超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
二人の女神を越えて、ブラッドソウルとネクロソウルが先に出る。それから互いの視線を交わして頷くと、パープルハートとホワイトハートも続く。
デッド・エンド・ソウルは鼻を鳴らすと、殺戮院・鏖花を持ち上げた。鎧武装甲を展開した棺桶から突き出す銃器が砲門を束ねる。
「鏖花十一式・“
閃光が地面を焼きながら四人に迫る。それぞれが回避して、砲門が更に開いた。収束した熱量から放射状に広がる呪術兵装が接近を許さない。そこへ、さらに小型ミサイルと四門のガトリングが独立稼働で四人を狙う。
黄金の十字架と鳳凰院凶魔が鎬を削り、やがてネクロソウルの刃がデッド・エンド・ソウルの首に振り下ろされた。しかし、それを鼻で笑って日本刀で軽々と受け止める。
「どうした、大魔導師? 魔術のキレが悪いな」
「……ちっ」
「そのはずだ。お前の、守護女神に匹敵するその力は消耗品なのだからな。変神を保っているのも厳しいだろう。死霊秘術による魂の補強、肉体の補填。シェアの強制搾取、あらゆる事象を外法で賄っているだけに、こちらでは全力などたかが知れている」
ただでさえ海上大艦隊を狙撃するのに数千規模の魂を消費した。エヌラスに礼装を渡すだけでも千人近くの魂をさらに使っている。加えて――汚染された銀鍵守護器官の解呪による肉体的負荷、精神的負荷もあった。今のネクロソウル=大魔導師は十全のスペックからは程遠い。
黄金の十字架が破壊される、大魔導師は鏖花から逃れて距離をとった。そこへデッド・エンド・ソウルは刀を左手に持ち替えて、右手をゆらりと引き絞る。
掌で、空を叩いた。
何もない空を“叩く”。
「辰気収斂――“
そして、次の瞬間ネクロソウルのプロセッサユニットが砕ける。膝をついた大魔導師の口腔から血が溢れた。これまで、血を流すことのなかったはずの超人が初めて見せるダメージにパープルハートとホワイトハートは驚く。
「貴様の重力障壁を破るなど、容易いことだ。俺を、誰だと思っている、大魔導師」
「カッ、は……貴様が、誰かだと? 馬鹿弟子そっくりの馬鹿だろう」
じわりと赤く滲む浴衣の腹を押さえて、大魔導師は立ち上がった。
「貴様の言う通りだ。今の俺はあちらほど全力を出せない。だが、それがどうした」
負け惜しみを――と、思ったデッド・エンド・ソウルが違和感に顔をしかめた。凶魔の装甲をびっしりと埋め尽くす黄金の破片。
「しょせん貴様など“退屈しのぎ”の域を出ない邪神だ。この俺を愉しませるなら、もう少し馬鹿さ加減に拍車をかけろ」
指を鳴らすと、破片が一斉に起爆した。魔術の衝撃にたたらを踏むそこへ、ブラッドソウルがバルザイの偃月刀を掲げて振り下ろす。日本刀で弾き、鏖花を向ける。だがホワイトハートの投げた戦斧が砲塔を薙ぎ、パープルハートの太刀が装甲を貫いて動きを封じた。
「やってくれる……!」
左眼の神気が高まる。ブラッドソウルはそれを見て、火球を大魔導師に投げた。
無造作に掴み取ると火の粉の中から一挺の自動式拳銃が引き出される。その銃口はデッド・エンド・ソウルの顔に向けられていた。
炎の飛礫が顔面に迫るが、磁気を纏わせた刀で断ち切る。しかし、爆炎からさらに突き出されるのは、ブラッドソウルの二挺拳銃。
「散華しろ――」
至近距離から連射される神性の暴力に晒されて、だがデッド・エンド・ソウルはまだ立っている。鏖花から射出されるワイヤーがブラッドソウルを拘束し、凶魔の掌から水銀の剣が生成されて射出すると全身を貫かれて引き離された。鮮血が散る。倒れるエヌラスの手には、まだクトゥグアが握られていた。
そして、今度こそ――デッド・エンド・ソウルの顔面に灼熱の魔弾が直撃する。
「エヌラス!?」
「だ、いじょうぶだぁ!」
そんなはずがあるものか。パープルハートの目の前で、立ち上がろうとするエヌラスは変神が保てずに解除された。まさに血だるまといったむごい有様で、まだ立ち上がる。顔の血を拭って偃月刀を鍛造していた。
顔の半分が焼け、火傷を負ったデッド・エンド・ソウルの左眼はまだ不気味に輝いている。
「無駄だと言ったのが、わからんか」
「馬鹿に何言っても無駄だってわかんねーのか、バァーカ!」
ホワイトハートの戦斧を避けて、足で押さえつけた。それを跳ね除けるように、力任せに戦斧を持ち上げて邪神を離す。
「貴様には、俺の仮面を割ってくれた礼をしなければな。気に入っていたんだぞ、あの無貌の仮面はな――ツァトゥグアッ!」
地面を強く踏みつけると、地鳴りが起こった。そして、隆起した地面から一本のハルバードが生えてくる。その先端は、矛と鎚を兼ねた呪術兵装。叡智の戦斧、ツァトゥグア。
「面倒な呪術礼装を出してくれるものだ……」
「師匠、解説」
「防御力クソ高礼装」
「了解。ぶち抜くわ」
話を聞いていたのか? とでも言いたそうな大魔導師を無視してエヌラスは偃月刀を更に複製して駆け出す。殺到する十六連撃、その全てをツァトゥグアは一振りで防ぎ切った。魔術強度が違いすぎる。
ホワイトハートの戦斧と、デッド・エンド・ソウルのツァトゥグアが衝突。それだけで周囲の空気が震えた。
「チッ、なんっつー……馬鹿力だ!」
「そういう貴様も、小さい割に馬鹿力だな」
「っん・だ・とぉぉぉッ!?」
怒り心頭で振り回した戦斧が、更にデッド・エンド・ソウルを押し返す。踏み込み、回転した威力を乗せてさらにもう一発。防げないと即座に判断して、鳳凰院凶魔を盾にして超弩級の戦斧の一撃を凌いだ。
ツァトゥグアを回転させて、ホワイトハートの身体を鎚で叩く。頭を掴み、地面へ叩きつけると更に足を乗せて、肩に戦斧を担いだ。
「女神は俺の取り分ではなかったが……一人くらいは目を瞑ってもらうとするか」
「ブランッ!!」
「離、しやがれぇ…………!!」
――リニアアクセル。辰気収斂。グラビティアクセルッ!
口刔を結んだエヌラスが、誰よりも速く動いた。振り下ろされるデッド・エンド・ソウルの戦斧がホワイトハートの頭を砕く前に、割り込む。
そして、その刃が心臓まで食い込んだ。バキ、ゴギと骨を砕く音。臓腑の潰れる音。とめどなく溢れる血液が、倒れているホワイトハートの顔を、身体を濡らしていく。
熱い生命の鼓動。命の水。不快感すら覚える生暖かい水音と感触に、言葉が出なかった。
身体の半ばまで食い込んだツァトゥグアを、エヌラスが掴む。
その顔は、笑っていた。嗤っている――鼻血を流し、全身が血に塗れて、瀕死の重傷を負いながら。致命傷を負ってまだ笑っていた。銀鍵守護器官の魔力を自己再生能力に全部回す。みるみるうちに塞がっていく傷口に、異物が一つ癒着している。
「キサマ――!」
「ハハハハハハハッ! とっ捕まえたぞ、テメェ! やっと手が届いたッ!」
引き抜こうとするデッド・エンド・ソウルだが、エヌラスが口に咥えた小瓶を見て顔がひきつっていた。不自然なまでに輝く、黄金の蜂蜜酒――。その蓋を口で割ると、中身を飲み干す。一時的にだが魔力を高める効能があるが……今のエヌラスの身体では起爆剤以外の何物でもない。自殺願望者でもなければ口にしようとは考えもつかない。
ホワイトハートから足を退けて、エヌラスを蹴り飛ばそうとするが、逆に足を絡め取られて踏み留まる。組み付いた二人を引き離そうと鏖花と凶魔が動くものの、大魔導師が黄衣の王で捕縛した。
――そして、エヌラスの左胸に手を当てる。
「……我が運命は覆せない。例え御身が神であろうと」
「――――――――――――」
デッド・エンド・ソウルはその聖句に、顔が青ざめた。正気か? いや、狂気の執念だ。そうでもなければ、心臓に刃を食い込ませたままの銀鍵守護器官を使おうとなどしない。
そんなことをすれば即死だ。
「いいのか、大魔導師? そいつが死ぬことになるぞ」
「死なせるものか。誰が死なせるか――ああ、死なせてたまるものか。死ぬのは貴様一人で十分だ、絶望」
エヌラスの銀鍵守護器官が輝きを増していく。魔術回路が逆算されていき、第二の心臓に収束する。だが、肉体強化に回していた魔力が失われて、足が震える。手の感覚がなくなり、前が見えない。呼吸が辛い、心臓の鼓動さえも止めてしまおうかと思う――しかし、自分の名前を呼ぶパープルハートの声に、まだだ、と言い聞かせて踏み留まる。
「――此処に、大いなる“C”の権能を代行する」
「師弟共々、どこまでも救いようのないッ!」
「埋葬の花に誓って――!」
デッド・エンド・ソウルは今度こそ、鏖花と凶魔をフル稼働させて黄衣の王を引き千切り大魔導師へ叩きつける。だが、パープルハートが鏖花を、エヌラスの鮮血を散らしたアクセル・ストライクが凶魔の動きを止めた。
「我は世界を閉じる者なり――」
しかし、最後の悪あがきが功を奏したのか、凶魔の掌から放たれた水銀の剣が大魔導師の腕を貫き、エヌラスの拘束が緩んだ一瞬の隙で後ろへ飛び退る。銀の鍵が右腕に触れ、それを即座に自ら斬り落とすと黒い霧と共にデッド・エンド・ソウルは姿を消した。
――静寂。凄まじい破壊の傷跡を残して、絶望の邪神は消えていた。
銀の鍵を手にしていた大魔導師は、二度と掴むことのなかった鍵を見つめる――遠い記憶、遥か昔の名残。待機状態である小さな宝石へと形を戻すと、今にも倒れそうなエヌラスの左胸に戻す。その直後にツァトゥグアを引き抜いた。もはや血も流れてこない。血の気の失せた顔、痙攣の収まらない手足。間違いなく瀕死の重傷だった。それが銀鍵守護器官によって、辛うじて首の皮一枚で命を取り留めた。
「エヌラス! エヌラスッ!! しっかりして! ちょっと、聞こえてるの!?」
耳元で何度も名前を呼んでいるパープルハートに、エヌラスは気づいていないのか、指先の感覚を確かめていた。目を細めて焦点を合わせようとしている。
肩を揺らして、それでようやく気づいたのか、間の抜けた顔をしている。
「……ど、どうした? なんで、そんな顔してんだ……?」
「…………バカ」
「……なんだって?」
「だから、バカって言ったのよ、バカ。ほんとに、もう……」
「おい、紫の女神。そいつ、耳が聞こえていないぞ」
「――――」
「一時的なものだろうがな。そらしっかりしろ、ロリコン」
目を丸くするパープルハートの前で、大魔導師が殴られた。力のまったく入っていない、子供のようなパンチだった。
「なんか、しらんが……なぐっとかなきゃいけない、気がした」
「いや、お前……すごいな……」
「心底驚くの、そこ……?」
ホワイトハートが涙ぐみながら、エヌラスを睨む。
ボロボロだ。満身創痍だ。守護女神でもないのに。失うものなんて、自分の命くらいしかないのだろう。だから簡単に死にに行ってしまう。
「……エヌラス!」
「……へ? なんだ?」
耳が聞こえるくらいには回復したのか、エヌラスはホワイトハートの声に反応した。だが、まだよく目が見えていないのか、目頭を押さえている。
「こんの、バカ野郎ッ! 何考えてやがんだ! そんな、傷だらけになって――! そんな、死にそうになりやがって……! そんな……戦い方、しやがっ、て…………!」
「…………なんで泣くんだ、二人揃って?」
「エヌラス。お前それ本気で言っていたら殺すぞ」
「えー、あー……死にたくねぇんだけどな……?」
「ならそんな戦い方してんじゃねぇよっ! バカかおまえ、バカだお前、バァァァーカッ! 底抜けのバカだ!」
ボロボロと涙を流しながら、ホワイトハートがエヌラスを怒鳴りつけていた。
――あんな相手と、ずっと孤独に戦い続けてきた。皆を守りたい一心で。生まれた時から守護女神であった自分たちとは違う。他の生き方を知らなかっただけだ。もっと平和な人生があったはず。たとえ、絶望の魔人だとしても――誰かが、救ってくれたはずなんだ。
「……あー、はは。女泣かせって結構アレだな、心にくるな」
「性的にか?」
「それもあ――いやねぇよ何言わせんだクソ師匠」
「ほぼ言いかけていたぞバカ弟子。で、何処に行くつもりだ?」
ぼちぼちと、歩き始めるエヌラスに大魔導師が声を掛けた。
「リーンボックスだ。アルシュベイトに任せっきりなんて出来ねぇよ」
「無理よ、そんな身体で」
「つい数分前まで死にかけだったじゃねぇか! 無茶だ!」
「勝手にしろ、エヌラス」
大魔導師は引き止めなかった。浴衣を直して、タオルを拾う。
「言っておくが、あと三歩で倒れるからな。……ああ、すまん。二歩だったか」
ザッ、ザッ――――ドチャリ。エヌラスは、無防備に倒れた。突然、意識が失われたように地面に受け身すら取らず。慌てて駆け寄り、抱き起こしたパープルハートは声を失う。
「ちょ、ちょっと……エヌラス、呼吸していないわよ!? ど、どうしたら……!」
「病院にでも担ぎ込め。さもなくば死ぬぞ。そのレベルの肉体損傷は銀鍵守護器官でも無理だ」
「だったらテメーは見てねぇで手伝えよ!」
「ははは、ルウィーで人死が出てほしくなければ貴様が頑張れ白の女神」
「あとで覚えてやがれ!!」
パープルハートとホワイトハートがエヌラスを担ぎ、爆音を残してルウィーの病院まで直行した。白い大地に残された大魔導師は、白い息を吐き出す。
じわりとした熱が、まだ浴衣を濡らしていた。だが、この程度の痛みがなんだというのか。
血を流し、涙を流し、苦難と困難と絶望を前にして立ち上がってきたバカ弟子に比べればこの程度の痛み――いや、やはり超痛い。治すのは簡単だが。
「さて、着替えたら風呂にでも入るか……」
今はこの痛みを、甘んじて受けよう。耐えてやろう。絶望に負けた、絶望を逃した自らの戒めとして。