超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ラステイション軍駐屯地。兵士達が慌ただしく右往左往している中、赤いシャツを着た男性は他の目を引いていた。金属バットを引きずりながらすれ違う兵士達の挨拶に片手を挙げて返事をしている。乱れた前髪をかき上げて、胸元のボタンを弛めていた。
ラステイション軍が敵を足止めして、ドラグレイスが撃破する。そんな連携行動を共にしていた兵士達は言葉をひそめている。
「なぁ、聞いたか。あの人……」
「ああ。ロボットを投げ飛ばしたらしいな」
「それだけじゃない。腕を握り潰したらしいぞ」
「本当か? どうなってんだ、向こうの世界の住人は」
(もう少し声のボリュームを下げればいいものを。丸聞こえだぞ)
一応、睨みつけるだけの警告は出しておいた。それにすぐ気づいて、足早に仕事に取り掛かる姿を見送ると、災害救助用フォートクラブの脚の間を抜けて、一角に陣取ってキーボードを叩く琴霧ソラの近くに腰を下ろした。夜風がラステイションの街を抜けていく。
木箱へ乱暴に座り込んだドラグレイスに、琴霧ソラは未開封の飲料水を差し出した。自分への差し入れだったのだが、ほとんど口にする暇がない。そしてここか暫くの間も。
「おかえり、ドラグレイス。大活躍だって?」
「鍛え方が足りん」
飲料水を受け取って、すぐに開封すると飲み始める。そこへ、追加でタオルも投げられた。
「トライデントの修復ももうちょっとかな。
「お人好しめ」
「よく言われるよ。ゼロワンの治療は終了。今はゼロツーに取り掛かってる、気が散るからあんまり話しかけないでくれよ。ドラグレイス。シャワーでも浴びてきたら? 汗臭いし」
「貴様に気遣われるほどではない。いちいち鼻につくやつだな、クソメガネ」
「君の汗の臭いも中々鼻につく刺激臭だよ、ど田舎野郎」
売り言葉に買い言葉。二人は互いを睨むと「ふんっ」と、そっぽを向く。ソラはトライデントの治療に引き続き集中し、ドラグレイスは近くにいた兵士にシャワー室への案内を頼んだ。
その様子を見守っていたゼロワンは、交換された自分の左腕の感覚を確かめる。
《機体の換装にはやはり慣れないな》
「全身義体の機械版だからね。神経伝達ケーブルの稼働にも少し時間がかかるし、慣らすのはもっと時間が必要だ。間に合わせの手当ですまないね」
《いや。感謝する。運動性能の慣らしついでだ、少し歩いてくる》
「いってらっしゃい。僕はまだしばらく君たち機人の治療で動けそうにないからね」
ゼロワンは腰部跳躍ユニットの推進剤を確認する。
「あ、機兵団長! ご無事で」
《そちらこそ。ラステイション軍の皆様にはご迷惑を》
「気にしないでください。あなた達がいなければ今頃どうなっていたか……」
「そうですよ。助かりました」
《……感謝の言葉、痛み入ります。負傷者の救護はどれほど?》
ゼロワンは早速ラステイション軍の兵士たちに囲まれていた。なにせあの戦局から持ち直した立役者だ。それだけではない、女神ブラックハートを庇った姿を見たものもいる。押し寄せる絶望に女神と共に立ち向かった――それだけでラステイション軍からの信用を勝ち取るのは十分過ぎる働きだった。しかし、ゼロワンはそんな自分の働きを否定する。違う、その賛辞の言葉は自分には荷が重すぎる。世界を滅ぼす邪神の一柱、それに、たった独りで立ち向かった馬鹿がいるのだ。戦い続けてきた男を知っている。
どれだけ傷つこうと立ち上がってきた。何を犠牲にしても倒してきた――どうしてか、そんな男の背中が脳裏に焼き付いている。
そして、その理由はすぐに思い当たった。とても良く似ているからだ。
忠義を尽くすと誓った、軍事国家アゴウ国王。護国の鬼神。最強の軍神の背中に。
《時に。守護女神様は?》
「ブラックハート様なら、さきほどお目覚めになられたと。命に別状はないとのことです」
《それは何よりだ》
「お会いになられますか?」
《いや、無事でならそれで。我々はこの後リーンボックスへ向かい、奪還作戦の援護へ向かおうと思っています》
「リーンボックス教会も、グリーンハート様が取り戻したようですよ」
戦局は好転しているようだ。
《それならば、私も単独で突入するつもりもありません。仲間の戦線復帰までの間、微力ながらそちらの撤去作業や救助に手を貸します》
「何から何までお世話になります」
《いいえ。こちらこそ》
ラステイション軍と談笑を交えつつ、ゼロワンは機体調整のついでに手伝いを始める。それは死線を共に乗り越えた兵士たちのささやかな憩いの時間だった。
――その号砲が鳴らされるまでは。
……。
…………。
………………?
――不意に、目が覚めた。此処は、どこだ。自分の身体を見ると、一糸まとわぬ素っ裸。周囲には何もない。何も、無かった。暗闇だけが広がっている。
虚無。深淵。絶望の玄室。そんな言葉が脳裏をよぎった。
不意に此処がどこなのかを思い出す。自分が生まれた場所。正確には、生み出された場所。
大魔導師の魔人鍛造によって、自己という存在が造られた場所。
(――――此処は、こんなにも暗く冷たい場所だったのか)
エヌラスは、改めてそう思った。こんな場所で自分は生まれた。何もない。何も与えられない。何も望まれない。次元世界の吹き溜まり。きっと、生まれるべきではなかった命の拠り所。
そして今、自分がこの場所にいるということは――――。
(…………)
悔しくて。あまりにも、虚しくて。涙がこぼれる。
結局、自分が救われたいだけだったのだろうか? 生まれるべきでは、なかったのだろう。
――それでも。それでもたった一人。自分に一抹の救いを求めた人がいる。超人がいる。暇神がいる。退屈を極めた国王がいる。
涙を拭う。泣いて、立ち止まって。それで――誰が自分を助けてくれた? 誰も助けてなんかくれなかった。誰も自分を救ってなんかくれなかった。
何があろうと、諦めない。それが呪いの言葉でも。自分が道を踏み外しても、構うものか。知ったことではない。
(……、なんで)
そう決めていた。自分のことなんて、どうでもよかった。誰にも望まれていないから。
――だけど、なんでだろう。
『貴方を失いたくないから――!』
どうして、パープルハートは。あんな言葉を口走ったのだろうか。
もうとっくに自分は壊れているのに。ガラクタだらけのツギハギで、やっと動いているポンコツなのに。
誰かに必要とされることが、こんなにも胸を締めつける。がらんどうの、空っぽの胸が、酷く痛む。ちっぽけな勝利の鍵の無い、生身の心臓の鼓動がこんなにも鬱陶しく感じたのは初めてだった。
(そんなの――そんなの、俺だって同じだ……!)
大好きな皆の笑顔を覚えている。奪わせてたまるものか。誰にも。
(お前たちを、失いたくなんてない)
それが自分を殺す劇薬でも、毒でも構わない。
なにが出来損ないだ。何が絶望の魔人だ。そんなこと――
諦めるものか。手放してたまるものか。例えこの生命が燃え尽きようと。
歩き出す。暗闇の中をまっすぐに。
道を踏み外しているかもしれない。道を間違えているのかもしれない。もう立ち止まらないと決めた。
馬鹿な男の、身の程を弁えない馬鹿な生き方かもしれないが――そんな自分を、失いたくないとバカげた事を言った女神の為に歩き続ける。
前に向かって歩く。
――兄さま。
(――――――――――――)
そんな時、不意に呼び止められた。ずっと探していた声で。ずっと求めていた声が、暗闇の中から。
泣いていた。涙を滲ませた声だった。
暗闇の中に、ぽつんと一人寂しく膝を抱えて泣いている妹がいた。
嗚呼、そうか。俺はずっと、妹をこんな暗くて冷たい虚無に置き去りにしてきたのか――。
手を差し伸べる。それに気づいて、顔を上げた妹と目があった。だが、小さく首を横に振る。
「だめ……だめよ、兄さま……」
「……どうしてだ」
「だって、兄さまは……私よりもあの女神達を選んだんだもの。世界を滅ぼすよりも、世界を救う道を選んだんでしょう? だから……私は、望まれないもの」
いいや。いいや、そんなはずがあるものか。俺が救われた。俺は、助けてもらった。だから、お前が救われないなんて、そんなのは嘘だ。
「兄さま……」
「俺は、諦めない。絶対にお前を助ける。お前を、この虚無の牢獄から必ず助ける」
「嫌……だって、私はそんなこと望んでいないもの」
きらびやかな世界を憎んで、恨んで、壊して。絶望と破滅を望む人々に滅びの救済を。
「綺麗な世界なんて、いらない。破滅した世界もいらない。私は、此処が良いの。此処でずっと兄さまと居られればそれでよかったの――なのに、どうして。なんで兄さまは、そんなにも。そんなにも……希望で穢されてしまったの?」
「俺は……」
知ってしまったから。絶望していない世界を。破滅を望まない世界を。なんて綺麗な世界なんだろうと。……まぁ九龍アマルガムは論外だけど。
だけど。
「しょうがねぇだろ。お前と違って、俺は馬鹿なんだから。今さらどうのこうの言われても……放っておけない。後味悪くて、ほっとけるか」
「……じゃあ兄さま。私を救う代わりに、世界を壊してくれる?」
「当たり前だろ。お前をこのままにしていい、こんな次元世界ぶち壊してやる。だから、来い」
俺のハッピーエンドには、お前がいないとダメなんだ。
ふさぎ込んでいた妹が呆気にとられていたが、優しく微笑んで手を差し出して――――。
“おっと。此処から先は検閲制限だ、旧神。おはようの時間だ。寝ている暇などないぞ?”
「ッ――――!!」
エヌラスは、目が覚めた。右腕を虚空に伸ばして、空を掴む。空振った右腕から全身に走る激痛で歯を食いしばる。呼吸が苦しい、息がうまく出来ず、胸を掻きむしる。だが、それすらも叶わないほど全身が壊れかけていた。痙攣した右手が力なく落ちて、そこでようやく自分がベッドに寝かされているのだと気づく。
呼吸器に、全身包帯に、点滴に輸血に心電図に……重症患者のフルハウス。焦点が定まらず視界もまだぼやけていた。身体の感覚も薄れている。
(……夢、だったのか…………)
いいや。そんなはずがない。そんなはずがあるものか。
妹が、生きていた。妹が、そこにいた。――絶望の中で、ただ一人で泣いていた。
この手で殺した。一度はクロックサイコに殺され、二度目は己の手で。だが、全てが“リセット”されてから――ずっと、あそこで独りぼっちだった。
壊次元に囚われた自分には、決して辿り着けない場所に。
目尻を伝う、熱い感情。涙が溢れてきた。呼吸器を外し、身体を起き上がらせる。身体の内側から激痛が押し寄せてくる、耐え難い苦痛が自分を寝かしつけようとしていた。だが、それに抗ってエヌラスは顔を覆う。
「……つ、う――あぁ…………!!」
生きていた。生きていた――生きて、いた。ただそれだけでよかった。
自分がずっと探していた最後の一欠片が、ようやく見つかったのだ。皮肉にも、自分の生命の危機によって。もし、自分が死んでいれば……あそこで妹は手を取ってくれただろうか? 泣いて喜んでくれただろうか。
銀鍵守護器官が魔力を回す。全身の苦痛を和らげていく。点滴を引き抜き、輸血パックも引っこ抜いて中身だけ飲み干した。ベッドから降りて、足に力が入らずに倒れる。冷たい床に倒れ込み、痺れた手で身体を起こそうとするが、立ち上がらせるだけの力が残っていなかった。
「――――はぁ……!」
拳を作り、地面に当てて無理やり起こす。立ち上がる。外はすでに真っ暗だ。あれからどれだけ気を失っていただろう。戦局はどうなった?
エヌラスがふと部屋の中を見渡すと、そこには一着のスーツがキレイに畳まれて置かれていた。そこにくっそダサいティーシャツ第二弾も添えて置かれている辺り、誰が用意したものなのかは想像に難くない。集中治療室にどうやって忍び込んだのか、なんて考えないことにした。
徐々に身体の感覚が戻ってくる。ハウンドスーツに袖を通し、着替えを終えたエヌラスが集中治療室から出てくると通りすがりの看護師が悲鳴と共に転んだ。
「せ、せせせせせ先生!? か、かかか患者さんが!?!?」
「はいはいお騒がせしましたすいませんっしたーあざましたーおつかれっしたっしゃーす」
適当にお礼を言いつつ、エヌラスはルウィー中央病院を後にする。相変わらず寒さが厳しい。傷に染みる雪国の洗礼。だが、不思議と今は身体が軽かった。
肩の荷が降りたような気分でエヌラスはルウィーの街を歩き出す。
そして案の定。温泉旅行を再開した大魔導師とバッタリ出会ってしまった。キョトンと、珍しく不意を突かれた顔をしている。
「………………」
「よ、師匠」
「お前は馬鹿か?」
「何を今さら」
肩をすくめて見せるエヌラスに、大魔導師は目を細めた。
「…………妹が、泣いていた」
「……そうか」
「あいつが、生きてた」
「そうか」
「……だから」
「だから、どうした?」
「師匠。俺はもう、大丈夫だ」
「何を言っている。大丈夫などという言葉は、そうではない人間が使う言葉だ」
「心配すんなって。もうこれ以上、ぶっ壊れる余地なんてねぇんだから」
――いつ以来だろう。無邪気に笑って見せたエヌラスの顔は。その顔を見て、大魔導師は目を背けた。
自分が壊れている事を自覚した上で、まだ戦おうとしている姿があまりに痛ましくて。
「……エヌラス。俺を恨んでいるか」
「ああ、恨んでる」
「俺を憎んでいるか」
「もちろん、憎んでいるさ」
「……お前をそうしたのは他でもないこの俺だ」
「ああ。俺がこうまでぶっ壊れたのはアンタの責任だ、大魔導師」
「俺を、許せないというのなら。銀の鍵を使え。そうすれば俺の存在は消滅する」
もとより、それから逃れる術など無い。大魔導師の言葉に、エヌラスは自分の左胸に手を当てた。
そして――、口刔を結ぶ。
「我が運命は砕けない。例え御身が神であろうと」
「…………」
しかし、その言葉に銀の鍵は反応を示さなかった。
「此処に、大魔導師の原稿を代筆する」
エヌラスの拳が、大魔導師の胸に当てられる。軽く小突くように。
「祝福の花に誓って。我は世界を砕くものなり――、大魔導師。俺はアンタを許さない。恨んでるし憎んでるし、俺がこうまでぶっ壊れたのもアンタの責任だ。だけどな。それを選んだのは俺の責任だ。アンタのせいじゃない。それに、俺はこれでも、一応。感謝してるんだぜ?」
本当に理解できない思考の持ち主だけど。メチャクチャなことやってくれる国王だけど。
「アンタが俺を地獄に付き合わせてくれなかったら、女神様なんて拝めなかったんだからよ。眼福ってな」
「………………お前は、本当に。馬鹿だな」
大魔導師は腕を持ち上げて、エヌラスはそれに交差させる。
「馬鹿に付き合うのも相当に馬鹿だと思うんだが、師匠」
「ああ全くだ。だからこそお前は見ていて飽きない。俺を退屈させないんだ、馬鹿弟子」