超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
やがて、やんわりと離れた剣姫はゼロワン──シルフィの頭部に口づけをすると、エヌラスとグリーンハートに向き直る。その手に抱いた白い毛並みの生き物、ナイルスを撫でて。
「お前か。トライデント分隊を相手に奮戦したのは」
「……」
ナイルスは、剣姫の顔を見て──守護女神であるとすぐに悟った。纏う空気が違う。自分のような硝煙と鉄のような泥臭さではない。その手の温もりが、ひどく心を安らげる。やめてくれ、と短い手で払い除けた。俺にそんな優しさを与えないでくれ。俺にはただ戦場と、彼女の声があればいいのだから。
剣姫は、手を払い除けたナイルスを見て屈託のない笑みを浮かべた。敵味方別け隔てなく、功労者を労うのが剣姫の悪い癖のようなものだった。
「うむ、流石は最強と誇る親衛隊を相手取り、生還しただけの気概だ! おれは気に入ったぞ! いつなりとも、かかってくるがいい。おれは許す。おれの誇りたる兵と矛と刃を交え、なお生き残る強者。アゴウは、大いに歓迎しよう! 機会があれば遊びに来い」
「────」
敵わないと、打ちのめされた。その姿には、エヌラスも呆れている。
「お前はほんっとうに、なんつうか……真っ直ぐだなぁ」
「当然だ。おれが迷えばアゴウの先征く未来に暗雲が立ち込める、国民が不安がる。そんなものおれは望んでいない」
「お前がこっち来るのも望んでないと思うんだが……」
「おれの息抜きだ! 知るか!」
「息抜き一つで国抜け出す常習犯の守護女神になんか一言言ってやれ、ゼロワン」
《アゴウ万歳》
「信仰心足りてんなぁアゴウは!!」
唯我独尊。アゴウ最速最強ナンバーワンなわがままお姫様は、腰に手を当てて海を見ていた。
「つるちゃん、どうするおつもりですか?」
「もちろん。リーンボックスに行く。走って」
「……海を?」
「泳いでもいいんだが、生憎と今はこれしか着るものがなくてなぁ」
「エヌラス。アダルトゲイムギョウ界は変わり者しかいないのですか?」
「ゲイムギョウ界でも同じこと言えんのかお前」
「それ、変人の集まりって言いたいんですか。エヌラスさん。ちょっと怒りますよ。あたし、まともだと思うんですけど」
「俺が悪かったですごめんなさい」
ゼロワンをこのまま置いていくわけにもいかず、ナイルスも手当が必要だろうということで、エヌラスはD-Phoneを取り出して電話をかける。相手はスピカとカルネ。
《はいもしもし、こちらメイド探偵事務所》
「メイド探偵ってなんだ、ちょっと気になるじゃねぇか。俺だ」
《あらエヌラス様、どうされました? ご依頼でしょうか》
「俺から金取る気かテメェは。ちょっと頼みたいことがある」
《ご用件をどうぞ》
ゼロワンの運搬を頼み、続けてアークへ。
《……ぐす。こちら、アークのオペレーター。フィオナです。どうされました?》
「泣いてたのか?」
《っ……そんなことありません。用件は》
「ナイルスを回収……というか、保護した。ラステイションの病院に連れて行ったほうがいいのか? こいつは」
《! 本当ですか、彼は──ナイルスは無事なんですか!》
「怪我をしちゃいるが、意識もある。生きてる」
《よかった……良かった、本当に──機体の信号も、通信も切れて……もう……》
《あー、オペレーターが泣いて話にならないから私が代わろう。そちらは今どこに?》
ラステイションの病院で合流を予定すると、通話を切る。
「ベール。俺はこっちの二人を。そっちは御姫を頼む」
「む、なんだエヌラス。俺をまるで子供のように」
「いや、似たようなものだろ……」
「……お前結構ユウコに似て、世話を焼くの好きだったな」
「そうか? いいから行けよ」
「あら、エヌラス。照れてますの?」
「照れてねぇし」
「そういうことなら、あたしも残ります。ベールさんに任せて大丈夫そうですし」
「ふむ。そういうことなら仕方あるまい。エヌラス、ゼロワンを任せたぞ」
「そっちこそ。こっちが片付いたらすぐにそっちに行く」
グリーンハートと剣姫が視線を交わして、頷いた。
「では、つるちゃん。わたくしに掴まって──」
「いやいい。自前で走る」
「……」
何を言っているんだろうこの人、信じられないという表情で瞬きするグリーンハートの前で剣姫は軍服の上着を脱いで渡す。
そして、砂浜から駆け出した。跳躍して、海面に接するという瞬間に巨大な水しぶきを立てて剣姫は
グリーンハートも、ブラックシスターも目の前の光景を信じられないという様子でエヌラスに視線を集中させる。
「……まぁ、女神だし」
《御姫ですから、これぐらいは》
「いやいやいやいやいやおかしいですよね? あの人女神化もしていないのに」
「多分出来るぞ。アダルトゲイムギョウ界のシェア独占してるわけだし」
「で、でもそちらの世界の統治者である神格者は……!」
「“それ”と“これ”のシェアは別物なんだよ……」
エヌラスのような例外もある。剣姫の信仰は、アゴウのシェアエネルギー。そしてそれを自ら分配している。最たる例が、アルシュベイトだ。超重量の片刃型長刀には女神の加護が付与されている為に、折れない。曲がらない。アルシュベイトが国を信じ、愛し、己の信念を貫く限り。
そして、剣姫自身もまた、アゴウ国民の全員から少なからず信仰されている。驚きの十割だ。多少の差異はあれど、剣姫を倒すというのであれば、一国規模の戦力を用意しなければならない。……の、だが。軍事国家である事を踏まえ、加えて当人の身体能力が馬鹿げている為に攻略最難関となっている。その力を正しく自衛能力に留めているのが剣姫が守護女神たる由縁。
──ただし九龍アマルガムにおける対談という名目の超人同士による頂上決戦と、その被害規模については目を背け、耳を塞いで、口を閉ざす三猿状態とする。
「御姫に言えば絶対こう言うぞ。「奇跡のひとつ起こせずしてなにが守護女神だ」って」
「……不可能、なさそうですわね」
「なんていうか、惚れ惚れするくらい男らしいというか……」
男よりも女性のファンが圧倒的に多いのが本人の悩みのタネらしいが、因果応報。
「ま、まぁなにはともあれ……わたくしは行きますわ。エヌラス」
「あー、ベール。悪い、伝言頼めるか?」
「なんですか?」
「アルシュベイトに「任せっきりで悪かった」って、伝えといてくれ」
「わかりました」
離れていくグリーンハートを見送り、エヌラスはハンティングホラーに体重を預けると急な目眩に襲われてへたり込む。心配そうにブラックシスターが手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとな。少し、気が緩んだらしい……」
目頭を押さえて、頭を振る。まだ終わっていないというのに、情けない。
ブラックシスターの手を取り、立ち上がる。すると、繋いだ手に視線を落としていた。
「…………」
「どうした、ユニ」
「……な、なんでもありません!」
慌てて手を離して、後ろに隠す。エヌラスは首を傾げながらも、ナイルスとゼロワンの様子を見ていた。
(……意外とエヌラスさんの手、大きくて、柔らかいんだ)
もっとタコだらけで、ゴツゴツしているかと思っていたが──そうでもないらしい。
「ユニ」
「は、はい。なんですか?」
「いや、お前の手。思ったより小さかったなと思って」
「…………」
「なんで顔赤くしてるんだ」
「へ、変なこと言うからです! 真面目にしてください!」
「いや、真面目にしてるつもりなんだけどな……」
やがて、エヌラスの視線は、沈黙しているゼロワンに向けられた。
部下を。仲間を。親友を、友達を失い──それでもなお、まだ機械の身体は動く。魂までも死んではいなかった。死を覚悟したその時、機人は二度目の生を終える。
「……ゼロワン」
《なんだ、エヌラス》
「……その、二人のことは残念だったな」
《……嗚呼。そうだな》
苦しそうに頷く。
《だが俺は、他でもない御姫から。生きろと言われた。なら、まだ俺は戦うさ。俺の最前線があの浮遊要塞ではなかっただけのこと》
「……お前達を、助けてやれなくてすまない。俺がラステイションで邪神を相手にしていたら」
もしも、あの時。自分の怪我を押し殺してでも相手にしていれば結果は違っただろう。
《ふざけるな》
「ゼロワン……」
《ふざけるなよ旧神! 俺たちは、戦って死んだ! ゼロツーも、ゼロスリーも! 俺たちアゴウ軍は、戦って死んだ! お前はそれを侮辱するつもりか! 例え結果がどのような形であれ、俺は生き残った! 他の部隊も生存者がいる、負傷者もいる! ラステイションで復興作業に手を貸している。それは生き残った俺達の絆だ。お前は──お前はそれを、やり直したいと言うのかッ!》
「…………」
《俺は、戦う。生き残る。諦めるものか……》
ゼロワンがナイルスを睨む。
《……俺達に“
「────ああ。ああ……そう、だな……そうだったな。すまない、ゼロワン…………」
(エヌラスさん……)
それは、自分が繰り返してきた言葉。
「……、ユニ?」
「…………」
不意に、手を握られた。顔を赤くしてそっぽを向きながら、ブラックシスターはエヌラスと手を繋いでいる。
「そんな風に、不安そうな顔しないでください。こっちまで気が滅入っちゃいます」
「──ありがとな」
「お礼言ってばかりですね」
「そうか? はは、そうかもな……早くこねーかな、アイツ等」
「……あたしは、もうちょっとこのままでも……」
エヌラスは、潮風で聞こえないふりをした。だけど、その代わりに手を握る。
ブラックシスターが驚いた表情をするが、ほんの小さなワガママに頬が緩んでいた。
──次元の境界線。その玉座で眼帯を着けたセロンはページをめくる。そして、不意に顔を上げるとそこにはヌルズ・エクス・モルテスが立っていた。
「手ひどくやられたようだな?」
「……思いの外、あの次元での行動制限が厳しくてな。たった四人を相手に、このザマだ」
襟を広げ、首元を見せるヌルズの肌は空っぽになっている。今は辛うじて人としての姿を保っているだけに過ぎない。それほどまでに、追い込まれていた。セロンは読み直していた本を閉じる。
「それは困るな。お前には、俺の左眼を返してもらわなくてならないのだから」
「そこまで言うのなら取り返してみせろ。もっとも……お前には、見ていることしかできないのだがな」
「わかっているのなら煽るな」
手を広げて肩をすくめてみせた。
「それで、何の用だ? 意味もなくここに来たわけではないだろう」
「ああ。ただの通りすがりだ。静養に努めるなら、向こうのほうが好都合だろう」
セロンは、そこで玉座から振り返る。
閉じようとしていた門が、再び開きかけていた。
「──貴様……」
「俺をこうも追い込んだんだ、褒美のひとつくれてやらないと不相応の働きだろう?」
ヌルズ・エクス・モルテスの左眼が、黄金の輝きを灯す。次元神の能力を発動させる合図に、セロンは初めて不愉快な表情を見せた。
「貴様は見ているだけだ。だが俺は違う。終わらせてやる──」
「何をするつもりだ?」
「当然、世界を暴く。目を逸らし、忘れ去ろうとしている記憶の全てを引きずり出す。壊次元の全てを思い出させてやる。あの神格者達に」
「…………」
「もはや、塔争は存在しない。なら、今度はどうなるだろうな。世界に還元されるべきシェアも無い争いが何を生み出す? 次元神、貴様の箱庭の世界はどうなる」
「はて……そんなものは、考えたことがない」
指を組み、打って変わってセロンが不敵な笑みを浮かべる。そのようなイレギュラー、起こした事がない。ただでさえ自らの束縛の手を逃れようとしている箱庭の世界に何が起きようとしているのか分からない。だからこそ、愉しんでいた。そして、そんな状況で記憶を取り戻した神格者達がどのような行動に出るのかも予想がつかない。
「だが私は見守ることにしよう。どのような結末が訪れるにせよ、それは私が望んだ結果なのだから」
「ははははははははは! やはりお前は見ているだけか! ああ、なら良いだろう。お望み通り終わらせてやる! あの偽りの旧神が手にした薄氷の平穏の、全てを!」
因果律の操作。エヌラスが隠し続けてきた、すべての記憶を取り戻させる。その兆候はすでに出ていた。少しずつ、コップに水を一滴ずつ垂らすように少しずつ、神格者達の記憶と精神を蝕んでいた。
「ああそうか。だから、大魔導師は記憶を取り戻したのか。道理だな。気づかなんだ。俺も目が曇ったかな?」
「笑っていられるのも今のうちだぞ、次元神」
「そうかな? 最後に笑うのはどうあがこうとこの私だ」
「自惚れるなよ。何一つ残すものか! 夢も、希望も、明日も未来も何もかも! その全てに絶望を叩きつけて終わりにしてやるとも! 甘き死よ、来たれ──!」
「……“エンブリオ・ファンタズム”」
──空間が割れる。それは、甘い夢の終わり。
一人の旧神が偽ってきた、平和の全てが砕け散る音。