超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
パラパラと顔から落ちる破片に手を添えて、仮面を押さえている邪神が割れた額からの流血を袖で拭いながら飛び退った。
割れた仮面から覗く左の瞳は、金色の色彩。だが、瞬きを重ねればすぐに赤く切り替わる。パープルハートの長剣を避けて、さらに迫るエヌラスの二刀流を片腕一つで捌き切ると黒い紫電を纏わせた蹴撃で押し返した。
「エヌラス! 無茶しないで下がって!」
「うる、せぇ……! アイツは――! あの野郎は!」
「……エヌラス」
取り憑かれたように、パープルハートの言葉に耳を貸さない。剣戟を鳴らし、邪神に立ち向かい、銀鍵守護器官が抜き取られた状態では満足に身体が動かないのか、再び吹き飛ばされて戻ってきた。しかし、ホワイトハートのハードブレイクを受けて徐々に仮面のヒビが広がっていく。
やがて、邪神はため息をついた。
「ハァ……まったく、貴様らは諦めが悪いな? おとなしく殺されていればいいものを」
「うるせぇ! 守護女神であるあたし達がそうやられてたまるかってんだ!」
「そうよ! ネプギアそっくりさんまで趣味が悪すぎるわ!」
「はっ、よく言う。あれはお前たちが“見捨てた妹”だろうに」
「なにを言っているの。わたしの大切なネプギアはプラネテューヌにいるわ」
「ああ、そうだ。この次元ではその通りだ。二人と居ない大切な姉妹だろうよ」
仮面の邪神は、ヒビ割れた面を手で押さえたまま笑っている。その僅かに覗く顔立ちが、どうしても――。
「だが、アレはそういう存在だ。何一つ救われなくなったお前の妹――
「……あなたは、一体何者だというの? そんな存在をどうして――」
「
「ッ――――――」
エヌラスが歯を食い縛り、魔術回路に魔力を充填する。限りある魔力だが、今ならば。しかし黄金の蜂蜜酒を注ぎ込んだ代償が不意に襲いかかり、駆け出そうとして咳き込む。その口腔から溢れるほどの血を吐き、立っていることすら叶わない出血に膝をついた。
「おい、エヌラス!?」
「ゲホ――っ、だい、じょうぶだ――それより、あの野郎を――!」
「俺が、誰かだと? 邪神だよ、紫の守護女神。俺は邪神だ。何者にも望まれない存在。終焉の凶兆、
「…………」
邪神が、そこで仮面を外して己の手で粉砕する。
跳ねた黒髪。血のように紅い瞳。鋭い切れ長の目。だが、そこにある感情に温もりはなく、凶器のように冷たいばかり。
そんなはずはなかった。“瓜二つの顔”が、そこにはあった。
言葉を失い、絶句するパープルハート達に向けて、初めて邪神は笑みを見せる。
「改めて――“はじめまして”と言っておこうか?」
「……エヌラスと、同じ顔……?」
「いいや、それは間違いだ。そいつが、俺に、似ているだけだ。二度と勘違いをしてくれるなよ? 黒の女神といい、貴様らはそれほどまでにそいつに入れ込んでいるのか」
言葉を失っているのは、エヌラスも同様だった。睨みつける邪神の表情は、あくまでも冷徹に冷酷に、残酷なまでに。背筋が寒くなるような殺意を叩きつけられてパープルハート達は息を呑んだ。
「絶望から生まれ、虚無より出で、誰にも望まれない存在であった貴様が――出来損ないの魔人め。ああ、それこそ邪神の恥晒しだ、貴様は」
「――――おまえ、誰だ……?」
「名乗っていなかったか。俺こそが――“ヌルズ”・エクス・モルテスだ。そこの出来損ないの絶望などと比べてくれるな、反吐が出る」
絶望の魔人――ヌルズ。エヌラスの、本当の名前。だが、本当は――大魔導師があの日、本当に望んだ絶望は、エヌラスではなかった。
「あの日、貴様が本当に望んだ絶望とは俺ではなかったか? 大魔導師よ」
「……さてな。最近物忘れが激しい。忘れたよ、貴様のことなど」
「よく言うよ。次元神の呪縛すら逃れて、箱庭の外へ手を出した貴様が……」
「話しかけるな、気が散る」
大魔導師の手に握られた銀鍵守護器官はまだ暴走を続けている。それを片腕で抑え込んでいるが、腕だけでなく徐々に浴衣が赤く染まっていた。だが、確実にその輝きは弱まっている。邪神――ヌルズ・エクス・モルテスは呆れたように笑っていた。
「……どういう、ことなの? あなたは、エヌラスの血縁関係者?」
「冗談きついな、守護女神。俺と、そいつはなんら関係など無い。偶々、同じ絶望から生まれたというだけだ」
「だったら、エヌラスの妹は」
「質問ばかりだな。まぁいい、知らんよ。今頃はまた“あの場所”にいるんじゃないのか? まぁもっとも――壊次元に囚われたお前にはもう決して辿り着かない次元だがな、エヌラス」
「――――生きて、いるのか……?」
「知らん、と言っている。さて――“顔が割れた”以上は、こちらとて加減などしていられんぞ?」
「く……なんて、プレッシャー……! 今まで、本気じゃなかったというの?」
先程までは、まだ自分たちが優勢を保っていると信じて疑わなかった。だが、しかし。今、ヌルズ・エクス・モルテスの全身から放たれる邪気と神気は、これまでに感じた事がない威圧感となってパープルハート達を圧倒していた。次元が違う――それこそ、セロンと同等の。
「当然だ。貴様ら守護女神が俺を殺すというのなら、残りの二人も連れてきたらどうだ? お前たちの信仰心が俺を上回れば――あるいはあり得るが」
「ッ……!」
すでにノワールは戦線を離脱している。グリーンハートもリーンボックスへ向かっている。今の二人では、勝ち目などとてもではないが見出だせない……しかし、不意にエヌラスが笑いだした。
血だらけの身体で、立ち上がる。血に塗れた手で、顔を覆う。鮮血に濡れた足で、流血の止まらない腕で剣を杖にして立ち上がる。
「は――。はは、ハハハ! なんだ、お前……ハハハハハハハっ!」
「……エヌ、ラス?」
「ハハハハハハハ、なんの、冗談だ――! テメェは、俺か――!」
「違うな。貴様が、不出来な俺なのだ」
笑っていた。エヌラスは今まで見たことがないほど、笑みを浮かべていた。満面の笑みで、目だけが笑っていない。
「――
それは、叩きつけるように叫ばれたエヌラスの本心だった。
「誰も救えない俺を。誰にも望まれない俺を、何一つ助けられない俺を――ずっと、この手で! 俺は殺してやりたかったッ!! テメェが俺だと言うのなら、もういらねぇ! 何も――何もかも!」
ボタ、ボタ――と、致死量の出血を厭わずエヌラスは歩き出す。それは、もう執念と呼ぶに相応しい殺意。
あの日、大魔導師に出会った。あの日、愛する人に出会った。あの日、宿敵に出会った。あの日、妹を失った。あの日――戦友と出会った。失った。失って、忘れて――捨て去って。もう、何も無かった。
それが今、こうして目の前に立っているのだ。これが最後だ。
「
「エヌ――」
「
「――――――――」
「誰一人救えない俺を! 何一つ助けられなかった俺を! 失うばかりで、とりこぼしてきてばかりの俺が! 大切な仲間も、友達も、命の恩人も、全部、全部――全部ッ! 救うと決めておきながら! ただ無駄に失ってきた。ただただ無駄に殺してきたッ! あいつらは何も悪くないのに、俺の手で、ずっとッ!! ……何をした。アイツ等が! アルシュベイトが! ソラが! ドラグレイスが! ムルフェストが! クロックサイコが! ――ユウコが! テメェ等の玩具じゃねぇんだよッ!」
パープルハートの伸ばした手が、空を掴む。なぜか――今ここで手を離したら消えてしまいそうで。
どうしてか、自然と涙が出てきた。ずっと、あの日から……壊次元を戦い抜いて、別れたあの日からずっとエヌラスは独りで戦ってきた。ずっと、孤独だった。それでも。いつかはその手に掛けなければならないと知っておきながら声を掛けずにはいられなかった。
――ずっと、救いたいと思っていた。だが、セロンがそれを許さなかった。
箱庭の介入者であれ、その次元拘束の手から免れる術はない。
最愛の妹を失い、それでも――それでも
誰にも助けを求められなかった。誰も助けてくれなかった。誰も――誰も。誰一人として、その背中を支えてくれる人は隣にいなかった。
血を吐き出すように、エヌラスは叫んでいた。
「……俺は、俺がずっと許せなかった。ずっと殺してやりたかった。ようやく合点がいった。テメェを殺したくて堪らない理由が、やっと!」
駆け出そうとするエヌラスを、パープルハートは後ろから抱きついて止める。それに、ホワイトハートも続いた。
それでも――、それでもエヌラスは前に進もうとする。
「離せ、離し、やがれぇッ!! 俺を、止めるな! お前たちが俺を止める理由なんて、無いだろうが――!」
「なにを言っているの、エヌラス! お願い、正気に戻って!」
「おまえ、どうかしてんだよ! 止まれ、この馬鹿力! 女神化してるってのに……!」
生半可な力ではとてもではないが止められない。引き止める手に力が込められる。身体にめり込む手が嫌な感触と共に傷口をえぐる。激痛のはずなのに、致死量の薬物を投与した身体で前に進もうとする。
「俺は正気だ、ふざけんじゃねぇえええッ!!! 二度と、二度と逃がすかぁッ!」
「やめてっ! もう、やめて……! 自分を殺そうなんて、しないで……!」
「止めるんじゃねぇネプテューヌ! テメェが俺を止める理由が、どこに――!」
「ッ――バカッ!」
乾いた音と共にパープルハートがエヌラスの頬を叩いた。ボロボロと涙を流しながら、震える手で長剣に手をかける。
「わたしが――わたし達が!
「……――それ、でもだ! それでも、こうする以外に何がある! 何があった!? 俺はどうすればよかったんだよ!」
「答えなど、決まっているだろう、出来損ない――貴様は、全てを諦めてしまえばよかったのだ。自分に世界は救えない、滅ぼすだけだと、全て見限って……
ヌルズ・エクス・モルテスの言葉に、だがエヌラスは、やはり足を止めようとはしなかった。否定した。諦めることなどしないと。だが、それを鼻で笑った。
「諦めない。諦めない、か――ハハハ! まったく滑稽だな。絶望の魔人であるお前が、そんな言葉を否定するとは。諦観が、貴様を喚んだのだ。数多の次元世界を破壊してきたのは、この俺だ――その記憶が貴様にも残滓として残っているだけの話。分かるか、エヌラス。出来損ないの絶望」
そこで、大魔導師と邪神の視線がぶつかった。
「貴様は――大魔導師の諦観が生み出した魔人だ。次元神セロンの箱庭から抜け出すためだけに生み出された、ちっぽけな世界の小さな絶望でしかない」