超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──浮遊要塞アンサーでは、ブラッドソウルがまだ大魔導師の放った一矢に追跡されていた。最初こそ魔術で応戦していたが、それすらも身体が負荷に悲鳴を上げていたので威力が下がりつつある。
「ぜー、ぜー……ハンティングホラー、大丈夫か」
《No_Problem》
「そ、そうか……お前にもだいぶ無茶させてきたよな。これ終わったらメンテしてやるからな、もうちょっとがんばれるか?」
《OK!》
「よし、いい子だ」
燃料タンクを撫でるエヌラスの顔色は芳しくない。バックヤード内はトライデント分隊が交戦した形跡が点々と残っていた。撃破されているドローンの群れを見て、それがたった三機による活躍であったと知るものは少ない。誰にも語られることのない英雄的活躍。
「…………、」
《DANGER》
「は? 危険って何が──」
ハンティングホラーからの警告にブラッドソウルが振り返り、鼻先を黄金の矢が掠めていく。咄嗟にハンドルを切り、障壁を魔術防壁で突き破りながら再び青空へ。急上昇すると、内部の隔壁を次々に貫通して追跡してきた。
「ぬぅぅぅぉぉりゃあああああ!!! 馬鹿か!? バカなのか師匠! あんなん無限熱量でもぶちこまねぇと相殺できねぇぞ!」
魔術構造を解析した結果──、その内部で魔術を形成している骨子。中でも中枢を担う核。それが螺旋を描くように常に脈動している。つまりは、生きている魔術だ。一種の魔導生命体といってもいい。そんなものを撃ち込んできた。
生命の“創造”に等しい魔術。普通の魔術ではまず、太刀打ちできない。そんなもの食い荒らされるだけだ。
(考えろ──考えろ考えろ考えろ、考え抜け! ぜってぇ嫌がらせ以外になんか仕込んでんだからあのクソ馬鹿
『──いつもニコニコあなたの──!』
(誰だテメェ!!)
『あ、すいません。テレパシーの相手間違えました、てへ』
(二度と来んじゃねぇ!!)
何やら雑念が交ざったが、気を取り直してブラッドソウルはハンティングホラーのハンドルを操りながらアンサーの迎撃を回避しつつ、かい潜りながら魔術を洗練していく。自分の持つ魔術の中から最適解を弾き出し、それを実行するだけだ。しかし、右腕の不調を含めて解決策に踏み出せない。
──脳の奥底で、パチリと火花の走る感覚。
「つっ──?」
指先が痙攣し、強制的に魔術回路が起動した。左手の痺れに視線を落とす。心臓が跳ねた。鼓動が一際強く内臓を圧迫する息苦しさに、思わず呼吸を止めた。
『──なにをしているんですか、使いなさい』
「……あ? 誰だ今の……」
今日はよくノイズを拾う日だ──。だが、今の声は……。声の主を思い出すより先に、脳裏には一振りの細剣が稲妻の如く焼き付いていた。
左手に視線を落とす。そういうことかと、ひとりごちる。
「あいっかわらずやり方が放任スパルタ主義過ぎんだよ、ド畜生!」
心臓の鼓動が。血の脈動が。精神の奥底。魂に叩き込まれた魔力を再現する。
「──“
迸る雷光が、左手に欠けた細剣を形成した。その波動を受けてか、ハンティングホラーのエンジン音も高鳴っている。浮遊要塞の壁を突き抜けて迫る黄金の一矢を、細剣で弾く。そこでようやく、初めて軌道を逸らすことに成功した。確かな手応えに、ブラッドソウルは自らの形成した細剣に驚きを隠せない。
「……」
バルザイの偃月刀は、あくまでも魔術師の杖を兼用している。触媒ではない純粋な武器としてブラッドソウルは手にしていた。魔術行使を伴わない、概念武装。自らの身体の一部であるかのような軽さと、取り回し。それでありながら強度は他と一線を画する。思わず口端がつり上がり再度襲い来る黄金の一矢を跳ね除けた。
「これなら──!」
対等に渡り合える。身体への負荷もまだ軽い。
「エヌラス!」
「ベール! お前、こっち来て大丈夫なのか!」
アンサーからの迎撃もなく、素通りで並走するグリーンハートに少しだけブラッドソウルは泣きたくなった。腐っても狂信者。信仰する女神には徹底して攻撃しないつもりらしい。一部を除いて。
「ええ。教会も奪還完了。現在はハァドラインを拘束、留置しています。チカも無事だったみたいですし」
「……あー、誰?」
「リーンボックスの教祖ですわ。まぁわたくしの妹……的存在と思っていただければ」
「それで、この馬鹿でけえ浮遊要塞だが……」
「まずは無力化、合っています?」
「話が早くてほんと助かるぜ。それだけじゃなくてだな」
ブラッドソウルの視線の先、弾き返されたことにご立腹らしい。アンサーの装甲をメチャクチャに食い荒らしていた。
「……なんですか、アレは?」
「大魔導師の撃った矢」
「生きているような挙動をしていますが」
「魔導生命体を創造してぶっ放してきた自律魔導兵器」
「……バカなのですか?」
「全面的に俺が謝罪しておくわ……」
言っておきながら泣きたくなってくる。憂さ晴らしを終えたのか、再び黄金の矢が迫った。それを阻むようにグリーンハートが割り込み、一度だけ槍を持ち直すと渾身の力を込めて切り払った。軌道を僅かに逸らされた黄金の矢はそのまま隣の装甲へ向かって直進し、再び砲台を食い荒らす。
「……なるほど。情報に間違いはなかったみたいですわ。女神への信仰心を機体のエネルギー出力に変換するというシェアドライブ。その効果は……なるほど。愛されキャラも困り物ですわ」
「お前への愛でゲイムギョウ界大迷惑って黙っておいた方がいいか?」
「………………エヌラス、わたくしちょっと泣きそうですわ。グスン……」
「あ、あーあーあー……ごめん。悪いベール。お前は何も悪くないもんな? な? 俺が悪かった。泣くな。今はこいつどうにかしないといけないんだから」
「ぐすっ……あとで、お詫びにわたくしの頭なでなでしてくださります?」
「する。します。めっちゃ甘やかすから、今は──」
「そういうことでしたら話は別です」
「嘘泣きかよ! きったねぇな大人って!!」
グリーンハートが高度を上げていく。アンサーを見下ろせる高度まで陣取ると、意識を集中させる。女神信仰の力、シェアの上昇。その全てが身体の奥底から力を漲らせていく。それが例え偽りの信仰であろうと、いき過ぎた力はいつだって人々を脅かすものだ。それを平和の為に振るうのが守護女神の務め。だからこそ。
グリーンハートはアンサーを見下ろす。本来のシェアエネルギーに上乗せされる、浮力分の疑似シェアエナジー。その二つを長槍に乗せて腰だめに構える。
「今回限りの大技で、一気に仕留めさせていただきます! わたくしの! なでなでの為に!」
「欲望だだ漏れてんぞぉオィィッ!」
ブラッドソウルがあらん限りの声を張り上げて抗議していたが聞こえないフリ。
「──∞式プリンセス・オブ・ベールズ!!」
グリーンハートの周囲に浮かぶ無数の魔法陣から発射される魔法の穂先がアンサーに降り注ぐ。防御スクリーンを展開するものの、そのエネルギーが大きく低下していく。エネルギーの急速な減少によって高度が下がっていくアンサーめがけてグリーンハートが一条の突撃槍となって浮遊要塞を貫通した。アンサーの下部に展開していた制御装置が次々と誘爆していく。
離脱したグリーンハートが指を鳴らす。魔法陣が束ねた巨大な槍を放ち、ダメ押しとばかりにアンサーの損傷を更に拡大させていった。
『スミさん、アンサーの損害状況は!』
『稼働率七十%低下! よくもまぁ頑丈に作ってくれたものだな、ありがたい話だ! 移動速度低下に加えて現在の高度を維持するのは無理だと判断した! アンサー下部の砲台並びに制御装置をいくつか切り離す!』
『……なんで空中ライブ会場なのにパージできるんですか?』
『いいからお前はナイルスのオペレートに集中しろ馬鹿者!』
『ごめんなひぃい! 叩かないでくださいスミさん!』
……仲がよろしいようで何よりだ。
ナイルスとゼロワンの戦闘は、まだ膠着状態にあった。これまでに出会ったどんな相手よりも強敵であることに、ナイルスは喜びを隠しきれない。しかし、ゼロワンは既に残弾が尽きかけていた。先程の衝撃でお互いに攻撃の手を止めていたことが幸いして、仕切り直すことに成功したが、疑似シェアクリスタルを目の前にしてまだ一歩も近づけていない。
最後のマガジンを交換して、ゼロワンは推進剤の残量を確認する。そちらもレッドゾーンまで突入していた。
《……クソ……!》
女神の救援を待つべきか。だが、それまでにこちらが保つかどうかだ。かなり厳しい結果となるだろう。生還は望めない。ならばせめて──任務の達成だけでも。
ナイルスが両腕のライフルを装填する。互いに残弾が尽きかけていた。
白い死神が動く……眼の前から姿を消して、ブーストの噴射音を頼りに回避する。掠めていくライフル弾。交差する銃弾。一時、重なる跳躍ユニットのブースター音とクイックブースト。背中合わせに回転して、離れた瞬間に銃口を突きつける。だが、ナイルスの方が僅かに速い。
額を睨む銃口に、ゼロワンが覚悟を決めた瞬間──ナイルスの手からライフルが弾かれた。聞き慣れた銃声。
《ッ》
咄嗟にグレネードの引き金を引いてナイルスに直撃弾を当てることに成功した。爆発の衝撃に大きく吹き飛ばされて、初めて相手が膝を着いている。
《ゼロツー、無事だっ────》
通路に向けた視線、そちらへ急ぎ、駆けつけたゼロワンが見た姿は……最早、機人としての機能を果たすことが叶わない親衛隊二番機だった。
右脚は欠損し、跳躍ユニットは全壊。左脚部も大きく歪んでいた。左腕も破壊され、辛うじて右腕だけで這ってきた。機体の前面は大きく溶融し、頭部装甲も内部機構が半ばほどまで抉れている。反応も、弱々しい。それは心鉄から発せられるコールサイン。魂の生命信号。
中隊支援火器を手にして、這いつくばって救援に来てくれた。
《……たい、ちょう──》
《ゼロツー、しっかりしろ! 生きて戻るぞ! 任務を放棄してでも、お前を連れて戻る!》
《──
ゴトン。中隊支援火器の弾倉をワンマガジンだけ置いて、ゼロワンに拳を当てる。
《……貴方は、すぐ熱くなるんですから……頼みましたよ──》
《…………ゼロツー》
《…………》
《……応答しろ。二番機……、応答しろ。復唱してくれ……、生きて戻る。繰り返せ……》
応答は無い。ただ耳障りなノイズだけが返ってくる。
《三番機……聞こえているか……ゼロスリー。おい……返事をしろ、バカ野郎……》
応答はない。耳障りなノイズだけが返ってくる。
生命反応途絶──機能停止。それは、二度目の死を告げるものだった。
アンサーが揺れる。外部からの攻撃によって浮遊要塞はその攻撃機能を大幅に減少。移動速度も低下している。
《……──俺は、この機械の身体が気に入っている。嘘じゃない。本当のことなんだ。俺の復讐が終わった日。邪神が討伐された、あの時。俺の、人間としての生き方は終わったんだ》
だから。機械の身体を手にした時、誓った。
俺はアゴウの軍人として最後まで国に忠義を尽くそうと。
感情を捨てて、私情を捨てて。ただ職務に忠実であり続ける。国王親衛隊一番機、ゼロワン。
それが俺の名前──。
《だけど。ひとつだけ、どうしても我慢ならないことがあるんだ》
ゼロワンは、推進剤の燃料をゼロツーの予備タンクから引き抜き、交換する。中隊支援火器のマガジンを確認し、戻した。突撃砲のグレネードランチャーをショットガンに交換する。そのマガジンをゼロツーの腰部ソケットから引き抜いて装填していく。
最後に、右腕の格納部位からナイフを取り出して、傍らに突き立てて──ゼロワンは立ち上がった。
《俺は……──》
中央アリーナへ戻り、機体を起き上がらせたナイルスを睨む。相手も手近な武器コンテナから新たに突撃型マシンガンを手にしていた。銃身がブレードのような鋭利な形状をしている。
《俺は──仲間の為に涙を流せないことだけが、どうしても我慢ならんッ!!! ただ、それだけが!》
中央アリーナでは歌姫の代わりに銃声だけが会場に響いていく。
重く、冷たい撃鉄の挽歌。散った仲間に流す涙の代わりにゼロワンは引き金を引いた。