超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──リーンボックスでは、グランドマザーウィルが女神たちの攻勢によってその攻撃機能を破壊されていた。旧式の設計思想から、破壊された砲台の熱量を社内に抱え込む形で次々と誘爆していく。そのダメージコントロールを一手に引き受けているのは本社のオフィスで淡々とコンソールを叩くキャロラインだ。
『第八ブロックより火災発生!』
『第四武装甲板破損、大破!』
『メインシャフト熱量負荷限界突破! 持ちこたえられません!』
「第一支社より第六支社の連結艦橋を緊急廃棄します。各位、全力で社内の冷却作業へ尽力してください」
『第一主砲より第三主砲破壊されました!』
『同じく第四から第六主砲、大破!』
「……守護女神の力とは、凄まじいものですね」
パープルハートのネプチューンブレイク。ブラックハートのインフィニットスラッシュによってグランドマザーウィルの主砲が破壊されていく。ホワイトハートのハードブレイクによって本社を支えていた艦橋が木っ端微塵に吹っ飛ばされていた。それらを阻害しようとする警備部隊はグリーンハートと剣姫の槍と刀によって木の葉のように宙を舞っている。
再び社内が揺れ、火の手が上がり始めていた。スプリンクラーと非常用隔壁で火災を防ぎ止めているが、それも焼け石に水状態となっている。
キャロラインは、椅子に体重を預けて天井を仰いだ。──反女神派として、今日まで武装企業で働いてきたが、結局は狂信者もこの程度か。落胆と同時に、どうしてか安堵のため息がもれた。
「ゲイムギョウ界は事もなし。今日も女神の守護のもと、平和を取り戻す、ですか……これで良かったのですね。社長」
『────! ああそうさ、それでいい! これがいいんだ、キャロライン!』
「…………」
『四女神がゲイムギョウ界の危機に立ち上がった! 俺達をこの世界の脅威と認識した! それが──、これで、いいんだ!』
轟音と共にプレジレントはシャイニングソウルと共に大気圏を突破し、ゲイムギョウ界の青空に戻ってくる。特殊重装甲機動コンテナのカバーは表面が融解し、塗装膜が剥がれ落ちて本来の色である鉄色が熱によって赤く熱されていた。
「……困った御方です。本当に。無茶ばかりをして」
《ハッハッハ、それに毎回小言を言いながらも付き合ってくれてありがとう、キャロライン!》
無人のオフィスで一人、微笑を浮かべる。
《これで納得したかい、反女神派の秘書官様は!》
「ええ、私の負けです。社長──貴方が正しかった。そして……貴方の馬鹿さ加減には、ほとほと呆れました。とてもではありませんが付き合いきれません。おかえりなさいませ、社長。女神様達が首謀者である貴方の帰りを、首を長くしてお待ちです」
《──アァァァァァァイル・ビィィィィィ……バァァァァーーーーーーッック!!!》
プレジレントの絶叫がリーンボックスの大空に響き渡る。大型スラスターの推力で降下体勢を整えようとしたが、爆炎と共に姿勢制御を失う。
放り出されそうになる身体を、シャイニングソウルが溶けた防壁を投げ捨てて掴む。大型化した跳躍ユニットで落下速度を緩めようとするが、思いの外プレジレントが重いのか二人ともグランドマザーウィルに全身を叩きつけ、壁を粉砕しながらも不時着となった。
リーンボックスの道路に投げ出される二体。護国の鬼神、狂信の首謀者。その背後で、グランドマザーウィルは機能を停止。本社爆発は間一髪のところで回避に成功したことにキャロラインは深く息を吐いた。
剣姫は、地面に倒れているアルシュベイトを見下ろす。腕を組み、手を差し出そうとはしなかった。自らの足で立ち上がってこそだ。
「おう、よく帰ってきたな。アルシュベイト。なんて無様な姿だ、護国の鬼神が泣くぞ」
《うむ、ただいま。いや実に心躍る最高の戦場だった》
「おれとしたことが忘れていたな。おかえり、アルシュベイト。いつまで寝ているつもりだ。二本の足で立つがいい」
四女神達が集まり、アルシュベイトが起き上がり──長刀を地面に突き刺して身体を立ち上がらせる。それを見て、剣姫は屈託のない笑みを浮かべた。太陽のようなまばゆい笑顔だった。
「それでこそ、アゴウ国王だ! おれは嬉しいぞ、アルシュベイト」
《心配でもしたか?》
「バカを抜かせ。お前が勝つと信じてやまなかった」
《なら、その信頼に応えられて俺は嬉しく思う》
左腕は壊れ、全身に銃痕を残して。顔面装甲の左半分も歪んでいた。しかし、それを快く迎え入れて剣姫は笑っている。アルシュベイトは、仰向けに倒れたままのプレジレントに頭部カメラを向けた。それに応えるように、全身から黒煙と火花をあげながら立ち上がる。
その姿に、四女神は武器を突きつけた。だが、プレジレントの壊れたモノアイカメラはグリーンハートにだけ向けられている。その痛ましさに目を伏せて、剣姫に叱責された。
《────、なぁ……女神様……俺達は、強かったろう──?》
「…………」
「ベール。目を逸らすな。耳を傾けろ。お前を愛し、狂うほど信じた男の言葉だ」
「……」
剣姫に強く言われ、グリーンハートはプレジレントを睨んだ。
胴体は深く切り裂かれ、左腕は千切れ、頭部も酷く損傷している。どうやって動いているのかも定かではないロボットが歩み出した。だが、踏み出した右脚が爆発して装甲が吹き飛んでいく。その場に押し止めるかのように機体が壊れていった。それでも──、プレジレントはグリーンハートに手を差し伸べる。
《俺達は──俺の、会社は──》
「……ええ。確かに。あなた方は、とても」
《……────戦いに惹かれてやまない愚か者達さ。だが、証明したかった。俺達は、こんなにも強いんだと……だから……》
グリーンハートがその手を取ろうとして、右腕の関節部が爆発して吹き飛んだ。全身を軋ませながら、プレジレントは全身から排熱する。その煙は、黒く汚れていた。
《──だから、どうか……お願いだ……女神様。世界の危機を迎えた時は、俺達も一緒に戦わせてほしい……》
「……あなたは」
《もう、嫌だ。嫌なんだ──他の連中と同じく、戦場の片隅で震えるだけの俺達は……》
プレジレントの身体が、自重を支えきれずに倒れそうになる。だが、それに手を差し出して機体を押し留めたのは剣姫だった。大気圏を突破したばかりの機体表面は焼けるように熱く、剣姫の手が焼けている。鼻をつく肉の焼ける臭いに、しかしその凛とした表情は微塵も揺るがなかった。
「続けろ、プレジレント。アゴウの守護女神であるおれがその狂信の最期を見届けてやる」
《──奇跡を起こせない、こんな俺達を…………おれ達の、腕でも──ゲイムギョウ界を……どうか……》
──共に、守らせてほしい。
「………………プレジレント」
《────》
「あなた方の行いは、確かに愚かでした。しかし、その内に秘めた信仰にわたくしは応える義務があります。軍事大国リーンボックスの守護女神として。武装企業の力を、わたくしが認めます。女神グリーンハートの治める国の戦力の一端として……あなたを」
《……………………ああ──愛した、あいてに……初めて──おれ、は…………》
俺は、名前を呼んでもらえた。認めて、もらえたんだ。鋼鉄の道化の俺でも──。
プレジレントのカメラが、二本の足で立つアルシュベイトを捉える。
──すまないな、俺の初めてのトモダチ。俺に奇跡は、微笑んじゃくれないんだ……。
グリーンハートが。剣姫が。アルシュベイトが見守る中で、プレジレントは静かにその機体反応を消失させた。
ものいわぬ鋼鉄の塊として、武装企業代表取締役は崩れ落ちる。最初で最後の、戦場のエンターテイナーが起こした大規模軍事クーデター、国家解体戦争にして女神代理戦争は失敗に終わった──だが、それは決して無駄ではない。
一体のロボットが起こした狂信の結末は、次元を超えた共同戦線によって終わりを迎えた。出会うはずがなかった別次元同士の救援要請。
出会うことがなかったはずの共同戦線。
──そして。
起こるはずがなかった奇跡を残して、次元と国境を越えた事件は幕を閉じた。
後に語られる、ゲイムギョウ界全土を巻き込んだ『ハァド大戦』として。
「……終わったのね、やっと」
「ええ。流石に今回ばかりは肝を冷やしたわ」
「まったく、いい迷惑だったぜ……」
パープルハートも、ブラックハートも、ホワイトハートもようやく肩の力を抜いた。残存の武装企業警備部隊も武装を解除している。辛うじて生き残ったのは、十名に満たない。
《しゃ、社長が──!》
《俺達、これからどうすれば……ここをクビになったらどうやって弾薬費や部品の交換費とか稼げばいいんだ……》
《何をバカを言っている貴様ら! さっさと次の仕事に取りかかれ!》
《しかし警備隊長! 一体これから何をすれば!?》
《バカどもが! プラネテューヌ、ラステイション、ルウィーの戦災復興に我々が駆り出されるのは目に見えているだろう! なんのための武装企業だ、なんのための軍用兵器派遣会社だ! わかったらさっさと社内の掃除と瓦礫の撤去作業並びにリーンボックスの復興作業だ、グズグズするな! 終わったら全身メンテコースだ、私の奢りでな!》
《さすがだ警備隊長ー! 俺、警備部隊でよかったぁー!》
《自分のケツも拭えない新入りは今回を機に仕事を覚えるがいい! わかったら早急に作業に取りかかれ!!》
「……商魂たくましいわね、ここのロボット達」
「まったく、どこかの誰かさんみたいよ」
「自分達の会社の社長がいなくなったってのに、すげぇ根性だな……」
剣姫は、プレジレントの身体をゆっくりと地面に横にすると、自分の掌を見下ろして拳を作る。その灼熱の痛みを飲み込む。腕を組んでアルシュベイトへと向き直った。
「さて、決闘を終えたところで、だ。アルシュベイト、お前にひとつ尋ねたい」
《いいだろう。俺も聞きたいことがある、御姫》
『キンジ塔を覚えているか──』
二人の口から出た言葉は、一言一句違わず重なる。そして、その言葉にパープルハートとブラックハートは息を詰まらせた。
キンジ塔──アダルトゲイムギョウ界の塔争。最後の一人だけが生き残るまで終わらない生存競争。それが、二人の口から出たということは──。
「ふむ……どうやら考えていることは一緒らしいな」
《ああ。突然思い出したものでな、正直なところまだ事情を飲み込めていない》
「まぁいいか。おれは腹が減った! ユウコの手料理でも皆で囲いながら話せばいいだろう!」
「軽っ!? ひめちゃん、あなたそれでいいの!?」
「おぅ? ひめちゃん? つるちゃんとかつーちゃんとかはよく呼ばれるが、ひめちゃんと呼ばれたのは初めてだ。うん、悪くない。気に入った! それで?」
「だって、塔争と言えば……」
思い出すのは、酸鼻極める死闘の連続──エヌラスが独りで足掻き続けた地獄。それにパープルハートが弱々しく言葉を続けようとするが。
「知 ら んっ!!!」
剣姫は力強く断言した。
「し、知らないって!?」
「知らんものは知らん! ああまったく腹の足しにもならん話だ! そんな昔の話を四の五のどうのこうのと掘り返して何になる! そんな過ぎた話を女々しくもいちいち気にしてられるか!
今、大事なのは! おれは! 腹が! 減った! 以上だ、文句あるか!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
《…………その、なんだ。そこで俺に視線を向けるな……俺も困る……》
お前の国の守護女神だろ、なんとかしろよ。そう言いたげな四女神からの視線に、アルシュベイトも困ったように視線を逸らした。そんな明後日の方向から、一体のロボットが吹き飛んで来るのが見える。
全身を刻まれたクラウンブレイカーが一条の雷光に胴体を貫かれて道路へと叩きつけられた。爆発し、その土煙の中から出てきたのは案の定、全身血まみれのエヌラス。その左手には稲妻を纏う細剣が握られていたが、霧散した。
「ハァ、ハァ……ばっかじゃねぇの……音速の四倍ってレベルじゃねぇぞ……! どういう変態技術力だっつうの……! これが旧世代とか変態企業かよ……!」
膝に手をついて、玉のような汗を流しながら袖で顔を拭う。
「おう、エヌラス! お前はいつ見てもボロボロで五体無事なときが無いな」
「よう、御姫……そっちは、片付いたのか……?」
「見ての通りだ。おれ達の勝利だ、当然よな。はっはっは!」
「……そうか……やぁっと終わったかぁ……」
深く息を吐き出して、エヌラスは自分に向けられる四女神の冷ややかな視線に冷や汗を流しながら顔を背けた。
『…………じとー』
「は、ははは…………アルシュベイト、ヘルプ」
《俺に振るな、馬鹿者。それはそれとして、だ。エヌラス──お前、なぜ今まで黙っていた》
「…………勘弁しろよ、本当に。逃げ出したくなる」
だけど──もう逃げないと決めた。向き合うと決めたことだ。自分がしてきた事は、取り返しのつかない自己満足の“やり直し”だったけれど。それは今、確かに奇跡的な状況なんだと。
視界が朦朧として足取りがふらつくエヌラスが倒れそうになる。それを一番に支えたのは、ブラックハートだった。
「……貴方は、本当に人の話を聞かないのね。無茶してばっかで、無理を押して、怪我だらけで。そのくせ人でなしのろくでなし、甲斐性なし、何回言えばわかるのよ!」
「へいへい知ってますわかってます善処します……少しずつでも……直してく……」
「……ちょっと?」
「──悪い、ノワール……気を抜いたら、眠くなってきた…………」
「……も、もう……仕方ないわね。今回だけよ?」
アルシュベイトに手を振ると、一度だけ頷いた。
《そうだな。お互い、今は身体を休めるとするか──それにしても本当にお前は女神を愛して止まないバカだな、エヌラス。そんな安心しきったアホのような寝顔を晒すとは》
「確かに、アホみたいに安心しきった寝顔だな。そんな顔をするのはおれも初めて見た」
『アッハッハッハッハ!』
「ちょっと貴方達ね、見てないでエヌラス運ぶの手伝いなさいよ! 意外と重いのよ!?」
「ハッハッハッハ、照れるな照れるな。役得だろうに? なぁアルシュベイト」
《うむ。やはりお前が一番エヌラスに好意を寄せているとみた──》
「どうしたの、アルシュベイト?」
《いや、俺の記憶が正しければ……女神が一人足りないと思ったのだが》
「ちょっと、和やかに話していないで、手伝いなさいってばぁ~!!」
ブラックハートが顔を真赤にしながら助けを乞うのを、パープルハート達は笑って聞き流す。
──記憶を取り戻した神格者達がどう動くのかはさておき、今はアルシュベイトの言う通りに戦いの傷を癒やすべきだ。
日が傾きつつあるゲイムギョウ界の長い一日が終わろうとしていた。