超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
遅めの夕飯を摂るべく、エヌラスとマリーは教会の廊下を歩く。清潔感の溢れる公安本局の廊下とは打って変わって、おどろおどろしさのある廃病棟の廊下は清潔感からは程遠い。むしろお化け屋敷やホラー映画のワンセットのようだ。すれ違う自動人形のメイド達は立ち止まると道を譲り、会釈してくる。以前は刃を交えた相手だけあって後ろから首を斬られるのではないかと冷や冷やしているエヌラスをよそに、涼しい顔をしていた。
「エヌラス様、やはり生身の女性がお好みでしょうか?」
「唐突に人の趣味を聞くな。そりゃ……そうだろ?」
「私の身体とか、だいぶ人間っぽいと思いますがいかがでしょう」
「いかがと聞かれてもいかがわしい匂いしかしないからノーコメントで」
「……ちっ」
「仮にも客人に向かって舌打ちするな、メイド」
懐から短刀を抜こうとするメイドを抑えつつ、なんとか厨房に辿り着く。
そこでは既にサヤが冷蔵庫の中身を漁っていた。ガサゴソと何やらタッパーのようなものを取り出しては入れ替えている。
「ふんふんふ~、ふっしゅる~♪」
「……なにをしているんだ、サヤ」
「あ、エヌラス。マリーお姉さんも一緒だ」
「サヤちゃんもお腹空いたの?」
「ううん、わたしはお肉の詰替え中」
何の肉かは敢えて聞かないものとする。
「……食べる?」
「いらない」
「いいの? でも今はお肉の気分じゃないかなー」
「そうなんだ、残念だなぁ」
取り出した赤黒い肉をポリ袋に詰め込み、手元を真っ赤にしながらサヤは空にしたタッパーを洗だす。マリーは厨房を物色して何を作るか考え込んでいた。
「うーん、やっぱりガッツリ系? サッパリ系? あっさり系? こういう時間に食べるとお太りさんになっちゃうしー……」
「軽くでいい、この後風呂に入って軽く仕事して、寝るつもりだし」
「そうなんだ。じゃあ、適当でもいい?」
「作れる範囲の、簡単な料理で。な? 怪我するなよ?」
「うん、ありがと」
笑顔で振り返るマリーに、つい頬が綻ぶ。料理に関して自分が手伝えることなど何もないのでエヌラスはサヤの詰替作業を手伝うことにした。
「こっちの古いお肉はポイしちゃっていいやつでー、こっちの新鮮なお肉は保管しておくやつ。大魔導師からやっておけって言われたから」
「なぁ、この新鮮な肉。動いてないか?」
「産地直送だから」
「SAN値直葬」
「採れたて新鮮だから」
「取れた手」
──微妙に肌色っぽいものが見えるが気の所為にしておこう。白いワンピースを汚しながら、赤く染まった手で顔を拭うものだから、サヤは全身真っ赤に染まっていた。あどけない顔で無邪気に笑う姿に、どこか寒気がする。しかし、エヌラスにとっては見慣れた光景だった。
「うえー、ベタベタ……」
「後でちゃんと風呂に入れよ?」
「ん~、でも大魔導師からまだ頼まれたお仕事あるし」
「大丈夫なのか」
「うん! 楽しいから!」
サヤの業務内容がどういったものなのかを把握しているわけではないが、当人が楽しいと言っているのなら口を挟むのは控えておく。
マリーの様子を見ると、軽い食事で良いと言ったからかサンドイッチの用意を始めていた。刃物を扱うとしてもせいぜいパンを切るくらいで、怪我をするようなことはないだろう。……それでも一応、手元に注意しておく。
「ん? なぁに?」
「いや、包丁の扱い大丈夫かと思って」
「もー子供じゃないんだから。刃物くらい使えるもん、こう、グサーッて」
「それは正しい包丁の使い方じゃないからな?」
「でも刃物の使い方としては正しいでしょ?」
「そうねー危ないからこっちに向けないでねー」
「大丈夫、殺意は向けてないよ」
「向けられてたまるか」
泣くぞ。盛大に泣くぞ。三日は寝込む。今からでも泣き寝入りしてやろうか、エヌラスはマリーの扱う包丁から視線を外さなかった。
「パーン、サラダー、チーズー、お肉ー」
「おにくー♪」
「チーズー、サラダー、バンズー」
「ズー」
「あとは包丁でざっくり」
マリーとサヤがニコニコ笑顔で顔を見合わせる。手元を見ないでサンドイッチを切ろうとするマリーの手をエヌラスが掴み、指を切らないように重ねたパンに包丁を当てた。
「指がざっくりしなくてよかったな……」
「……もしそうなってたら、私の指でも食べる?」
「食べない。怪我しないようにって言っただろうが」
「してないよ?」
「そーねー、怪我してないねーえらいぞー」
誰のおかげだと思っているのか。
「エヌラスになら食べさせてあげてもいいんだけどなー」
「俺にそういう趣味はない」
「しゃぶる?」
「……」
「舐める?」
「…………」
「……いただきます、しちゃう?」
「マリー。俺の理性にクリティカルヒットするから、そういう誘い方は良くない。とても良くないから、俺の心臓と股間と理性が危険だから。今すぐやめてください」
「はぁい。じゃあどうぞ、マリーちゃんお手製サンドイッチですよー」
「ありがとな……」
手元に握った包丁を置いてさえいれば、そのおねだりは殺人級の破壊力だったのだが……ある意味、殺人級ではある、物理的に。
「いただきます」
「どうぞー」
「もぐ……」
ぐー……。
「……」
「……?」
「マリー、半分食べていいぞ……」
「ありがとう。でもエヌラスはいいの?」
「もう、なんかお前の顔見てたらお腹いっぱいだわ……」
「じゃあ遠慮なく。ぱくっ」
エヌラスの手を握ると、マリーは食べかけのサンドイッチを小さな口を開けて頬張る。
「…………」
「あーん、むぐもぐ……ちょっと大きかったかな……?」
「…………」
「もぐ……。エヌラス、食べないの? はんぶんこって言ったのに」
「あのね、マリー。ずるいお前……ほんとずるい……」
「あ、半分って言ったのに結構食べちゃった。ごめんね」
そういうところだぞ。本当にそういうところだぞマリー。おまえ本当にそういうところがずるいんだからな、わかってるかマリー? 半分食べていいってそういうことじゃないからな。人の食いかけに何の躊躇もなく口を開けるのが本当に反則だからなお前、勘弁してくれ。エヌラスは必死に暴れだす理性を抑え込む。取り押さえてくれ感情、頼む。今はお前だけが俺の頼みの綱だ。
「半分、って。そういう意味じゃないからな……」
「?」
「はーもーお前ほんとうに! お前! ほんっとうに!!」
「美味しいよ?」
「美味しいですね二重の意味で!」
懐かしさと嬉しさのあまりに泣きそうになりながら、エヌラスはマリーが半分近く食べたサンドイッチを一口で食べると咀嚼する。
ふたつめのサンドイッチも同じようなことをされて盛大にむせた。
「ゴチソウサマデシタ」
「お粗末さまでした」
厨房を片付けて、エヌラスは大浴場へ向かう。後ろからついてくるマリーに頭を抱える。やはりというか、まさかと思うべきか、一応念のために念を押して本人に確認。
「マリー。一緒にお風呂に入るつもりか?」
「? どうして?」
「一応、聞いておこうと思って……」
「お客様のお世話もメイドのお仕事です、えっへん。マリーちゃんはできちゃう子なので、お背中流してあげます」
「できるメイドは自分から優秀なことを宣言しない。それとそこまでの世話は普通メイドの仕事じゃない」
「普通だったら優秀じゃないんじゃない?」
「……」
目頭を押さえて、自分が今言い負かされそうになっている現実と戦う。廊下で立ち往生している二人に、大魔導師が追加資料を手にして頭を叩いた。その後ろには武装したメイドが数名。
「往来の邪魔だ」
「悪い。師匠……これは?」
「例の犯罪者の追加資料だ、暇があったら読んでおけ」
「後ろのメイドは?」
「掃除だ」
武装させているということは、別な意味での掃除だろう。しかし、しっかりと掃除用具も手にしている。モップであったりバケツと雑巾だったり、消臭剤だったりと。
「これから風呂に入るんだがー……」
「……そうか。汚すなよ、俺がまだ入っていない」
「そんな汚すような真似はしねーよ」
「汚さないように致すのも許さんからな」
「なんで俺とマリーが一緒に風呂に入る前提で話を進めているんだクソ師匠?」
「一緒に入ってやるものだとばかり思っていたんだがバカ弟子。今日くらいはしっかり休め」
大魔導師は追加資料を押しつけてそのままメイド達を引き連れて教会を後にする。どこに行くのだろうかと疑問が浮かぶが、どうせ暇潰しに夜の散歩でも行くのだろう。
エヌラスは資料を後で目を通すものとして、大浴場へ向かうことにした。
「背中流してあげるね」
「……ありがとうな」
それでも無垢な笑顔に逆らえない自分の意思の弱さを右ストレートで修正してやりたい。そんな気分で胸がいっぱいだった。