超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ラステイション軍第三駐屯地。
アルカトラズ砲の発射を確認してから、ラステイション軍は慌ただしく走り回っていた。その光景をよそに、ソラは頭を掻く。これは参った。悠長なことをしている場合ではない、と。リーンボックスにいるアルシュベイト単機では流石に厳しい。グリーンハートにしても、一人で要塞攻略に向かわせるわけにもいかない。現地兵力に期待もしていなかった。
そうなると、自然と手段は限られてくるわけで……。
「う~ん……くそねむい……」
《そんなこと言っている場合かよクソメガネ! さっさと直しやがれ!》
《そうですよメガネさん。一刻も早く我々を直してください》
「言っておくが僕は今日で三徹目だからな?」
初日、剣姫に呼び出されて次元間テレポーターの拡張作業。
二日目、作戦会議。そこから部隊百人分の装備を用意させられた。ほぼ一人で。
三日目、現在に至る。しかもまだネットワーク接続障害に悩まされている。辛うじてインタースカイとは繋がっているが、通信速度制限により作業が思うように捗らない。
ラステイション軍と共同作業をしていたゼロワンが戻ってきた。
《インタースカイ国王、先程の砲撃と放送は》
「とっくに確認済み。頭痛くなってきた」
《二人の治療は残りどれほどだ?》
「……ゼロツーは朝方までかかる。ゼロスリーも含めたら、早くても昼過ぎになるね」
《そんな悠長なこと言ってられっか! そっから向こうにカチコまなきゃいけねぇんだから、残り時間ねえだろうが!》
《熱血バカのゼロスリーの言うとおりです。むかつきますが》
「うん、ムカつくね。君と同意見だ、ゼロツー」
《どぉぉいうことだぁ!?》
一番損傷が激しいのもゼロスリーだ。その当人があれやこれやと口を出してくるものだから非常に腹立たしい。
「……よし、わかった。あんまりやりたくなかったけど、ゼロツーはこのまま朝まで機体調整と修理だ。ゼロスリー。君はそこまで言うんだったらスペアを引っ張り出してくるから総取っ替えするよ。めんどうくせぇ」
《げっ、マジかよ……今のままでいいんだけどな……》
「いいか、ゼロスリー。人間で言えば、右腕切除、左前腕複雑骨折に、全身打撲に諸々。説明するとキリがない」
《やー、どうりで動きにくいわけだは、あっはっは!》
「笑い事じゃねぇんだよ! その身体に幾らかかると思ってるんだ!! 君一人で二十二億クレジットだからな!」
《バカ高ぇ!?》
当然だ。他の機人達とは性能が違う。国王親衛隊というのならばそれ相応の性能に落ち着かせなければならない。
ゼロワンは、それに指揮系統の強化調整。ゼロツーは射撃精度と反動制御、ゼロスリーは近接兵装に合わせて機体の出力全般をチューニングしている。いちいち直すくらいならば、予備を引っ張り出して現地で調整して取り替えた方が早い。
昼までの作業が、それならば朝方九時頃までの目安となる。メディフォートクラブと並行作業すれば、そこから前後するだろう。だがここから速度制限と戦って……、ソラは目頭を押さえて考え込んでいた。
そこへ、ひとっ風呂浴びてきてシャツを着崩したドラグレイスが腰を下ろす。
「悩み事か、クソメガネ」
「悩んでんだよクソ野郎。ちょっと考えさせてくれ」
「ならさっさと風呂にでも行ってこい。それから作業に取り掛かっても問題はあるまい」
「……」
「うだうだ悩んでいるくらいならいっそ気分転換してこい、鬱陶しい」
「はいはい、そうさせてもらいますよ。ったく、誰のせいだと……」
「おい貴様。俺のせいだと言いたいのか」
「一言も言ってねーでしょうが」
自動点検モードに切り替えて、メディフォートクラブをゼロツーに。ノートパソコンをゼロスリーの点検用プラグに繋いで、ソラはラステイション軍の案内でシャワーを浴びることにした。
これだったら大魔導師の誘いに乗って、ルウィーの温泉にでも浸かっていた方が良かったと後悔しながらも。
リーンボックス・ダイアルゼブラ荒原。
『ヨーホー、アルシュベイト! 調子はどうだい!』
中継ヘリからの音声に、アルシュベイトは頭部を握り潰した。
アブラ艦は機能停止。懸賞金目当ての乱入者、総数──957機。全機、沈黙を確認。途中自律兵器による自滅も含めて。
《絶好調だ、気遣い無用》
『ハハハハハハ、そいつは結構なことだ! 夜も遅い、ゆっくり来な! うちも営業時間外労働はくそくらえな会社でね。ご用命とあれば補給ポイントくらい用意してやるが?』
《ご厚意痛みいる、だが不要だ》
肩部装甲損傷。突撃砲の弾倉は残り二箱。中隊支援火器、トーネードの残弾も一ダースを切っている。だが、片刃型長刀の豪剣はいまだ切れ味に衰えなし。流石は軍事国家アゴウの誇る天下逸品。剣姫が加護を添えただけはある。
『それじゃあ楽しみに待ってるぜ、アルシュベイト!』
《ああ、首を長くして待っていろ》
推進剤残量、残り30%。予備タンク──無し。はて困った。これでは徒歩で向かう他にない。周辺の地形データはバルバロスより受け取り、リーンボックス首都までの道のりは迷うことはないのだが……。
さて。──こちらを狙っているあの少女たちは一体どうしてくれよう?
──大荒原で立ち尽くし、動きを止めたアルシュベイトを狙う一人の少女がいた。ダイアルゼブラ荒原より遥か地平。服が汚れることもかまわず、長大な狙撃銃。対物ライフルのスコープを覗いている。
「…………」
ケーシャの眼は鋭く、神経は研ぎ澄まされている。距離、風速の計算は共に完璧のはずだ。傍らに控えるシーシャも息を潜めていた。
相手からの視認性も悪い。地の利を活かした位置取り、相手の足元に大量に積み上がるロボットの残骸はそれだけで移動の障害になるはずだ。
スコープを覗くケーシャに、シーシャは改めて尋ねる。失敗を気にしているわけではない。作戦の確認だ。
「……やれるかい?」
「……確実に当てます。もし、外したとしても」
「ビーシャ達のポイントにまで誘い込む。わかってるよ」
退路は確保済み。プランBも用意してある。トラップも設置した──ここまで万全を期しておきながら失敗などあり得ない。相手も消耗している、機体の装甲自体はそれほど厚くないはず。それは損傷した表面装甲から計算していた。
呼吸を整えて、息を止める。少しでも手ブレを抑えるために。意識を集中させる。スコープから覗く三千万クレジットのロボット。一発目は脚部を狙う。機動力を削いだ後に、頭部を狙い撃つ。
狙うとしても、足先ではなく──そう。比較的当てやすい大腿部が望ましい。上手くいけば初弾から完封もあり得る。それに加えて、夜間の長距離狙撃。とてもではないがそう簡単に避けられるものでもない。しなやかさと粘り強さを兼ね備えた、まるで刀のような表面装甲はゲイムギョウ界には見られないものだ。機会があることならば、是非知りたい。
「……」
「ケーシャ、相手は?」
「まだ、動いてません。────いけます」
気を取り直してスコープ越しにアルシュベイトを睨みつけ、トリガーに指を掛ける。
シーシャが唾を飲み込む。そして、くぐもった銃声。その反動を受け止めた肩に、少しだけ顔を渋らせる。
装甲貫通に特化した徹甲弾がまっすぐに飛んでいく。
《……》
相手は気づいていない。気付けるはずが──。
わずかに、右腕が動いた。そして長刀を振るい……。
《ふんっ!》
チュイン──。一瞬だけ火花を散らした。
「…………」
「ケーシャ、当たった?」
「…………」
嘘だ、と思った。目の当たりにした光景が信じられなくて、ケーシャは絶句していた。
「ちょっと、聞いてるかい?」
「……えっ」
「だから、当たった?」
「…………切り、払われました」
「────ははははは……はい? 冗談、だよね?」
空笑いするシーシャの動揺は、ケーシャも同じ。見晴らしが良いとはいえ、今ケーシャ達が潜んでいるのはダイアルゼブラ荒原を囲む森林。深夜、月明かりだけが頼りの長距離狙撃。対物ライフルの弾丸を、豪剣であるとはいえど、切り払う──とてもではないが、信じられなかった。
アルシュベイトは健在。その機首がこちらをまっすぐに捉える。
(あの一発でこちらの位置を……!?)
全身が総毛立つ、悪寒が駆け抜けた。長刀を手にして、歩み寄ってくる姿に気圧される。足元の残骸を踏み潰して。
「……アルシュベイト、健在。こちらに向かってきます」
「まずいね……予定通り撤退しよう、ビーシャ達と合流するよ」
「了解しました。何発か牽制します」
足止めになればいいが。
二発、三発──五発目の対物ライフル。全弾、斬り落とされた。
「シーシャさん。もしかすると相手は、腰のユニットが使用不能な状態かもしれません」
「ってことは、あの空戦機動は出来ない?」
「そう、思いたいです」
到着してからずっと戦闘を観察していた。腰のユニットを用いた突進力、一撃離脱、運動性能はとてもではないが正面切ってやりあえると思えない。とはいえ、夜間長距離狙撃を切り払う相手に常識が通用すればいいのだが。
弱気なケーシャの言葉に、シーシャは少しだけ不安な気持ちになったが、頭を撫でた。
「ま、ダメならそれまでさ。予定通りプランBでいくよ」
「はい」
「万が一、追いつかれた時のためにアタシがいるんだ。そら行くよ」
気持ちを切り替えて、シーシャは脱兎のごとく駆け出す。それに対物ライフルを抱えたケーシャが続いた。
お互い、過去の詮索はしない。どうしてこんなことが出来るのか。どうしてそんなことをするのか、深く関与しない。上辺だけの友情関係ではなく、互いに抱え込んでいるものがあるからこその不干渉。
「ケーシャ、重いならアタシが持つよ、そのヘヴィボウガン」
「い、いえこれはアンチマテリアルライフルで……」
「弾が撃てりゃみんなボウガンだよ。そら貸しな」
よいせ、と軽い調子で担ぎ、シーシャが走る。
相手はまだ追ってこない。どうやら、本当に腰のユニットは使えないようだ。
《……ふむ、良い狙撃だったが……》
網膜ユニットの遠眼鏡モードをさらに拡大する。こちらに背を向けて走る少女たちの姿があった。相手が機械であるのならばともかく、人間の少女が相手では仕方ない。
しかし──本当に、良い腕をしていた。
トライデント分隊二番機、ゼロツーと良い勝負になるだろう。あれは、射撃部門成績最優秀賞に輝いた良いスナイパーだ。ツーマンセルが鉄則の狙撃において、あらゆる状況判断を即座にこなせるだけの柔軟さがある。不測の事態にも咄嗟に対応する判断力だけでなく、なにより目を見張るのが、どんな体勢からでも目標に命中させるという類まれな才能。
実直で職務には素直なのだが、多少没個性的なところがある。しかし、他の二人に比べれば日常生活は大分おとなしく、人間だった頃は暇さえあれば書物を手にしていた。
《…………いかんな、どうにも感傷に浸るのは》
気を緩めている暇はない。まずは、狙撃手を追う。対話が可能であれば、それに越したことはない。おおかた、賞金に目が眩んでの犯行だろう。とはいえそれを咎めるつもりはない。誰しも大金を前にすれば気が狂う。正常な思考力を奪うのに一番手っ取り早い麻薬だ。
それを理解していて──プレジレントは、賞金を自分の首に賭けたのだ。
《まったく、俺を飽きさせぬ狂信者だ。ここまで心躍らせてくれたのは、邪神以来だ》
それを相応に愉しんでいる己こそ、気が狂っているのではないだろうか。そうは思っても仕方があるまい、それが俺なのだ。
この身は御国に捧げた。この命は女神に奉じた。この愛は、御姫に掲げた。──それを認めてくれた。七生報国。例え七度生まれ変わろうと、アゴウの為に。御姫の為に。不退転の決意と進撃を胸に駆け抜けることしか出来ないのだから。
アルシュベイトが駆け出す。全身の稼働率は大きく低下しているが、人間の少女が相手ならばむしろ良い加減だ。今となっては、泣きじゃくる幼子にすら手を差し伸べられない機械の体ではあるが──俺は、それが心地よい。
俺の身体が、俺の気持ちに応えてくれる。一切の不足なく。これを幸福と呼ばずしてなんと呼ぼうか。己の心が折れぬ限り、付いてきてくれる肉体。
もう──あの日のように。邪神に負けたあの日のような醜態は晒さない。
誰にも負けるものか。何人たりともこの俺の前を阻ませるものか。
俺は一国一城の主。俺の敗北はアゴウの敗北。引いては、御姫の敗北だ。
負けるものか。負けるものか。嗚呼、そうだ。負けるものか──!
《待っていろプレジレント。貴様の首に刃を押し当てるのが愉しみだ》
貴様の狂信に、俺の愛国心が負けるものか。
もう二度と、誰にも負けないと誓った。
俺は、御姫の愛を護る存在で在り続ける。例え世界が滅ぶその時でも──。
──魂を殴りつけるかのような、言葉にならない違和感。
地平を埋め尽くす魑魅魍魎。終わらぬ戦争。黄金に輝く塔。
《………──! なん、だ……今のは》
痛むはずのない頭が痛む。心が軋む。──俺は、何かを忘れているのか?
アルシュベイトが手を握り、身体を確認する。
《……ラジオ体操を忘れたのが、いけなかったか? 今朝の星占いも悪くなかったはずだ》
うむ、気のせいだな。早々に気持ちを切り替えて、アルシュベイトは駆け出した。