超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
エヌラスはリーンボックス教会の食堂へと入る。その厨房では既に調理に取り掛かっていたユウコと剣姫の二人が準備していた。その量たるや、一人や二人ではない──百人前チャーハンが用意されようとしている。何かの儀式か、はたまた祭りの準備かと食事をしていた教会職員達もざわついていた。しかし悲しいかな、既に夕食を済ませてしまった胃袋は入りそうにない。それに、食堂に滞在できる時間も限られている。仕方なく食堂をすごすごと後にする中、一人だけ椅子に座ってその料理の完成を待つエヌラスに教会職員達はヒソヒソと話し始めた。
武装企業精鋭部隊の大半を単独で撃破した。
プラネテューヌ国境警備隊本部を壊滅させた。
ラステイションで侵攻部隊を単身で崩壊させた。
ルウィーではアルカトラズ砲を防いだ、等々……尾ひれ背ひれの付いた誇大妄想の類と思われる噂話。だが残念なことに、全て真実である。
邪神を相手に瀕死の重傷を負ってなおも生存しているという話までも聞こえてきた。あまりに常軌を逸した武勇伝に職員たちからの視線も畏怖の念が感じ取れる。
──ぐぅ~きゅるるいぁきゅるるふたぐぅん……。
少なくとも、そんな腹の虫の鳴き声を聞くまでは。
「……ひもじぃ、ユウコー、メシー」
「ええいおめーは他に言うこと無いんかこんにゃろめー! いま作ってんだからもうちょっと我慢しなさい!」
「なんかつまみ食いできそうなのねぇ? 腹減ってやべぇんだけど」
厨房から顔を覗かせるユウコはしっかり三角巾にエプロンを着用している。エヌラスの小言に呆れていると、剣姫が皿に盛った炒飯を差し出した。こちらも同様に三角巾を着けているが、エプロンは着けていない。代わりに、軍服のジャケットを脱いで袖も捲って半袖にしていた。
「つるちゃんがとりあえずこれで我慢しろって。まったくもー、本当にキミってば私の顔を見るなりメシー、とかご飯ー、しか言うことないの?」
「しょうがねぇだろ、お前の手料理が一番美味いんだから」
「そりゃ嬉しいけども……ほら、なんかこう、他にさ」
「……毎日食いたいって言ったら怒るか?」
「…………」
沈黙。厨房から中華鍋を振るう音が聞こえる。通りすがりのリーンボックス教会職員がなんとも言えない顔をしていた。
「……いいから、食べな。冷めるし」
「うい。いただきます」
「んじゃ私、色々作るから残すなよー?」
「へーいへい。一月分まとめて食うつもりだ」
エヌラスが手を合わせ、レンゲで炒飯を食べ始める。ユウコは厨房に戻るなり顔を覆った。それを盗み見た剣姫が片手で中華鍋からご飯をよそっている。
「どうしたユウコ、ゆでダコになって?」
「にゃんでもにゃい…………」
「まずは十人前といったところか。これでも足りんだろうなぁ、はっはっは! 腕が鳴る!」
「ええいあんにゃろうは! 毎回! 毎回! どうしてこうバカみたいな量食べるんだってーの! 食費とか考えたことねーのかよぅ!」
「いっぱい食べるのは良いことだ、エヌラスの食べっぷり。おれは好きだぞ! ユウコは嫌いか」
「はぁー!? そんなこと一言も言ってませんしぃ、むしろあんな大食らいの残飯処理係とてもありがたいくらいだし! 何作ってもうめぇうめぇ言って食ってくれるだけほんとありがたいよ! 何人前作っても平気な顔して食うし!」
「ならいいではないか、なに怒ってるんだ?」
「怒ってませーん! つるちゃん、手が止まってる!」
「おぉ、おれとしたことが。そいっ」
カラにした中華鍋を再びコンロに置いて、剣姫は追加分の調理を始めた。
「…………」
厨房の会話を聞くつもりはなかったのだが、平らげた皿を持ってエヌラスは無言で食堂へ戻る。そこでは、何故か温かい視線を送ってくる職員達がいた。
「やめろ、俺をそんな目で見るんじゃねぇ。やめろテメェ等! 散れ! 散れ! 仕事に戻れ! お願い頼むから!!」
「ははは、どうぞごゆっくり」
「いやー、食後にいいもの見たわー」
「まったくだ。さて夜勤も頑張るかー」
『ごゆっくりー、あっはっは!』
「お前らぁぁぁぁぁっ!!」
蜘蛛の子を散らすように食堂から職員たちが笑って逃げ出す。空腹で力の入らないエヌラスは叫ぶだけで腹の虫が機嫌を損ねていた。ぐぅきゅるんいあいあふたぐん。
「ちくしょー、人のこと見て笑いやがって……何が面白いってんだ……」
ぶつくさ言いながらもテーブルに戻ると、ユウコが両手と腕と頭に皿を載せて次々とエヌラスの前に並べていく。
「ほい、ほい、はい。まずはざっと十人前炒飯。これから肉とか焼くけど」
「はーやべぇ美味そう。絶対美味いな」
「なんかリクエストー……って聞く前に食い始めてるし、なんでもいいね」
エヌラスはサムズアップで応えた。口内は既にご飯粒で埋まっている。──会話が終わるまでには、三人前が空になっていた。
その頃のベール一行は、四女神が揃うというだけありすれ違う教会職員も道を譲っている。ただ事ではないのは目に見えていたからだ。
「あの。三人共、いつまで女神化しているのですか? わたくしだけ普段どおりというのはなんだか空気が読めていない感じが……」
「気にしなくていいわ、ベール。こっちの方が色々と都合が良いだけよ」
しかし、その姿を見るだけですれ違う職員の口から小さな悲鳴と息を止める音が聞こえてくるのは心苦しいものがある。小さくため息をつくと、ベールは考えを巡らせた。
この後のお楽しみ……もとい“おしおき”は他の誰にも言えないし、見せられない。女神だけの秘密にしなければならない。そうなれば当然、口封じも必須になってくる。
自室を前にして立ち止まり、ベールが扉を開けた。そして、中に入るなり自分も女神化する。
「何事も保険は大事です、わたくしは少し職員の方々に連絡を」
「ま、普通に考えたらそうよね」
「バレたら一巻の終わりだもの……」
「でもどうするの? 今回の件でエヌラスの悪評、ますます広まってるわよ」
「それも含めて、チカ達が会議をしているのではなくて?」
グリーンハートの言う通り、今回の四教祖による予算会議はそれだけではなかった。ユウコを抜きにして行われるのは、アダルトゲイムギョウ界の住人である者達の扱い。特に、エヌラスが鬼門だった。その辺りはイストワールが何とか妙案を出してくれるだろうと期待しつつ。
「ああ、ちょうどいいところに。そこの貴方、よろしいですか?」
「ぐ、グリーンハート様!? いかがされましたか!?」
部屋から顔を出すと、都合よく通りすがりの職員を見つけて声を掛ける。
「今から伝えることを全員に伝達しなさい。いいですね」
「は、はい! もちろんです。どのような事でも!」
「良い心がけです。──いま、他の女神達が訪問しています。くれぐれも、わたくし達の邪魔をしないように。良いですね?」
「勿論です! では、大至急みんなにも」
「お待ちなさい。まだ他にもあります」
「何なりと!」
「食堂で今、食事をしているエヌラスに食事と入浴が済み次第部屋に来るように伝えてください」
「は、はぁ……。あの、よろしければご質問をよろしいでしょうか……」
「なんですか?」
「その……四女神が揃っている状況下に、彼がなにか関係が……?」
「彼は指名手配犯です。今回の件でその脅威は世界中に知れ渡ったことでしょうし、放置しておくわけにもいきません。リーンボックスの教会で監視していたのもそういう理由からです。女神会議に、当人の“処罰”も加えてのことです。理解しましたか?」
「は、はい! 存分に!」
「では、そのように伝達を。もし、万が一……その連絡を聞いていないものがいたら──どうなるかは想像にお任せします」
不敵な笑みを残して、グリーンハートは自室の扉を閉める。その向こうで慌ただしく廊下を走り去る足音が聞こえると深く頷いた。
「これで大丈夫でしょう、三人とも?」
「流石、ベールね。これなら疑われる要素が欠片もないわ」
「それにあれなら、アタシ達が良いって言うまで邪魔も入らないだろうしな」
「お仕置きのことをうまく誤魔化したわね」
「ふふ、当然でしょう? さて、それではエヌラスが来るまでの間は……わたくし達でじっくりと話し合いでも進めてますか」
──食堂前に人だかりが出来ている。百人前炒飯チャレンジを一目見に来た職員の方々が足を止めて見入ってた。それほどまでの食いっぷりと並べられる豪華絢爛な料理の数々を平気な顔で平らげていくエヌラスが、コップに水を注いで飲み干す。
「はい、ごま肉団子。追加の五目炒飯」
「ぷはー。うーし、まだ食うぞー!」
現在、六十人前達成。どこにそんな量の食事が消えているのか疑問だが、エヌラスも自分の身体のことながら不思議に思っていた。片端から銀鍵守護器官の燃焼剤行きなのは理解しているのだがそれにしても満腹感が遠い。箸で白ごまをまぶした肉団子を刺して口に運び、咀嚼する。そんな自分の顔を飽きもせず眺めるユウコと目が合った。
「…………もぐ」
「……ん、なに? 物足りない?」
「いや。なぁユウコ、お前っていつも俺が飯食ってる時黙って見てるよな」
「…………へ?」
「飯食ってる俺の顔、そんな見てて楽しいか?」
「──えー、あ~……ほら、それはあれですよ、あれなわけだよ。こいつホントバカみたいに食うなーって感心してるの。っていうか私の手料理そんなに美味い? 自分だとそんな美味しく感じないんだけど、そこんところどうなの?」
「俺が世界で一番美味いって言ってんだから世界一なんだよ。嬉しくねーのか」
「うれしいけどさ──だって、私だよ? 商業国家国王の吸血鬼様ですよ? そんな私が作る料理をみんな美味しいって食べてくれるけどさぁ……」
吸血鬼であることを、ユウコはあまり快く思っていない。どうしても越えられない種族の壁がある。だから誰よりも他のみんなの為に、献身的に尽くしてしまう。根底にあるのが、嫌われたくないという思い。自分のこととなると、いつもの積極性は引っ込んでしまう。
「ユウコ」
「にゃに」
「お前が吸血鬼だろうが国王じゃなかろうが何だろうが、俺は、お前の、手料理が美味いって言ってんだ。四の五の言わずに喜べ」
「……や、でも」
「テメーの手料理食いたくて頑張ってきた俺にその仕打ちはねーだろ。おかわり」
「………………」
「いいから、メシ」
「はぁ~~~~……ほんと心底呆れるバカだよなぁ、キミは。私の手料理食べたくて今までずっと? どんだけ食べたいんだよ」
「毎日食いたいって言ってんだろうが、何度も言わせんな。それにな、ユウコ。お前の手料理がなかったら、とっくの昔に戦うのなんてやめてた」
顔を赤くして、エヌラスはユウコに空になった皿を押しつけると背中を押した。
「はよ、メシ! まだ残ってんだろ! 御姫ー、まだかー!」
「さすがのおれも手が疲れてきたな! 交代しないかユウコ!」
「みゃー! もー! わかったよメシ作ればいいんだろ穀潰しの人でなしめー! 残すんじゃねーぞバカー!」
やけくそ気味に叫びながら、ユウコが厨房へと入る。それと入れ替わる形で剣姫が食堂へ。
「なんだ、ユウコのやつ。顔がにやけていたぞ? なにか話してたのか?」
「別に? 大したことじゃねぇよ」
「うむ、そうか。いやしかし……本当に皿が空っぽだな、惚れ惚れするぞ」
腕を組み、胸を持ち上げるようにして食堂を見渡す。一人で占領したテーブルの上に残っている料理は一皿も無かった。
「失礼いたします。あの、エヌラス様。グリーンハート様より伝言がございます」
「ん?」
「食事と入浴が済みましたら、自室へ来るように、と。確かに伝えました」
「……あー……逃げてぇなぁ……今から全力で国外逃亡できねぇか、御姫?」
「ん? どうせ大魔導師がお前をとっ捕まえると思うが」
「本格的に俺の逃げ場が無い件について」
「それに風呂か。風呂、風呂かぁ……そういえばおれもまだだったな。よし、一緒に入るか!」
『はいぃ!?』
「ん、なんだ? 入りたいなら遠慮はいらんぞ。おれは一向にかまわんが?」
かまえ。気にしろ。そんなんだからお前は男よりも女に人気なんだ、御姫。エヌラスは眉間を押さえながら剣姫の肩に手を置いた。
「一人で入る……」
「背中を流してやるぞ? なぁに遠慮するな、おれとお前の仲ではないか」
「アゴウで入浴中にテメェが勝手に突っ込んできてるだけだろうが! バカか!」
「おれをバカ呼ばわりするその豪胆さは好きだぞ!」
「おーそうだろうな、守護女神をバカ呼ばわりすんの俺ぐれぇの命知らずだわアホか!」
「つれないことを言うな。なんならユウコも一緒の方がいいか? その方が嬉しいだろう?」
「お前は鬼か」
「女神様だ!」
どこの国にお前のような女神がいるか……アゴウだったわ──エヌラスはこの場にアルシュベイトがいないことを深く恨んだ。