超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
風呂上がりのエヌラスが片手に書類を持って廊下を歩く。その後ろをついてくるマリーとサヤ。付け加えて、なぜか大ネプテューヌとクロワール。
「エヌラス、さっきから何読んでるの?」
「明日の仕事の資料。師匠からぶん投げられたからな」
「ふーん。ね、わたしにも見せてくれない?」
「別に手伝ってくれなくていいぞ、一人でやれる」
「そう? でも見せて」
「見て面白いものでもねーぞ? ほら」
リストアップされたのは、上層都市で銀行強盗を起こした犯罪メンバー。二十数名の弱小組織ながら、その手口は大胆かつ鮮やかなもので公安局も手を焼いている。
「あれ、この人ってもしかして……」
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも、エヌラスも一緒にいたじゃん。ほら、カーチェイスの時の」
「…………あー。はいはいはい、そういやこんなのいたな」
あの時は首都高速付近で起きた大規模テロだったが、即座に制圧された。そのメンバーは公安局に身柄を預けたが……釈放されているらしい。それがまたこうして犯罪に手を染めているのだから救いようがない。
「心相色彩判定は……こりゃダメだな」
「エヌラス。わたし、そのー……色彩判定? っていうのがよくわからないんだけど」
「心が穢れてないか機械で測定。で、これが一定以上だと問答無用で即アウト。留置所行き」
「うわぁ……」
ごく稀に、その色相がクリアなまま犯罪に手を染める輩がいたりする。
「上ならまだブタ箱行きで済んだだろうに、なんで地下に逃げてくるかね……」
「エヌラスー、この人達、やっぱりぶしゃーってやっちゃうの?」
「そうだな」
他でもない大魔導師から「片付けろ」と言われた以上は、仕方ない。それに大ネプテューヌが嫌そうな顔をしているが、エヌラスも好きでやりたい仕事ではなかった。というよりも押しつけられた仕事だからだ。
「ま、仮にとっ捕まえて上に連れて行ってもシビュラの信託を逃れたからには相応の罰が待ってるだろうしな……」
「でも」
「気持ちは分かるが──あぁ、残念だが、殺すしか無さそうだ」
犯行現場の写真を見て、エヌラスは断言する。大ネプテューヌに見せると、そこに映し出されている光景に首を傾げていた。
「モンスターしか写ってないよ?」
「それ、こいつらだ」
「え!?」
「“
「その、悪魔憑きってのはやべーやつなのか?」
「やべーも何もクソもねぇよ。見かけたら即射殺案件だ。そいつらの血を浴びたら四十八時間以内に発症する。治療手段無し。中には適応するやつもいるが、当然射殺」
「うわぁ、物騒……」
「生きてるだけで感染源扱いだからな」
悪魔憑き。元は医療用ナノマシンだっただけに、血中での爆発的な繁殖能力は手に負えない。その上、それを悪用すると無機物有機物問わず融合することができてしまう。悪魔のような能力を手にした犯罪者がどうなるかなど、火を見るより明らかだ。
犯行現場の写真では、悪魔憑きとなったメンバーが監視カメラや電子機器に融合してシステムをシャットダウン。金庫を堂々と開けてバッグに詰め込んで持ち出している。だが、詰めが甘かったのか街頭の監視カメラまではシステムを乗っ取らなかった。それがこうして決定的な瞬間を収めているのだから、どこまでいっても上層都市の眼は免れられない。
「…………やだなぁ」
「気持ちはわかるが、こうなったらもう手遅れなんだよ。もうこいつらは人間じゃない──」
──俺のようにな。
「…………」
「エヌラス?」
「……まぁ、そうだよな。嫌だよな、普通は」
一言、付け加えようとしてエヌラスは口を閉ざした。
「こんな連中相手するのに、お前を連れていけない。教会でおとなしくしててくれ、な? お前まで悪魔憑きになったら堪ったものじゃない」
「心配してくれてるの?」
「当たり前だろうが。っていうかなんでいるんだよ」
「一度はちゃんと帰ったもん」
「じゃあなんで来た」
「決まってんだろ、こんな面白い場所そうそう見られねーからだよ」
「サヤ、やっちまえ」
「はーい、ふしゅるー♪」
「うわぁぁぁぁにゅるにゅるはやめろぉぉぉっ!!」
なるほどお前のせいか、クロワール。
エヌラスの合図でサヤが触手で手足を絡め取る。ご丁寧に下敷きにしている本も一緒に捕まえていた。それを見てマリーはニコニコと笑っている。
「サヤちゃんの触手さばき、すごいね」
「えー、そうかなぁ。えへへへ、褒められたの初めて」
「そりゃそうだろう……」
そんなことで褒めるのはマリーくらいのものだ。すれ違う教会メイドが会釈する。
エヌラスがようやく割り当てられた自室に辿り着いて、身体を伸ばして大あくび。なぜかぞろぞろと全員入ってきた。
『おじゃましまーす』
「おーっとこいつぁどういうことだ、なんで全員入室してきたぁ? 俺のプライバシーガン無視かー? お邪魔しますじゃないよなー?」
「エヌラスの部屋って結構ごちゃごちゃしてるね」
「勝手にお片付けできないから。大魔導師にも「入室禁止」って言われてたし」
「そうだよねー。あんまり使ってないのに」
「いーいーかーらー、は~な~せ~!」
「急募、俺の話を聞いてくれる相手」
魔術礼装の作成レシピだったり、薬剤の調合レシピだったり、自動人形の材料と衣装その他の解説書だったり、投げっぱなしの薬液や作りかけの武器だったり小道具が散乱している。
大魔導師にあてがわれた一室は半分工房と化していたが、ここで作るものはあくまでも趣味の範疇だ。
「エヌラス、こういうので食べていけるんじゃない?」
「……考えたことねぇな、そういうの」
「どうして?」
「だってそういうのアレだろ、行政の許可取らないと警察のお世話になるやつだろ……? 個人経営って言ってもちゃんと役所に持っていく書類とか必要だし」
「なんでそういうところだけ面倒な人になっちゃうの!?」
「ユノスダスのせいで」
「あ、あー……そっかぁ……そうだよねぇ……」
大ネプテューヌは何も言えなくなった。それならしょうがない。過去数回、それでユウコと喧嘩して全敗記録更新中。
エヌラスがベッドに腰を下ろすと、隣にマリーが座り込む。その反対側に大ネプテューヌが腰を下ろした。膝の上にはサヤがのしかかってくる。解放されたクロワールは逃げるようにエヌラスの後ろに隠れていた。
「……なんで俺は包囲されているんだ? 逃げも隠れもしないぞ?」
「男の人の部屋って初めて入ったなぁ」
「あのなネプテューヌ。今そういう発言は危ないから」
「エヌラス、気持ちいいのしないの?」
「マリー……」
書類で顔を覆う。昨晩、さんざん搾り取られたばかりだと言うのにこの仕打ち。今夜ばかりは勘弁してくれと切実に頼み込む。
「今日は無し、明日の仕事に響く。そもそも、俺は今日ほとんど寝てないんだからな」
「そっか。じゃあ、はい」
「……」
「ぎゅーってしてあげるね。ネプテューヌさんもしないの?」
「いいの? じゃあわたしからも、ぎゅーってしてあげるね!」
「わたしもー♪」
「おいおいおい死んだわ俺」
両手を突き出すマリーにエヌラスが言葉を失っていたが、その後ろから大ネプテューヌが無邪気に抱きついてきた。サヤも体勢を変えて、首に手を回すとしがみつく。それに押し倒される形でベッドに倒れ込む。
「……これじゃ寝返りも打てねぇ」
「エヌラス、あったかいね」
「うんうん。身体もがっしりしてるから、ぎゅーってしても大丈夫だし」
「食べたら美味しそうだよねぇ、じゅるり……」
「やめよーなー、おまえらー? はなせよー?」
サヤだけでも何とか離そうとするが、そのエヌラスの首元を見て首を傾げていた。
「キスマークついてるよ?」
「しまった忘れてた……」
「よく見たら腕にもついてるね」
「わぁ、いっぱい」
(あの女神達は……)
そのキスマークを見て、大ネプテューヌが顔を赤くしている。マリーはまじまじと見つめていたが、何を思ったのかエヌラスの首元に顔を近づけると唇を押し当てる。
「……マリー?」
「ちゅ……」
「くすぐっ──い、お前なぁ……!」
「──えへ」
小さな痛みが走り、マリーが顔を離せばベールがつけたキスマークとは反対側の首元に、小さくキスマークがつけられていた。
「ネプテューヌさんはつけないの?」
「えっ。いいの?」
「うん」
「俺の意見ガン無視決め込むおー惨事おー惨事」
「好きな人が、みんなに愛されるのって嬉しいから」
『えっ』
「?」
エヌラスが顔を覆って耳まで真っ赤になっている。
「んーーーーー!!!!」
「うわ、語彙力失った気持ち悪い女みたいになってやがる……キモ……」
「俺を現実に引き戻してくれてありがとうよクロ助! アトラック=ナチャ!」
「ねばねばもやめろぉぉぉーっ!!」
ふわふわと飛んでいたクロワールを蜘蛛の糸で絡め取ってサヤの前に吊り下げる。まるで獲物を見つけた猫のように目を輝かせて触手を伸ばす姿に、声を失って涙目になっていた。
「マリーちゃんはエヌラスのこと好きなんだ」
「うん。ネプテューヌさんは?」
「えっとー……好き、なのかな。よくわからないけど、嫌いじゃないよ。どういうところが好きなの?」
「おーっとこいつ、本人を目の間で爆散させたいのか?」
「えっとねー」
「そして躊躇いもなく言おうとするな、俺の心の準備が出来てない」
「──なんでだろ? 好きな理由って、言葉にできないかな。形じゃなくて、心で惹かれたから」
エヌラスは死んだ。間違いなく心臓が止まった。二秒くらい。
「でも、好きな人のことを考えている時間ってとっても幸せ。一緒にいられたらもっと幸せ。だから、
「────」
その言葉に、胸からこみ上げてくる感情があった。
どれだけの時を越えて、どれだけ繰り返してきた地獄でも、自分から隔ててきた少女は何一つ変わらないまま普通で在り続けている。弱いままの女の子が今こうして自分のそばにいる。
はじめての、恋だった。心底、誰かに惹かれたのは初めての経験だった。少しだけ世間とズレている感覚の普通の女の子が、こんなにも愛おしいと思ったのはどうしてだろう。犯罪国家、九龍アマルガムで自分を見失うことなく生きる少女が、こんなにも──儚くも美しい。
触れただけで壊れてしまいそうな女の子。壊すことしか出来なかった魔人が初めて触れた人の愛は、こんなにも罪深い。
ずっと。目を逸らして、目を背けて、逃げてきた。見ないように、考えないようにしてきた。
自分と出会わなければ、きっと幸せになれた。自分が触れなければ、きっと幸せなままだと。
犯罪国家で、普通の女の子が幸せになれることなど無い。悪意と欲望と狂気の渦巻く九龍アマルガムにおいてそんなことは不可能だ。
「……エヌラス? どうしたの? ぎゅーってされるの嬉しいけど、ちょっと痛い……」
「……とりあえずお前には、ありがとうとだけ言っておく」
抱きしめたマリーの身体は華奢で、女性の身体的特徴がはっきりとしていた。その肌の温もりが心地よく、眠りに誘ってくる。疲れた身体と頭は、目蓋を閉じさせようとしてくるが、それを妨げるように後ろから大ネプテューヌがしがみついてきた。
「二人でイチャイチャするのは感心しないなー、わたしも混ぜて」
「いいよー。ね、エヌラス」
「お前が言うならいいか」
「わたしもわたしもー」
「オレをは~な~せぇ~……ぐすっ」
クロワールを捕まえたまま、サヤがエヌラスとマリーの間に身体を滑り込ませてくる。
シングルベッドに四人分の体重はさすがに厳しいのか、軋んだ音を立てていた。