超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ルウィー教会の裏山で起きる雪崩は、容易に首都を飲み込む規模で大魔導師の前に迫ってきていた。白い山肌を舐める怒涛の流れに対して、大魔導師はシリウスをつがえる。
黄金の矢を放つと、無数に広がり山の斜面に突き立つ。魔力を回す。ちくりと刺す背中の痛みに、顔をしかめる。ああ鬱陶しいぞ、たかが油断した痛みの分際で。
大魔導師は重力場を発生させて、そこから腕を薙ぐ。それに合わせて、黄金の矢を力場の支点とした重力の鞭が横薙ぎに雪崩をせき止めた。まるで見えない壁に阻まれるようにして勢いを失う雪崩は、巨大な雪山と化している。
「……ふむ、遊び心は必要か」
大魔導師が左腕で、雪山を弄り始めて――――数十分後。
そこには、雪像が出来上がっていた。翼を広げた翼竜――イタクァを模した雪像の出来栄えに満足気に頷く。自信作だ。
ホクホクと上機嫌になって戻る大魔導師が、ちょうど教会の前まで戻ってきていたエヌラスの姿を見つける。スーツの右側をはだけさせて素肌を晒していた。何故か、右腕を隠していることに、またなにかやらかしたであろうことは容易に想像できる。右の頬に浮かび上がる魔術回路にはエヌラスも気づいていないようだ。だからお前は詰めが甘いんだバカ弟子め。
「師匠、そっちは」
「ついうっかり興がノッてしまってな。雪像作ってきてやった」
「アンタやっぱバカだろ」
「貴様の師だからな」
二人で教会に戻る。執務室では相変わらずブランが不機嫌そうにしていた。
「ブラン、街の被害状況は?」
「…………」
「裏の雪崩なら雪像にしてやった」
「………………」
「……あの、ブランさん? なんでそんなに俺を睨んでいるんでしょうか?」
ロムとラムは執務室にはいなかった。今頃はフィナンシェに連れられて入浴していることだろう。ブランは、何故かエヌラスを睨んでいた。引きつった笑みを浮かべる姿に、舌打ちをひとつもらしてズカズカと近づいてくる。
「エヌラス」
「はい……」
「右腕。なんで隠しているのよ」
「えっ。あー、いや……ちょっと、お見苦しいと言いますかなんと言いますか」
「見せなさい」
「いや、その。見ないほうがいいと思うぞ……」
「いいから見せろって言ってんだろ!」
「……あー……はい」
頭を掻いて、エヌラスはスーツで隠していた右腕をブランと大魔導師に見せた。
指は折れ曲がり、骨が皮膚を突き破り、酷く裂傷が広がっている。血が固まっているせいでより無惨な姿になっていた。とてもではないが、治療できるような怪我ではない。後遺症が残ってもおかしくない肉体の損傷を目の当たりにして、ブランは思わず口を押さえて後ずさる。
エヌラスはなにがおかしいのか、苦笑いを浮かべて大魔導師に視線を送った。
「……わーりぃ、師匠。また右腕
「………………………………」
大魔導師の眼は、冷徹にして無感情。残酷なまでに無関心。言葉を失っているブランを無視して、大魔導師は左手を差し出した。
「手を貸せ」
「ほい」
「違う、左手だ」
「……?」
右腕が大怪我をしているのに、左手……? その意図が汲めないが、エヌラスは言われるままに左手を差し出して――大魔導師がすかさず関節を極めた。超重力式アームロックにより、脱出不可能の牢獄が完成する。
ミシミシと悲鳴を上げる左腕に、ギブアップのタップサインも現在は右腕が潰れているので実質耐えるしかなかった。悲鳴をあげるエヌラスが涙目になっている。
「ぎゃあああああーー!? おぉおおおおお! あああぉぉぉおおお!!!?」
「お前は馬鹿か。ああ馬鹿だったな、すまんなこの馬鹿。自分の身体を機械かなにかと勘違いしているのではあるまいな? おい聞いているのかエヌラス」
「ああぁぁぁぁ!!!!! ほ、ほぉぉおおおおお!!?」
「そーら重力倍加三倍アイスクリームだ、死ぬほど耐えろ」
「ぬぅぅぅぅぅぅうううううぅぅぅ!!!!!」
「俺に、なにか、言うことがあるんじゃあないかバカ弟子?」
「ずびばぜんでじだぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
泣いていた。エヌラスがマジ泣きしていた。色々とトラウマを掘り返されて、精神年齢が修行時代まで逆行している。今まで塗り固めていた心の鎧が大魔導師の極めた関節技によっていっぺんに剥ぎ落とされていた。それにブランが引きつっている。重傷人にやっていい技ではない。それにエヌラスは、本当に瀕死の身体だ。
「あの、ちょっ……」
「治してくんね、だと? お前は人に物を頼む言い方というものが分からんのかバカ弟子が! そーらちょいと本気で仕掛ける重力式コブラツイストだ。忠告しておくが死ぬほど痛いぞ」
「あーがががががっがっっがあっがが!?!?」
「はははははは、そりゃそうだ痛いだろう。それで、人に物を頼む時は“
「おぉぉぉぉー願い、しぃぃますぅぅぅぅ!!」
「言い残すことはそれだけか貴様ーーっ!!!」
ミシミシッ、メキッ、バキッ――――!
「ごぉぉ、めん、なばびぃぃぃぃぃぃーー!!!」
「許さん」
「お”ぅ”っ”」
ポキッ。
エヌラスの腰が折れた。大魔導師はそれを即座に矯正し、治療する。まるでゴミでも捨てるように床に投げると、右腕を地面にぶつけたのか悶え苦しんでいた。そんなエヌラスの不出来な彫刻のように折れ曲がった右手を、大魔導師が容赦なく鷲掴みにする。それだけでも耐え難い激痛が走るというのに、心底楽しそうに笑みを浮かべて、治療を始めた。ただし、痛みが長引くようにゆっっっくりと時間を掛けて。
「~~~~~~~!!!!! ~~、む──!! ~~~~~~~~!!!!」
言葉にならない悲鳴。先程腰を折られて悶えることすら出来ない下半身。左腕も超重力式アームロックによって神経が傷んでいるのか、痺れるような痛みで動かせなかった。
「さて、出来る限りじっくりと痛みを長引かせて貴様にトラウマを植え付けてやる。今後二度とこんな真似が出来ないくらいに――」
「いいから、さっさと治して出ていきやがれテメェェェェェッ!!!」
大魔導師が、ブランのハンマーによって側頭部を強打されて本棚まで一直線に吹き飛んでいった。追加で本の山がバサバサと崩れ落ちてくる。
「ハァ、ハァ……エヌラス、大丈夫かしら?」
「ぶらん……おれ、もうだめかもしんない……たすけて……ほんと、たすけて……」
「なに言ってるのよ。そう言ってくれたら、最初から助けていたわ」
そして、つい――うっかり。本当にうっかり、ブランはエヌラスの“右手”を掴んでしまった結果。
「ぃ――――いぃひっひ、あっひゃっひゃっひゃっひゃくそいてぇぇぇぇぇ!!! あっはっはっはっはっは、ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
「ぁ…………」
あまりの痛みの限界に耐えかねて、エヌラスがぶっ壊れた笑い声を出した。
「ご、ごめんなさい……!」
「あー、あー……はははは、なんだこれ、ちくしょう。メチャクチャいてぇ……! 頭おかしくなるくらいイテェ……」
慌てて手を離して、ブランはうつ伏せに倒れていたエヌラスの頭を自分の胸に抱き寄せて優しく撫で始める。
「……そういえばこちらの世界の本に目を通していなかったな。興味深い」
「それで、なんでテメェは平気で人の部屋の本読み始めてんだ!!」
「ははは。心配するな、しっかり棚に戻しておく」
大魔導師が本の山に向けて、足踏みをひとつ鳴らすと、バサバサと音を立てて時間を巻き戻すように棚へひとりでに収まっていく。一つ残らず綺麗に本棚に戻すと、大魔導師はエヌラスの右手に剣指を立てて、傷口を塞いでいった。
肘まで裂けた皮膚も、突き出た骨も、滅茶苦茶になった神経も魔術回路も全て。大魔導師は元通りに治療していく。それらが全て治ってから、最後にエヌラスを仰向けに寝かせて、指を鳴らす。
「少しばかり荒療治だ、歯を食いしばれ」
「な、に……する気、だ……?」
「荒 療 治 だ」
大魔導師の掌がエヌラスの胸板に当てられる。銀鍵守護器官に当てられた掌を浮かして、
「ふんっ!」
掌底。次の瞬間、一度だけ身体が跳ねた。エヌラスが吐血する。
「ゴ、ハッ!? ゲホッ、ゲッホ、オぁッ!」
「二度とやるか、こんなクソみたいな治療。俺は風呂に入る」
悪食の銀鍵守護器官に、直接治療魔術をぶち込むという、クソのような荒療治。あらゆる医療医術医学人体学魔術理論の全てに対して喧嘩を吹っ掛けた強制治療促進剤に、エヌラスが再び吐血した。
「顔を横にしてやれ、喉に血が溜まって息が止まるぞ」
「……! こう、かしら?」
「多少寝かせてやれば、すぐ動けるようにはなるが。右腕は時間を掛けろ。ギロチンで斬り落とされたくなければな」
大魔導師が執務室を後にしようとして、扉の前で思い出したように立ち止まる。
「エヌラス。二度と、こんな無茶をするな。わかったな」
「……し、しょう」
「返事はどうした」
「……二度あることは、三度あるってな……次で、最後にするわ…………」
「……金輪際、こんな無理をするなと言っているんだ、馬鹿野郎」
執務室から立ち去り、大魔導師はルウィーの街の中を歩く。
そこは騒ぎがあったものの、目立った被害は一つもない。
正真正銘。戦禍の破壊神と呼ばれていた魔人が守った、街の灯りだった。
(――――俺には、もう真似出来ないことをやるようになったか)
自分のことを省みない一点において赤点ものだが、今回ばかりは勘弁してやるか。大魔導師は少しだけ、本当に僅かではあるが口元を緩めていた。
チク、タク――。時計の音だけが、静かな室内にやけに大きく響く。
ブランの寝室に運び込まれて、エヌラスは横になっていた。ベッドに腰掛けた白の女神による膝枕というルウィーにおいて最高級のおもてなしを受けながら。
「…………エヌラス」
ブランに名前を呼ばれて、首だけを向ける。優しい顔で、ずっと頭を撫でてくれていた。
「あなた、大魔導師といつもあんな調子なの?」
「今回ばっかりは、流石に怒らせちまった。あんな激怒してたの久しぶりに見たな……」
修行時代以来だ――そう呟くエヌラスの顔は、何故か嬉しそうにしている。
「懐かしいな……」
「その時は、どうして怒らせたの?」
「やりたくてやったわけじゃない。確か……俺が、その……風呂場を壊した時だ」
「なんでお風呂場が壊れるのよ」
「教会に暴走人形が突っ込んできてな。仕方なく俺が迎撃することになったんだが……その時に風呂場で……魔術使って壊した」
その惨状を見た大魔導師と来たら、人の顔を見るなり笑いだして黄金の弓を構えた。その後の記憶が殆ど無い。ただ――滅茶苦茶怒られたことだけは覚えている。そして死ぬ思いをした。妹が泣きじゃくって身体を揺さぶってすこぶる死にそうになったのを思い出す。
「まぁ……でも、大魔導師とはだいたいこんな調子だよ」
「あなた達って本当にバカなのね……師弟揃ってそっくりだわ」
「それを言われちゃ、何も言えないんだ」
だけど。そんなバカをやりあっていた時が、きっと一番幸せだった。アダルトゲイムギョウ界を覆う闇を知らず、世界の敵を知らず、地獄の輪廻を知らず――その全てが、次元神による箱庭の世界であることを知らずに生きていた、あの頃が。
知ってしまった。見てしまった。どれだけ繰り返しても救われない神格者達を。どれだけ繰り返しても終わらない塔争を。だから、そんな世界は間違っていると。救おうとした。守ろうとしてきた。
それを諦めきれずに今日までこんな無茶をしてきた自分は――嗚呼、確かに。全てを諦めた大魔導師とお似合いなのかもしれない。
「……だけど、ひとつだけ決定的に違う点がある。俺は、大魔導師と違って何も諦めちゃいないってことだ」
「……あんな、邪神が敵だとしても?」
「ああ。あんな野郎が俺の敵だとしても……諦められるか」
「一歩間違っていたら、死んでいたのよ」
「それでネプテューヌ達が守れるんなら、くれてやるさ」
「…………」
「――ブラン?」
頭を撫でていた手を止めて、とても悲しそうな顔をしていた。今にも泣きそうな顔で、エヌラスに額を押しつける。
コツンと。額を当てて、目を閉じる。
「あなたは、死ぬ理由を探しているだけじゃない。傷つくことなんて、ないでしょ……」
「……いいや。俺は、傷つかなきゃいけない。俺のこの記憶が、例えあの邪神のものだったとしても――俺は世界を壊してきた。絶望による救済で世界を壊し続けてきた。奪ってきた。そんなやつから目を背けて、」
「だから――! それが、どうしてあなたが傷つく理由になるの!?」
「……なんで、怒るんだ?」
「怒るわよ。当たり前でしょ……」
顔を離すと、ブランが涙を流していた。
あの嫌な感覚を覚えている。この身体を濡らした熱い血の鼓動が、背筋を凍らせた。嫌な音だった。嫌な光景だった、二度と見たくない。
「……そんな、死にたがりに……わたしは、助けられたのよ…………? わかる? 守護女神が自殺願望者に助けられた、なんて――そんなの――、そんなの、わたし達への冒涜よ……」
「…………」
「守りたい命が、目の前にあるのに。助けられないなんて……ひどい話じゃないの……?」
「――おれ、は……」
「自分で気づかなかったの? 気づけなかったの? ……だったら。あなたは、どうしようもなく救いようのない、バカよ。なのに、わたしやネプテューヌ、ノワール、ベールと一緒に戦うだなんて……」
目尻を伝う涙が、エヌラスの顔を濡らしていく。ブランの流す涙が、こんなにも熱い。なのに胸の中はこんなにも酷く、冷たいままだ。
「
「――――――――」
「一緒に戦って、傷ついて、支え合って、大切なものを守って。最後に、あなただけがいなくなるなんて……そんなの、無理よ……耐えられるはずが、ないじゃない」
自分が、こんなにも傷つけていたなんて、気づけなかった。とめどなく涙を流すブランの泣き顔に、何も言えなかった。
――嗚呼、俺は。こんなにも酷い事をしてきたのかと。初めて、教えられた。
「ハッピーエンドを口にするなら、どんなデタラメでも……例え、どんな“ご都合主義”でもいいじゃない……それぐらいのワガママ、言えないの……?」
「……俺は、馬鹿だからな。そんなの、ブランに言われるまで全然気づかなかった。考えもしなかった」
だけど、教えてくれた。
わたし達は、あなたのせいでこんなにも苦しい思いをしてきたんだと。
手を伸ばして、ブランの涙を拭う。
「教えてくれて、ありがとな」
「……ぐす。そんなの、言われなくてもわかりなさいよ……バカ」
「バカバカ言い過ぎだ、バカ」
頬を撫でて――頭を寄せる。額を当てて、思わず笑みがこぼれた。
やっぱり、燃えるように熱い血に濡れるのなんかより。
誰かの温もりを手にした方が、心地いい。
「……エヌラス」
「なんだ、ブラン」
「あなた、わたしが苦手って言っていたじゃない。それでも……その、いいの?」
「ああ。あれか……」
エヌラスがまだ痛む身体を起こす。流石は大魔導師、クソのような荒療治のおかげでいくらかはマシになった。
ちょこんとベッドに座り込んでいるブランが首を傾げている。その姿は、まるで小動物のようでとても愛くるしい。
「その、だな……」
「もったいぶらずに言いなさいよ……苦手なところがあるなら、直すように努力するわ」
「いや。そうじゃなくて」
「……?」
「ブランって、白い服だろ?」
「当たり前じゃない……」
「女神化すると、ホワイトハートになるだろ?」
「??? 言っている意味が……」
「だから、なんだ……。俺の戦い方って、結構血塗れになるから……勿体ねぇな、って。せっかく綺麗な色してるのに、俺の血で汚すのは、ちょっと」
「――――――――――――――――」
「……ブラン? どうした?」
顔を俯かせて、小刻みに震えている。両手を握りしめて服の裾を掴んでいた。
「……~~~~~~。ずるいわ……」
「へ?」
「そ、そんなの……反則、じゃない……!」
ブランは、今度こそ本当に――エヌラスに対して本気で思った。……バカ。