超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
一夜明けて──ルウィー教会。
「……ん、ぅ」
もぞり、もぞり。
「……?」
ブランが目を覚ました。薄目を開けて、普段は無い感覚に、手で探る。温かい。またこの温もりに身を任せて眠ってしまおうかと思ってしまう。
抱きまくらにしては大きく、心地が良いとはお世辞にも言えない。しかしこの胸の温かさはなんだろうか。もっと強く抱きしめてみる。
息を吸う度に、少しだけ薬の臭いがした。ブランがそれを不思議に思い、目を開ける。
「────」
そこには、寝顔があった。左目に刀傷の走る黒髪の男性。少しだけ、目の下にクマが残っている。こうして無防備に寝顔を見せてくれているのが、ブランはたまらなく嬉しかった。
頬を撫でてみる。少しだけ反応して、口元が緩んだ。それにつられてこちらも頬が綻ぶ。
視線を下げて、顔から下へ。首から鎖骨、そして包帯だらけの胸板──右手。
その手を取って頬を擦り寄せる。掌の匂いを嗅ぐと、薬の匂いに混じって嗅ぎなれない臭いがした。それがドラッグシガーによるものだとはブランは知らない。ただ、少しだけいい匂いがしたという認識だった。
「……エヌラス」
名前を呼んで、頬を寄せる。耳元で囁く。
「エヌラス、朝よ……起きて?」
「…………」
静かな寝息が、少しだけ変わる。深く息を吸い込んで、一拍の間を置いてから吐き出した。
右目を開けてから、遅れて左目を開ける。赤い瞳、不吉な色彩の血のような深い色。人相の悪さに一役買っているつり目で、瞳孔も小さい。寝起きの無愛想な顔に、ブランは微笑みかけた。
「おはよう……よく眠れたかしら?」
「……んー……」
もぞもぞ……、まだ眠いのか、エヌラスは頬を撫でている右手を見ると、ブランの頭を力なく抱き寄せる。それを静かに受け入れて、頭を預けると静かに寝息を立て始めた。
「ちょっと、二度寝しないで……」
「……ぶらん」
「起きなさいよ……」
「……いーにおいするから、もうちょっとだけ……」
「……仕方ないわね」
朝は低血圧なのか、それとも甘えたいだけなのか。どちらにしろ、悪い気はしなかった。
ベッドの中で静かに迎える朝日が、こんなにも心地よいと思ったのは──いつぶりだろう。
髪を撫でて、肺の空気を満たすように息を吸い込み、エヌラスは目を覚ました。
「おはよう、ブラン」
「あなたって、意外にかわいい寝顔なのね……」
「そっちこそ」
「……? わたし、寝顔なんて──」
見せた覚えがない。心当たりも──いや、ある。ひとつだけ思い当たる。
──身体を満たす熱い感覚。
昨夜の出来事を思い出したブランの顔がみるみる赤くなっていく。
「お互い様ってことだ」
「~~~~、いじわる……」
か細く呟いて、エヌラスの胸板に小さく拳を当てて頬を膨らませた。亜麻色の髪を梳いて、額にキスをする。
「あ……えっ、と……その」
「ん?」
「……おはようのキスは、こっちがいいわ」
唇を控えめに差し出すブランに、笑みがこぼれた。要望通りに唇を重ねて、今度こそエヌラスは起きることにする。
武装企業との、決戦。ルウィーからリーンボックスへ向かい、浮遊要塞の攻略。しかしそれに他のメンバーが静観しているだけかと聞かれればそうではない。
エヌラスのD-Phoneがスーツのポケットで鳴っていた。
「もしもし?」
《やぁおはようエヌラス。こっちもクソ眠いから簡潔に用件だけ伝えるよ》
「俺も寝起きだ。手短にな」
《浮遊要塞にはトライデントを向かわせる。爆破工作の為の装備もインタースカイから引っ張り出しておいた。そちらは女神様達と合流してリーンボックスに残る残存兵力の制圧。アルシュベイトは現在睡眠中だ。プレジレントは任せて大丈夫だろう》
「一騎打ちで勝てる奴いんのかよ、アルシュベイトに」
《女神様くらいじゃないかな? それはそうと、なんか機嫌良さそうだけどなにかあった?》
「気のせいだろ。お前もご苦労さん、ゆっくり休んどけ」
《あーそうだね。爆睡決め込むよ、後は任せたからね。なにがあっても叩き起こさないでくれ》
「ああ。じゃあまた後でな、ソラ」
通話を切り、汗を吸ってくたびれた包帯を解く。
全身の痛みは先日に比べれば和らいだが、なにより身体に充足感があった。右手の調子は相変わらず悪いが、動かせないわけではない。じわりとした痛みに神経が繋がっていることを確認する。
ブランは、ベッドに腰掛けるエヌラスの背中を眺めていた。──傷跡だらけで、綺麗とは言えない。しかし、その身体は地獄を駆け抜けてきた。大きな背中に手を当てると、驚いたように振り向く。
指先で傷跡をなぞる。くすぐったそうに身体を震わせていた。
「ブラン、くすぐったい」
「あなたの身体、ボロボロね」
「そうだな。醜くて悪い」
「ええ……だから──だから、もう。無理しちゃダメよ?」
「……わかってるよ」
「本当にわかってるのかしら……」
「だーいじょうぶだって。ほら、いいから早く着替えちまおう」
「そうね。ロムとラムが起きる前に支度しなくちゃ」
「先に出てるぞ」
「ええ」
エヌラスがシャツに腕を通して、ベッドに座り込んでいるブランを一度だけ眺める。
「……? なによ」
「……いや」
裸のブランがベッドで、シーツを羽織っている。その姿に、言葉がうまく出てこなかった。
「気になるじゃない」
「つい、口から綺麗って言葉が出そうになっただけだ」
「────」
エヌラスが部屋から出た後に、ブランは枕に顔をうずめて何度も叩く。
(だから、だからぁ──! ああ、もう。なんで、そういうことばっかり不意打ちしてくるのかしら……!)
ずるい。卑怯だ。反則だ。こんなのをずっと先取りされていたのかと思うと、途端に他の三人に対して腹が立ってきた。嫉妬、というのかもしれない。
ブランはしばらくの間、顔の熱が冷めるまでベッドで悶えていた。
朝のルウィー教会は静かなもので、エヌラスは目覚ましがてら外の空気でも吸いに出ようかと思っていたが……何故か正面玄関から聞き慣れた声がしている。
何の騒ぎかと思い、エヌラスが扉を開けると──。
「ははははは、そーらどうした警備職員。人がせっかく朝から準備体操がてら遊びに来てやったというのに」
「教会は遊び場じゃないんですよ! なんなんだこの人、マジで!?」
「くそう、くそう! タオルで弄ばれているのが悲しくなってきた!」
「…………」
警備職員が、大魔導師に遊ばれていた。浴衣から着替えて、今日のファッションはラフなスタイル。だが、懸命に追い払おうとしている職員の足元をタオルで薙ぎ払うと、みっともなく雪に倒れ込んだ。
「なにしてんだ、師匠……」
「よぉ、エヌラス。寝起きのストレッチだ」
「迷惑だからやめてくんねぇかな?」
「アンタの知り合いだろなんとかしてくださいよォーーーー!!!」
「そうですよこの人、俺達の顔を見るなり笑顔で「おはよう諸君、ではストレッチだ」とか言いながらタオルで襲い掛かってきたんですよ!」
「いや、ホントマジでなにしてんだ師匠……」
「ストレッチだ」
どこの世界にタオル一つ片手に成人男性を投げ飛ばすストレッチ運動があるというのか。
大魔導師は、エヌラスの顔を見て、頷いた。
「せっかくだ、お前も準備体操しておくか」
「は? いや俺は別に──」
言うが早いか、すでにタオルを振るう。それに重力を纏わせているだけに、軽やかな動きとは裏腹に威力は一般人には十分過ぎる。エヌラスはそれを避けた。顔の前を通過するタオルの衝撃波は、まるで鉄扇でも振り回しているかのようだ。
足を振り上げる。タオルを持つ右手を跳ね上げて、足を上げたまま顎を狙った。左手で受け止められ、逆にスネを掴まれる。
大魔導師が片手でエヌラスを持ち上げて、地面に叩きつけようとするが膝を曲げると胸板を蹴り飛ばして離れた。
「ふむ……?」
「あんま教会で騒ぐな。自宅ならまだしも」
「それもそうだな、この程度運動のうちにも入らん。ご苦労だ、ルウィー教会の警備職員」
「なんで……なんで俺達が労われているんだ……!」
「全然うれしくねぇ……!」
「俺の師匠が、ほんと迷惑かけてスマン……」
「ところで朝食を食いそびれてな」
「よそに行けおんどりゃああああ!!」
アクセル・ストライクが大魔導師の顔面に突き刺さる。だが、それが重力障壁によって防御されていた。術式の逆算、およびその無効化。
「……調子は戻ったようだな」
「絶好調だクソッタレ」
「なら、それはよかった。リーンボックスは任せていいな?」
「そういうアンタこそ。温泉旅行はまだ途中だろ」
足を下ろすと、エヌラスは教会の中へ戻っていく。その背中を心なしか嬉しそうに見送る大魔導師は倒れている警備職員へ思い出したように声をかけた。
「ああ、そういえば先日の雪崩を雪像に仕立て上げたわけだが。自信作だ」
「アンタ脳みそどうなってんだよぉ! 帰ってくれぇ!」
「あの雪像あなたが作ったんですか!? ルウィー雪像祭りには是非ご出席ください!」
「ほう、興味深い。機会があればな」
教会の朝食をブランとロム、ラムの三人と共にする。教祖である西沢ミナはまだ執務が残っているらしく、席が空いていた。
「エヌラスおにいちゃん……手のケガ、だいじょうぶなの……?」
「心配してくれてるのか? ありがとな。メシぐらいは左手でも大丈夫だ」
「それよりも、エヌラス。表の騒ぎはなんだったのかしら……?」
「俺の師匠が本当に毎度毎度すいませんでした……後で詫びます」
「えー、またあのおじちゃん来たの!? わたしあの人きらい!」
「う、うん……わたしも……」
まぁお子様には厳しいだろう、あの手の相手は。そもそも犯罪国家の国王だ。……それを言ったら自分も遠い昔に元・国王なのだが。エヌラスはあえて深く考えないことにした。
フィナンシェの用意してくれた朝食を摂りながら、左手で持ち上げたフォークでウインナーを突き刺す。
「右手の調子は?」
「軽く動かせるくらいにはなったな。だけど力が入らないのは相変わらずだ」
「それで本当に大丈夫なのかしら? 無理しないで教会で留まってくれていた方が……」
「いいや、俺もリーンボックスに行く。アルシュベイトのやつに任せっきりは情けない」
「そこだけは、譲らないのね」
「悪いな、性分だ」
エヌラスとブランが笑う。それにロムとラムは首を傾げていたが、大好きな姉が仲良くなったのならきっと、悪い人じゃないのだろう。今は機嫌も良さそうで、前までの剣呑さが感じられなかった。
「お姉ちゃん……エヌラスおにいちゃんと、仲良くなったの……?」
「な、仲良く──?」
ロムの言葉からなにを連想したのか、ブランの顔が急に赤くなる。エヌラスの顔を盗み見ると平然とした顔で食事を続けていた。流石は慣れている。
「コ、コホン……。ええ。まぁ、そうね……一緒に戦った仲間だもの」
「そっかー! わたしはてっきり、ブランお姉ちゃんとエヌラスお兄ちゃんが恋人同士になったのかと思っちゃった」
「ブホッ!?」
ブランがむせていた。エヌラスは動きが止まっている。
「こら、ロム、ラム。メシ食う時くらいは静かにしてくれ」
「はーい」
「う、うん……ごめんなさい」
「大丈夫かブラン、すげぇむせてたが」
「ラムが、変なこと言うから……! ケホッ」
「これから武装企業の連中と最後の戦いに行くってのに、緊張感ねーなー……」
──だが。
だが、と。しかし、自分が本当に守りたかったものはこういう平和だったのだ。
賑やかな朝食。笑顔の溢れる食卓。和気あいあいと、からかわれて怒ったブランがラムを追いかける。ロムがそれを見て困っていた。
「きゃー、ブランお姉ちゃんこわーい!」
「待ちやがれ、ラム! こら!」
「エヌラスお兄ちゃん、助けてー!」
「ん?」
急に飛び込んでくるラムの小さな身体を受け止めて、エヌラスは食事の手を止める。ブランがそれに眉をつり上げていた。
「へへーんだ、独り占めなんてダメなんだからー」
「う、うん……わたしも、エヌラスお兄ちゃんと、なかよくなりたいな……」
「だから、メシ食ってる時は静かにだな……」
「……エ~ヌ~ラ~ス~!」
「いや、待て? なんでそこで俺に矛先が向くんだブラン!? ちょっと待って、ステイ! 待ってくれ、ハンマーはやめろ! 俺まだメシ食い終わってな、うぉぉおおおお!?」
テーブルを左手で叩いて、エヌラスはラムを抱えたまま身体を浮かせた。哀れ、避ける術を持たない椅子がハンマーで粉砕される。いい座り心地だったというのに、惜しい奴を亡くした。
「きゃー! エヌラスお兄ちゃんスゴーイ! もういっかい!」
「ラムちゃんばっかり、ずるい……わ、わたしも……だめ、かな……?」
「俺の朝食ーーー!?」
「とっととエヌラスから離れやがれ、二人ともぉぉぉー!!」
『きゃー♪』
「冷静になってくれブラァァァァンッ!?」
騒ぎを聞きつけたフィナンシェが来るまで、エヌラスは朝から二人を抱えてブランから逃げ回る羽目となった。