師の姿を見かけて、出鼻を挫かれた。

 ……なにをしているんだ貴様は?

 

「いやぁ悪いねぇ。ごめんねぇ、おばちゃん足腰悪くてねぇ」

「いいえ、構いませんとも。雪国であれば湯舟の効能も骨身に染みるというもの、足元にお気をつけて」

「おにいさんくらい綺麗な人に手を繋いで貰えるなんて、あたしも後何十年か若ければねぇ」

「私が後何十年か早く生まれていれば声を掛けていたのですがね」

「あらー、お上手ですことぉ」

「ははは」

 温泉宿まで案内すると、お互いに何度も頭を下げて別れを告げる。ルウィー軍の惨状は、目に見えているというのに――不思議なことに、まるで何事も無いかのように人々は過ごしている。日常の中に非日常が潜んでいるというのに。だが、それも大魔導師の姿を見た無貌の邪神は合点がいった。

 

「――大魔導師」

「俺になにか用事か、無貌の邪神」

「貴様、さてはルウィーの人間に暗示をかけたな?」

「邪神災害で温泉旅館が営業停止など食らっては、俺の楽しみが消えるからな。幸い、魔術に対する抵抗力がなくて助かった」

 平気な顔で言ってのける大魔導師は、相変わらず浴衣姿だ。肩にタオルを掛けて、金の髪をなびかせながら無貌の邪神と向き合う。今、こうして話をしているだけでも異常事態だというのに誰も気にかけない。だが、ルウィー防衛部隊に暗示は掛けていないのか、無線からノイズが走っている。それを居合で断ち切る邪神に、大魔導師は白い息を吐き出した。

 

「俺を止めないのか?」

「なぜ止める必要がある? 俺は貴様らの戦争に興味はない。ルウィーには温泉旅行に来ているだけだ。風呂はいいぞ?」

「興味はない。ならばこのまま、俺は教会を攻め落とすとしよう」

「そうか。だがな――」

 大魔導師は歩き出そうとする邪神に対し、一声かける。

 

「――アイツは違うぞ」

 大魔導師の言葉が終わると、不意に邪神に影が降りた。顔を上げれば、半裸の旧神が凶悪な笑みを浮かべて刀を握りしめている。舌打ちと共に後ろへ飛び退る、直後。一瞬前まで立っていた地面が穿たれていた。

 舞い上がる土煙、爆音と同時に地面が揺れる。

 倭刀を握り、地面に鞘を突き立ててエヌラスは邪神へと歩み寄った。

 

「――ようやくだ。やっと、俺はテメェを殺せる」

「……」

 無貌の邪神もまた、刀を構える。大魔導師だけは、袖に手を入れて睨み合う二人を見守っていた。

 

「いいのか、大魔導師? 貴様の弟子がどうなるかわからんぞ」

「死んだらそれまでの話だ」

「アンタの助けはいらねぇ! 俺一人で十分だ」

「……だ、そうだ。安心して殺し合ってくれ?」

 果たして、どちらの味方か――笑う大魔導師に邪神が感謝するより先に、エヌラスはすでに間合いを詰めていた。その顔は笑っている。狂気に満ちた笑みだった。

 倭刀と日本刀が刃をすりあわせて火花を散らし、互いの首を狙って止まる。

 無貌の仮面と、狂気の双眸。

 

「テメェで、最後だ……!」

「……そうだな。貴様で、最後だ」

 ギヂッ……! 拮抗する白刃に、エヌラスは笑みを歪めていた。

 ようやく――ようやく、長い戦いに終止符を打てる。やっと、終わることができる。救うことができる、かもしれない――そんな可能性に一抹の望みを掛けて戦い続けてきた邪神狩り。その最後の相手が目と鼻の先に立っている。

 

「嗚呼、嬉しさのあまりに狂いそうだ――!」

「とうの昔に狂っていただろうに、貴様は哀れなものだな!」

「哀れで結構! 俺が望んで堕ちた地獄だ! テメェに情けを掛けられる筋合いはねぇ!」

「だから哀れと言っているのだ、絶望の魔人よ。地獄とは救いがないからこそ地獄なのだ――望んで堕ちただと? 結構なことだ。貴様に救いなどあるものか」

 弾かれるように離れ、二人の間を無数の剣閃が奔った。鏖花・凶魔のアウトレンジから離れないエヌラスに無貌の邪神は舌打ちする。そして、不意に鼻先に突きつけられる銃口――レイジングブル・マキシカスタム。五十口径の砲弾紛いの銃弾が撃鉄で叩きつけられた。

 辛うじて。仮面の頬で受け流して邪神は距離を取ると同時に鏖花のミサイルと凶魔の丸鋸を振り回す。その二つを切り抜け、爆炎を背にしてエヌラスは邪神の前へと躍り出た。

 

「――ッ、大魔導師!! テメェ、何のんきに見守ってやがる!」

「誰かと思えばお前か、白の女神。レポートならまとめている最中だ」

「ふざけてる場合かよ! 目の前に元凶がいるのに、見てる場合か!?」

「……元凶か。そうだな。俺がその根源だ」

 エヌラスを追って教会から出てきたホワイトハートに、大魔導師は静かに目を伏せる。

 全ての元凶を辿れば、結局、地獄の始まりは自分の諦観からだ――。箱庭の世界に絶望して、果たして……自分が本当に求めたものはなんだっただろうか。

 大魔導師は目を開けて、ホワイトハートに視線を向けた。

 

「エヌラスを助けるなら勝手にするがいい。だが、アレは手を貸せば途端に面倒な男だぞ」

「だったら、仮面野郎をぶっ潰すだけだ! エヌラスの助けなんかいるかよ!」

 肩をすくめる大魔導師を尻目に、ホワイトハートは戦斧を担いで振りかぶる。凶魔の大鋏ごと砕かんとする勢いで叩きつけた。鎖がやかましく鳴ると、邪神が体勢を崩す。それにエヌラスは両脚に紫電を纏わせる。

 

「断鎖術式壱号・弐号解放……アトランティス・ストライクッ!!」

「――舐めるな」

 右手に手繰り寄せられる黒い稲妻。蜘蛛を彷彿とさせる魔法円を描いて、アトランティス・ストライクの威力を減衰させると鏖花の砲門が開放された。

 

「砕け散れ、羅生十門開放――“狂莉栖”」

 十字架の棺桶が内に秘めていた全砲塔の解除を命じられて、鋼鉄の顎を開く。大小様々な砲塔から実弾も光学兵器も構わず乱射する。

 温泉宿に直撃しそうな攻撃だけは大魔導師の重力障壁によって歪曲してあらぬ方角へと消えていった。防御に徹するホワイトハートを置き去りにして、エヌラスはその爆炎の中へと一人飛び込んでいく。その左手に五芒星のシェアクリスタルを浮かべて。

 

「――変・神(トランジション)ッ!!」

 光に包まれ、そして現れ出るのはブラッドソウル。だが、プロセッサユニットの大半はヒビ割れたままになっている。

 背中の銀の羽根を広げて、ブラッドソウルは邪神に接近すると爆音と共にルウィーの市街地から遠ざかっていく。それを追おうとしたホワイトハートが、不意に足を止めた。

 点々と続く血痕に、もしやと思い、振り返れば――そこには止むことのない積雪でも隠しきれない鮮血が湯気を漂わせている。まるで硝酸のように、雪を溶かしていた。文字通り、血液が沸騰している。そんなものが全身を巡っていたら、とてもではないが耐えきれるはずがない。

 

「おい……おい! 大魔導師! こいつはどういうことだ! テメェならなんか知ってるんじゃねぇのか!」

「……あのバカ、黄金の蜂蜜酒をぶち込んだな。それも一本や二本ではないぞ、この量は」

 言っている間に、神獣形態開放、アトランティス・ストライク、立て続けに電磁抜刀――尋常ではない破壊の連鎖。見ているだけで生態系の崩壊と地形を変化させかねない魔術の連続に大魔導師は呆れていた。

 どうして、見抜けなかったのだろうか。あれは自分の愛弟子であるというのに。

 焦げ付いた鉄の不快な臭い。脳の奥にまでこびりつく“魂の燃焼する臭い”に大魔導師は、しかしエヌラスに加勢しようと動かなかった。それにホワイトハートは胸ぐらを掴み上げて睨みつける。

 

「なに、考えてやがるんだよ!? とめろよ! 師匠じゃねぇのか!?」

「確かに。俺はアイツに魔術を教えた。アイツに教えてやれることは教えてやった――死に方まで教えてやった覚えはない」

「だったら!」

「アイツが望んで堕ちた地獄だ。俺を……()()()助けるために堕ちた地獄だ。今さらどうして俺にアイツが止められる。“お前の地獄はここまでだ”とでも言えば、止まるとでも? いいや、いいや。有り得んな。唯一止められる方法があるとするならば、俺達全員が救われるくらいのことだ」

 そんな未来を夢見て、戦い続けてきた。遂には、自分自身の全てを投げ打つ覚悟まで決めている。諦めるものか――絶対に諦めるものか。そうさせたのは自分だ。そう教えたのは自分だ。

 他でもない、全ての元凶は、自分だ。

 あの日、全てを諦めた。未来を塗り潰そうと誓った。だが、そんな自分の手に届いたのは絶望の魔人とその妹だった。

 そして今。絶望の魔人が、無貌の邪神と魂を削って追い縋っている。

 

「アイツは――エヌラスは、テメェが地獄に落としたんじゃねぇのかっ!」

 ホワイトハートが叩きつけるように叫ぶ。その通りだ。肯定する。否定の余地など無い。

 

「だが、戦い続ける道を選んだのはアイツ自身だ。途中で見捨てることだって出来たはずだ」

「だけど見ただろ!? あんなん、普通の戦い方じゃねぇよ、メチャクチャだ!」

「ああその通りだ。自分が滅ぶ前に敵を滅ぼす戦い方だ」

「誰のために戦ってると思っていやがるッ!」

 何故か、自分が無性に熱くなっていることがわからずにホワイトハートは大魔導師に食って掛かっていた。遠くで無数の剣戟と銃撃音が響いてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――……は、」

「アイツの言う幸福にはな――()()()()()()()()()()。当然だろう? 俺は、そんなものを教えていないのだから」

 口端をつり上げる大魔導師に、ホワイトハートは今度こそ戦斧を全力で振り下ろした。

 

「ふっ――ざっけんじゃねぇぞぉっ!! テメェが、テメェこそが諸悪の根源じゃねぇかっ!」

 自分が何をしたのか、理解している上で。

 大魔導師は生身の片腕で、守護女神ノ戦斧を“受け止めていた”。ギリギリと拮抗していることにホワイトハートは驚きを隠せない。

 

「ふ……ふふ、ハハハ! だったらどうだというのだ? 俺はかつてアダルトゲイムギョウ界そのものを滅ぼそうとした男だぞ? お前一人ではどうしようもあるまい」

「っ…………!」

「それに今は相手が違うぞ。アイツを放っておけば、それこそ超次元が滅びかねないのだからな?」

 なにがおかしいのか、笑いながら戦斧を弾くと大魔導師は痺れる右腕を何度か振るう。

 

「今のお前を見て気が変わった。少しだけ手を貸してやろう」

「テメェのにやけた面は反吐が出そうだ」

「――“形成(Yetzirah)”!」

 脳にまで透き通る声で、大魔導師は宣言した。

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